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025.姉のお願いとお出かけ2

「足元暗いから気をつけて」

 言われるまでもなく、その居酒屋は薄暗かった。照明がないわけではないけれど、薄らあかりというか、雰囲気を出すためなのだろうけれど、ほんやりした優しい光に包まれている。


 案内された席は椅子の席で、靴は脱がないでもいいらしい。

 すでに他のメンバーは集まっていたようで、残っていた三つの席に座る。

 合コン、だけあってものの見事に男女で対面している座り方だ。

 話には聞いたこともあるもののそんなものが実際に行われているだなんて思ってもみなかった。


 集まったのが確認されると、それぞれの席にお手拭きが渡され、ドリンクのオーダーを求められる。

 当然、ルイは未成年なのでアルコールはなしだ。

 ドリンクを待っている間、自己紹介をしてしまおうかという流れになって、男女の端っこから自己紹介をすることになった、

 何人目かのところで、ルイの番がきて、少し困ったと思いつつ、自己紹介をしてみる。


「ルイといいます。木戸先輩にはお世話になっていたというか弱味をいっぱいにぎられているので、今日は無理矢理強引に力づくでこの場に連行されてきました。みなさんよりたぶん三つか四つ年下だと思います。お話のあいてはできますけど見学させてもらうくらいな感じなのでよろしくお願いします」

「急にくる予定の子がこれなくなっちゃって。それでちょうどいいやって。無理にせまったりしたらおねーさんがた、フォローよろしく」

 隣から、姉がフォローをいれてくれる。年下ということもあって相手から無茶な要求をされたときに困るとでも思ったのだろう。

 その紹介が終わるとかわいいなーなんて声が漏れる。

 その声が男女ともにあがるのだから、きっと合コンの相手というよりは女子高生を相手にしたかわいいなんだろうと思う。


 男子が五人の、女子が五人。そのうちの一人は自分なわけなのだけれど、みなさん姉と同年代くらいなんだろうか。よく遊んでいるという印象はあまり受けない。真面目そうな学生さんばかりである。

 そこらへんで、食事、というかオトウシーと言われるものが運ばれてくる。

 前にあいなさんといった居酒屋で出てきたのは、厚揚げだったけれど、今日はどうやらタコワサらしい。


「んむっぅ」

 はう。ちょっと辛かった。

 居酒屋というとたこわさなわけだけれど、わさびの辛さがつんと鼻にぬけていく。

 お酒をのむ前提ということなんだろうか。


 オーダーするのは飲み物だけ。あとは勝手に出てくるコースなのだそうだ。

 居酒屋、というところにいく経験は高校の自分としては、割とあるほうだと思ってはいる。あいなさんと撮影した後に一杯ひっかけるなんていうこともよくある。とはいえ、こうやって大人数でわいわいというのは初めてだ。あいなさんと行くのは大抵もう少し大人しくて、居酒屋というよりは料理屋という空気の強いところなのだ。だからこの雰囲気とか気配は少しばかりなじみがなかった。


 いろいろな声が混ざり合って、耳の中で反響する。けれども新鮮な光景ではあった。

 これくらいならフラッシュをたかなくても撮影ができる。

 なんて思いつつ、頼んでいたドリンクが到着する。

 頼んだのはウーロン茶だ。もちろん未成年だから飲酒はしないし、店のほうからも注意された。

 いまどきのお上は厳しいのだそうで、お酒のグラスはソフトドリンクと異なるものになっているのである。

 そう。黄色いラインが一本入っているといえばいいだろうか。

 ちなみにドリンクはバラバラ。漫画とかだとビールで乾杯が多いけれど、みんなチューハイとかサワーとかそうのばかり。

 今日の主役というとアレだけれど、姉さんの隣の女の人はカルーアミルクというものを頼んでいた。

 ねっとりと茶色い色はコーヒー牛乳のようだ。


「では、ちゃっちゃかはじめましょー。今日は新しい出会いに、乾杯」

 かちんとプラスティックのグラスが鈍い音を立てる。

 そしてそこから、ドリンクが来たことで中断していた自己紹介が再開される。

 牡丹姉さんは割と気さくに自己紹介を済ませた。アピールみたいなものはあんまりないらしい。


 一通り終わったところで料理が並び始める。最初は前菜からだ。

 適度に取り分けていく。気になる人がいる女子は率先して取ってあげてアピールしているようすだ。

 そして続けざま焼き物がでてくる。割とサーブされるペースが速いような気がする。

 お祭りのようで楽しいのは楽しいのだが、時間もあるんだしもう少しゆっくりでもいいんじゃないかと思ってしまう。

 けれど、それはルイ的な考え方で、男の人たちは、おっほー肉だーと大喜びで箸をつけ始めていた。

 むろんルイだって男子なのだが、昼のショッピングのさなか、クレープを奢ってもらったので、完全に空腹という感じでもないのである。


「それで、ルイちゃんは趣味とかあるの?」

 向かいに座った男性が退屈しないように気を使ってくれてるのか、話しかけてくれる。まったくせっかくの合コンというのにはずれで申し訳ないと思いながら、それでも笑顔で答える。


