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「んまー。そんなに和スイーツはーって思ってたけど、ふっつーに、いいっ」
「だなっ。甘すぎず、上品な味というか」
クリームぜんざいをつまみながら、ほへーと緩んだ顔をしているクロキシを一枚。
演技してる顔も好きだけど、こういう力が抜けた場所というのはどうにも撮影していてほっこりしてしまう。
ルイねーさまも緩んだ顔をしてますよー? と楓香に言われたけれど、それは仕方ないと思う。
きなこあんパフェは、コーンフレークを下に敷いてその上に蜜が絡められ、そしてその上に白玉だんごがいくつかのっかり、真ん中にあんこが鎮座して、周囲をきなこの雪がちりばめられている。
あんこを少しひっかいて白玉とくっつけていただくと、ほどよい甘みと、くにゃっとした白玉の感触が幸せな感じである。
普段は、パイ生地中心なわけだけど、こういう食感も割と好みだ。
「なぁ。楓香。お前から見て、この二人ってこう……どうなんだ?」
こそっとミートパイをつつきながらおじさんが楓香に耳打ちをした。小声で言っているようだけれど、しっかりとこちらまで声は届いている。
「どうって、見たまんまでしょ。スイーツ片手にうまーってしてるコレを見て、思ったことが真実」
感じたものがすべてでございますとこっそり彼女が言うと、おじさんは、これで……だもんなぁと複雑そうな顔をしていた。
「可愛い可愛いってさっきまで散々だったのに、急にどうしたんです?」
「いや、こうやって息子と並んでいるとこう……冷静になるっていうか、客観的に考えられるっていうかさ。ちょーっと熱は入っちゃったけど、さすがにこれ以上やると静香さん達にどやされそうだし」
「さすがに甥に求婚とか、すでにどやされる要素しかないわけですが」
こそっと甥という単語は周りに聞こえないように小声にしてある。
反省していただけて何よりなのだけれど、健と一緒にご飯食べてるシーンを見てそれを悟るのもどうかと思う。
「そこはごめんよー。お年玉あげるからさー」
「おっ。その振り袖着たらって話だったと思っていましたが」
「んー、正直、ルイちゃんが振り袖着てくれたらなんだって良かったんだよね。タケもそれだけ可愛くなるっていうのも、まあ収穫といえば収穫だし」
収穫なのか? というのは少しだけ疑問ではあるのだが……
こちらとしては臨時収入は普通にありがたい。
今朝のこともあって、ちょっとルイとして上位機種に買い換えたいという思いが出てしまっているので、いただけるのならありがたくもらっておくことにする。
コスROMの収益待ちとか思っていた所もあるのだけど、今月のお給料でなんとかいけるといいなぁ。
まあ明日のコートのお買い物でもお金使うことにはなるのだけど……うーん。
これが悩ましいところで。もちろんカメラを優先っていうのはわかってるんだけどねぇ……つい。こうね。
服を買いに行くと一目惚れしてしまうというか……はわーんとなってしまうこともあって。
はい。カメラを買う決意はしたのでなるべく気をつけます。
そんなやりとりをしていたら、隣に座っているクロやんがもじもじしはじめた。
なんというか。こう振り袖姿でもじもじという感じで、なんか瞳に涙を浮かべていたりもして。
いきなりどうしたんだろう。と思いつつ、カシャリと一枚横顔を撮っておく。
「うぅ。ルイねぇ。あの……お花摘みに……」
「ああ、はいはい。道をふさいでごめんよ」
四人がけの席にクロキシと並んで座っているわけだし、通路側はこちらがふさいでしまっていたので、道を空けてあげないと外にも満足に出られないというわけだ。
立ち上がって、さぁどうぞ行ってらっしゃいと、手を引いてあげるとそこで、うぅとそれでもその場を動こうとはしなかった。
さっさと行くなら行けばいいのに。
「ルイねぇ……一緒にきて」
「はい? もう、その歳で一緒にトイレに行って欲しいだなんて」
「女の子はトイレに一緒に行くものだっていうじゃん」
「そりゃ、まぁ……でも。ここのトイレ、二個しかないよ? 学校の連れションとは訳が……」
シフォレのトイレは、女性用が一つ、男女兼用が一つというコンビニ方式だ。
女性の方が多いこの店だから、女性も入れるトイレが多い……のもあるけれど、兼用のトイレがあるほうがポイントだと思う。
うん。言うまでもなくこれは、女装した娘が気軽に入れるようにといういづもさんの配慮だ。
……まあ、ルイさんは引け目なく早めに割り切ってしまったけど、一般的に女子トイレに入るということは禁忌だ。心が女子、というならいいけれど、そうじゃないならっていう話もあったりなかったり。
