238.
1/9 男性陣は会議にでてたかどうかが抜けてたので、追加
最終日の放課後。
ぱたりと写真部の部室の扉を閉めると、名残惜しそうにその扉を見つめる。
一日だけではあったけれど、今日はとても楽しかった。
やはりカメラがないと自分は駄目なのだなと思ってしまう。その前も楽しくないわけではなかったけれど、段違いだった。
そんな幸せをくれた部室に後ろ髪を引かれながら、今日の最後の仕事に向かう。
向かう場所は、学院の最奥の会議室。他の干渉から切り離された部署だ。
「まだ、始まってないようですね」
学院長に視線をちらりと送るとあちらもちらりとこちらに視線をよこす。
けどそれはふいと外されて気鬱そうな様子だった。無理もない。
彼女達を罰するにしても、他の道を探すにしても、しんどい一日にしかならない。
そうは思いつつ、学院長を始め教員が並ぶ側の端に奏として腰を下ろす。
理事長の顔はまだ見たことはないのだけど、理事は経営とか営業とかの部署だから、教育がメインになる今回みたいなケースには顔をださないのかもしれない。
けれど、ここに集まった関係者の顔ぶれは結構な数だ。
学院長、そして各関係者のいるクラス担任と二年三年の学年主任もいる。
その脇に二年の生徒の制服を着ている自分が座っているのはきっと激しく場違いなのだろうなと思ってしまう。
そして、少し席をはなして右側にまりえさんを始め合コンに参加していた二年生が並んでいる。被告側がこっちだ。そして反対側。そちらには一週間仲良くしてくれたほのかと、その隣には仏頂面の蓮花さんが座っていた。
ええ。少しは予想はしていましたよ。あのほのかが合コンくらいでとやかくは言わないだろうけど……うん。原告側の子と一緒に帰っていて巻き込まれたのかもしれないね。
誰が目撃者なのかを奏では聞かされていなかったのだけれど、どうやら彼女達だったようだ。
ちなみに合コンの男子側として参加しているのは奏のみ。他の男子がここに足を踏み入れるのはリスクが大きすぎるし、現実的ではないので連れてきてはいない。やるなら連行してきて罰則を与えるみたいな形にしないといけないけれど、学外の生徒にそんなことをするだけの権利はこの学院とてないのだ。
「では、しばらくわたくし預かりにさせてもらっていた、学外の生徒との異性交遊の問題について話し合いましょう」
すべての関係者の着席を確認してから重々しく学院長が口を開く。
「男性の方々と一緒に歩いていた、それはどういう状況だったのか、お話してみてください」
促されたのは、奏のクラスメイトの方々だ。
「先日、買い物の帰りに道を歩いていましたら、よく見知った顔が並んでいました。そちらに座っている六人が、殿方と一緒に歩いているのを見たのです。人数は同じ。出てきたのはイタリアンのお店でしたわ」
これが証拠の写真ですの、と彼女はプリントしたものをみなに見せる。その隣に座っていたほのかは顔を伏せたままだ。なるほどそれを撮ったのが彼女ということなのか。どうりで消せないし学校預かりにもなったわけだ。
「これは問題だと思い、わたくしは学院長先生にこのことをご報告いたしました。その時はデリケートな問題だから少し考えさせてほしいとおっしゃられましたが、どのような罰則が適当なのか、みなさまに話し合っていただきたく思います」
そして、キッと被告の五人+まりえさんに鋭い視線を向けた。正義感という言葉が正しいだろうか。あの優しかった蓮花さんがきっと違反者に対して厳しい視線を向けているのを見ると、ああ、真面目な子なのだなぁとしみじみ思ってしまった。もちろん融通がきかないねぇとも思ったけれど。
「さて、では被告側はなにか言いたいことはありますか? まりえさん貴女から会場の話を説明してみてください」
学院長が司会をつとめて話を進めていく。
まずは当事者同士の話し合いというところから始めるらしい。
「私が今回の計画を聞いたのは、当日の三日前でした。さすがに異性交遊なんてどうなるかわからないからやめておくように注意をしたのです。けれども彼女たちはとても真剣でした。メンバーの一人の従兄弟の大学の同級生たちと社会勉強をしたいから見逃してほしいと伝えられました」
「そこまでしておいてなぜ止めなかったのですか?」
「話を聞いていて、彼女たちの熱意にほだされたというのが正しいところです。先方にも失礼ですしそれなら自分も加わって様子を見ようと思ったのです」
「そこでの様子は、そうですね、まりえさんから聞くと信憑性も薄いでしょうから、部外者でもある奏さん。あなたから話してもらえるかしら」
学院長から言われて、奏は立ち上がる。
けれど、こちらが口を開くよりもさきに声が上がった。
「最初から気になっていたのですが、どうして奏さんがここにいるのです?」
