251.
おそくなりましたが、振り袖神社回です
「あれ。思ったより人が少ない?」
クロキシの言葉が示すように、そのお社はそこまで人が多くは無かった。
本日の目的地は二カ所。
クロキシたちが普段詣でているともいっていた、「学業成就」の神社が一つ。
うん。去年ルイ達が詣でたところでもある。
そしてもう一カ所はそこそこ人気のある場所だった。
「例年クロくんたちここだっていうから、先に馴染みのあるところをーってした結果なのです」
ま、去年のお礼参りもあるわけですが、とも付け加えておく。写真部の面々と来たのもここだ。その時は午後からの参加だったわけだけれど。
「うぅ。こんな格好で外に出るとか無理だってば」
ふむん。あれほど家で諭したクロキシどのが、怯えるようにこちらの着物のたもとを掴んでくる。
これはこれで可愛いのだけど、和装はやはり背筋が伸びてこそだと思う。
家でメイクと着替えを済ませた健は、鏡の前で、これが俺っ、とおきまりの台詞をいいつつ、それでもコスプレじゃない女装はやだよーこわいよーと散々だったのだった。そりゃ、エレナの誕生日会のときだって、クロキシはがちがちだったし、私服の女装どころかコスプレ会場以外で女装をすること自体に、抵抗があるのかもしれない。
「まったく、クロくんは世話がやけるなぁ」
緊張感ばりばりなクロキシどのにやったのは、まあ、写真を使った自己暗示だった。
やれやれとため息をつきながらカメラを向けて、いくつかの角度で写真を撮っていく。
それで出来たものを彼に見てもらうのだ。
「うわ、これって……」
「うん。クロくんだね。見事な寸胴体型で、とても和装がお似合いですっ」
「ちょっ。それ微妙なほめかた。まあ、違和感はないと思うけど」
ほえーと写真を見つめながら、クロキシはコスプレ写真を見るような目つきで、それをのぞき込んでいた。
うんうん。別に元キャラが無くたってクロやんは堂々とすればいいのです。
「キャラにこだわりを持つのはとても良いことだけど、普段できない言い訳にはならないよ。キャラになりきってなくても、別にそれなら、男っぽく喋らなければいいだけのことだし」
だーれもクロくんを殿方だと思う人はいないのではないかしら? とお嬢様風に言ってあげると、うげげと健は嫌そうな顔をした。
「つーか、ルイねーはキャラを演じるとかなくばんばん女装だけど、怖くねぇーのかよ?」
「はい、だめ。口調の修正依頼。ま、そんだけ可愛ければやんちゃ系でも通るだろうけど、丁寧に直すこと」
「というか、ルイねえさまはキャラを演じなくて女装なさっておいでで、否定されるのが怖くはないのですか?」
「うーん、硬いなぁ」
考えながら口調を変える健を前に、うーんと腕を組んでしまう。
キャラの元ネタがあるならやれるけど、というやつなのだろうか。
ま、でも言い直してくれたので、こちらも答えてあげることにしよう。
「今は怖くはないけど、最初の頃は怖かったんだよ? っていっても二週間くらいだけど」
「二週間って……確か週末だけっていったよな!? ってことは四日とかかよ……」
「はい、言葉遣い注意ー」
今度は楓香から注意が飛んだ。それらしい格好をしてるのだから、おしとやかにしろといいたいのかもしれない。
健は、うぅとしょんぼりしながら、それでも驚きに満ちた顔でこちらを見つめていた。
「だってさー、銀香でうろうろしてたら、声をかけてくれたりとかいろいろあって。あ、どうやらこれ、不審者だとは思われてるけど、女子の不審者扱いだ、という風に思ったのね」
初めての銀香での撮影の時は女子高生がカメラを持って、こんな田舎にだなんて珍しいというのが、あの町の人達の印象だったのだと思う。
「あとはヤクルトのおばさんばりの、遭遇率ってやつよ。毎週行ってればそれなりに安心感もでるし、みんなと仲良くもなって銀香のルイって呼ばれるようになったわけ。まー大銀杏さまに一目惚れってのもあるんだけど」
共通の話題があるとやっぱり会話は弾むのですと答えておく。
