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239.反省会1

反省会をしますよーという話をしてましたが、長いので二分割です。後編は明日予定。三部……になるかは不明です。

「アップルパイはあまーあまーい恋の味ー」

 ふふーんと甘い香りを漂わせながら、鼻歌を歌っているとすんすんと香ばしい薫りが身体に入ってくる。

 無事に会議が終わったあと。まりえさんと藤ノ宮さんを連れだってとある場所に向かう途中だ。

 もちろんその間に、手に持っているアップルパイの入手イベントは済ませている。

 平日シフォレは昼休憩が無いかわりに早くしまってしまうので、結構ぎりぎりになってしまった。

 か、かわいい制服ねぇ、といづもさんにぷるぷるされたのは言うまでもない。写真撮らせてとねだられたけれど、さすがにこれが露見するといろいろまずいので勘弁していただいた。いづもさんは自分もあと十若かったら……とか言ってたけど、十若くても二十代中盤じゃあないですか……大人の色気たんまりで高校生の制服を着るのは犯罪だと思います。

 あ。沙紀さんはお店の外で待っていてもらいました。だっていづもさんなら一発で見破るものね。

「あの、どこにつれて行かれるのでしょう?」

 まりえさんが不思議そうに、藤ノ宮さんはあからさまに不審そうについてきてくれる。

 みんな同じ制服姿で、リボンの色が一人だけ違う。

 この三人をみて果たして誰が年上なのかわかるものだろうか。沙紀ちゃんがやたら大人っぽいからもしかしたらあっちが年上なんていう風に見られているかもしれない。

「ああ、私の知人のおうちです。以前っていってもちょっと前なんだけど、アップルパイワンホールをせがまれまして。今年は無理です無理なんですーって、いいつづけてしばらく踏み倒そうと思ってたんだけど」

 せっかくなのでそこで反省パーティーをしましょうということになったのですと答えるとぽかんとされてしまった。

 ちなみにアップルパイはいづもさんに予め予約しておいて、今回の代金はまりえさんにもってもらっている。何かお礼をしたいと言ってきたので、じゃあこれでと素直におねだりしたのだ。こちらとしてはアップルパイは割と冒険の金額なのだけれど、まりえさんはきょとんとそれくらいでいいのですか? と金銭感覚の違いを力一杯発揮してくれた。

「はい、つきました」

 高台にあるお屋敷に到着すると、正門ではなく裏門からチャイムを押す。

 ほどなくして、執事の中田さんが姿をあらわして、ぺこりときれいな所作で頭を下げた。

「これは、馨さまと一緒にいらっしゃるのは、まりえお嬢様と……そちらはまさか沙紀さまでいらっしゃいますか?」

 ご一緒の制服姿はとてもお似合いですと言われてしまうと、ありがとうございますとだけ答える。

 その対応に二人は完全に顔をひきつらせた。

 うん。一瞬沙紀さんの顔を見たときはさすがの中田さんも間が空いたけど、この人もずいぶん女装関係には寛大になったと思う。慣れたというか。まあ第二キッチンのあるこっち側でエレナがほとんど女子服だし、誕生日はルイさんがくるし、ここまでされて慣れない人もいない……か。うん。

「中田さんとは昔あった覚えが、たしか三枝の家?」

「そ。ここは三枝のお屋敷です。そしてあれが次期当主です」

「いらっしゃーい。やーん制服姿かわいー」

 ぎゅっと抱きついてくる彼女の姿は厚手のワンピースにエプロンという姿で鼻の頭に軽く小麦粉がついていたりする状態だ。

 彼女自身の香りと、パーティー用に焼いていた肉の香ばしい薫りが混ざりあっている。うん、とてもおいしそうな女の子という感じだ。今日は生魚は使ってないから、血なまぐさいってことはない。

