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241.

「おはよ、木戸。久しぶりだな」

「おはよう、赤城くん」

 にこりと笑いかけておっとと、表情を戻す。

 ようやく女子高潜入も終えて、普通の日常に帰ってきた朝の一発目。

 大学の一限で一緒になった赤城に挨拶をするところで、ついやらかしてしまった。

「ぐぬっ。スイッチきりかえねーで一週間いたから、素でかわいく話しかけてしまった」

 すまんリテイクといってから、普通によぅと男っぽく挨拶する。

 そんな対応に赤城はびくびくしながら隣の席に座った。

 こいつ大丈夫かとか思っているのだろうか。こいつもしのさんのことは知っているから驚きこそしないけれど、男子状態でそれとなると、さすがにな……自分でも引くね。これね。反省反省。

 でも、当然土日もルイとしてうろうろ写真を撮っていたわけだし、撮影先でも、今日のルイちゃんはどこか品があるように見えるねぇなんて言われたので、お嬢様生活が少し染みついたのかもしれない。

「それで、一週間も自主休講して、なにがどうなったんだよ。結局お前がいってた女装の話ってどうなったんだ?」

「ああ。二度とあそこの学校と合コンなんてすんなよ。まじで停学間近になってたのはお前も知ってるだろうが」

 赤城にぼそっと注意をしておく。

 うん。女装潜入そのものはうっかり楽しんでしまったけれど、最初の学院長との面会は最悪だった。学院長先生は生徒を守るためならなんでもありな人だものな。

「あのおばちゃんめっちゃ怖かったしな。でもあの子達はどうなったんだ?」

「全部決着がついたよ。結構力業だったんだけど、ぎりぎり。そのために一週間かかったけど」

「なにをやったんだ?」

 詳しくは話せないけど、と前置きをする。

 そして敢えてこそこそ小声にして、女声で赤城に答えた。

「私のことを信頼させるために必要だった時間、なんだよ」

 学校にいって、みんなと普通に交流して。危険ではない人間という刷り込みをするために必要な期間だった。

 結果的にその証明は一日分の撮影の写真でしてしまったわけなのだけど。 

「って、おまっ。潜入とかむりだろ。まじで?」

「この人ならできるでしょ。そんなことくらい」

 話を聞きつけたのか、磯辺さんがあきれ顔で反対の隣の席に座った。

 まぁ、ルイなら女子高とかいけるよね、っていいたいのだろうけどね。

「木戸くん、はいこれ。明日までに返してもらえばいいから」

 コピーしてくるがいい、と前の席から田辺さんがいってくれるのでありがたく拝借する。

 ルイさんスキスキな彼女も、講義は真面目に受けているし、ノートも綺麗にとっているのでこういうときはありがたい。

「なっ。ノートの貸し借りをする仲だなんてっ。てそーではなく、こいつならできるってさすがに……」

 いくらしのさんがすごくても無理じゃね? と言い張られると逆に困るな。こいつ、あの食事会のときにしのさんならゼフィ女に入れるかもとか言ってたくせに、実際やったら無理だろとか言っちゃうのはどうなんだろうか。

 そんな彼にちらりと一瞬だけ視線をむけつつ、几帳面に書き込まれたノートのほうに集中して、コピーする場所を計算する。

 一週間の量は割と多めだ。もちろん彼女と講義が被っているのは半分くらいだから、残りは他から集めておかないといけない。ま、一回くらい講義を落としても赤点を取ることはないだろうけど、保険はかけておきたい。それにせっかくの講義の内容がわからないのはもったいないのだ。

「見せてあげればいいんじゃない? それとも自分が写ってる写真はないの?」

 ほれほれ、制服姿プリーズと磯辺さんが絡んでくるのだけど、その写真はHAOTOのあの動画ファイルと同じくSDカードに入れて隔離してある。奏さんだけ、ではなくて、最後に関係者一同で集合写真を撮ったものだ。みんなもコピーを欲しがったけど、いくらほのか達だろうとこれはあげられない。卒業したらね、と言ってある。

