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244.

 こういうイベントは徐々に会場がヒートアップしていくものだ、と思っていたわけだけれど。

 さすがはプロといいますか。

 一人目からみなさんのテンションは一気にあがって。

 なんだかんだで、町中で聞いたことがある曲だったりが流れたり、パフォーマンスの切れがよかったりで、いつの間にかシノもその雰囲気に飲まれていた。まあ飲まれてもどこから狙うとかっけーかなーとか思っていたのだけどね。

 通路の脇の席というのは、こうして見ていてもすごく良い席だった。なんせ見晴らしがよくて、会場の全体が見える。それもしのさんくらいの低身長でもまったく苦にならないのだ。新宮さんは一個中側のほうにいて、一番端っこはこちらに譲ってくれたのだ。こういう隅っこ暮らしも……うん。まあ悪くないのではないかな。

 そんな風にして、楽しんでいたわけだけれど。

 その印象が百八十度変わるような出来事がそのあと起きてしまったのだった。

 うん。HAOTOの出番がきて、普通にメドレーを披露してみたりトークをしたりしていて、ああ、あいつら真面目に頑張ってるじゃんとか思っていたんだけれどね。

 まさかねとは思っていた。思っていたけど、やりやがった、あんにゃろうめ。

 退席は、20本ある花道をそれぞれ五人でばらばらで通っていったのだけど、その一人がちょうど隣を通った。さすがに舞台からこちらを見つけられはしないから偶然ではあったのだろう。

 退席する途中でHAOTOの面々は時々ファンサービスをすることがある。そのターゲットがたまたまたしのさんだからといって、おかしいことはなにもないだろう。偶然、たまたま、なのだと、思いたい。ほんと。

 しのがいる席の脇を通ったのは未だ唯一高校生、一番年下の蚕くんだ。

 そんな彼はこちらの手をひょいとつかんで花道までひっぱりあげる。ちょっと高くなってるので、こちらもバランスを崩して、つい抱きつくようになってしまった。

「今日は、ありがとうね、子猫ちゃん」

 けっこう勢いがあったのだけど、そのままもつれて倒れ込むなんてことはなくて、しっかりと抱きとめてくださいました。割と小柄な方に入るしこの前は女装姿をまじまじ見ていたので実感が薄いのだけど、これで割と力はあるらしい。

「んとっ。ちょ、ちょい蚕さん。やっ。だめぇ」

 結構かわいい声が出ていたんじゃないかと思う。

「そんなかわいい反応するなよ……俺たちは、いつだってこうやって……」

 蚕さんの悪い癖……というわけではなくて。これ、毎回のイベントなのだよねと冷静な頭は思ってる。

 思ってるけど、しのさんは隅っこ暮らしがいいの! こういう表舞台は嫌なのに。

 あんにゃろ。わかっててやってるな。

 こちらはふと、その姿をぽうと見据える。うん。フリだよフリ。ちゃんとこうやっとかないと夜道が怖いんだよ。

 あはは、冗談だよーと周りに手を振りながら彼は、しのを一人残して歩き始める。

「蚕さん、だいすきー!」

 ぽつんと取り残されながら、そんな後ろ姿にこれを叫んで予定調和おしまい。

 言っとかないとファンの人たちが自分をどうにかしそうだから、とりあえず言ってみた。

 きっと愛情がこもらない状態で言った人は初めてだろう。

 普通にサプライズでこれをやられたらファンの女の子だったら、ぽうっとしちゃうだろうしね。

 だって、憧れのイケメンに抱き寄せられちゃうのですよ? ライブでテンション上がってるところでそんなことされたら、もう、きゃーってなっちゃうのではないかなぁ。

 でも、なぜか今回は蚕くんの方が顔を赤くして、それを隠すようにすっと会場を去って行った。

 この前あってから二ヶ月くらい経っているけれど、あちらとしてはなにか思うところでもあるんだろうか。

 まったく、翅さんが落ち着いているというのに、事実を知っている貴方がそんなでどうします。

 とりあえず花道から下りていそいそ自分の席に戻ると、新宮さんがミーハー心を全開で、すげぇすげぇとテンションを上げていた。

「心配しないでもいいですよ? おにーさま?」

 ちょっとヒートダウンさせるために、小首をかしげてにこりと笑ってあげると、新宮さんは、身体ごと振り向いて、ぽそぽそ、アレは義妹どの、義妹どの……裏切りじゃない、大丈夫とぶつぶつつぶやき始めてしまったのだった。




「あの、義妹どの?」

「なんですか? お義兄さま」

 ちゅーと、カフェのアイスコーヒーをすすっていると、新宮さんが言うべきか言わざるべきかといった様子でこちらをちろちろと伺っていた。

 コンサートホールからほど近い喫茶店は、電車の混みっぷりを避けようとした人たちでそこそこ埋まっている。十万人が一気に同じ電車に乗ったらひどいめにあう、というのは夏と冬にあるあのイベントで体験済みだ。

「蚕くんの目は、割と本気だったと思ってるんだけど」

「本気だからってどうなんです? あの子は一応私の知己です。顔見知りです。他のメンバーは……まぁ、蜂さんと翅さんはそんなに絡んでませんが、知らない仲ではないです」

 以前、学園祭に来てくださったことがあったので、というと、その時不意に気配を感じた。

 こちらを伺っているような視線というのかな。

 周りにいるのがライブ帰りの人たちというのを失念していた。さすがに見た目で蚕さんに抱き寄せられた人だとはわからないだろうけど、その話題を出せばそれなりに聞き耳を立てる人はいるものだ。