「まだまだ似合うっしょー。ここの学校の制服すんごいかわいいし」

「もー普通に女子高生だよー。かわいー」

 へっへーといいつつ、きょとんとした二人の方に視線をやる。それだけでエレナは表情を変える。

「お二人ともお久しぶり。まりえちゃんと、沙紀ちゃん。四年前のパーティー以来かな?」

「ええと、その。エレンくん、だよね?」

 沙紀さんがお嬢様言葉を忘れて、素の声を漏らした。あ。割とそれでも男性としては高めの声だ。

「そ。こっちの格好のときはエレナって呼んで欲しいけどね」

 まあまあ、とりあえず中へどーぞ、とお誘いを受けて、彼女専用のリビングに向かう。

 専用のと言っているのは、ここが第二リビングで友達を呼ぶとき用に用意されたものだからだ。普段は第一リビングの方で食事をとっているそうで、あちらより少しコンパクトらしい。

 ちなみにこっちには彼の父親は基本入らない。友達呼んでいるときにいきなりこられると困る、というのはいいわけで、安全に女装するための布石だ。親父さんとしてはなにかまずいことがあったら執事の中田さんに報告するようにいっているようだけれど、「女装はまずいことではない」ので報告は一切いっていない。すばらしい執事さんである。

「では、お荷物をお預かりいたします」

 リビングで手持ちの携帯などのもの以外を中田さんは荷物置きにしまってくれる。一緒につれてきた二人もそれが当たり前という感じで対応していた。他家へ遊びにいくなんてときの普通の対応なのだろう。

「いま、オーブンにお肉いれてるところだから、時間までちょっとお話でもしておこうか。積もる話もあるだろうし」

 うんと、タブレットのキッチンタイマー機能の残り時間を見ながらエレナは椅子を勧める。

 二人はおたおたしながらもその勧めに従った。

「つもりすぎなくらいつもっちゃって、あーもうなにから話すべきか」

 沙紀さんはあわあわと視線を左右に揺らせながら、どうしよーと困惑気味だ。無理もないだろう。自分が女装していることが昔の知り合いにばれただけで困惑するのに、その相手が自分と同じく完全に女装しているのだから。

「まずはどっちから話すかじゃんけんとかで決めればいいんじゃない?」

 事情を言わないといけないのは、エレナも沙紀ちゃんも一緒だ。じゃんけんはあっさりエレナが負けて自分のことを話し始める。男子校に通っていたこと、男の娘の姿が大好きで憧れたこと。自分もできる限り男の娘に近づくためにも女装していること。コスプレイヤーをしていることや、カメラマンと組んで写真を撮っていることなんかを伝えた。さすがに彼氏がいることは内緒らしい。

「あたしもあんまり社交の場にはでないけど、沙紀ちゃんはほんとにここ四年どこにもでてこなかったから、いろいろと悪い噂もたってたんだよ。だからきちんと話を聞いておきたい」

 言いたくないことは言わなくていいからね、と優しい視線をむけてエレナは沙紀が話し始めるのを待った。

「七年前にうちの家で何があったか、は知ってますか?」

「それは、まぁ。わりと有名な話だし」

 ほう。藤ノ宮という名前自体が初耳状態の木戸とはちがって、エレンは社交界に詳しいらしい。そういやエレンのいってた学校に文化祭で足を踏み入れたときはそうとうカルチャーショックを受けたんだったっけ。

「ご当主が愛人つくって、失踪しちゃったの。それで沙紀ちゃんのおじいさまがいまは当主を受け持ってくださっていて」

 社長がいなくなったから会長が臨時で兼務するというような感じなのだろうか。

 エレナは、たぶんそんな感じ、とこちらの思考を読んで答えてくれた。

「我が父ながら、本当にひどいことをしてくれたものです。母様はそれでだいぶんに壊れてしまって。いまも情緒不安定です」

「それで、お母様のためにそんな格好を?」

 男性不信。木戸も経験があるから、なんとなくそんなことを聞いてしまう。

 けれど、沙紀は予想の斜め上の答えを告げた。 

「いいえ。これは我らに課せられた使命のようなものです。おじいさまはご自身の教育方針に大変な反省をしたそうです。父や叔父などはよい男子校に通っていましたから、そのせいで少し歪んでしまったのだ、と。そこでこう考えたそうです。父は三兄弟ですが、その次の孫の世代、三人居るボクの従兄弟達には試練が必要だ、と」