「うーん。あるのはあるけどもなぁ。信じないんでないか?」

「かといって、着替えてくるとかは無理でしょ? 明日はディベートあるし」

 そう言われるとたしかにそうだ。しの、で学校にくるとしたら座学の日だけ。明日は小グループでのディベートの講義があるから、しのとして参加するのは難しい。

「じゃ、想像してみろ。しのさんがゼフィ女の制服きてるところを」

「あ……たしかに、ありかも。あら、赤城さんっ、ごきげんようとか、あのしのさんボイスで言われたら……いい。これはいいっ」

「ちょ、勝手に変な想像すんなっ!」

 人の想像は自由だけど、さすがに目の前で女装姿の自分がへんな風に扱われてるとなれば、文句の一つもいってやらないといけない。

「んー、この制服をしのさんがねぇ……はぁ。もー絶対足とかめっちゃ綺麗だろうし……男の子だからこその余計な脂肪分のない足がたまらぬ」

「って、磯辺さんもかいっ。そもそもゼフィ女のホームページまで出してディティールまでしっかり想像しないでくれませんかね」

「ふっ、想像も創造もゼロから始めるものですよ。誰に阻まれることなどないのです」

 どーせ、あんたが関わって骨抜きにしてきた男共は、あんたをおかずにしてるに決まってるんだから、とか言われたけど、これはさすがに、ルイさんが関わった人ってことなんだよね、きっとね……それでも磯辺さん。女の子がその台詞を言ってはいけないと思うよ……今は女同士じゃないんだしさ。

「ああー、この制服清楚でかわいいなぁ。ルイさんが着たらきっと……」

 もう一人の女子はなんかぽやーんと別の想像をしていました。うぅ。なんだって大学の周囲の子達はこんなんばっかりなんだろう。まともな子があんまりいない……

 高校の頃にまともなヤツがいたかって? うう。あのときはもうちょっとこう、この状況を冷静に見てなぐさめてくれる子とかいたもんっ。ぐすっ。

「とまあ、そんなわけで、けりはつけたけどゼフィ女と揉めたって話は極秘事項な。なかったことになってるので、いろいろ詮索しないでいただきたい」

「あ、ああ」

 他の参加者にも釘を刺しておいてくれよーと言うと、赤城はかなり曖昧にぼうっとしたような状態で返事をしてくれた。

 これ以上変な想像をしたら、もぎますと言いたいところだけれど、田辺さんの目の前でそんなことを言えるはずもなく、まったく困った方々ですと、ため息をつくことしかできなかった。




「おいおい、よりによってあんな話をしたあとにこの授業ですかい」

 そんな騒動があった翌日。ディベートの講義のために小さめの部屋に入ったら、ばばーんと今日のテーマはこれだっ! と書かれたホワイトボードのテーマに、すごく嫌そうな声が漏れてしまった。

 ディベートの授業は後期に取っている講義の一つで、肯定側と否定側にランダムに別れて、話し合いをするものだ。小中学でも採用されている学校はそこそこあると言われてる。

 お題は毎週変わるし、発表はこんな感じで当日なので短い時間で情報をそろえて討論に向かわないといけないのがなかなかに難しいものだったりする。

 不思議に思うのは、ディスカッションとは違って自分の意思に関係なく認めるか認めないかを最初に指定されてしまうところだ。

 ようは自分の好き嫌いは放っておいて、そのネタの良いところないし悪いところを見極めて、口先で自分に有利なように交渉していくという、大人社会を渡っていく力を育てる授業、なのである。 

 今までの間、それなりにやってきているのでやりかた自体に問題はない。ないのだけれど、今回のお題が問題だった。

 そう。ホワイトボードに『』つきで書かれたテーマ、それは『異性装』だったのだ。

 そして割り振られたのが、田辺さんや赤城と一緒に否定組。

 自分が異性装を否定する? ばかなっ。

 なんていう風に思っていたわけで。

「せんせー。真ん中の人とかはこの場合どうするです?」

「半陰陽は思考からとりあえず避けておいてください。議論が混沌になりますから。それ以外は、肉体的な面での違いがないなら、他の案件は自由に扱ってください」

 難しい顔をしているのをよそに、グループの誰かから声が上がった。

 ふむ。染色体異常での中間性についてはふれてはならないが、それ以外は好きにしろというお達しだろうか。

 千歳みたいなのも範囲にいれつつ、話をしないといけないのだろうけど、今回こちらは否定側。木戸に千歳を否定できるかといえば、そんなことはできない。ディベートは相手を倒すための論法を得る場という考えも強いだろうが、今回のこれは話し合いの場だ。論破する必要はない。彼女たちを悪し様に言うなんてできるわけもない。

