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250.

「どうして、毎年お雑煮作るのが俺なのか……」

 まあ、好みの味にできるからそれはそれでいいのだけどと思いつつ、お玉で汁の味を確認しておく。

 すでにいろいろな具材が煮えていて、あとは焼いたお餅を入れるだけ。


「いつでも嫁にいけるように、じゃね?」

 お正月。先ほど新年を迎えた挨拶を交わしたクロキシこと健は、キッチンをのぞき込みながらひどい台詞を放ってくださった。

 黒木家がお正月にうちを訪れるのはそれこそもう八年ぶりとかそれくらいの話だ。おじさんが単身赴任で外国に行く前の話。去年はこちらも受験生がいることだし、祖父たちの家に行っていた関係で来れなかったと言っていた。まあ今年受験生な健がこちらに来てるのを見れば、じいちゃんちに行っていたからというのが正確な理由なのだろう。


「嫁にはいかんよ。っていうか健も作れるっしょ?」

 健はおじさんが単身赴任をしていた間は、というか今もだろうけど、家事全般をこなしている。楓香と協力しながらになっているけれど、料理だってそこそこ作れるはずだ。

「いや。手抜き料理だな、基本。去年はじーちゃんちでいただいたし、その前は一人だったし、切り餅買ってきてお吸い物の素と合わせて簡単、お雑煮完成」

「なにそのJKめし的なのは」

「それいうならDKめしだろ。男子高校生めし」

 いや、女子高生はJKっていうけど、男子高校生をDKって言った人を初めて見ましたが。


「そんなわけで、馨にーのご飯は楽しみなんだよな。エレナさんも結構褒めてるしさ、なにげにルイねーって外だと弁当だろ。ウォッチされてたりするのを見てるとサンドイッチはむついてたりとかさ」

「あー、イベントのあれなぁ。どうして目撃情報とか共有されてるのか、ちょっと怖いくらいなんだけど」

 プチストーカーたちめー、というとクロキシは苦笑交じりに弁解を始めた。


「しゃーないだろ。あのルイさんにどうやって写真を撮ってもらうかっていうのでみんなタイミングを狙ってるんだしさ。俺も実際……イベントであんまり撮ってもらってないし」

「待ち合わせしてーって感じにしないとあの広いスペースで出会うことはできないと思われる」

 うん。健が言うのももっともで、前に会場で撮ったのは夏の時が最後だろうか。翅さんが現れて囲まれてってところで二人の合わせをガンガン撮影した。

 でも、基本クロキシとは会場で会えたらという関係性だ。

 

「ま、今年はお前も受験なんだし、それが終わったら撮影時間とってもいいよ。どこで撮るかとかは後日だな。スタジオとか借りてみるのも一つだろうけど、金がかかるのがなぁ」

 あ、餅三つだったっけ? と焼き上がったお餅をすでに作ってある雑煮の汁に投入。馴染ませてから椀に盛っていく。

 例年なら牡丹ねーさんも含めて四人なのだけど、今年は黒木家の人達を合わせて六人だからお餅を焼くのもひと作業である。

 ねーさまはどうやら新宮さんと旅行だそうです。年末のライブの話をチクったらねーさま拗ねちゃいまして、ご機嫌取りで新宮さんが年越し旅行をプレゼントだそうで。

 ああ。いいなぁ。年越しで旅行。


 そんなことを思いつつ、ふらりとキッチンにきてくれた健に雑煮を運ぶようにお願いする。

 さすがに一人で人数分運ぶのは重いからね。

 ちなみに母さんたちはすでにテーブルに座っておせちを食べていたりする。おじさん二人はすでに日本酒を飲み始めているようだった。昼間っからはどうなのって話だけど、お正月だからしかたないと母さんも許しているらしい。

 ……うん。おせちも作りましたよ。伊達巻きと黒豆と。焼き豚もやりましたよ。さすがにいくらとかナルトとかは外で買ってきましたけれどね。


「はい、おまちどうさまです」

「おおぉ、馨くん。エプロン姿もかわいいね!」

 お盆に三人分のお雑煮をもってテーブルに向かうとおじさんはぐっと親指を突き出して、満面の笑みである。少し頬が赤いけれどそこそこにお酒が入ってしまっているらしい。

 しばらく会ってなかったけど、おじさんもあんまり変わらないなぁ。

 うん。悪い意味でね!