 息子達の世代はもう大人になっていて手遅れだ、だからその孫の世代は過ちを犯さないようにさせる。

 そう言って、おじいさまはその試練を課したと彼は続ける。

「その試練。つまり一年間女子高に通わせて、無事に勤め上げるっていう今まさにやっているこれです」

「極端なっ。女子高に通って過ごせば自制心がつくとかそんな話なんですか?」

「そういうことみたいです。たしかに選り取りみどりで手当たり次第っていう性格をしていたら、父の二の舞になってしまいますから」

 まったく、こんなことやるために学校にいってるわけではないのですが、と藤ノ宮さんは優雅な苦笑をもらした。

「あの、ひとつ気になったんだけど、それって従兄弟さん全部やるのですよね? 女子高に潜入とかっていろんな面で大分無理があると思うんですが、お金持ちだとそういう無茶ってきいちゃうもの?」

「それ、木戸さんに言われてもなんか違和感がありますが」

 まあこっちも一週間女子高に通いましたからね。でもそうではなくて。身体測定やらいろいろなイベント目白押しで、かつあんな教育方針の学校だ。そこが受け入れてくれるというのが信じられない。

「沙紀ちゃんのおうちは、うちよりずっとビッグだよ? 藤ノ宮ってお母様の旧姓だもん」

 それくらいの無茶はこなしちゃうかなぁと、エレナは告げる。

 エレナのおうちで大きいところだなぁと思っていたのだけれど、セレブにもそれなりに格というものがあるということか。

「時代が時代なら、財閥っていわれちゃうくらいのところ。そこの跡取りの話となるとちょっとした無茶ならやってのけるよ」

「ちょっとどころじゃないんすけどね……」

「それにほら、理事長は沙紀ちゃんのお母様だから」

「え……お母様って、確かパンフレットには理事長って咲宮って名前を見た気がするんだけど」

 え。どういうことですか。藤ノ宮という名字は潜入のためのフェイクで、本名は咲宮ということ?

 咲宮っていったら、春と夏にお世話になったあの別邸の持ち主だ。そしてあのじいさまがこんな無茶を発案したご当主というわけか……

「あ。はい。そういえば本名はまだお伝えしていませんでした。咲宮沙紀矢と申します」

 ぺこりと彼は正式な挨拶をしてくれた。

「それに学院長先生も理解を示してくださっていますからね。それは奏さんもご存じでしょう?」

 あえて奏の名前を出すところを見ると、最初の日の顔合わせで学院長が信頼のできる男性というような紹介を聞いていたよね、という確認をしたいのだろう。

「確かに、浮気しない男である証明のために、女の園に放り込めって話だし。沙紀さん普通に生徒会長つとめるくらいにいい人だからなぁ」

 そりゃ、信頼もしますか、ととりあえず納得する。

 問題が起きないならそれでいいし、起きたとしてもその事実をもみ消せるだけのバックがいるということなのだろうね。単身乗り込んだ奏さんよりも安全なのはたしかだろう。

「それもあって秘密を知られた場合どうしようかという話になって、だったら先にお話をしてしまっておおごとにしないようにしようと、貴女の登校を知ってから決めました。数人にばれるというのならケアもしやすいですが、執拗に新聞部に嗅ぎまわられるとかは勘弁して欲しいので」

 それで学院長から面通しがあったということか。あっさり秘密をしゃべってしまっていいのかなとは思っていたのだけれど、確かに完璧に女装できる人間の視線ほど、女装している人からして嫌なものもない。

「えー、でも沙紀ちゃん。それくらいの女装だったら、割と誰にでも見抜かれない? 大丈夫?」

「ん? あたしがいた一週間では、お姉様素敵って話はさんざん聞いたけど、実は男かもーなんて話は聞いたことないよ?」

 それはちょっと、玄人の視線過ぎるんじゃないですかい? とエレナに聞くとでもでも、馨ちゃんも一目で見抜いたんでしょ? と切りかえされてしまった。確かに沙紀ちゃんの女装は美しいけれど女の子さという点では少しぎくしゃくしているような気がする。年相応の女子が持ってるやわらかさがない。

