247.冬イベント2
「激しい戦場だった……」
空っぽになった段ボールをたたみながら、心地よいけだるさにふぃーと息を吐いて先ほどまで人が蠢いていた場所に視線を向ける。
完売という札はすでに並べ、ホームページのほうにも完売御礼の情報を流しておく。
終了一時間半前。途切れなかったお客は売り切れという終了を迎えてしまいました。
もちろんね、並んでる人には悪いので、枚数を計算して列の人数を数えて、最後尾の札を「最終尾~売り切れすんません」と訂正しておいた。
ま、実際。600きっちりもってきてるわけではなくて、ちょっとだけ余分にもあるので、多少の誤差に関してはなんとかしました。残った分から計算すると実際は603とかそれくらいの売り上げだったかも。あとで売り上げの計算をすればそこらへんも確実になるだろう。
スタートダッシュはあんな感じだったわけだけれど、大手に行ってからこっちにくる人も当然いるわけで、そこらへんが列を維持しつつ、最後までいった感じだった。さすがに長蛇の列ができる壁サークルの大手よりはちんまりしているけれど、それでもこの場所でこの列はさすがに。
「半分くらいはこうなるかなとも思ってたけど」
って、エレナさん。こっちは想定外ですよ! なんですかこの忙しさっぷりは。
なんとか収拾はついたけど、ほんともう、青葉のおねーさんにもかなりご協力していただいたし、隣のおにーさんにも、うちが行列作ってる錯覚があって、いいね、と苦笑されてしまった。
もちろん彼には予備でおいてあるエレナコスROMプレゼントしました。
あちらも一冊くれたので物々交換成立です。
まだ見てないけど表紙はいい感じのアングルで撮ってる男性レイヤーさんみたいです。
うん。ルイさん地味に女装レイヤーは撮るけど男性レイヤーさんってそこまで撮ってないのです。
男性レイヤーさんの数が減ってるってのもあるし、二人目以降はおおむね囲まれるしね。そうなると女子に囲まれることがとことん多くて、そこに男の子が割って入るっていうのはなかなか難しいみたいで。
え。男性も普通に撮れますよ? 同性なのだし気兼ねしてどうします。え、相手が同性と思わなくて緊張するって? まあそうですが。
「えっと、残りは同人ショップとかってことでいいんだよね?」
「次のイベントで出すってのもありだけど、とりあえずはどんだけ売れるかなーって感じかな」
手数料ひかれちゃうけど、代理販売してもらっちゃう予定というエレナの意見に全面的に賛成。
ホームページで購入フォームとか作って販売するのも手ではあるけど、どのみち送料とかかかるしね。よっぽど遠方で、ぜひ欲しいみたいな人には対応しないではないけど、基本的には個別対応はしない方針だ。
もちろん、それをやるにしても送り人の住所は極秘。詳しいことはエレナに丸投げしてるのでよくわからない。
でも、本日買えなかった人の多くは、ぷるぷるしながら、通販はどこでやるのですか? 的な質問をしていってくれる人もけっこういた。
うん。ごめん。こっちもこの数が一日でなくなるとは思ってなかったんですよ。
たぶん、これ、買いたい表明の人が二部とか買っていったからってこともあるんじゃないだろうか。大手だと一部までの制限のところもあるっていうけど、うちは三部までOKにしたので。
よく、観賞用、保管用、布教用っていうけど、人に薦めたいってレベルで大好きな人がいてくれるのなら、それはありがたいことだと思う。
そんなわけで、売り切れを出したあとも席から立つことはできず、そういう対応をしていたので、撮影にはいけませんでした。エレナとおしゃべりしながら、ミニスカサンタなぁ……と、少し遠い目をするくらいだ。
周りからは黒豆ウマーという声が聞こえているけれど、うん。お昼過ぎにどうやらみなさんルイさんお手製のおまめさんをいただいたようだった。うちの味を気に入っていただけて何よりです。
え、さくらはこねーの? ってことですが、あんにゃろう、完売したってメールをしたら、じゃあ盛大にコスプレゾーンにいってくるよ! とか言ってこっちはほっぽりました。
まあ、こっちもさくらを店番にして、撮影に行こうとは思っていないので別にいいんですけどねぇ。
あ、そうそう。さっき並んで買ってくれた人たちも、列ができてるときはあんまり話ができなかったんで、っていうので戻ってきて感想を言ってくれたりとかもありました。
エレナのコスROMはブックレット型だから、いちおうキャラの絵は分かるわけで、それを見て感想を、と思いきや、パソコン持参でROMの中まで見たうえで、再現度もいいけどなんか、あーわかるわぁこれ、みたいな絵になってると言われたときには、思わずエレナとハイタッチをしてしまいましたさ。
今回のコンセプトは再現から創造へだから、実際原作で描写されてないところも、この子ならこうするをもとに再現しているのだけど、それがみんなにも届いたかと思うとかなり嬉しい。
