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256.餅つき大会2

お子様達がやらかしてくださいます。

 餅つき大会というものはこの時期、いろいろなところで開かれるらしい。

 うちの親は、タダ餅だーとかいいながら、商店街のものだったりといろいろ連れて行くのだけど、その中の一つが近くにある大学のものだった。


 小学生からすれば、大学の構内というものは、どこかのダンジョンみたいに広くて、不思議な雰囲気がある。

 深くに入り込めば怖いおじさんたちに怒られる場所でもある。


 そんなところでの新年のイベントがこれだ。

 親からはありがとう、おにーさん、おねーさんと、声をかけながらもらうようにとしつけられている。

 けれども、時々おにーさんなんだかおねーさんなんだかわからない人が混じっていて、正直困ってしまう。

 あっちの奥でお餅に箸をつけて伸ばして食べてるボーイッシュな人は身長があるけど、雰囲気はおねーさんだ。

 じゃああちらで大きな鍋をかき回している人はどうだろう?

 その手前で緑色の餅を食べてる人は?


 どっちなのだろう。どちらでも使える言葉は大人だったら知ってるだろうか。

 おにーさんとおねーさんを足して、おねにーさんでいいだろうか。

 それともおにねーさんだろうか。鬼のおねーさんみたいでこっちはいろいろまずいかもしれない。 


「なあ春翔(はると)あそこにいる人たち、おにーさんなのかな、おねーさんなのかな」

「よっちゃんもそう思う? 僕もどっちなんだろうって思ってなかなかお雑煮に手をだせなくて」

 おねーさんお願いしますとかいいながらすでに緑色のあんがのっかっているお餅はもらった。ずんだ餅っていう名前らしい。

 でも、そのわきから匂ってくる味噌のかおりにお腹がつい鳴ってしまう。


「ならさ、どっちなのか試して見よーぜ。たしか漫画では」

 ひそひそとかわされる会話は少し常識の上を行ってしまうものだったのだが、小さな子供の行動のソースなど、マンガやアニメなのだから、それも致し方ないことに違いはなかった。




 二回目にできあがった餅をいれつつ、寸胴の中身をくるくる回していると、長谷川先生がぬぼっと顔を出していた。さきほどはどや顔で他の研究室の教授達と話をしていたのだけど、そろそろ次の餅がつきあがりそうということで、こちらに舞い戻ってきたらしい。


「今回は大成功でござる。木戸氏にお願いしてよかったでござるよー」

 セリナちゃんフィギュアも大喜びでござると、胸ポケットからメイド服を着た十センチちょっとのサイズの人形を取り出すと、彼はそれを動かして大喜びだった。

「研究室に飾ってあったのは知っていましたが、あまり持ってきちゃうといろいろ疑われるのではないでしょうか」

「ぷっふぅ。木戸氏も狭い考えですな。セリナたんといえば、エレナさまが神コスをしたことでも有名になったキャラで、フィギュアもそこそこ売れてる、今熱い男の娘ですぞ。ご神体のように扱っても悪くはありますまい」

「ご神体なら研究室に鎮座させておくのをオススメです。一般の方もいらっしゃっているので、危険が危ないことはやめた方がいいと思います」


 長谷川先生が決め顔でとてもふっとんだオタク論を展開する。

 まー、間違ってはいない。大好きなものと一緒に居たいというのは純粋な欲求だろう。

 でも、普通は周囲の目を気にするし、アラフォー男性が人形遊びとなると、変な勘ぐりをしてくる人もいることだろう。


「木戸くんがいぢわるですぞ。でも拙者、ちょっとツンな木戸氏も萌え」

「男相手に萌えはやめてください」

「でも、エレナ嬢だって木戸くんを見たら萌えっていうと思うでござるよ」

「先生もそう思いますヨね。木戸くん萌え、これははずせない」


 面倒臭い会話に、面倒臭い人……お餅を食べてご満悦な奈留先輩がまざってきた。

 彼女はすでに、木戸くんの手作りやぁといいつつ、お雑煮風味噌汁でお餅を二個食べている。

 きなこもいいけど、断然木戸くんのが、はぁはぁとか、是非やめていただきたい。


「そういや先生。研究室のポスター新しくなってましたけど、あれってこの前のコスROMからなんですか?」

「おっ、奈留氏もめざといでござるな。大晦日に発売されたエレナ嬢の二冊目でござる。そこからA3印刷をかけてるでござるよ。完成度も高いし、今回はこのセリナたんがかなりツボに入ったので張り替えたのでござる」

