246.冬イベント1
遅くなりましたが、ようやくコスROM回です。
「よーやくだねぇ」
わくわくというのだろうか。
夏にも訪れたビックサイトの一角、長机の上に本日の商品を並べながら、にやりとほわほわつぶやくエレナに笑顔を向ける。
冬の大きな同人誌のイベント。今回はただの参加者ではなく久しぶりに出展者としての参加だ。まあ夏は夏で特撮研で参加はしたけれど、あれは自分のものという印象があまりない。
だから、これで二回目。
そして、二回目だ。
初回はエレナに言われるままに、わたわたと店番をして終わったというのが正直なところだ。作品を誉められてそれでいちおう無事に終わった。では今回もそうなるのか。
そんなことはない、のだ。きっと。
今回は告知をしっかりとやったし、来てくれる人だってそれなりにいるだろう。期待しすぎてあっさり終わるのも寂しいものだけれど、準備はしっかりしておきたいところだ。
「今日はどうなっちゃうかねーこの前よりは来てくれるとは思うけど、出だしのスタートダッシュで来てくれる人がどれくらいいるかなぁ」
エレナは、楽しみーと笑顔を浮かべながらコスROMの展示と、イメージプリントを掲載している。
赤いスカートが軽く風に揺れた。
そうエレナさんの今日の格好はミニスカサンタ姿だ。
この前バイトでやりました、という話をしたら、あっ、ルイちゃんだけずるいなぁとかいいながら自分もやりたいですと言ってこうなったわけだった。これがまた男の娘のコスということでミニスカサンタをやってくださいました。エレナさん……
かわいい。うん。
クリスマスのときかわいいだなんだ言われたけど、これ見ちゃうと、写る側のかわいさはすげぇと思っちまいます。
そんな格好をしておいて、さっきは段ボールを運んでいたのだから、か弱いってことはないんだよなぁとみなさんも思ったと思う。実際はコスROMは本に比べてかさばるけど重くないので段ボール一個あたりはそんなでもないんだよね。一個あたり100入りで6個。サンタメイドからの贈り物としては足りないくらいかもしれない。
ブースの中に置くにははっきりと邪魔くさいのだけど、前回は瞬殺だったことと、今回は宣伝もしていて、是非買います! みたいなフォローの数が500を越えたのでこんな感じになっている。ホントは400くらいもってくるつもりだったんだよね。
「やっほーエレナさんにルイさん。お久しぶり。大学に入れたら作るって話だったけど夏にいなかったからどうなるんやーって思ってたんですけど」
「ああ、お久しぶりです。今日も出店なさってるのですか?」
やっとのご登場で、私はうれしいと言い放つのは二年前のイベントで一緒になった青葉の会のおねーさんだった。ルイたちのお客第一号といってもいいような人である。
「うん。あっちの島のあそこらへんね。いつも通りほのぼの参加なの。今年は後輩と一緒なんだけどね!」
一人じゃないから、今回はじっくり店番やるぞーと、おねーさんは嬉しそうだ。
うーん。二年たっているけれど、おねーさんは卒業とかそういうのはどうなったのだろう。あまり突っ込んでもいけないので、そのままスルーすることにした。
「にしても、すっごい段ボールの量ね……いくらお誕生日席とはいえ、これはちょっと……」
「周りの方には申し訳ないなーってさすがに思ったので差し入れをお渡ししたりとかいろいろしてるのですが」
いったん一部コインロッカーに入れようって話もでたんですけどね、というと、エレナが話にはいってくる。
「いちおう購入します! って意思表示してくれた人が結構な数いたので、それなりに数をそろえなきゃっていうのと、ロッカーに持っていってしまうと、取りに行く余裕がないかなーなんて」
前回は早めになくなっちゃったので、というエレナに、青葉のおねーさんは、まぁねと、なぜかルイの顔を見て苦笑いをした。前回あまり売れなかった原因はルイにあるからそこらへんを思い出しているのだろう。
「でも、その枚数で物事語ってるあたりで、なんでここが壁サークルじゃないのか不思議なくらいね」
「ええと、売り上げがすごいところは壁になるっていう話なわけですけど、初回の我らの売り上げは150部ですからね。委託とか増刷で1000部は行きましたけど」
「……委託含めてだろうがそれだけ売れれば壁クラスでしょうに……」
「ボクもそう思うけど、まー今日の実績次第、かなぁ。次いつ出すかって言われるとなんともなのですが」
エレナが苦笑気味に答える。次の出店は次回作ができたら、の予定だ。他のサークルでは毎回出席をするところもあるし、新刊がでなくても出店というところは多くある。
でも、我らの「NOW PRINTING。」は、前回のものは売り切ってしまっているし、あえてそれを再販する気にはならなかった。もちろん欲しい! という数が増えればまた増刷してもいいけどね。
そうなると、新作を作らないとでれない話になるけど。