「あんまりうちの子に変な目向けると、怒りますからね」

「うぅ。静香さん。正月なんだしちょっとくらいはいいじゃないか」

「健二。これ以上はやめろ。うちの子がもっとおかしくなるじゃないか」

 うちの両親が珍しく子供を守るような発言をしていると思ったのだけど、父様? どうして一部ひどい言葉が入っているのでしょうか?

「と、父さん? それ今でもおかしいってことですか?」

「え。おまえ、自分がまともとか思ってんの? どこをどうすればそうなんの?」

 はい。返す言葉もございません。


「でもさ、兄貴。俺も今独身なわけだろ。そろそろ再婚とかさいろいろ考えちゃったりするわけだよ」

「ほほう。うちの息子はやらんからな」

「なにその先回り。まだ本題言ってないところでたたき落とされたよ」

 しょぼんとするおじさんにみなさんから冷たい視線が向けられる。さすがに冗談だとは思うけれど、さすがにそれはみなさん許容できないレベルのお話だ。


「最初に馨くんを見たときは、自粛したんだよ。俺だって高校生を相手にだなんて犯罪臭がするしな。でも、今年でもう19歳。来年になれば成人だろ? だったらおじさんのワンチャンもあってもいいんじゃないかな」

「ねぇよっ。親父さぁ、いくらなんでもその冗談はさすがにきついって。ルイかーさまって呼ばなきゃいけないとか、俺は嫌だぞ」

 うん。健くん。こちらもひとつ年下の息子ができるのは嫌です。

 

「でもな。健。想像してみろ。こんなに美味い、静香さん譲りのお雑煮を作れる子がだな、仕事帰りに家にいるんだぞ? おかえりなさい、あなたとか言うんだぞ」 

「あ、いい……ぐぎゃっ」

 普通に健がなにかを想像してうっとりしていた。あんまりなのでべしっと足を踏んでおく。

 楓香も普通になにいってるのこの男共はと冷めた視線を向けている。


「馨くんもどう? おじさんこれでもけっこう仕事もできるし将来有望っていわれてるし。おじさんとけ、けけ、結婚してくれませんかっ」

 どうして、そこまで芸が細かいのか……呆れるを通り越してがっかりである。

 さきほどまでなめらかに喋っていたというのに、プロポーズのところだけしっかり噛むとか、あまりにも作り込みすぎというものだ。別にこれ、本気ってわけじゃないだろうし。本気じゃないよね? 酔っ払ってるだけだよね?


「日本では同性同士の結婚は憲法で禁じられています。私と結婚したいのでしたら改憲を先にどうぞ」

 さすがにキモいのでこちらはしれっと冷たい視線を添えて女声で答えておく。

 さぁおじさま。私が欲しいのでしたら、この無理難題をこなしてみせなさい。

「ほら、そこは渋谷のパートナーシップ制度を使うとか、場合によってはその、手術とかをー」

「他人に言われてやるもんでもないって、知人にも言われてるのでダメです」

 普通に先ほどの改憲論をスルーされてしまってちょっとだけしょんぼり。竹取物語みたいな感じになるかと思ったのに。


 そんな会話をしているとすっと楓香さんが立ち上がった。

 そしてすとすとおじさんの脇に近寄ると、彼女は言ったのだった。

「きもい、うざい。ルイねーさまに指一本でもふれたら千切ります」

 底冷えのするような声音に、おじさまもびびったようで。あれだけ朗らかに酔っ払っていたのに、急に冷や水でも引っかけられたような真面目な顔になっていた。


「は、はい。冗談はこれくらいにして、あー、さすがにお雑煮おいしいなー」

 ふははーと白いあいつを伸ばしてちぎるとおじさんは娘の一言にしょんぼりと肩を落としていた。

 お正月から不憫である。




 さて。そんなわけでおじさんも大人しくなったと思っていた時期が私にもありました。というわけで。

 お雑煮をいただいたら着替えて初詣に行くのが木戸家の習わし。

 去年は写真部とかと一緒にいったりもしたのだけれど、今年は健に先に一緒にいこうぜ! と誘われていたのでこちらを優先することにした。

 ま、親戚づきあいも大切ですからね。


「さぁぜひとも、和装をしよう。そうしよう」

 洗い物を母と一緒に片付けて居間に戻ると、おじさんは何かの箱のようなものを取りだしてこちらに、にやっとした視線を向けてきた。

 ううむ。あいなさんはおじ専だといっていたけれど、やっぱり二十以上離れてる相手と恋愛関係になるのはちょっとないなぁと思ってしまう。同年代ですらあまりその気にならないのに、かなりのハードルではないだろうか。


