255.餅つき大会1
昨晩公開予定でしたが、遅くなってスミマセン。
とりあえず餅つき1です。2は明日公開できるといいなぁ……
「毎度こうなるとはわかっちゃいるんだけどな」
一月下旬。後期の試験が終わったあとの日曜日に、なぜか木戸は大学の空きスペースの前のテントの中にいた。
テントといっても山登り用のではなく、よく町内会とかで祭りをやるときとか、運動会をやるときとかに使うような上をおおってくれるタイプのものだ。
そこには大学の名前が印字されている。古びて見えるからかなり昔から使い続けてくれているのだろう。ちょっと昭和の空気を感じるテントだ。
そして。長机の前には、大きな寸胴鍋と、小さめな鍋。そして他にはバットもいくつか用意済みだ。
「おぉ、木戸氏ー。いいところで会ったでござる。ちょっと付き合って欲しいでござる」
試験も最終日というところで、ようやく解放された気分で学内を歩いていると、そんな少しファットな声帯から、テンション高めな誘いを受けてしまった。
特撮研に顔でも出そうかと思っていた矢先だったのだけど、これは特撮研にも関係あることでござると言われてしまえば、断る理由はなにもなかった。
そして。今に至るわけだった。
大、餅つき大会。
例年、人文学部主催で行われているこのイベントは、今年はどうも長谷川先生のターンらしい。
毎年、助教授以上の人たちで持ち回りをしているそうで、それぞれのサークルなども交えての会になるのだそうだ。
とはいっても、規模はさほど大きくしないようにするのが定番で、参加しているのは主催の長谷川先生のサークルと研究室の人たち。そして人文学部の他の研究室の希望者。
最後は、地元の人たちということになっている。
学校からの参加はそんなに多くないようで、みなさん餅より研究というような感じらしい。
長谷川先生は毎年参加しているそうなのだけれど、そこまでお餅も美味しくないし、料理関係を求められても困るでござる、というようなのが何年か続いてしまって、だんだん主催以外は来ない会にまで落ちぶれたそうだ。
近所の子供達にとっては、杵と臼でお餅をつくということが珍しいみたいで、そこそこ人気はあるみたいだけど。
お餅は、時宗先輩を中心に、ゼミの男子生徒と一緒につきあげるらしい。
もちろん、慣れている人なんていないわけで、かなり腰がひけていて、見ていて危なっかしい感じだ。
餅をつく側もそうなのだが、ついたものを押し返したり位置を合わせたりする方が、さらに自分の手も一緒につかれてしまうのでは? という恐怖で及び腰になっているのが見える。二人の呼吸はばらばらで、本当に素人という感じだ。
「ま、出来上がったら、こっちの仕事になるからゆっくりでいいのだけどね」
かしゃりとその風景を写しながら、さらにその周辺の反応にまでカメラを向けておく。
さすがのへっぴり腰っぷりにみなさん微妙な笑顔を浮かべている。
一部の子供からは、お餅まーだーという催促までくるくらいだ。
がんばれ、男の子。
「にしても、まさかあの予算でここまでやらかしてくれるとは、拙者大興奮でござるよー」
ひくひくと鼻を動かして寸胴の中にはいっているものの匂いを彼はかいでいた。うん。味噌のいい感じな香りが漂っていますものね。
はい。
餅つきということで、味付け部分を頼みますというのが、長谷川先生の依頼でした。予算は二万。
そんなわけで、用意をしてみたのが、この寸胴の中に入っているちょっと濃いめの豚汁。お餅が入るといい感じに馴染むかと思います。木戸家のお雑煮はお出汁から引いて醤油で味付けをするのだけど、今回は思い切り味噌でせめました。
だって。寒い冬空の下で食べるなら豚汁でしょう、というのがなんかイメージだったからだ。
お雑煮を食べ飽きているだろうし、というのももちろんある。
小さいお鍋は小豆を煮てありますよ。おしるこは冬の定番、大人気。材料はこちらで買ってきましたが、味付けなどは特撮研の一年にお手伝いしていただいてます。
その他にも、きなことか枝豆で作ったずんだ餅のあんとかも用意しています。普通に醤油オンリーもありだし、砂糖醤油もありです。