別に、盗撮するわけじゃないんだし、やましいことをしていないのだから、ルイとしてはいいとは思っているのだけど、世間的にはわりとNGな行為らしい。
……いちおう、弁解しておくけど、この格好で男子トイレに入る方が大問題になるからね! それ考えたら女子トイレか多目的トイレを使うしかないのです。
「和服でトイレとか……絶対崩れる……」
クロやんがすがるような視線をこちらに向けてくる。なにこれ、可愛い。
ちょっとおねーさんとして、手を貸してあげなきゃとか思っちゃうような表情だ。
もちろん撮った。うん。ばしばしと。
「って、ルイねー……さすがに放置プレイは可哀相だと思います」
「あ、ゴメンゴメン。おトイレだったよね」
楓香に指摘されて我に返ると、クロやんはぷるぷると身体を震わせていた。
これ、あかんやつだね。さっさとトイレに連れて行こう。
「和装でのトイレの仕方はきちんと覚えて置いた方がいいよ。成人式で着るかもしれないからね」
ふふっ、と苦笑を浮かべながら、トイレの外で待つ。
いちおう共用のほうに案内をして、ドア越しに振り袖でのトイレ作法についてレクチャーをした。
さすがに、一緒にははいらなかったよ! 狭いし、そんな手取り足取り教えるようなことでもないもの。
え、詳細をはよって? さすがに乙女のトイレ事情を赤裸々に語れませんので、是非ともぐぐってください。
「さすがにそれは勘弁かな……でも、ありがと、ルイねー」
トイレを無事に済ませたクロやんは帯のあたりを気にしながら、手をハンカチで拭いていた。
そしてそれが終わると、洗濯ばさみを返してくれた。
「せっかくだから、あたしも入っていっちゃおうかな」
先に席に戻っててね、といいつつ入れ替わりでトイレに入っておく。
洗濯ばさみを持ってきていたのは、そでのところを押さえるため。なくても帯に巻き込んでしまったりなんてこともできるけど、あったほうがなにかと便利だ。そんなに重くもないしね。
振り袖でのトイレは正直面倒くさいなぁとは思う。
水はねを気にしたり、着物を汚さないように注意しなきゃいけないから。
でも、できないわけではないので、きちんと対策をしておくとあわあわしないで済む。
ここら辺の技に関しても、若宮さんからのレッスンの賜である。
「ん?」
和装はさすがに自力ではなかなか厳しいご時世ですとか思いつつ、トイレを出ようとしたところで、何かが床に落ちているのに気付いた。
「あらっ。珍しい……」
膝をおってそれを拾う。
それは小さなキャラクターもののストラップだった。
今時、なかなかつけている人もいないであろう、ほめたろうさんがくっついている。
「とりあえずいづもさんに押しつけておけばいいかな」
紐のところが少しほつれているのを見ると、どうやら古くなって切れてしまったらしい。
ほめたろうさんグッズがそこそこ売り出されたのは、ルイが、いや木戸が十歳くらいの頃のことだ。
それから次第に人気が無くなっていって、今では関連商品は中古がネットで販売されるくらいなものだった。
レジの方に向かいつつ、きょろきょろといづもさんの姿を探す。
厨房に入ってなにかを作ってるとなるとさすがにこの格好で中までは入れないなぁなんて思いつつ。
その相手はきちんと、入り口周辺にいてくれた。
なにやら血相を変えた女性と話をしているようだった。
「是非、お願いいたしますわっ。あれは大切なものなんですのっ。彼からもらった……」
「ストラップねぇ。特別落とし物って届けられたりは無かったのだけど、見つかったら連絡してあげる」
連絡先聞いてもいいかしら、といいつつ携帯番号なんかを聞いているようだった。
はて。落とし物だったらこれ、ということはあるのだろうか。
「あの。もしかしてその落とし物ってこのストラップですか?」
「へ? ああ。あああっ! これですっ。あの、どちらに……」
「トイレの床に落ちていました。さすがにほめたろうさんは年季がはいっていて紐が弱ってたみたいですね」
本体は可愛くでっぷりしてますが、と苦笑を浮かべると、彼女はぱーっと笑顔を浮かべていた。ほんと泣き笑いみたいな感じの顔だ。
冬子さんはまったく、こちらの顔に見覚えはないらしく、無邪気な顔をさらしている。
あの、海斗の誕生日パーティーでつんけん絡んできた子とは思えないほどに、普通な表情だ。
「貴女もほめたろうさん、好きなんですの?」
「ええ。我が家にぬいぐるみが一体鎮座しております。ときどき無性にむぎゅっとしたくなるんですよね」
「わかりますっ。あのもっふもふででっぷりした感じがたまりません」