 これで、撮影するカメラがもうちょっといいのだと、引き延ばしでもっと効果がでるんでござるが……と長谷川先生に密かにだめ出しをされた。


 うん。それはルイとて思っていることだ。

 普段はパソコンとかでの表示やせいぜいがブックレットくらいまでなので、初級のものでやっていけているけれど、やはり引き延ばしたときにはその差というものは出てきてしまう。

 そんなわけで、中級機欲しいなぁと思っているところなのだった。

 実際木戸の方で使っているものは引き延ばしてもそこそこ良い感じに写ってくれる。


「とはいえ……すでに1000部以上売り上げてるとか、ほんとエレナちゃんったら、すごい魔力」

 じぃと奈留先輩の視線がこちらに向けられる。

 けっこー儲かったのではないのですかい? というような視線だろうか。

 年越しの時にさくらにも指摘はされたけれど、一般的な視点で見れば、1200部売り切れば180万円の売り上げになる。


 けれど、そこから諸経費を引いていくので、利益自体はそこまで多くはない。

 特に、委託料というのが半端ないようで、残り600部の分の利益はごっそり削られているというのが実際なのだった。

 売り上げ自体はそうとう良いようで、あれだけ委託して、もうちょっとで売り切りになるというから、用意した1200部という数はちょうどよかったのかもしれない。

 

 委託販売というのは、同人誌専門、もしくは取り扱っている書店などでの販売をしてもらうスタイルだ。

 即売会は作り手が直接販売するので、手数料はせいぜいが手伝いのスタッフ分くらい。

 でも、委託販売の場合は、手数料として3割からへたすると半分以上持って行かれることもあるのだそうだ。

 

 今回のコスROMの場合、1500円で店頭販売してもこちらに入る利益は1050円程度。

 なので、数があまり刷れないで原価割れを起こすような場合は、委託販売は少しだけ値上げするようなケースもあるのだという。エレナの場合は一冊の印刷にかかる費用が500円を切るから、店頭での価格も据え置きにしている。大量に製作できるというのは純粋に強みだ。

 

 ではなんで、そこまで手数料をかけてまで委託販売をするのか、といえば、純粋に購買層の多さと宣伝のため。

 手数料で半分近く持って行かれてしまうあそこは、何でもそろうと噂のネットの超有名店で、そこでたとえば、男の娘、コスROMとかで検索をかけるとエレナのものが紹介される、そしてポチるという循環になるわけだ。

 宣伝効果を考えると、それくらいはマージンを持っていかれても仕方がないのかもしれない。原価が押さえられない少部数のところでも宣伝のためにおいてるところもあるのだと思う。人の目にはいってなんぼなところだからね。


 そして今月の売り上げは二月の下旬に入金とのことで、それが過ぎたら報酬の分配しようねとエレナには言われている。もちろん、諸経費を引いた上で1:3というのは当初の約束通りだ。

 今回はその諸経費の中に、増刷分の費用も入れてるからどれくらいの額が貰えるかは今の所は不明だ。


「実際、かなりの好評で、二冊目から入った人達からは、一冊目はもう売ってないのですかと問い合わせがけっこーきてるみたいですよ。特撮研の部屋にも置いてあるアレですが」

「ほっほう。たしかに今回のは新規の人が見たら、まえのもっ、てなる仕上がりだったし、重刷まーだーはきそうな感じ」

「二冊目のクオリティの方が、どうしようもなく高いでござるが……木戸氏。情報通でござる」

 一冊目に人気がでてるだなんて、かなりコアな人しか知らないでござるよーと、長谷川先生に詰め寄られてしまった。

 あの。寒いけど、暑苦しいのは、やめてっ。


「一冊目の時は、あわやネットオークションの餌食になりそうだったでしょ? そういうの知ってたしそれに、友達で、ルイさんの写真、はあはあとか、そんなのがいるので調べてしまったわけです」