「あの……いくらなんでも、男にその仕打ちはないんでない?」

 ぱかりと箱をあけると、そこには振り袖が入っていた。サーモンピンクのおとなしめなものだ。帯とかその他一式全部入っているようで、誰が使っていた着物なのかとむしろ不思議に思うくらいだ。


「でも、ほら、今日は牡丹ちゃんいないし、絶対静香さん似な馨くんには似合うと思うんだよ」

 ああ、いい。と想像しながら不穏な単語をもらしている。

「だったらねーちゃん帰ってきてから着せればいいじゃん」

「でもーほら。牡丹ちゃんはぼいんちゃんだろー? 和装は絶対胸がない方が似合うってば。メリハリボディとか和装にはダメなんだってば」

「いや、俺もメリハリボディしてますけどね。胸がないだけで」

 胸さえあればメリハリボディなんですからっ、と言いそうになってムキになって言い返すことでもないやと押し黙ることにした。危ない危ない。胸なくていいんですからね?


「ねー、かあさん。これは止めなくていいので?」

 むしろ止めてくださいとかあさんに視線を送ったものの、へ? なあに? という感じで反応が極端に薄い。

 まったく母様。どうして息子が振り袖着せられそうになってるのにそんなに余裕なのですか?

 まあ、理由は薄々わかっていますが。


「やってくれないとお年玉あげないぞー」

「お、横暴ですっ」

 ふっふーとおじさんが大人のお金パワーをちらつかせてくる。

 くっ。なかなかの攻撃力だ。

 アルバイトを始めてから実感はしているけれど、お年玉の五千円というのは、六時間ちょいの労働と等価である。それをぽんといただけるのだとしたら、少しくらりときてしまっても仕方が無い。


 木戸家のお年玉は、高校に入ってからすでにありません。

 えー、今年からお年玉は、餅神さまの玉ってことで、お雑煮でおしまいですとか無茶なことを言ってくださっています。まあ昔は年神さまへのお供えのお餅を下げてそれをいただくのがお年玉だったというけど、現代日本でそんなことを言い出したら、大半の子供はぐれる。きっと。

 

 なのでうちの両親は取って付けたような感じで、これは教育方針で自分で働いて稼げるならいらなくない? ということで、なしにしたのだと言い張っていた。

 まあ、両親としては思ったのだろうね。

 どうせ、カメラか美容系にお金使っちゃうんだろって。カメラはともかくとして、美容系の方は両親ともにあまりいい顔はしないものな。


「ほれ、もう一押し、健と楓香からも説得するといい。和装のおねーさまを見たいなっ、とかなんとか」

「言ってもいいけど、多分無駄なんじゃね?」

「ルイねーさまに限って、女装を断るにはそうとうの理由があるんじゃないかと」

 お。楓香ちゃん。なかなかにするどいことを言ってくださる。

 うん。普段なら別に振り袖くらい着てあげてもいいんだよ。着方は教わったし、それなりに着付けもできるようになった。一人で振り袖を着こなせる女子すら少ないというのに、男子で完璧って……あ。はるかさんが居たっけ。良かった一人じゃなかった。