「そんなこんなで、ちっちゃい子も含めて、誰一人あたしを男だという認識はなかったのね。おねーちゃん写真撮ってってせがまれたりとかもしたし」
あー、あのときの子もかわいかったなぁとちょっと遠い目になる。今はもう小学校に入るくらいにはなっただろうか。そのときの写真はお母さんが近くにいたみたいなので、その方のスマホにデータは送信。うん。最初の頃ながらそこそこな写真だったので、その方も喜んでくださった。
「で、でも、外の世界は怖いとかネットには書いてあるじゃん。やれ女装してると白い目で見られるとかなんとか」
「うーん。クロくんは普通にコスプレやってるんだし、その会場じゃ問題ないわけでしょ?」
「そりゃ、あそこはキャラの再現度のほうが優先で性別のほうはどうだっていいからじゃね?」
「……だから、クロねぇ、言葉遣い」
いらっとでもしているのか、楓香さまの言葉が割と怖い。何情けないこといってんのとでも言いたいのかもしれない。
「んー、でもネットでの女装情報とかって結構古いのが多いよ? 志鶴先輩のお父様みたいな一世代上くらいの人達が努力した結果を書いてるみたいなのが割と。その時代なら確かに外出るのも一苦労だったのかもだけど、今となってはよっぽどの田舎に行かない限りは大丈夫だよ。ま、子供を攻略できるかどうかで安心感は変わるだろうけど」
うん。多分ルイが一番安心できたのは、あの子供の写真の件があったからなのじゃないかと今なら思える。
大人はこのご時世だ、差別意識がある人というレッテルを貼られるのを嫌って、内心ではともかく表面上は笑顔で付き合う。
けれど子供にあるのは純粋に本音だけだ。
それは自分をはかるチャンスでもあるのだとルイは思っている。
「大丈夫っていう経験をどれだけ積めたか、なんじゃないかって思ってるんだよね。最初はおそるおそるで、でも実際やってみると全然誰もなーんにも言わない。鏡の中の自分もまぁ、それなりに普通に女子だし、背筋伸ばして堂々としてた方が大丈夫っていうのに気付いちゃうわけさ」
まあ、胸はありませんがねーと、苦笑を浮かべてあげると、ルイねーさま! 私もですと楓香がひしっと抱きついてきた。楓香の場合はない方ではあってもまったくないわけではないから、少し柔らかい感触が腕に触れる。
「なので言葉遣いだけもーちょっとなんとかして、それで町に出てみよう? その姿なら見とれる人はいても、嫌がる人はいないよ」
ほら。自信を持つといいというと、健はしぶしぶじゃあ、初詣行ってみる、と小声でいうのだった。
「どっちかというと午後の方が混むから、午前これてよかったね」
きっとみなさん家で今頃まだお雑煮とかをつついているのだよーと、はふぅーと両手に息を吹きかけた。
さすがにこの時期は気温も下がってかなり寒い。
寒いのだけどお社の作法は守らなければならないわけで。先ほど手水舎で手を洗った関係でかなり冷えているのです。
女子にとって冷えは大敵です。まあルイさんはそこまで血行不良ではないですけれどね。
「ホントですよ-。これで人がわんさかーってなってたら、クロねーさまったらびくびくと、恥ずかしいとか言い始めるでしょうから」
ほんとこれだけ可愛くて二の足踏むとか、わけわかんないですと楓香がにまにま兄の艶姿を見ながらだらしなく言った。いや、楓香さん。君も着飾れば可愛くはなると思うのですけれどね。でも、身長のことをある程度気にしてるのかも。
「さて。まずはお参りだね。あたしは去年のお礼も一応しとかないと」
「あのさ、ルイねぇ? 神様って偽りに対してはどうなんだろう?」
むぅと少し不安そうにクロやんは言った。
うん。性別を偽ったら神様が罰を当てるのではないかとかそういう話だろうか。
「んー、大丈夫なんじゃない? 熊襲討伐とか、日本の古い神様ゆかりの人とか平気で女装するしさ。それを言い出したらありのままの自分じゃないと嘘だ! ってなってしまうよ? 着飾ることのどこが嘘なのかな?」
今でもヤマトタケルを祭神とした神社はあるし、草薙の剣を祭っているところもある。神器といわれるようなものを、女装する人に与えたのなら、別に神様はそんなことでは怒らないのではないかな。