「うわあぁ、木戸くん身近にそんな人が……」

「目下、目の前にいる奈留先輩あたりがそれに近い感じなわけですが」

 はあはあではなく、ふうふうと味噌汁を飲んでいる奈留先輩に視線を向ける。

 彼女は、そんなことないよー、はあはあはしないよーと言うけれど、十分危険人物である。


「え、えっと。話があまり見えないんだけど」

 ひとりずんだ餅を食べながらきょとんとした顔をしている清水くんが唯一の清涼剤です。

 次のお餅がつき上がるまで、自分用にとっておいたきなこ餅の皿を持って彼の隣に立った。

 さすがにみなさんそろそろお腹もこなれてきているようで、先ほどまでのようにご飯っ、ご飯はよっ、という空気ではなくなっている。


「うちが特撮研だ、というのは知ってるとは思うけど、活動内容としてはコスプレ写真を撮ろうよっていうような感じなんだ。それの話題の延長で、すごいレイヤーさんがいるよーって話」

 あ、レイヤーさんっていうのは、コスプレする人のことねと、付け加えておく。

 彼ったら本当にこちらの世界のことは知らなさそうだものな。オタク臭がまったくしない。


「へぇ。じゃあ木戸くんもコスプレしたりするんだ?」

「んや。俺はやらんよ。撮るほうだから」

 ほれ、今だって撮りまくりでございますと、彼にカメラを向けると手で遮られてしまった。

 くっ。やっぱり嫌か。写真。


「もーちょっと男っぽくなったらでいいかな?」

 さすがに今の状態が残っちゃうのは嫌だと言われてしまいました。

 確かに今後、ホルモン療法とかをしていけば見た目ももっと男っぽくなるだろうし。

 ……木戸さんもホルモン療法やった方が男っぽくなるんじゃね? っていう話はさすがになしですよ。男に男性ホルモン入れてどーすんですか。

 ちなみにそれをやってもヒゲは生えないよ? 毛根を焼き尽くしているので。


 そんなやりとりをしている時だった。

 じぃーとこちらを見上げる男の子達が視界に入った。

 お餅が欲しいのだろうか。まだきなことかあんこのほうは残ってるからそちらに行けばいいのに、なんて思ったのだが。

「うひゃっ」

 下腹部に妙な感触が走った。

 っていうか、普通に変な声がでた。うん。一応男声。

 でも、こんな声が出てしまってもしかたないんじゃないかな。


「うぅ」

 隣にいた清水くんも情けなさそうな表情で声を上げている。

 そちらに視線をむけると、どうやらそっち(、、、)もやられているようだった。


「こうらっ、お前らなんてことしてんだっ」

 怖いくらいの笑顔というのはこういうことを言うのだろうか。

 片手で箸と皿をもちながら、もう一つの手でその小僧の頭をぐしりと掴んだ。

 本当ならこめかみあたりをぐりぐりしてやりたいところなのだけど、手が空かないのでしょうが無い。


「ぼ、ぼうりょく反対だっ、にーちゃん」

 その子はこちらを見上げてにーちゃんと言い切った。

 そして先ほど掴んでいた手はぷらんと下げられている。ずっとさわり続けるべきものでもないし。


「人様の股間を触った悪ガキにはお仕置きは必要だろ。つーか、なんでこんなことしてんだよ」

「にーちゃん男か女かわかんなかったからやったんだよ。おとーさんのマンガで、せーべつ確認するために、ぱんぱんってやってたし」

「……マンガを真に受けてはいけないぞ」

 はぁと深いため息が漏れた。

 彼が言っているのは国民的人気のあるバトル漫画のことだろう。それの超初期でそんな描写がでてくることがある。しっかり冒険して、ギャグが多かったところでのネタの一つだ。