とりあえず受験から解放はされたので、次の夏に新作を出そうと思えば出せるのかなぁとは思っている。もちろんエレナのコスプレストックがどれだけ増えるのか、そして世間的な男の娘がどれくらい増えるのかというので、出版は変わってくるわけだけど。エレナならやってくれるような気はする。
「けっこー男の娘も増えたっていってもいっぱいいるわけじゃないですしね」
今回も大変だったんですよーというと、青葉のおねーさんは、えっ、製作秘話? とにこにこしていた。
まだ開場までは時間があるからもう少し話をしておこうということかもしれない。
「場合によっては次回もセリナちゃんをやるのもありはありだよね。結局今回、体験版だけで詰めたしさ」
「そうだねぇ。読みが外れてなかったのは良かったけど……まさかもう一人いるとか、なんてありがたい」
「セリナちゃん?」
青葉のおねーさんがきょとんとしているので、この子です、とPOPとして貼ってある写真の一枚に誘導する。メイド服を着たエレナさんが写っている。
「ついこのまえ発売されたばかりのエロゲのキャラなんですけどね。夏の時に企業ブースで売り込みをやってた作品です。ついついお写真を撮らせていただいたら、その流れで公式HP用にモデルの子たちの写真を撮ってくれーって言われて、今もまだ載ってたりします」
「うわぁ……半分公式の人きたー」
いや、そうはいっても公式とまではいかないですよ。あくまで外注で写真を撮っただけだし。
「設定資料もらったりはしましたけど、公式の人ではないですよー。実際これ以上はシークレットって言われて見れない部分もありますし、実際ゲームやってみて、おうふ、こう来るか……みたいなのありましたから」
「ま、セリナちゃんはほぼほぼ見立てが当たったんですけど……お屋敷編のほうでも作りこみしてみたいなぁ」
「そうだよねぇ。絶対モデルの子はしないであろう顔だったし、ここはエレナさまに再現していただくしか」
「男の娘キャラのモデルか……ちょっと気になるなぁ」
青葉のねーさんは、その子も男の娘なのかな? と探りをいれてくる。
も、と言っているあたりがなかなか曲者である。
「音泉ちゃんの大切なところを触ったことがないのでなんともいえませんが……」
「って、触らないとわからないというか、触って確認するんですか……」
さすが、とか変に関心されてしまったけれど。
うん。ルイさんたいてい、性別バレを起こすときって触ります、げへへって感じばかりな気がする。八瀬にせよ、奈留先輩にせよ。
「さすがにそれは言葉のあやってやつかなぁ。ルイちゃんの魔眼なら性別は見抜けるもんね?」
「まー、目は肥えたほうだと思いますが」
普通は触って確定するだなんて、そこまでやる人なんているはずないですよ、ととぼけた反応を返しておく。いちおう、ことがことだけに公にすることでもないだろう。音泉ちゃんは隠してるみたいだしね。
「おっと、そこらへん詳しく聞きたいところだったけど、時間切れだね。今日も頑張ろう」
青葉のおねーさんが時間、といったのは会場五分前のことだった。
たしかにあちらもブースを開いているのだし、あまり長話をしているわけにもいかない。
「大変な一日になるといいね」
がんばろうね、とちらりとエレナがこちらにつぶやいてから、それは始まった。
そう開場の案内と、拍手と。
そして少し遅れて、地鳴りのような音が聞こえた。
うん。定番。それぞれみなさん走らない最高速度で自分が好ましいと思えるところに向かうのだ。
効率的にまわるにはどうすればいいのか。あまりイベント周りをしない木戸も、特撮研に入っていろいろな作法があることを教わった。会話の大半がどうすれば好みのものを手に入れられるのか、というような話だったのだ。
あの、みなさんちゃんと作る側になろうよと思ってしまったのだけど、お客の心理をしるという意味合いではいいのかなと今では思っている。
そして前回は、いろいろな理由からエレナのコスROMはスタートダッシュの標的外だった。
それが、今回はどうなるのか。
売り子はしょっぱなはエレナとルイ。そして列ができてしまったときにそれを整理するためのレイヤーさんのお手伝いを一人だ。さくらは午後になったら合流予定。今日はどうしても外せない用事があるとかで、急きょ抜けていたりするのが痛い。
「ま、さすがに最初は大手に行く……よ、ね、ええ?」
ずんずんずんと進んでくる人たちの一房が、こちらをめがけているのが見えた。
ま、ちょ。そんなにたくさん来られても。
「あははっ。今夜は寝かせないよコースだね」
まあ、ボクはある程度想像していたわけだけれど、といいながら、エレナが立ち上がって、一番目に到着するお客に笑顔を向けた。
「いらっしゃいませ。「NOW PRINTING。」へようこそ」
「うおぉ。ちょっと時間差のサンタコスきたこれ」
「可愛いでありますな。まさかこれで女の子なはずはない」
最初のお客は二部ずつご購入。うん。最初のほうの人たちは熱意もひとしお、一人多数の購入が目立った。
いちおうは一人三部まで、という制限はつけている。前回は転売なんて話もでたからね。自分用にお買い上げをお願いします、というエレナからのお願いも今回は入っている。
