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243.

 十二月も半ばを過ぎた頃。ケータイのメールに従って都内のある駅を下りたところで、姉の恋人であるはずの新宮さんと合流した。

 今の服装は茶のハーフコートにマフラー。それでちょいと寒いので耳当てを装着している。ウィッグは本日はルイさんで使っている上質なものを装備だ。セミロングなので肩よりちょい下くらいの長さになっている。

 コートの下はもちろんスカート姿なわけで。あ、眼鏡はちゃんとシルバーフレームのつけてますよ。ルイさんが男子と二人でデートだなんて、何を言われるかわかりませんもの。

 ええ。現在、姉に内緒で姉の恋人と密会状態です。

 なんですかこれ、実は妹さんの方が好きなんですとか、そういう話ですか、とじとーっとした視線をむけたら、そんなことないってとあわあわした反応をされてしまった。

 ちなみに馨の貸し出しは姉も知っていることなのだそうだ。男同士でライブに行きたいから誘ってもいいか、とかなんとか伝えたらしい。ちょうど駅に着く前に牡丹ねーさんからもメールが来ていて、なんか急な話だけど楽しんでおいでよー、なんていう内容だった。

 うん。新宮さん。あんたは何一つ間違ったことは言ってはいないけど。

 今のこの状況は、男同士で交流してる、じゃないからね!

「ま、何はともあれ、入場時間ぎりぎりになりそうだから、さっさと行こう」

 さぁ。今は考えるより感じる時間だ! とか適当なことを言いながら神宮さんは手をひっぱった。

 こちらはどこに行くかもわからないし、それにあわあわついていくだけだ。

「それで、どうしてこーなるんですか……お義兄さん」

 彼の指示に従って人がわんさといる道路を進んで、たどり着いた先はかなりどでかいライブ会場だった。

 これ、何万人入ってるんだろうってくらいに人がわんさかいて、周りにもずらぁーっと人がいる。それにもましてすごいのは後ろの方だ。立体になっている後ろの方の席にもみっちり人が入っているのはともかく、それがすごく小さく見えるのが恐ろしかった。

 なんだこれ。と思いつつここに呼び出した連れをみると、すごいねぇと新宮さんは目をキラキラさせた。

 対してこちらはゲンナリである。ルイはもともと人混みが嫌いなほうだ。

 それをコンサートホールがいっぱいになる。それこそ十万人規模のライブに足を運ばされるなんて言うのは本当に困る。

「姉を誘ってくださいよこういうのは。ほんと困るんですよ」

「いやいやいや。そうはいっても、アイドルのコンサートに彼女連れてくのはちょっとさ……」

 そうはいってもどうして、義妹(偽)を連れてこようとか思うのかわけがわからない。むしろ男同士ならそれでもよかったのではないだろうか。将来の弟になるかもしれないのだから、仲良くしてくれてもいいのですよ。

「で? お目当て誰なんです? 今日は祭りでしょ? 三十組くらい登場してわーいみたいな」

 新宮さんが困ったような顔をするので、とりあえずむすっとしながらも入り口でもらったパンフレットを見ながらそう問いかける。

 本日のライブは年末の感謝祭みたいなもので、いくつかの事務所が合同で大イベントにしているそうだ。そこには崎ちゃんの名前もあるし、HAOTOのメンツもある。他の出演者はあいにくあんまりわからないのだけど、豪華な出演者、なのだそうだ。

「今回の出演者はみんな好きだ。特に俺が大好きなのは、珠理ちゃん。ここ二年ですんごい可愛くなって歌も踊りも完璧。歌って踊れる女優って、まじ天使」

 ああ、そうですか。でも崎ちゃん胸はあんまりないのですよ。姉との共通点あんまりないじゃないですか。

「新宮さんはおっぱいの人だと思ってましたけど、崎ちゃんにぞっこんなんて不純です」

「不純とかいうなよー。つきあう相手とアイドルは別だって、大好きな人と憧れの人が違う、そんな感じ」

「し・り・ま・せ・ん。っていうか確かに崎ちゃんのプロポーションはすごいと思うし、バランスいいし被写体としてたまらんですけど、姉よりアイドルをという根性に少し失望しています」