きゃーと、冬子さんは手をきゅっと抱きしめるような感じにしながら、ほめたろうさんを想像していた。
うん。彼女のおうちにいる子もそこそこのサイズがあるらしい。
「それなのに三年くらいで市場から消えてしまうとか……本当に残念でなりません」
「そうですわね。あんなに愛らしいのに生き残れないだなんて……みなさま見る目がありませんわ」
彼女はぐっと拳を握りしめながら、悔しそうにつぶやいた。
よっぽどほめたろうさん好きなんだなぁ、この人。ストラップも血相を変えて探しにくるくらいだし。
「ああ、このストラップに関してはもっと思い入れがありますの。はじめて彼がくれたものですから……」
「は?」
「へ?」
「ああ、い、いえいえ。贈り物だったんですね。それであんなに必死に探してらして」
あっぶな。思わず変な反応をしてしまいそうになったよ。
内心でどきどきしながら、なんとか取り繕うことはできた。
まったく。海斗のやろう。幼なじみで腐れ縁だとかなんだとか言って、贈り物とかしてるじゃん。
同性愛設定はどうなったんですかねぇ、ホント。
「はいっ。あの頃は海斗さんもよく笑って話しかけてくださって……でも、今では婚約を解消しようだとか、自分は君にふさわしくないだとか。この前なんて、どこの馬の骨ともわからないやつと……むむむ」
今でも、はらわた煮えかえりますわっ、と彼女は地団駄を踏みそうな勢いでぎりぎりと拳に力を入れていた。
……すまん。その相手、目の前にいる人なんですよね。眼鏡かけてると印象ががらっと変わるから気付かれてないけど。
にしても、幼い頃に仲が良かったっていうのは、確かなことなんだと思う。
大切な友達に接するように。あいつは冬子さんが喜ぶ顔を見たいと思ってプレゼントをしたのだろうな。
そして段々年齢が上がっていって、自分の性指向に気付いて、それからは婚約者って単語から逃げるように彼女を避けるようになったのかもしれない。
友達ならいいけど、恋人は無理。
そんなところなのだろうな。あいつなんだかんだで、友達は大切にするし、実際大学でも友好範囲はかなり広いほうだ。あんまり木戸と話すことはないけど、朝にあったら挨拶はかならずしてくれる。
「なかなかままならない感じなのですねぇ……」
「そうなんです。今日もお正月の挨拶をして、そのまま一緒に初詣に行く予定でしたのに、一方的に反故にされてしまいましたわ」
それは、なんか一方的に海斗が約束を言い渡されて、それをすっぽかしただけのような気がしないでもないのだけど、それを指摘するようなことはしない。
「それはお正月からついてないですね」
「……だから、ほめたろうさんのストラップまで無くなってしまったら私はどうしようかと……」
それは、確かに彼女が海斗と楽しい時間を過ごした証なのだ。
女は未来を生きるものというけれど、彼女は未だに海斗のことを諦められないでいるらしい。
ううむ。友人としてはちょっとフォローしてあげたいところだけど。さすがにこの状態だと変にそれらしいことを言っても違和感しかでないだろう。
「見つかってなによりですね。その子もようやく戻って来れて安心だと思います」
大切にしてあげてくださいね? というと、ええ。という返事が来てそれを合図に彼女は店の外にでていった。
さすがに店頭で長話をするような間柄でもないので、ここらへんで終了というこちらのメッセージを受け取ってくれたらしい。
こちらも親戚を待たせているし、あまり長話もできないものね。
「それで、ルイちゃん。さっきの子もお知り合いかしら?」
「えー、初めてですよー。そして袖すり合っただけの仲です」
今後もしかしたらこのお店で会うかもしれませんが、まあそのときはそれなりな対応をすればいいだけのことだ。
後は本人たち同士のやりとりなので、こちらからはなんも言えませんといいつつ、従姉妹どのたちが待っている席にルイは戻ったのだった。
お正月がなかなか終わらない! まさか四話かかるとは……
というわけで、シフォレ下です。
振り袖でおトイレって、私も行ったことがないわけですが、崩れたりしないか心配は心配ですよね。和式の方が使いやすいのかと思いきや、洋式の方が崩れにくいとか、なんか不思議な感じです。
そして、まさかの冬子さんです。神社で出す予定だったのですが繰り下げでこちらに。友情と愛情の線引きって難しいものですよね。
さて。次話ですが。お正月が過ぎてもお正月気分は抜けぬもの。ということで餅つきを一月下旬にやります。え、その前に後期の試験があるからそんな時期の開催ですよ? 主催は長谷川先生です。どういう展開にしよう……orz