「そもそも、神様にとっては男の衣装だとか女の衣装だとか、気にならないのかもしれませんよ?」
ここだったらもう勉学のことしか興味ないとか、と楓香も混ざってくる。
「でもさ、それルイねーが完璧すぎて神様もうっかり見落としただけじゃないの?」
「……あの、クロくん。それは妄想がすぎるというものです。でもま……」
うん。そういう方向で考えてくれるなら、とさらに言葉を続けた。
「あたしが全力プロデュースしたクロくんも神様が見落とすかわいらしさだと思うよ?」
どうよ、と胸をはると、うえぇーその理由での自信の付け方はちょっとなぁとぼやきが入った。
けれど、とりあえずはそのままお社にお参り。
五円玉をお賽銭箱にいれてじゃらじゃらと鈴をならして、手を合わせて昨年はありがとうございました、無事に進学できましたという感謝と、今年もいっぱいのご縁をお願いシマスよ! と写真家としてのお願いをしておく。
うん。だからお賽銭は五円ですよ。別に貧乏でけちったわけじゃないのですよ!?
その後はおみくじを引いた。
他に破魔矢だとかお札とか売ってるけどそこらへんはちょっと、手はださなくていいかなという感じだ。特別ルイさんは不幸ではないので、必要ないとの判断だった。え、その巻き込まれ体質で不幸じゃないってと驚きのあなた! 結果的に盛り返しているのでそれでいいのです。
何人か販売してる巫女さんがいたので撮影させてもらってもいいですか? と一声かけてから数枚だけ写真に収めておく。うん。あんまり粘着しちゃうと一年で一番忙しいこの時期の迷惑になってしまうものね。
クロくんや楓香からは、あーここでも撮りますかいと呆れ混じりの視線をいただいた。
「ルイねー。おみくじはどうだった?」
私は末吉だったーとしょぼんとするクロやんを前に、楓香は大吉を引いていた。受験生……自力で頑張れ。
そしてルイさんはというと、中吉でした。ほぼほぼ無難みたいな感じでした。
恋愛、叶う、とか書いてあったんだけど、そもそもそういう気がまったくないんだよね。これ、まいどおみくじに入ってくるけど、ちっちゃい子供とかは引いた時に、恋愛叶うとか書いてあっても、あんまり意味ないような気がする。
「い、いいもん。悪いおみくじは縛って帰るからっ」
くすんとクロやんは、おみくじを木の枝に結わえにいった。
他にもいっぱい結んであって、それにならってやっていく。
そうとうひどいことでも書いてあったんだろうか。かなり真剣そのものだ。
「あれ。楓香ちゃん、だっけ? 君もお参り?」
そんなときだった。
男の声が聞こえて振り返るとそこには、男子二人組が立っていた。
高校生くらいだろうか……なんて形容がいらない。高校三年生の男子二人がそこに立っていた。
「ええっと、健にーのお友達の?」
楓香があからさまにきょどりながら、反応する。
そう。彼らは健の悪友1と2である。名前は、まだ、ない。
いや、一回聞いたんだけど覚えられなかったんですって。
「おっ。覚えていてくれたっ。いやぁーここ、学業成就に良いって言うから、俺達も買いに来たんだよ。健も誘ったんだけど、なんか家で用事あるから無理とか言ってたんだけど……」
家族でお参りって感じなのかなと、彼らはきょろきょろあたりを探し始めた。
人気のそんなに多くない境内なので、探索はそう大変ではない。
「って、トイレとかいってんのかな。会えれば新年の挨拶とかしたかったんだけど」
「でも、今年はこんな田舎なところにも、振り袖のおねーさんが……」
眼福眼福と、相変わらず残念な男子高校生は、クロくんを見てそんなことを言っていた。
うんうん。メイクの効果もあって、どうやら彼らはあれが、君たちの友人だということに気付いていないらしい。
「あ、はいっ。健にーはちょっと、おトイレに行ってまして。お腹いたいー、はっ、これは女の子の日だっ、とか言っていたので、きっと戻ってくるまで時間かかりますよ」
あの楓香さん。あきらかに女の子の日の下りはいらなかったのではないでしょうか?