「写真撮影が趣味ですね。週末はいろいろ外にでて撮ってます」

「そうそう、この子ったら週末になるとかならずどこかにいって写真撮ってるのよ」

「それはまた本格的な。どんな写真撮るの? 人物? 動物?」

 彼は写真という単語に食いついてきたようで、被写体のほうに興味をもったようだった。


「自然物が一番多いですね。風景とか、空とか。もちろん人間も撮りますし、部活っていうかなじみの先輩からは無機物も撮ってみると楽しいよ? って勧められたりはして、時々撮ったりはしてます」

 まあそれを言ったあいなさん自身は、自然大好きー、らぶーっていいながら空だの木だの海だのの写真ばかりなのだから、割と説得力はないのだけれど。


「いいなぁ、そういうの。僕は大学にはいってから映像研究会ってのに入って映像やってるんだけど、高校のころからやってたやつって、エネルギーがすごいっていうかすごく出遅れちゃってる感じがして」

「そりゃまあ、やってる期間が長ければこなれもするとは思いますけど、必要なのは他のことに忙殺されない時にどれだけ自分の好きなことができるか、だと思います。もっと昔からやれてればなって、私でも思いますもん。でも今撮影しててすっごく楽しいから、それでいいかなって」

 彼の言い分は、簡単に言えば先輩はすごいっていうのと似ている。高校のころからやっているからすごいのではなく、たんに数年経験を積んで先に進んでいるからすごいだけなのだ。