「いや、でもその」

 しどろもどろになる彼に追い討ちをかけるように、ちらりと今いる席を見る。

「それもなんですか、このカップル席は。姉に内緒で応募して当たったみたいな感じなんですよね。ていうか姉ときてくださいよ。どうして私呼んだんです」

 そう。周りにいるのはずらりと男女のカップルばかりだった。初々しい感じから熟年までいろいろだが男同士は見える範囲だといない。

 うん。男同士だとダメだった理由はどうやらこれだったっぽい。別に男同士のカップルもありだと思いますけどね。

「うぅ、それさっきも答えたじゃん。アイドルオタクなの知られるのはちょっと」

「知っても別に姉はどうもしないと思うけど……はっ。それともあれですかっ。私の貞操の危機……っ!」

「そのケは微塵もないってー。たんに異性で牡丹に気兼ねしないでいいのって、義妹の君くらいで」

「はいはい。わかりましたよ」

 むぅと少し頬を膨らませてすねると、新宮さんはやっと安堵したようだった。

「それにしても眼鏡なんてかけてどうしたの? 結構印象変わってるみたいだけど」

「素顔がいいなら、それでもいいですが……軽いパニック起こりますよお義兄さん。私これでも結構有名人なんですから」

 それこそ、今日出場するHAOTOのメンバーとは顔見知りもいいところだ。素顔さらしてなんていたらマネージャーさんに君も舞台に! とか鼻息荒くされてしまう。勘弁して欲しい。

 新宮さんは、素顔の方が可愛いのになぁと複雑そうな顔をしていたけれど、外すつもりは全くございません。

「ま、さすがにステージからこっちはあまり見えないので一安心ですが……」

 カップル席は指定席だ。S席とA席の間くらいの感じ、といえばいいんだろうか。割と前のほうの席で肉眼でステージは見えるけれど、顔がうっすら認識できるくらいだ。あちらから見たら群衆の一人としか見えないだろう。

 それでいてB席に毛が生えたくらいの値段設定なのだから、カップル達に甘い夢をという感じが強いのだろう。我々がいるのはその中でも花道に面したところ。見張らしもいいし開放感もある当たり席だ。

 そうこうしていたら携帯が震えた。崎ちゃんからだ。

『ライブ……がんばってくるっ。応援してて!』とか普通に健気なことを書いてくるので、お星様から見守っていますと答えておいた。さすがに会場にいて見ていますといったらあの子のことだ、とちったりするかもしれない。 

「あら、馨ちゃん。今日は彼氏とデート? そんなことしてると、珠理ちゃんが般若るけど?」

 メールを返していたら、唐突に声をかけてきたのは崎ちゃんのスタイリストのあやめさんだった。

 花道はライブが始まるまでは通行自由なので、準備で移動しているところで見かけて声をかけてきたというところだった。

「ああ、これは姉の恋人です。なんかしらんけど突然呼び出されて来てみたわけですよ。カップル限定ゾーンのチケットがうんちゃらかんちゃらで」

「限定500組のプラチナチケットかー。よくとれたね。身内分でも絶対にとれないくらいなものなんだけど」

 けっこういい席なんだよーと彼女は驚いていた。しかもはしっこは運がいいと言い切る。

 会場は広い。花道だけで20本くらいはある。けれども出演者の退場の時にどこかの花道を通ることもあるというのが定番なので少しでも彼らを間近で見たいファンは角の席を好むのだ。

「えと……どちらさまでしょう?」

 新宮さんがおどおどと会話に加わる。

「あー。今日ここで働いてるスタイリストさんです。個人的に知り合いで話をしていたところで」

 あやめさんから、どうするの? という視線がきていたので先制で紹介をしておく。

 いちおう、ルイさんと崎ちゃんがそれなりに仲が良いのは新宮さんだって知っているし、例の咲宮の別邸で鉢合わせてもいるわけだけど、ここでその話をするつもりもないので、さらっと流しておくことにする。