「まぁ、嘘ですけどね?」

 にこりと宣言してから。そして唇を彼の耳元に寄せて、そっと一言。

「ちょいと演技しますよ?」

 そこから声の質感を変えていく。

 誰か近くに居る。それを見越してのことだ。正直こんなことでヘイトがたまっては困る。

 しのさんまでネットでさらされては困ってしまうのである。

 そんなわけで。うるんだ瞳を新宮さんに向ける。

「本当はあたし今日は、新宮さんが少しでも焼いてくれるかなって思ってたんです」

 少しうつむき加減に、心の中を吐露する、ふりをする。

「その……おふざけです。確かに芸能界の方のスタイリストさんとは知り合いですし、その流れと蚕さんにひっぱりだされたりもあったから、そういうの含めてちょっとそういってみたら、気がひけるかなって」

 新宮さんは何を言っているんだという感じだったが、こちらはこちらで勝手に話を続ける。

「私のほうが、おねーちゃんより、若いですよ? 貴方を思う気持ちは……あはは。我が姉は恋すると一直線だから、たぶんおんなじくらいだと思います」

 でもね。

 とそこで、表情を一転。

「ずっと、お義兄ちゃんってよばなきゃいけない、私の気持ちもわかって欲しいの」

「こらっ。いくらなんでもその演技はえげつなさ過ぎだ」

 ぺしりとおでこをはたかれて眼鏡がずれる。

「むぅ」

 おでこを押さえて、周りを見回す。こちらを伺っていた空気は消えたらしい。

 アホな漫才でもやってるだけだと思ってくれたらしい。マジな話ではなく馬鹿話をしてるだけと捉えていただければとりあえず小芝居も成功というものだ。

「でも、ちょっとはどきどきしませんでした?」

「ま、まぁそりゃ……ちょっとは。ていうか牡丹よりかわいいとか」

「まー姉妹ですからねー」

 えへへー、と笑ってあげてから、メールをつくる。

 新宮さんに送るものではなく、崎ちゃんと蠢宛てだ。

「さて。それじゃそろそろ電車移動もできそうだし、帰ります?」

「そうするか。あんまり遅くまで女の子連れ回すのもよくないしな」

 ちゅるっと残ったコーヒーをすすって席を立つ。

 そのときメールが入った。

「いやいやいや。それはちょっと……18歳縛りなくなったにしても……」

「お誘いかい? さすがもてるねぇ」

 店の外に出て、どうしようかーと悩んでいると、こちらが対応する前に着信がくる。

 崎ちゃんからだ。

『あんたいま、どっちのかっこしてる? ああ、声からしてルイか。なら打ち上げ一緒にきなさい。っていうかHAOTOのマネージャーさんがめっちゃうるさくて、お願いだからきて』

「相変わらず横暴だよー。今つれもいるんだけど、一人の方がいいよね?」

『あー、あんたが居づらそうなら一緒につれてきちゃってもいいわよ』

 お。崎ちゃんが他の人の同席をみとめるとは珍しい。でも一言ことわっておく。

「つれは、姉の彼氏でアイドルオタなんですが、いいでしょうか?」

『男かいっ。絶対あんたのことだから女友達だと思ったのに』

「あのねぇ。もともと一昨日言われて急につれてこられただけなの。そりゃ……さ。崎ちゃんのステージはよかったと思うけど」

『あははっ。まー理由はなんであれ、ありがと。とにかくその人も一緒につれておいで』

 場所はメールでおくるねと言われて、あんまりおっきい画像ファイルとかは勘弁なーと答えておく。

 こちらはいまだにガラケーなのだ。スマートフォン基準でファイルを送られても見れない。って思ってたらタブレットのほうに着信ありでした。

 にしても崎ちゃん……一年半前に一回会ってるんだけど、すかんと新宮さんのことは忘れてるのな。それともあれかな、別の人になってるかもとかそういうのも考慮しての発言だろうか。まあ半年で恋人を変えるって人もいるっていうから、あり得るけど……テンションも変だったし普通に忘れてるだけの可能性のほうが高いか。

「そんなわけで、新宮さん。私はこれからルイとしてちょいと知人と会わねばなりません。新宮さんさえよければ一緒につれていきますが、どうします?」

「話がさっぱり見えないんだけど」

 ぽかんとした様子の新宮さんは、電話の相手が誰なのかわからないらしい。

 なので、携帯の着信の名前を見せる。

「ちょ、ちょっとまった。どうしてそんな相手から電話がくるわけ?」

「あたしと崎ちゃんの仲だもの。連絡くらいきますよ? けっこー銀香のルイと崎ちゃんの仲の良さっぷりは知る人は知ってるんだけど……」

 新宮さんだって、知ってるでしょうにというと、あ、ああ。あの桜の……と、ようやくこの人もあの春の出会いを思い出したらしい。というか、覚えているけど、眼鏡かけてるからこちらがルイですというインパクトが弱いのかなぁ。さっきも素顔の方がどうのこうの言っていたしね。

「それで、どうします? 正直私の知り合いはHAOTOと崎ちゃんだけだし、私も行くのちょっと躊躇してるんですが」

 眼鏡をはずして、一緒にきてくれますか? と尋ねると、ぜひっと彼は鼻息を荒くしたのだった。

ライブ本編はさらっと、ということで。

蚕くんにがんばっていただきました。にしても最近はしのさんが無意識じゃない笑顔が増えた気がして、これはいかんと思うかぎりです。

もっとこう、ピュアな笑顔を彼女にさせてあげたい! え、彼女呼びかよーって感じですが。


さて、年末感謝祭的なこれはあと一話続きます。マネージャーさんもでるけど、早めにフェードアウトしてもらいます。基本は芸能人とルイさんな感じで。

……普通に乙女げーでいいんでないかなぁ。

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