ちらりとこちらに視線が向いたけど、さすがに今の状態では手を貸せませんよ。ルイさんは彼らと面識ないですからね。馨の女装なら彼らに見られているけれど。
「そうかー、健もついにその日が……って。男子高校生にそんな日はこねぇって!」
「もー楓香ちゃんもおちゃめさんだなぁ。なんつーか、知り合いの妹っていいよな」
「うんうん。結局ろくに学園祭でも女子とお近づきになれなかったけど、友達の妹は狙い目だったかもしれん」
男子二人に絡まれて楓香はあわあわしながら、視線をいろいろな所にさまよわせている。
でも、兄の方を見ないのはこの子なりの優しさなのかもしれない。
「そんなだから、おめーらもてねーんだよ。ったく」
けれども、そんな妹の努力はとりあえず粉々になった。
健が、こっそり二人組の背後に回り込んで声をかけたのだ。
おおぉ。おにーちゃんかっけー。晴れ着姿だけど、かっけー。
女声なのもあって、口調は男子だけど姐さんって感じの雰囲気になってしまった。
「って……おま、健……か?」
「うわ、振り袖姿だ……なんつーか、半端ねぇな。綺麗だ」
学園祭の時の姫の話は聞いたけど、まさかここまでとはと男子二人は驚きの声を上げていた。
「うぅ。おにーちゃんその姿見られるの嫌かと思って、がんばってたのにー」
「そりゃ、見られたくなかったけど、まーしゃーないって」
さすがに妹を放置してまで守りたいものではないよと、震えている楓香の頭をぽふぽふとなでた。
普通に仲の良い姉妹みたいな感じになっていたので、とりあえずその姿は撮影しておく。
え。ルイさんサイテーって声が聞こえた気がするけど、こんなもんですよ。もうちょっとしつこくするようなら、通りすがりのカメラマンを装って助けるつもりではいたしね。
「それで、うちの妹と仲良くなりたいとかなんだとか、言っていたようだけど、それは私も入っていいのかしら?」
わざわざ笑顔を浮かべながら、丁寧な口調で言う健の言葉に二人組は明らかにじりっと一歩後ろに下がった。
「さ、さすがにクラスメイトの男子に鼻の下を伸ばしては、学園生活が……っていうか、木戸さんはきてないのか!? 親戚づきあいってことなら来てたりは……」
苦し紛れなのだろう。片方がその名前を持ってきた。
「馨にーなら、トイレで女の子の日だぞ」
おまえもかよっ!
「ってのは、じょーだんとして、なんか用事があるとかで今日は別行動。そんなこと言ってないできちんとお参りして、きちんと勉強して受験に望もう」
ほれっ、我らには余裕はないのだよ、と健はクラスメイトをおっぱらった。彼らは素直にお参りをするようだ。
「んじゃ、楓香。今の隙に逃げ出しておこうか」
「はいっ、お姉様」
ちらりとこちらに視線を向けつつ、クロくんと楓香は鳥居を抜ける。
こちらも少し離れてそれを追った。
一緒にいるところを彼らに見られるのも嫌だからね。
こうして一件目のお参りは無事に終わったのだった。
和装いいですよね。きっちり着こなせるとなんかちょっと良い感じがします。でもなかなか手を出しにくいところです。
そんなわけで去年もいった神社にお参りです。後輩達は午後からなのでかち合ってないですね。
そして、登場する人を誰にしようって思っていたのですが、やつらになりました。今回の健にーはちょっとかっこいいです。
次話ですがとりあえず土日休みなので頑張って明日あがると、いいなぁ。
一月から三月までの話はオール書き下ろし状態なので、休みの日になるべく書きためようかと思います。
二件目の神社は恋愛成就のお守りで人気です。