「でもさすがにお腹は空くね」
エレナの一言にお腹がくぅと鳴った。時間はもう二時半をまわっている。
前回はブース内でお昼あたりにまったりご飯を食べていたものだけど、今回はそんな余裕はまったくなく、ずらっと並んでいる人達の対応に追われていた。
「んじゃ、お昼ご飯だしちゃいますよー」
ふっふっふーと鞄から取りだした弁当箱をエレナの膝の上にぽんと乗せる。
彼女は、おおぅと目を輝かせながらフタをあけた。
「んぅー、さっすがにルイちゃんのおいなりさんはおいしいね」
「こういう庶民めしではエレナには負けませんよ?」
手の込んだ洋風料理とかだとエレナのほうが圧倒的に上手いわけだけれど、手軽においしくいただける庶民ご飯はルイのほうに分がある。
お昼ご飯はきっとろくに食べられないだろうという、このイベントの鉄則のとおり、簡単につまめるいなり寿司を本日はご用意してみました。
「うちはどうしても洋風に偏るからねぇ。でも、おいなりさんって、油抜きしたりとかいろいろ大変なんじゃない?」
「まあそれなりにはね。でも、お正月なわけだしこりゃあ酢飯が食べたいなぁと思って」
「あははっ。自分の欲望に忠実だよねルイちゃんったら」
はい。返す言葉もありません。
本日のご飯はつまみやすいを前提には考えてるけど、それならサンドイッチとかのほうが実は楽に作れたんだ。それをあえてこれにしたのは、食べたかったからなのでした。
「いちおー家族用にもどかっと作っておいて来たんだよね。しめじ、わさび、きんぴら、ちりめんと高菜。さすがに炊き込む気力はなかったので、混ぜてるだけだけど」
「それでもしっかりなじんでておいしい」
しあわせーとエレナさんにも気に入っていただけたようだ。
列整理を手伝ってくれたレイヤーさんにもおすそ分け。報酬ももらえる上にルイたんの手料理って幸せすぐるーと言ってくださった。そんな彼女は手が空いたので今はコスプレゾーンの方に行っている。
「ルイちゃんにおいなりさんはついているのか……いや、さすがにないか」
列がおちついたあと、様子を見に来てくれた青葉の会のねーさんにもおいなりさんはおすそ分け。ラップで包まれたそれをもぐもぐしながら不穏な単語をつぶやいているのだけど、自己完結してくれたようなのでよかったと思う。
そんな、ちょっとやり切った感のある中で、ふらりとお客が現れた。
「いらっしゃいま……うわぁ」
あからさまにおかしい人がいた。
フードを目深にかぶり、目元にはサングラス。
「一冊売ってくれ」
そんな彼はぼそっと自分の要求を伝えてきた。まさに金を出せ、くらいな勢いである。
「あの、久世さん。どうしてそうなっちゃった? あなたなら普段通りしてれば絶対ばれないでしょ?」
「あ、二冊売ってくれ」
けれど、不審者こと久世さんこと、HAOTOの虹さんはちらりと一人三冊までの札をみて言い直した。こっちの発言はまったくの無視だ。
「通販でお買い求めください」
「さ、三冊うってくれぇーー」
最後は涙声だった。この前のライブあとの宴会では、年越しライブさぼってまで来るとか言っていたものなぁ、この人。
「売り切れてます。この前と同じです。っていうか、後で会ったとき用に確保してあるんですから、わざわざ来ないでくださいよ。どうしたんですか」
「リハーサル抜けてきたんだよ。どうせ移動は二十分もあればできるし、それならいかなきゃだろってことで」
てか、チケットあげるから二人とも遊びに来てほしいくらいだと彼は用意してたのであろう、紙を二枚胸ポケットから取り出した。
「ボクは行かないとして、ルイちゃんはどうするの?」
ざっくりいかない表明をしてくれるエレナさんに、虹さんは、えぇーと不満げな声をあげた。
まあ、そうだよね。あれだけのファンに囲まれていたら、そこそこ自信もあっただろうし、即ふられるとかかわいそうに。
でも、エレナは男性グループに興味ないんだよね。かっこいいよりかわいいのほうが優先されるから。
たとえばHAOTOが全員女装で出てくるというなら、行ったかもしれない。
「あたしも悪いですけど、パスです。初日の出撮りに行くので、家で仮眠とってから出かける感じで」
「……くっ。ぶれない写真バカだ……な、なら、俺たちのポートレート撮らせてあげるから、ぜひ」
「商業用の依頼ってわけではないのでしょ? それならお日様のほうを優先します」
ばっさり言ってあげると、うぐぐぅと虹さんは呻いた。
でもそんなのあたりまえじゃん。売っていい写真ならいくらでも頑張って撮ろうと思うけど、男の写真を私的にばんばん撮るより、自然の写真を撮っていたほうが絶対にいい。
男の人を撮るならあれだね。断然、頑張ってる姿を背景と一緒に撮りたい。作られた感じじゃなくて日常の中での絵を撮りたい。そういうのがあるから、集合写真でも崩したものを撮りたいとか思ってしまうのだ。