「いちおー、多めに作ってはありますが……まあ、入りは例年通りって感じですし、大丈夫ですかね」
「おうふ。その点は問題ないと思われ。心なし周囲の子供達が多いように思うでござるが、例年これくらいで用意されるタレはもっとずっと少ないですからな。正直ここまで立派な、ものができるとは思ってなかったでござる」
これは快挙でござるよーと、まだ味見もろくにしていない長谷川先生はテンションマックスだった。
いや、先生。食べてからお話をしましょうよ。
「今年はかおたんの手作りかぁ。時宗は残念な感じだけど、こっちは期待大、だね」
「かおたん言わんでくださいよ、志鶴先輩」
「えー、だってこういう料理の時は、女子モードで作った方がよくない? もう、いろいろ公開してるんだから、しのさんでいっちゃえYO!」
匂いにつられてか、特撮研のみなさまは、餅つき風景の撮影もほどほどにテントの方に集まってきていた。
志鶴先輩は相変わらず、ボーイッシュな感じの女装で、パンツスタイルなくせにかっけー女性という感じに決めている。この人、スカートはかないのにこのクオリティというのは毎度すごいよなぁとしみじみ思ってしまう。
ま、ルイさんだってパンツスタイルをやっても男に見えることはないのだけれど。
でも、どうしてもスカート派にはなってしまうのです。
「男の娘だから料理できるっていう押しつけはどうなの? っていっていた先輩の口からそれがでるとは思っていませんでしたよ。いいじゃないですか。男が料理できるって」
「そりゃー悪くはないよ、一般論としては」
でもねぇ、と視線をこちらにちらちら向けながら、彼女は悩ましげな声を上げた。
「ふ、ふふふふ。る、じゃなかった。しのさんの手作り……しかも味噌汁っ。ああ、俺に毎日味噌汁を作ってくれないかっていうシチュきたーー! はあはあ。しのさん。しのさんのお手々が触った大根さん……」
そしてもう一人、この状態に怪しい雰囲気を出している人がいた。
もちろん奈留先輩である。
一つ上の先輩様は、いつになくハイテンションで、こぽぉといいそうな勢いだった。
そりゃ、ルイさんの大ファンである彼女は、こうなる可能性も十分に秘めている御方なわけだけれど。
さすがにちょっとはしゃぎすぎである。
「なんか、二人ともテンションおかしいけど……餅つきだから、仕方ないのかな」
「きっと餅つきだからダヨ」
ふふふと、まともな花涌さんに答えておく。
本日は特撮研のメンバーはフルで出席している。料理に関しては木戸が大半を担ったけれど、一年生組は料理ができるのでいろいろと手伝ってもらったのだ。
いちおうは、数十人規模の会なのでさすがに一人でご飯を全部作るのは厳しいというのはわかっていたしね。
「でも、楽しみだなー。さっき試食した感じだとちょっと濃いかもって思ったけど、しっかり油もでてておいしかったし」
寒いし、早く温かいもの食べたいーと言って身体を小さくして震えているのは鍋島さんだった。
彼女にももちろん料理の手伝いはしていただいた。豚汁の味見とかを中心に、味噌もちょっとたそうとかいろいろアドバイスをしてくれたのだった。
「あの、木戸くん。僕も参加しちゃってよかったのかな? あんまり両方につながりがないんだけど」
テントの前に申し訳なさそうにしている、清水くんの姿があった。
テストの帰りにばったりと彼にあった時に、このイベントの話をふってみたのだ。長谷川先生は連れてきたい人がいたら呼んでしまって構わないですぞ、とか言っていたし、一般枠ってことにしてしまえばそれで済んでしまう話だ。
「いいんだってば。俺とのつながりがあるんだから、お友達のご招待ということで」
むしろ、バイトの方が大丈夫なのか心配してたというと、ああ、と彼はにこりと笑顔を浮かべた。
うん。普通にそういう顔をすると女子っぽさは出てしまうなぁと。本人には言わないけどね。
「あ、うん。バイトはとりあえず頑張って目標額ができたんだよ。一人暮らしの社会人だとなかなかこうはいかないだろうけど、生活費は親だよりしてるから、なんとかだね」
「へぇ。なら、長い春休みにやっちゃうかんじ?」
「いちおう三月に予約いれてあるんだ。診断書もそろそろでる予定だしさ」