「楽しければいい……かぁ。それはそうだね。少し忘れてしまってたかも」

 かみしめるように彼はそう言うとグラスのワインをくいっとあおった。


 それから少し話をして、トイレに立った。

 居酒屋のトイレはそう大きくはなく、すでに何人かが並んでいる状態だ。

「おぉ。ルイちゃーん。楽しんでるー?」

 ちょうど前に、今日の席の姉の隣に座っていた人が待っていてこちらに手を振っていた。


「はいっ。ちょっと急だったし緊張はしてますけど」

「まったくもう。牡丹のやつ。こんないい後輩いるだなんてひとっことも言わないで」

「いいかどうかは、わかりませんよー。いきなり豹変するかもしれませんし」

 にやりと悪そうな笑みを見せつつからかってみる。


「あはっ。豹変はちょっと見てみたいかも。でもさ。今朝っていってたの本当なんでしょ? 急に先輩のために時間あけちゃうのはすごいなぁってちょっと思ってね」

「予定といっても一人で撮影とか考え事とかそういうのでしたしね、あの人、滅多なことでこういうお願いしてこないから」

「牡丹はたしかにそういうところあるね。だからあたしも三日前に連絡もらってなんとか都合つけた感じだし」

 一人がトイレからでて次の人が入っていった。それに合わせて一つ歩を進める。


「それだけケーカがぼろぼろだったってことなんだろうね。結果としては合コンの相手もおとなしそうな人たちばっかりだし、楽しく盛り上がれてるところだもの」

 そしてまたもう一人がでてくる。最初の人が少し長かったといったくらいで、そのあとはスムースだ。

「まっ、ルイちゃん。今日は来てくれてありがとうね。時間はまだまだあるから、楽しんでいって」

 彼女はそういうとトイレの中に入って行った。

 姉さんの周りの人間関係が少しだけ垣間見えて、そしてそれがほんわかとしていて少しだけほっとするのだった。




「おかえりー。おねーさんは待ちくたびれたのですよー」

 でへへーと下品な声をあげた姉は、わしりと腕を肩にまわしてきた。

 いつもそういうスキンシップはあまりしてこないというのに、ふくよかな胸が脇に当たって、ふにゃりとつぶれた。

 いうまでもなく、ドキドキなどはしないのだけれど、はしたなくて残念な気分になる。


「お酒がだめって聞いたことないんですけど」

 両親は、父親は酒豪で母親は酒がのめない。とはいえ二十歳になるまで姉さんは飲まなかったからどれくらいなのかはさっぱりなのである。

「やらなー。別にそんなよってないんらよぅ」

「すでにろれつが回ってないじゃないですか。もうあとは烏龍茶だけにしてくださいよ」

「えええ。まだまだのむんらよぅ。今日はけーかのための会なんらし、たっぷりのんでわけわからなくなるの」

 そのケーカさんがすでに心配そうな顔で姉を見つめているのだけれども。

 まったく。どっちがふられたんだかこれじゃわからないじゃないか。


「まあまあ。わけわからなくなるのは、家のほうでにしなよ。ここでそんな風になったら危ないんだから」

「う……」

 背中を軽くなでてやると、ぽてぽてと、顔を青くしてる。

 これは言うまでもなくあれですよな。


「先輩、トイレいきましょうか」

 よいせ、肩をかしながら起き上がらせる。

「ああ、俺も手伝う」

 一人の青年が反対側の肩を支えてくれる。

 まったく、こんなになってしまうだなんて、申し訳なくてしかたない。


「ここから先はまかせます。さすがに僕が入ることはできませんし」

 本当はこちらもはいれるわけもないのだけれど、この際そうも言ってられない。

 そうでもなくても、女子トイレなんてなれてしまっているわけなのだけれど。

「ありがとうございます。先輩っ、いきますよ」

 本当は姉さんと言いたいところだけれど、人の目がある以上はそれはできない。

 トイレの個室に姉を座らせると、我慢できなかったのか、残念な音が聞こえた。

 ああ。わが姉ながらほんとうに残念だ。


「んあ、水」

 そういわれると思って、もってきてきたペットボトルを渡す。

 え、なんでそんなによっぱらいの介抱になれているのかって? あいなさんがあれで結構酔いつぶれる人だからだ。

 居酒屋につれていかれて、途中まではいいのだけれど、割と吐くまで飲む。

 そして未成年なこちらにいろいろあとのしまつを任せるのは、きっと青木にそういう相手させるのになれてるんだろうなぁ。

 わぁい。ダメな大人はいっぱいだよぅ。


「ちょっと、がんばりすぎちゃってるかな」

 ぽふりと頭に手を起きつつ、なでなでと頭をなでてやる。嫌がるかと思ったけれど、そのままにされてくれていた。

「まったく。みんなが馨みたいにやさしー男なら、ケーカだってあんな目に合わなかったのに」

「ちょっと、姉さん。お願いだから酔っててもぼろっと外でそんなこと言わないでよ?」

「わかってるわよ。少し、うん。少し楽になった」

 少し水分をとって楽になった姉は、酔いもいくらか楽になったみたいだ。


 席に帰ると、二次会どうしようかなんていう話がもれでていた。

 人数はそこそこいるのだし、気の合う相手がいるのならそれはそれでいいということなんだろう。

 主催がここでへばっているけれど、当然こちらは身を引く所存である。

 結局、けーかさんはおうちに帰ることになって、他二人の女子は三人の男の人たちと二次会へとなだれ込んだ。


「大丈夫? 今日はずっと先輩の世話ばっかりで大変じゃない?」

 そして、残り二人の男性のうちの一人、先ほど肩を貸してくれたほうの人が心配なのか一緒にいてくれた。

 いくらか顔色がもどった姉さんを見ているからなのか、安心したようすでこちらに軽口がくる。

 苦笑交じりではあるものの、瞳はなにか大切なものを見るかのようだ。


「いつものこと、とは言えないのが切ないですが、まさかこんなに酒癖が悪いとは思ってませんでした」

 よいせと公園のベンチに姉を休ませる。くてんと力なくこちらの肩に寄りかかるのは、わざとなのか酔っているからなのかはしらない。

 すーすーとあまえるようにこちらに寄り添っているのは、姉弟ならではの信頼なのだろうと思うけれど、姉さんほどの美人さんが外でこれではとても危ない。あとで叱ってやらないといけないかもしれない。