ほのかがみんなが思っていたであろう疑問を形にした。
「彼女もまた、今回の異性交遊に関わる人間だからです」
詳しく話してあげなさい、といわれて会議室の視線がすべてこちらにあつまる。やりずらいなぁと思ってしまう。ここ五日は本当に楽しかったからなおさら。
「ご紹介にあずかりました。噂の体験入学生、大空奏です。なんでこんな時期に体験入学? と不思議だったかたがほとんどだと思いますが、私はとある目的で一週間学院で生活をしていました」
「とある理由って?」
「私がただ普通にこの学院に通って馴染めるということの証明のためです。実際ここ五日はみなさんにはよくしていただきましたし、このままここに通えたらさぞかし楽しいだろうなと思いました」
みなさんから見て、どうでしょうか? と交流をもった相手に問いかける。
被告側の面々との交流は、実はそんなにしていない。避けていたわけではないけど、クラスが違った関係で接点があまりなかったのだ。
けれど、訴えた側とは良好な関係を築けたと思う。あくまでも結果的にそうなっただけでこちらが意識していたわけではないのだけどね。
「わたくしも奏さんとは仲良くしていけると思っていました。痴漢なんかにあって弱ったところなんて、とてもかわいらしくて」
「隣の席になって一緒にいたけど、こんなに話が会う相手もいないかなって思ってたんだけど」
でもそれがなにか? と聞かれる。二人とも何が何やらわからないというような感じだ。それでもそこまでのことを言ってもらえるのは嬉しい。
「二人とも仲良くしてくれてありがとう。そんな二人にいうのも申し訳ないんだけど、私はこの前、そちらのかたたちとの食事会に参加していたメンバーなのです」
「それは、あの合コンに別の学校の女子生徒もいたということでしょうか?」
「ま、さか、そんな。でも……」
その場にいたまりえさんはまだ信じられないという様子でこちらをまんまるな目で見ていた。
あのとき一番しゃべった相手がこの子だものね。そのときに女装の話もしていたから一番に気づくとは思ったけれど。
「はい。そこの写真にも写っていますが、私は大学生側、男性側として参加していました」
「なっ」
会場からこれが絶句です、という表情が浮かんだ。まあそりゃそうだ。教師陣からは、はぁ? とはしたない声まで上がっていた。あの……ここお嬢様学校でみなさまOGなのですよね……
「もともと、まりえさんが監視のために増えたのでこちら側も人数を増やさないとということで前日にいきなり誘われたんです。後生だからお願いしますって」
「もしかして、お兄さんに言われて男装して参加してた、とかそういうことなの?」
ほのかがいまいち理解できないで想像をつげる。
なるほど、大学性側、男性側という言い方をするとそうなるのか。
「ごめんね、ほのか。私いま、19歳でこう見えて普通に男性、なんだ」
「は?」
びきっと、会議室の空気が凍り付く。教師達からも怪訝そうな表情が見て取れた。
いや、学院長。さすがに関係のある人たちには話しておいてくれると思っていたのだけれど。うん。でも確かに担任の先生も謎があるのかなーとかなんとかいってたし、極秘だったのですよね、そうですよね。
「はいはいっ。静粛に。彼女が言ったように今週の一週間は、この場所で違和感なく過ごせる人物であること、それに加えて信頼できる人物であることの証明のためのものです。そのため誰にもすがれないように教師達にもこの話は伏せていました」
「ですが、これはっ。大問題ではないですか」
担任を務めてくれていた教諭が難しい表情をして学院長に苦言する。
まあ無理もないよね。生徒が合コンして停学を受ける学校なのだもの。ましてやそこに男性が潜入していただなんて話になったら大変なことになってしまう。
けれど学院長は余裕の体で、では彼女の学園生活を貴女はどう見たのですか、と逆に質問した。
「体育の着替えの時は隅っこにいたというし、トイレにいってるところもそういえば見たことが……」
「むしろ、嫌がるのを引っ張り出そうとしちゃった……」
あ。ほのかがちょっと自己嫌悪に落ちてしまっているようだ。こちらは隅っこ暮らしがいいんですって言っていたのにあれやこれや手を焼いてくれたからね。……あの、ほのかサン? おっぱい触らせた件は頭の中でどう処理なさっているのでしょうか。あんまり恥ずかしがる仕草とかがないのですがね。
「そう。誰も自身が男性であるのを気取らない、そんな場所で、律儀に彼女達を守るために席を外せるというのは、年頃の男の子にとっては希有、いいえほとんどありえないとすらいえましょう」
ばれたら警察沙汰にするともはなしていることを彼女は皆に明かす。
「そんな彼が自分の一週間を棒に振ってつきあってくれたこの会議です。さぁ貴女の口からあのときのことを話してみてください」