「そうです。他に見抜かれたことなんて一回きりです」

「あのときは相手が一般の方でしたし、なんとか内緒にしてもらえるようにお願い……するまでもなく驚くくらいあっさり秘密にしてくれたのですが」

 まりえさんも話に参加してくる。学園祭の時の話だろう。

 そんなところで、タイマーが鳴った。

 ちょっとごめんねーといいつつ、エレナがキッチンに入っていく。

 今日はお肉です、と宣言しているとおり、お肉である。焼き上がってジュージューいっているお肉の香りが一気に広がって、お腹がなりそうだ。

「ああ、配膳くらい手伝うよー」

 何回かご飯をいただいている身として、勝手は多少わかっている。どうにも洋風な建物だから料理もあちら方式でスープとか前菜とかわかれるものと最初は思ったものだったけれど、割とそこは日本風でコースという風にはならない。

「じゃ、サラダとか飲み物持って行って欲しいかも。二人ともなに飲む? いろいろあるよー?」

 二人はお客さんだから座ってて、と立ち上がりそうな二人の出鼻をくじく。

 とりあえず、おすすめのアップルソーダとかあるけど、と前に誕生日の時にいただいたアレを押してみる。

 了承が得られると栓をしてあるボトルとグラスをテーブルに持って行った。もちろんサラダもだ。

 お箸やナイフ、フォークはそれぞれの席にすでに配置されているので、料理がくればOKなのである。

「足りなかったら、ご飯のおかわりはあるからいってね」

 配膳をし終えて、それぞれの茶碗にご飯が盛られると、エレナが沙紀ちゃんに一言添えた。

 ああ、男の子だからいっぱい食べるだろうとかそういう配慮だろうか。

 ちなみに、エレナと木戸は女子量よりもちょっと多いくらいのご飯の量を食べる。

 男子友達と一緒にご飯を食べに行くと、その量で足りるのかよといつも言われる程度には小食だ。

「とりあえず、久しぶりの再会に、乾杯」

 しゅわしゅわと泡を空にはじき出す飲み物のグラスを合わせて、こくりとそれを味わう。

 相変わらず、甘い味と香りが鼻に抜けて心地よいソーダだ。

 そういえばあいなさんちにもあったっけな。実はそんなに高くないのかもしれない。

「うわ。エレナさん普通に料理うまい……」

「へへ。ありがとー」

 まりえさんがメインディッシュなお肉料理にナイフを走らせてから言った素直な感想にエレナは恥ずかしそうに笑う。

 確かに、エレナの料理はここのところ格段にうまくなった。

 練習の成果もあるだろうけど、ここには料理人もいるのだし、レシピなり教わったりもしているのだろう。

 そして彼氏がいるっていうのは、大きい。

 木戸も料理はそこそこできる方だけれど、食べさせるという発想がないから、基本雑なのだ。庶民風ともいえるけれど。

 スープをスプーンですくっていただくと口の中がさっぱりしてさらにお肉の味が身体に染みる。

 うん。アップルパイもデザートであるから少し腹八分くらいにしようかと思ったけれど、エレナの家に来るとたいていそんなもくろみは外れてしまって困る。

 もう、すぐにでもエレナさんはお嫁さんにいってしまえばいいんじゃないだろうか。

「これが女装の極みの姿……」

 沙紀ちゃんがお肉を食べながらぽつりと呟いていたのだけど、とりあえず聞かなかったことにしてあげようかと思う。

 そりゃこんなものを見せられたら、自分の女装は大丈夫なんだろうかって思ってしまうよね。

 でも、大丈夫。一般の人にはばれてないのだから、堂々とするといいのです。

 そんなことを思いながらアップルソーダに口をつけると、相変わらずぷつぷつとした刺激が口に広がっていったのだった。

どこで反省会やるの!? という感じですが、個人宅でないといろいろ危険が危ないので、エレナさんちです。

中田さんすんごく良い人だよねとしみじみ思います。執事の鑑です。

そしてディナースタート。おっきいお肉が焼けるオーブンとかいいですよね。


さて。そして次話では、今後どうすんべというお話になります。どうして奏さんは二人をここに連れてきたんですか? っていうところの理由です。

反省会って銘打ってるけど、学院生活でのことはあんまり話せてはいないのだけど、女装の反省会ですね。うん。

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