「ルイ嬢も相変わらず美しさに磨きがかかっていて、眼福でござる」
「あ、ありがとうございます」
長谷川先生以外の人にござるを決められて苦笑を浮かべながら、それでもありがとうございますと販売を進める。
1500円という数字がどうなのかと思っていたけど、二部買うとお札だけで済むというのは割とありがたいなと思わせられる。このイベントにくる方々はだいたいが千円札を完備してくれているから。お支払いで大きなお金が動くことはほとんどない。
そんなわけで、さばいていったわけなのだけど。
「うぁ……」
「たはは、うれしい悲鳴ってやつかな」
ちょうど一箱が空になったころ、島の前にはずらりと列ができてしまっていた。
周りには最初に話をしていたので、そこまで露骨に嫌な顔をされてはいないのだけど、列整理の要員も一人ではなかなか厳しいらしい。
まあ、大手ならこれ以上に列が並び、百メートルを越えるなんてこともあるそうなので、まだまだ少ないものの、それが壁ではないところでできているというのが一つ問題なのだった。
「大変そうね。お嬢さんたち。おねーさんが手伝ってあげよう」
とりあえず、こちらはガンガン売るだけと思ってお客の相手をしていたわけだけれど、斜め向かいの島にいた青葉の会のおねーさんが見るに見かねて声をかけてくれた。イベント慣れしている人でもあるので、どうやって列を配置すればいいか、とかそこらへんがわかっているらしい。
「スケブとか持ってます?」
お隣のサークルのおにーさんが、その光景にわくわくしながら問いかけてくる。正直お客の対応に精いっぱいであまり答える余裕はないのだけど、え? なんのことです? と反応しておく。
「んじゃ、うちの資材をわけてあげよう」
POP用に余ったのを使って彼はきゅこきゅこと何かを書いていた。
「すみません、ありがとうございますー」
エレナが、ああ、それ忘れてたとその用紙をみながらピンと来たようだった。
「少し販売かわるから、ルイちゃんこれ、最後尾の人にわたしてきて」
「お願い。ボクは離れるわけにはいかないし」
少し分厚いその紙には「NOW PRINTING。」最後尾はこちらですと書き込みがあった。
なるほど。行列の一番後ろを示すための紙というやつだ。
「では、お願いします。ちょっと行ってきますね」
ええと。最後尾はと、列を目で追いながら最後尾を目指す。
うん。そこまで遠くはなかった。そこまで、は、ね。でも、短くもないなぁこれ。
「お待たせして申し訳ありません。「NOW PRINTING。」にお並びですよね?」
「あ、ルイさん! はいっ。エレナちゃんのコスROMが出るというので」
最後尾の方はまだ並びはじめだからなのか、あまり焦れた様子もなく、おぉ、生ルイだ、となぜかこちらを見てテンションを上げていた。ええと、殿方の写真を撮ったことはそこまで多くないし、レイヤーさんではないと記憶しておりますが。
「ありがとうございます。それでその、列が結構になってしまっているので、これをもっていただいていいですか?」
「おっ。最後尾はこちら! ってやつですね。ついにエレナさんも大手の仲間入りですね。いや、二度目でこれとかもう、驚きです」
というか、まだ二冊目なんだよな、と彼はぽそっとつぶやいた。
すんません受験生だったんです。久しぶりでこんなになってしまってすんません。
「えっと、売り切れってことはさすがにまだないですよね?」
「はい。ここくらいで200程度でしょうし、まだまだ大丈夫です」
どこまで続くのかはわかりませんが、と、にこりと笑顔を浮かべておく。
うん。一応列はできてしまっているものの、あとはこれがどれだけ続くのか、というところが問題だ。
最後尾の印は、お客さんでリレーをしてもらって、後ろに並んだら最後尾の表示を持つのがこの会場の習わしというやつなので、みなさんもすんなりそれに対応してくれた。
「お待たせです。店番ありがとうございました」
「いやいや、一回くらいこういう列をさばいてみたいと思ってたし」
むしろ貴重な経験をありがとうと、彼はお隣の自分のブースに戻っていった。
自分のところを後回しにしてまでこちらを手伝ってもらって申し訳ない。
「「NOW PRINTING。」エレナのコスROMこちらでーす」
「まだまだ部数ありますから、おちついてくださーい」
うちで手伝いをお願いしていたレイヤーのねーさんと、青葉の会のおねーさんが声をかけながら列の整理をしてくれている。
まだまだ販売は続きそうで、すぐに二個目の箱も空になってしまった。
いきなり壁サークルになってたまるかいっ、ということもあって、お誕生日席での参戦です。まー作者は普通に数度参加しただけなので、島の中でまったり派で、こんなに列ができるなんて未体験の領域なのですけれどね!
ちなみに周囲の迷惑かかってすみませんでお渡ししたのは、黒豆です。前日おせち作りをしていた名残で、みなさんほっこりいただいています。隣のおにーさんもそりゃ、手伝っちゃいますよね。
あの会場はみんな仲間でライバルなのです。
さて、次話も会場でのお話が進みます。