 あれ。でもそもそも千歳とかのは、『異性』装なのか? あれはもう女装じゃないような。

「性転換した人とかは、もう異性装扱いではないのですよね?」

 なので手を上げて質問しておく。肯定側の理由としてコレを持ってこられてしまうとこちらとしては打つ手無しとなってしまう。

「あー、基本戸籍を変えればそっち扱いが基本なので、異性の装いではなくなるので除外です。またいずれそうなる、という人も除外にしましょう」

 最初にそこを封殺とかなかなかやりますね、と褒められてしまった。

 でも、それは知り合いがいるからでた発想にすぎない。

 とりあえず、条件を少しだけ軽くできたものの。

 どうやって異性装を否定しよう。

 できるとしたら、悪い面。負の面を純粋に伝えるだけだろうか。

「では、十分打ち合わせをしてから、それぞれ討論を開始するように」

 ディスカッションの時間は90分の講義の最初10分を先ほどのようなチュートリアルで使い、その後の10分で、それぞれの組での対策をまとめる。それから肯定派、否定派でそれぞれ代表者をだして討論会をするのが30分だ。

 これは相互に持ち時間が五分ずつあって肯定側の意見、否定側からそれへの質問、否定側の意見、肯定側からそれへの質問、そして準備時間をおいて、最後にそれを受けてのそれぞれの意見を再構築する。

 その後、教諭の総括が入り、場合によっては再び討論になる。

「とりあえず、男装はありだと思うんだよ。ボーイッシュな女の子とかぐっとくるし」

 どこかのナンパそうな男子が持論をいった。よくある話だが、男装とボーイッシュにはとても深い壁があるのをご存じではないらしい。

 とはいえ、木戸はそこでなにかをするわけではない。

 今回はかなり私的な知識がありすぎるので、否定派としての立ち位置がすさまじい重しになってしまっている。

 こういうときは、意見を聞いているフリをして、他の人達に任せるに限る。

 実際、否定側の人はそれこそ十人以上いるのだしね。なるべくいらっとしないように心がけよう。

「問題は女装のほうだな。こればっかりは魑魅魍魎。妖怪変化としかいいようがない。こっちを叩けば異性装の否定なんて簡単にできるだろ」

 初っぱなからむかっとするが、やっぱり言い返しはしない。こちらは否定派なのだ。自粛自粛。

「えー、妖怪変化は言い過ぎでしょー。あたし知り合いでめっちゃかわいく女装する人知ってるよ?」

 田辺さんが不満を漏らした。しのさんのことを知っている彼女としては、それだけのネタでは叩けないと思っているのだろう。大正解である。なまじ上手く女装出来ちゃうから否定するポイントがなかなか見つけられない。

「なら、具体的に女装のどこが駄目なのか細かく分析しときゃいいんじゃね? 具体的にきもいのって、毛の処理の問題? 骨格? がたいと服のちぐはぐさ? それとも声と外見の違和感?」

 なにがそんなに嫌なのさと投げやりにいうと、話の進行をしている人はおぉと、感心したような声を漏らした。

「お。木戸おまえ今日やる気じゃん。まーそんなところだろうな。やっぱ女の子のためにデザインされた服は、そういう子が着ないと違和感がでるのは当たり前だし」

 さらりと「女装するときに問題点となり得る場所」を指摘してやると、あっさりそれそれという返事が来る。

 それをつぶせばそれなりに見れる女装になるのだけどなぁ。

「おそらく、向こうはそれを前提で攻めてくるだろ。きもい女装をどうやって肯定するか、ってところでな」

「あー。それらの反論も考えないといかんのか」

 面倒だなぁと言いつつも、相手が取ってくる手を予想しながら議論を深めて行く。打てる手をいろいろと考えておいてカウンターにつかうのだ。


 そして、討論が始まる。

 肯定側が持ってきたのは、個性と尊厳というものだった。

 やっぱり、外見的に問題はないというところには到達はしなかったようだ。

 異性装は根本的に「異物感がある」わけで、それが常識というのは木戸としては、は? と言いたいところだ。

 けれども、色物ばっかりを見せられていればそうもなるのか。本気でやってる人間はまず、異性装をしていると認識されないのだから。みなさんの目に止まるのが目立つ女装だけというのなら、そういう認識でも仕方が無いのかもしれない。

 それを前提としつつ、否定派も意見を組んでいく。

 公共の福祉を前提とした攻撃である。汚装は見た方を不快にさせる。周囲の人間の心理に影響を与えるのはいかがなものか、と。そしてその犯罪性についても付け加える。女装して更衣室にカメラを設置した例やら、わいせつ目的だったりだとか、女装と犯罪というところには妙に結びつきがある。

 そもそも。木戸としてはびた一文そんな心持ちはないのだけど、世間一般の女装のイメージって、どうしたって性的なものとリンクしてしまうようなのだ。いわく、女装者は性欲も強くて、快楽のためにやるんだーなんていう話もちらほらみる。