「そうすれば、来年の夏とかはプールいったり海いったりとかし放題かな?」
その時は是非、というと、よろしくーと返された。
うんうん。友達と男同士で水着な付き合い。とてもいいことだと思います。
……え。それがお前にできるのかとかそういう質問は……うう。どっちかというとこっちが無理なのかもしれないけど、押し切りますよ。風呂じゃなければきっと大丈夫! 高校三年の時は大丈夫だったのだし。
「あ、でも傷とかできるんだっけ?」
「そりゃ多少はね。でも、国内で傷が小さくやれる術式があるとかでそこでやる予定なんだ」
あんまりがっちり傷が残っちゃうと、なにあの人って話にもなりかねないし、目立ちたくないと彼は苦笑を浮かべた。
「ほえー。いろいろ進んでるんだなぁ」
「っていうか、木戸くんがそういう知識を持ってることの方が驚きだよ!」
そうはいっても、自然と入ってくる情報だからなぁ。胸オペの話はいづもさん達から聞いてたものなので、それからかなりの技術革新というものがあったのではないだろうか。あの二人は一世代上だし。
「あ、お餅つきおわったみたいだね。ちょいと混むかもしれないから、またあとで」
いっぱい食べていってねーというと、彼は少し離れてこちらの様子を眺めていた。
「はい、しのさん。お餅くるからスタンバイよろ」
「いえす、ゆあはいねすっ」
とりあえず、鍋島さんに舌っ足らずな敬礼を返しつつ、お餅が運ばれてくるのを見る。
実はこれ、まだ第一弾で、三回くらい蒸した餅米をついてお餅にするらしい。つき上がった餅の塊をとにかくちぎる。ちぎるちぎる。
そしてオーダーの通りに味付けをしていく。
汁物は味が染みた方がいいので注文が来る前に20個ずつ投入。
少し火を強くして、それでも煮たたない程度の強さに調節。とぽんといれつつ、その間に並んでいる人たちにはきなこ餅や、醤油、ずんだ餅などあまり火をいれないでいいものを食べてもらう。
いちおうこれ、全部一人でつくったわけではなく、ずんだは花涌さん、おしるこは鍋島さんがメインで作ってくれたので、こちらは材料を買ってきただけだ。
そしてそれぞれでそちらのお餅の管理もしてもらう。
というか、どうして人文学部の長谷川研究室の人たちはあんまり料理の方は手伝ってくれないのかが悩ましいところだ。
まあ主催者がカプ麺の申し子だし、みなさんそういう生活なのかもしれない。
ちなみにテントをたててくれたり、杵や臼を用意してくれたのはゼミの先輩方なので、それなりな分担ではあるとは思うけれど。
「お雑煮もどき完成でーす。さあ寒いさなかにいかがでしょうか?」
もにゅもにゅときなこもちなんかを食べてるみなさまに一声かけると、ずらりと列ができた。
かおたん……かおたんのご飯、と一人目を血走らせているのがいるけれど、無視。
お子様を中心に味噌汁をよそってあげると、みなさま、あっ、うちの薄い味噌汁よりおいしいとかなかなかに評価が良かったようだった。
「よっしゃー元気でてきたし、次、やったるかっ」
時宗先輩もずんだ餅と豚汁餅を食べきって元気になったのか、起き上がると再び杵を持って炊きあがった餅米と格闘をスタートするらしい。
「あと二回分か……こっちは足りるとしても、豚汁足りるのかな……」
花涌さんの一言は、こちらが声をかけたらずらっと並んだから出た言葉なのだろうけど。
大丈夫です。そのための寸胴です。たっぷりあるので、しっかりと食べて行ってください。
「これでしのさん状態だったら、男たちはとろっとろになってただろうに……世間というのはままならないなぁ」
鍋島さんのつぶやきも聞こえたけれど、とりあえず無視。豚汁にお餅を入れながら、お客に笑顔で対応することに集中である。
今回は順当にごはん係なわけですが、木戸くんの手料理でゅふふみたいなのも混じっているので、危険が危ないですね。
でも、危険なのは、実はお子さん達のほうなのです。
本音と建て前の区別がつかないお子様こそ、女装などをやる人間にとっての天敵であり、宿敵ではないでしょうか。
そんなわけで、次話は。子供達の交流を中心にいこうかと思います。
明日は半休だから夜にはアップできる……はず。ということで。