 周りの耳もあることだしね。

 そんな感じでさらっと紹介すると、あやめさんはさらっとブースの裏方にはいっていった。紙袋を持ってたところをみるとなにか追加で買い出しに行っていたのかもしれない。

「うお。馨さんあんな人と知り合いなんだ。けっこー顔広い?」

「それなりには。写真やってるとやっぱり自然にね」

「俺もお近づきになりたいのですが」

 わしっと両手を情熱的に握られてしまって、冷え冷えした視線を送る。

 それ、ルイさんの友人の珠理奈さん狙いですよね。駄目ですよ。

「人として尊敬するとかでないと、その両目を粉砕しますが」

「やっ。冗談だってば。ってか義妹どのはどうしてそんなに女子特有の冷え冷えした視線をされてるんで?」

 わかるでしょう、だんなーと言ってみても彼はあまりわからないらしい。揉み手をされても姉以外にだらしない視線を向けるのは許しませんって。

「私、いま、妹ですので。男の人の考えることはわかんないです。ここに来る相手を私に選んだのは及第点ですが、そもそもアイドルにうつつを抜かして、目の前の彼女を大切にできないっていうのがわかんない」

 それを言うならこの500席に応募した人たちはどういった具合でここにいるんだろうか。

 このレーベル、この会社がお互いに好きで、それで意気投合して、という音楽好きが集まっているという感じなのだろうか。それともアイドル大好きっていうのと、恋人への好きは別ものなのだろうか。

「たはは、手厳しいな。でもさ、君もさ。このライブの熱気くらいは感じてるだろ? 特にさっきちょろっと珠理ちゃん出てきたときは息をのんでたし」

「わ、わわ。別に崎ちゃんはその……普段よりすごいかわいいなっていうか、それだけで」

 リハーサルなのか、ちょこっとだけマイクチェックに登場した崎ちゃんはいつものあの、ちょっととぼけた感じと違ってきりっとしていて本番が楽しみだった。あぁ、ステージの上をキラキラ動く彼女を存分に撮影したい、だなんてさすがに言い出せない。

 個人的には気軽に撮らせて貰える間柄にはなっているとは思っているけれどね。なんだかなんだでさくらとかも、去年の夏で一緒にお風呂に行って以来、遠慮無く撮影するようになっていたりもするし。

 でもこういう、完璧に作られた場所で、というのもとても興味深いと思う。

 あやめさんもあんな感じだったし、メールでもこのイベントのことはさんざん聞いていた。

 あの意気込みがここを作った。

 それに少ししびれのようなものを感じてしまう。アイドルに憧れてるわけではない。ただ「自分が大好きなこと」「一生懸命がんばれること」そういったことで注目を浴びて、がんばって。その末に評価までされるって、すごく羨ましいことだ。

 ルイは、その境地にいない。

 自分のベストはたたき出しているつもりだ。実際、エレナのHPのアクセスだって悪くない。

 でも、それは「ルイ」という名前がスキャンダラスなだけで、実力というわけではないのではないか、と思ってしまうのだ。

「あー、いい加減、私もきちんと発表の場をもうけないと。自分でホームページ持てばいいのかなぁ。デザインだけすれば、きっと作ってくれるだろうし」

 隅っこ暮らしがいい、というのは今も変わらない。

 でも、作品は目立たせたいよなぁと、このしっかり作り込まれた会場を見て思ってしまった。

 今はエレナのホームページに間借りしている状態だ。そしてそこからの集客もある。

 それとは全く別の場所で、作品だけで挑戦してみるというのもいいのかもしれない。

 もしくは、春先にあったようなコンテスト。あれくらいの規模が小さいものもいいし、他にもコンテストはあるだろう。

 うん。

 ちょっと頑張ってみよう。

「え、義妹どのがなんかつやつやしておられる……」

「なんかパワーをもらったといいますか、そんな感じです」

「って、まだ始まってないから! まだまだパワーくるからっ」

 むしろさっさと帰って撮影をしたいところなのだけど、こういう現場を見ておくのも悪くはないか。

 そんなことを思っていると、始まりをつげるアナウンスが鳴り響いた。

本日の旅のお供は姉の恋人さまです。

新宮さん出番があんまりないけど、無難にかませる男子といったらこの人しかいないやもしれないということで。

作者そしてはあまりライブっていったことがないのですが、作り込んだものを見るとなんか頑張らなきゃ! とかって思うのですよね。


さて、次話はライブ本番はさらっと流しつつですが、蚕くんがやらかしてくれます。

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