「よかったら、これ」

「ありがとうございます」

 ほいと渡される、暖かいコーンスープを受けとって、ほっこりと頬が緩む。

 冬のさなかよりは十分にましなのだけれど、それでも夜も更けてくれば気温はさがってくる。


「よく売ってましたね。十一月くらいにならないと、こういうのでないと思ってましたけど」

「この町にはなじみがあるからね。季節の変わりでどういうのがあるかはわかってる」

 なるほど。彼はこの町に詳しい人ということなのか。 

 とはいっても、いくら詳しかろうが、時間が時間だ。今はもう十時に近い。


「でも、これからどうしようか? 君たち、家も遠いんだろう?」

「そうですね。先輩と同じく家はちょっと遠いです。だから終電まで休ませてそれで帰るっていうプランを考えていますが」

「なら、僕のうちで休んでいかないかい? ここらは知ってるっていったけど、家は近いから」

 そのさわやかな申し出に、少し考えて、首を軽くふる。


「知らない人の家についていっちゃいけないって、言われていますから」

 苦笑交じりに、頭をかく。自分はいいけれど姉が見知らぬ男の家に御厄介になるのはいけないだろう。

 これでも女の子なのだ。


「別に変なことをするつもりもないし、ただ、部屋を貸すだけ。それに木戸さんだって何度かうちには来ていただいているんだし、いまさら遠慮されても」

「ふえ? そんなことがあったんですか? いや、でもごめんなさい。ちょこっと他の手段も思いついてしまったので、それはなしってことで。大丈夫です」

 にこりと笑顔を浮かべると、そ、そう? と新宮さんは心配そうにこちらを見つめてくる。


 そしておもむろに携帯を取り出した。

 幾度かのコール音の後に聞こえてくるのは、母親の声だ。

 そう。他の手段とは大学のそばに住んでいる姉の家に行けばいいということだった。ここからそう離れていないはずである。

「姉さんの家の住所を教えてください。ちょっと飲み過ぎて酔いつぶれてしまって、家に帰れそうにないので」

 受話器越しからは、まったくとあきれた声があがった。けれどだんだん姉に対する話ではなく、受話器越しのこちらの声と話し方に話がいってしまう。女装状態で滅多に家に電話はかけないからギャップみたいなものはあるのだろう。


「あのねぇ。今はそんなこと言ってる場合じゃ、ああ。鍵? そりゃバックの中に入ってるんじゃないかな。もしダメそうなら大家さんに話をすればいいんじゃない?」

 そう。姉が住んでいるところは一階に管理人室があって、そこに大家さんが住んでいるという話を前に聞いたことがある。

 姉自身がカギを持ってなくてもそこであけてもらえる可能性は十分だ。

 問題は、そこまでどう行き着くのか。メールで住所を送ってもらう約束をして電話を切った。


「えと、君は……?」

「新宮さんと、木戸さんは初対面ってわけでもないのですよね?」

 かろうじて覚えていた名前を伝えると、彼の顔がおぉうと少しばかり緊張にそまる。

 家に来たことがある、というのはそれなりの関係なのだろう。

「確かに僕らは同じ大学の同期生で、それで、牡丹とはそれなりな仲というか」

「ぬなっ。いわゆるカップルーさーんというやつなのですか?」

 だったら、伝えておいてもいいのかなぁ、と軽く空を見上げる。

 もうすっかりとあたりは暗くなっていて、それでも繁華街のあかりはきらきらとしている。


「あんまり目立ちたくないし、友達の残念会みたいなところがあったからあの時は黙っていましたが、私は牡丹の家族で、馨っていいます」

 あえて妹という明言はしないでおく。まあ十割がた妹だと思われただろうけれど、それはそれだ。

「姉さんの家は、ああメールきましたね。ここからそう離れてないみたいなんで、そっちに連れて帰りますよ」

 それくらいなら、大丈夫と伝えると新宮さんはとりあえずそれで納得してくれたらしい。

 住所そのものは教えない。女子の家の住所は本人の口から男に伝えられるべきものだ。


「んあ。お水……飲みたい」

「はいはい」

 くてんとしながらそれでも、うぅとうめき声をあげる姉にペットボトルの水を与える。

 こきゅこきゅと両手でそれを飲み干す姿は幼さが垣間見えてかわいらしい。

「それじゃせめてタクシーに乗り込むところまでは一緒にいさせて」

「わかりました。確かにこの町で男の人がいるといないのとでは違いますから」

「ははっ。君らみたいな美人姉妹がこんなところでそんなんじゃ、おそってくださいっていってるようなもんだろうしね」

「おそってきたら、返り討ち、ですけどね?」

 くすりと笑ってあげると、今時の女子高生はおっかないと彼は笑った。さすがにこれで男子高生であることを見破るのはいささか無理というものだろう。


 それからタクシーに乗り込むまで、話どおりに彼はそばにいてくれた。

 車に乗り込むときも心配そうにしていた彼だったけれど、後ろを振り返る余裕なんてもちろんなくて。姉の家に転がり込んだのはそれから十数分後のことだった。

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