「ほんともう、ダメなんですって」

「そんなに頑なにならなくってもいいじゃないか。以前は思いっきり夏にきれいな足を出してくれてたんだし」

「いや、だってほら……」

 いっちゃっていいかなぁ。まあ、しかたないか。


 ちょっと待っててくださいねといいおいて、自室から荷物を持ってくる。

 ごそごそと、箱を取り出してかぱりと開けた。

「すでに別件で先約(オファー)があるんです。和装の会社から」


 そう。これは以前着物のモデルの件で知り合った若宮さんから預かったものだ。淡いブルーにあざやかな花があしらわれていて豪華な感じに仕上がっている。

 若宮さんからの依頼は、これを着て初詣にいって欲しい、声をかけられたらうちの名前を出して欲しいということだった。まあ歩く広告塔的な感じのお仕事というわけだ。

 若宮さん曰く、貴女は目立つから衣装も目立っていい宣伝なると思ってということだった。

 日当で一万。うん。着物をきて外を歩くのは疲れるけれど、それでこの額がいただけるのなら頑張ってしまおうかとも思ったのだ。


「……馨にぃ、さすがにそれは引くよ。どうしてそんなところからオファーくんだよ」

「しかたねぇっての。以前モデルやったところだし、お正月貴女が晴れ着を着てくれるだけで、うちも売り上げがあがるとかなんとかで」

「モデルって、その話聞いてないんだが」

 は? あのルイさんがモデルとかどういう風の吹き回しだと健は目を丸くしていた。

 まあクロキシとしては、ルイさんは撮る側の認識が強いだろうしね。


「こっちは撮る側だから、あんまり撮られる話はしたくなかったんだよ」

 うん。そもそもあの件があったのは高校二年のときだ。健と再会したのはその翌年だし、あえてモデルの話をする気もなかった。


「そんなわけで、おじさん。そちらの着物は着れないので、健に着せるといいと思います」

「ちょっ。馨にぃ? それいくらなんでも無茶だろ」

 ここは順当に楓香に着せておくのが一番だろうとおどおど健は言い始める。

 けれど、とうの楓香は、えーと複雑そうな顔をしていた。


「振り袖は成人式まで取っておきたいかなぁ。それに(たけ)にー。私には世界の言葉が聞こえるの。おまえじゃないって。あれを着るのは健にーだって」

 どんな声だよ! と悲痛な健の声が居間に響いた。

「それに俺、さすがに振り袖は着れないぞ。着方がわからないし」

「それなら、別に問題はないよ。母さんも着させられるだろうし、それに……うん。あたしもできるから、なんなら着付け手伝ってあげるよ?」

 もちろん、二人きりでね? とにこりと笑顔を浮かべてあげると、健が、ふがぁと変な声を上げた。

 うん。あともう一押しだろうか。


「メイクもあたしがやったげるよ。二階で二人きりで。鏡台の前でいろいろ、教えてあ・げ・る」

 ふふっと姉気質を発揮しつつ、健の頬をなでてあげると日頃のケアがいいのかなめらかな感触が返ってきた。

 うん。化粧乗りも良さそうな肌である。

「うぅ。俺は断じてメイクされたいわけではなく、これはしかたなく……」

 はい、その振り袖を着させてくださいという健の前で、楓香が、おぉ。実の兄と、従兄弟が女装で振り袖……とキラキラした視線を向けてくる。

 でも楓香さん。残念ながら腐る系の絡みはないからね! ただ和装で神社に行くだけなので。

 メイクにしてもどちらかといえば、百合の方ではないだろうか。


「あ、せっかくだから楓香もメイクちょっといじってみる? お正月だし、少し派手めな感じで」

「おぉ。ルイねーにいじって貰えるなら、それは是非」

 普段、学校じゃ禁止だしそこまで興味も無かったんであまりやってないんですよーという楓香も連れて、自分の部屋に連れて行くことにした。

 

 おじさんが何かもの言いたげな顔をしていたのだけれど、とりあえず求婚してくるような人のことは無視である。

黒木のおじさまのヘンタイっぷりがさらに向上してしまいました今回。でも、好きだった人にそっくりで、おまけにかわいい子にあったなら仕方ないと思うのです。

わたくしと結婚したいのなら、改憲なさってください、は書いててちょっといい無理難題だと思いました。両性の合意っていうあれの修正です。


そして後半は振り袖の攻防ですが、周りのみなさんの反応がひどいことに。

まールイねーだしねー。

そして「世界の言葉」。おおむね読者の言葉ではないかと! クロやんもてれてれな女装をしましょうか。


というわけで、次回は。従姉妹たちといく、初詣です。場所は二カ所です。まだぜんっぜんかいてないので、また更新が明後日になるやもしれません。

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