 あの……ここに、それ、ひからびてる人いますけど……

「さて。私の感覚では異性装の意見のほうがやや強く感じられます。また空想でものを言っている感じがしますので、お互いのグループの男女を一人ずつ、計四人に実際異性装をしてもらいます。それで反応を見てみようかと思います。まずは不利っぽい肯定側のターンということで」

 一通り意見が出尽くしたところで、講師がお互いの陣営に有利になる相手を選ぶといいよと指名権を任せる。

 なるほど。実際にやってみての印象もあるだろうということだ。

 肯定派が否定派から選んだのは、木戸ともう一人は女子だ。背が高めでボーイッシュな子を選んでいる。

 木戸が選ばれたのは多分身長が理由なのだろうと思う。

 まずは、衣装部屋につれていかれて服を着替えさせられた。下着はそのまま。さすがに換え下着はないですか、そうですか。なんならバッグの中に入ってますけどね……

「うわー、やっぱ思った通り似合うわー」

 とかなんとか肯定派の人たちは言っているけれど、鏡の中の自分を見て、あーあとため息しかでない。

 これで、僕? と言ってしまいたい。なんだこの半端感。

 スカートこそはいているけれど、着ただけ女装感が半端ない。半端感が半端ないだなんて、なんだこれ。

 眼鏡は顔の一部だから変えられないとか思っているんだろうか。黒縁のままだしお化粧だってろくにしてない。

 つーか、そこに化粧水とかファンデとかあるから! マスカラとかアイメイクとかやっちゃおうよ!

 ……ああ。着せただけで満足しちゃいましたか、そうですか。

「女子のサイズの服が普通に入るってだけで、驚異的。身長も女子とかわんないもんねって、これ、失言?」

「別に身長高い男子に憧れるとかってのはないんで、いいけど」

 むーんと、不機嫌な顔をしていると、まあまあと肯定派になだめられた。そしてそのまま教室の方へ。

「着替えてきました。さぁ生き恥をさらす感じでみなさまどうぞ」

 声を変えずにまずは木戸からみんなにご挨拶。

 さあこの程度の女装で果たしてみなさんはどういう反応をするんだろうか。

 いちおう木戸としては鏡を見た感じだと女装した男だった。きっとエレナならこれくらいでも女子として通用するだろうけれど、木戸は持ってない方だから、本当はお化粧やらアクセサリーやらで飾ってやらないと女子にはなりえないのだ。 

「まあ、普通?」

 とはいえ、それでもクラスの雰囲気は悪くない。そもそもの素養として、むだ毛の処理がしっかりできてるせいで、これでも嫌な感じはでないということだ。足のラインだけはきれいだし肌質もやばいくらいに美しい。毎日の努力のたまものである。

 そんな声が広がる中で知人たちは、きつねにつままれたみたいだ。

「ウィッグは? お化粧は? 声は?」

 なにやってんのあんたと、磯辺さんの呆れたような声がこちらにかかる。

「俺は、ただ女装肯定派の指示にしたがっただけ。否定派のこちらとしてはあえてがんばって女装する必要もないだろ。あいつらまともに所作の話すらしないんだ。一言女らしく振る舞って欲しいとねだられればいくらでもやってやるのに」

 スイッチは完全にオフ状態。本当に着ただけ女装状態で答える。

「でも、それなら町中歩いていても目を引かないよね。これなら本人の好きでやるなら女装ありじゃないか?」

 ひそひそと上がる声を聞いていてくらりときてしまった。

 ばか……な。

 男装の方は普通に不快感がないし、とクラスのほとんどが、こんな女装を及第点と認める。

 なんというか木戸の中でなにかが壊れそうな勢いだ。勘弁して欲しい。

 やめてっ。こんなんでいける! とか言わないで!

「では、今度は否定派の諸君。否定的な異性装を楽しみにしています」

 精神的にかなりのダメージをうけつつ、今度はこちらのターンとなった。

 うう。もうこっちの負けでいいからさっさと、授業終わらせていただきたいのです。

これで、僕。

ようやっとこの台詞のターンが来ましたよ!

ここのところも原案ありなので一年ちょい前に書いてた所だったりします。

ディベートって作者も授業でやったことがろくにないですが、なかなかに興味深い討論法だと思います。

ディスカッションだと意見でないけど、こっちだと方向付けができてるから発想しやすいっていう利点もありますよね。


さて。次話は後半、「異性装を否定する」方のターンです。

どうなっちゃうんでしょうねぇ。

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