 この子らにしてみれば、親の世代の書斎にあるものなのだろう。 


「こっちのねーちゃんにはついてなかった」

「ってことは、ダンソウってやつか……」

「……」

 そしてこちらで対応をしている間、お隣を触った子がそんなことを言い出した。

 うん。それあかんやつだからね。清水くん顔を真っ青にしてしまってます。

 ここはきちんとフォローしてあげようではないですか。


「えっとねー、実はこのおにーちゃん、まだ生えてないだけ、なんだよ」

「へぇ。そうなんだ。にーちゃん大人なのにまだ生えてないんだ」

 あれ? 最初は冗談をいいつつ、うまく誘導しようとしたのに初っぱなからなんか納得されてしまったのですが。

 それとも子供って、そういう認識だっけ? え。

 清水くんもその反応に、は? という表情をしている。


「俺のクラスにもまだ生えてないヤツがいてさ。そいつ、いつか大きくなったら生えてくるんだってずっと言ってるんだよ」

「マジか……」

 おうふ。まさかのFTMさんのお友達がいるお子さんでした。


「なんか、あれだな。にーちゃんもあんまり気を落とすなよな。いつか生えてくるっていうし」

「あ、うん……」

 清水くんがとても複雑そうな表情で、少年達に頷いた。

 彼らは、それじゃーな、餅うまかったー、次は味噌汁みたいなの食べさせてー、と言って去って行った。


「生えてくるなら楽なんだけどね……」

 苦笑気味に清水くんはそんな彼らを見送った。

 先ほどの蒼白な感じはもうない。

「その、さ。大丈夫か?」

「さすがにびっくりはしたけど、そういや僕も小さい頃そんなこと言ってたっけなってむしろ懐かしくなったよ」

 触られるのはゴメンだけど、と彼はずんだ餅にかぶりついた。

 甘いもの補給は大切である。


「ま、むしろ木戸くんがあんなことを言っちゃう方がびっくりだけどね」

「いや、まあ、なんだ。あそこから入って、嘘だーとかって流れになって、本当はいろいろ話そうと思ったんだよ。どっからどう見てもにーちゃんだろ、ってさ」

「そりゃ感謝だけど……」

 うーんと、彼はにまにましながら、もにゅもにゅずんだ餅を咀嚼しながらこくんと飲み込んだ。


「僕と一緒に触られたってことは、木戸くんもおねーさんかおにーさんかわからなかったってことだよね?」

 さすがです、性別不明さまと言われてこちらとしては返す言葉もない。

 いろいろやらかしてますからね……

「お望みとあれば、おねーさんで押し切っちゃってもいいのですがね。さすがに幼子にトラウマ残しそうだからやめた」

 うん。今回はこの対応でとりあえず良かったと思っている。

 下手に女子モードで会話をしてしまって、うっかり初恋でもされてしまったらかなりトラウマだろう。

 木村みたいな可哀相なことはさすがに体験させたくない。


「えっ。木戸くん女装してくれるの? えっ、それでお餅で、ねとねとで、触手プレイなの!?」

 成り行きを見守っていた奈留先輩が、頭おかしい発言をしてくださった。

 ずいぶんな物言いである。

 なので、そんな先輩に、ぽそっと女声で言ってやったのだった。

「お餅は神聖なものなんですっ。餅神さまにとりあえず謝っておいてください」

 さ、そろそろ三回目のお餅もつきあがりますから、お仕事しますよ、とテントの方に向かうと、あぁ、もうー、声だけでそれとか反則すぎるーと、奈留先輩はもだえてくださった。


 そのあと、寸胴鍋の前にはさっきの子供達が、おにーさんお餅くださいと来たので、野菜をたっぷりと入れてあげました。

 大人げないとはいわないでいただきたい。

 豚汁の一番は良く味の染みた大根なのである。

結局翌日になってしまいました……もー連日更新はむりっぽい気がします。

明日から十連勤ですしね……とほほ。


それはともかく、お餅食べながらサークル活動な感じな前半です。委託ってしたことないから調べましたが、店頭での販売ってこんなにマージンをとるのかと驚いてしまいました。

まあ、ブランド力というか、宣伝にはお金かかるってことですね。


そして、お子様! 摩訶不思議アドベンチャーな感じで、あのネタです。

触らないとわからないとか、おねにーさまとか、この少年達の今後が心配でなりません(苦笑)


 さて、それで次話ですが、二月のお話で、バレンタインかと思いきや、木村くんが相談事を持ってきます。まだ書いてないけどね! 今日のお休みでどこまで進むか……がんばります。

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