「ばっさり振られちゃいましたね。また次の機会もあるでしょうし、その時でいいんじゃないかな?」
まー、次があるのかわからないですけどねーと、エレナさんはおいなりさんをもぐもぐしながら遠慮無く答える。いちおう高校の先輩にあたる人だからこそ、気安い対応もできるようだ。普通なら男性アイドルの前だと緊張しちゃうものなのだろうけど、エレナにそういうそぶりはない。
「っていうか、俺が本当に誘いたいのはエレちゃんの方なんだけどな」
ルイさんはあくまでおまけ! つけあわせ、と負け惜しみのように言うと、彼は去っていこうとした。
「あ、ちょっとまって、久世先輩。チェック用の冊子があるんで一冊だけわけてあげます。販売って形にしたくないので、お金は後日でいいので」
さすがにそのまま帰すと年越しイベントでのテンションがダダ下がりだろうから、いちおうフォローしておく。
手持ちにあるのはあと2冊くらいだけど、ま、この人にならいいだろう。
お金の回収は翅や蠢、そして蚕くんからも予約が入っているので、そっちを渡すときに蠢経由ではらってもらうことにする。
翅はともかくとして、蠢もエレナのコスROMは気になったみたいで、これで男の子って……とカルチャーショックを受けてるみたいだった。いや、性別不明なんですけどねというフォローはもちろんいれたけどね。
彼としては、いづもさんの件もあるし、性別を変える人が女っぽい、綺麗というのは触れてきているだろうけど、別にそこらへんを変える気があんまりない人が、しかも可愛いという所に衝撃を受けていたようだった。ま、たしかにMTFさんは大人っぽく見えたり綺麗系に写ったりすることが多いから、かわいい男の娘っていうのは珍しいかもしれないのだけど。
うん。実は結構そこそこいるものなのですよ?
「うぉおおお、あ、あっりがとうごぁうぅぅ」
普通に虹さんが嗚咽混じりの感謝の言葉を口にし始めた。
えっと、そこまで感謝されるとこちらとしては、嬉しいを通り越して痛々しいんですけれども!
数時間もすればきゃーきゃー言われるんでしょ貴方は!
それがこんな体たらくとは……ほんっと虹さんったら根っこからオタクだよね。
「って、さすがにもう帰れって催促LINEきた」
どこほっつきまわってんの、と蠢のデフォルメされたキャラからの発言が出ている。
さすがにこれ以上はタイムオーバーらしい。
名残惜しそうにしながら、彼はちらちら参加者に視線を送りながらも夜のライブ会場に向かったようだった。
うん。きょろきょろしてたのは、女装コスの人を探してたんだろうなぁあれ。
「相変わらずこゆいなぁ、久世先輩は……」
「あれは八瀬を越える変態紳士だよね……」
もぐもぐと高菜いりのおいなりさんをいただきながら、はぁとため息を漏らす。
そりゃエレナが原因で男の娘愛に目覚めた彼なのだから、こんな無茶もやるのはわかっているのだけど、さすがにちょっとやり過ぎというものである。
「それで、ルイちゃんはこの後は?」
「んー。あいなさんたちと初日の出撮影。楽しみなんだよね」
「お、久しぶりの部活動?」
「んっ。まあいったん家には帰るんだけどね。準備とかもあるし。三脚とか夜装備をね」
もうちょい厚着しないと寒いだろうし、仮眠もとらないとさすがにもたないと言うといいないいなぁとエレナが食いついてきた。
初日の出イベントとか楽しそうと目をキラキラさせている。
「でも、うちもお正月だけはさすがにお父様と一緒に過ごす感じ……」
お父様と一緒なのは楽しいんだけどねーと、微妙そうな表情だ。
親離れはすでに済ましている歳とはいえ、普段おじさまは家に居ないし一緒なのは楽しいけど、男装するのがだるいのだろうなぁ。エレナは九割がたそっちだし、最近男ものの服を着ているのを見たことがないよ?
「ま、うちも元旦はクロくんとか来るし、ちょーっと忙しいけど、その後だったら大丈夫だし、ショッピングとか行っちゃう?」
「あ、いいねそれ。初売りって行ったことないから、噂の大混雑を見てみたい」
「セレブな発言だよね、それ」
むしろバーゲンの方がメインなルイさんとしては、普通に買い物をしているお嬢様のきらびやかな笑顔に、はぁと羨望混じりのため息を漏らした。
せいぜい本日の売り上げをアテにさせていただいて、お正月はちょっとだけ豪華にしようとその時思った。
無事に販売終了です。
人に薦めたいと思える作品を作ることは、悲願ともいえることだと作り手としては思います。
口コミで広がる人気っていうのはいろいろ憧れますが、基本作品のポテンシャルがないといかんと思う今日この頃です。がんばらないとね!
そして虹さんが、いろいろ壊れかけてて、アイドルなのに……という感じです。
さて。まあ年越しになるわけなのですが、クリスマスの時に約束をしていたとおり、初日の出、撮りにいっちゃいます。日が昇るまで、何を話すかが問題であります。