さすがにそこまで言われると、皆の質問はでてはこなかった。奏側からすれば友達の窮地に、自分の立場を危うくして駆けつけているわけだから、美談以外のなにものでもないものね。
みなさまは静かにこちらの話をまっていてくれる。
「最初に、私はこの会が行われた発端部分は知りません。さきほども言いましたが途中参加でしたので。なので当日のことだけをお話します」
イタリアンのお店に集まったみんなは確かに少しそわそわしていたこと。
けれど、女の子の側がとことん空気を沈ませていたこと。
それからごく健全な、会話が進められたことを伝えた。
本当にどうしようもなく、あれは合コンではなかった。
たんに食事会だった。
「それの根拠がない、というのです。本当に何が起こっていたのかはそこにいる人にしかわからないし、口裏なんていくらでもあわせられます」
先ほどまで呆けていたはずの蓮花さんはこちらに強い視線を向けてくる。その中に困惑を漂わせているのはまだ、こちらの素性について疑問でも持っているのだろうか。
「たとえば、まりえさんは最初に言いました。この会はお食事会だからアドレスの交換は禁止、と。実際、連絡先を知ってるのはパイプ役になった親戚の子くらいです。まったくもってお近づきになっていないし、これで合コンとかいっちゃうのは合コンに失礼です」
合コンなめんなと言うと、原告から質問がくる。
「では奏さんは経験豊富なのですか? ならそれこそそんな人が参加してたなら今回だって合コンなんじゃ」
「経験はそこそこです。姉に助っ人で呼ばれることもありましたし。まあ男側ででるのは今回はじめてですけど」
は? と学院長がすっとんきょうな声をあげた。さすがにこれには驚いたようだ。
「圧倒的に女子姿で参加したことの方が多いんですよ。女子の人数が足りないことの方が多いし、造花としていってご飯食べて帰る感じです。これぞお嬢様に縁のないただ飯というやつです」
今回だって自分にとってはそれに準じたものだったのだと告げた。
そう。イタリアンをただでいただけるお食事会。人数あわせに赤城に連れて行かれた報酬が、ただ飯だったわけだ。けちな木戸さんとしてはありがたい話である。
「合コンと銘打ってるものであっても、使い方はそれぞれというところです。それをいうならこのクラスの人たちならお馴染みの社交パーティはどういうところでしょう」
「そんなの合コンとはまったく違います」
教師達からも理解できないと同調のうなずきが見えた。
「異性と友誼を結び、交流する。合コンと変わらないですが」
「そんなことをいったらパーティーできなくなっちゃう」
ほのかがこちらよりの発言をする。そう。異性とふれあうことそのものが悪いのではないのだ。
学院長室でも話したように、清くない交際に発展する可能性がより強いのが合コンだというだけだ。
実際エレンの誕生日パーティーだって、ルイさんは割と男性から声をかけられたもの。海斗の時もそう。あのときは彼女設定だったのに海斗との友達からそうとう言い寄られたよね、冗談まじりにね。
「問題を履き違えてはいけません。恋人を作るための合コンがダメなのです。男性はたしかに学院長がおっしゃるように、平気で嘘をつきます。異性を欲する本能を持っているそうです。私も高校の頃、無理矢理に男性に唇を奪われた経験があります。今思い出してもぼこぼこにしたいです」
まったく。とあのときのことを思い出して深くため息がでる。高校に入ってから青木と木戸は会っていないけれど、その姉や彼女と交流がある関係でルイとしては家でばったりということもよくある。そのときにふとあのときのことを思い出してしまうのだ。
「それと、ほのかさん達もご存じのように一昨日電車で痴漢にあいました。そう言う意味では危険性も理解しています」
そう。一番この学園がやらなければならないことは、男性を遠ざけることではなく身を守ることだ。危険に近づけないために男性にふれさせない形をとっているけれど、逆に安全が保証されていれば異性との交流自体は悪くないはずだ。実際この子たちの憧れのおねーさまだって、殿方なのですし。
「そんな私があの会は合コンでなかったといっているのに、信じていただけないのですか?」
うっと、みんながなにも言えない空気感が生まれてしまった。
合コンではなかった証拠を出すことは難しい。だからこそこちらの人柄を信じてもらって、そこから説き伏せる感じにしたのだけど、効果はでているらしい。
「彼女が言うのを全面的に信じてもいいのですか?」
被告側の担任がそこに口を挟んできた。
少しつかれていそうな五十前くらいの女性だ。感じとしては高校時代に学外実習でお世話になった女教諭に似ている。
「私は直接指導していないし、あまり触れていませんから、彼女を信じるか信じないか、ということはいえません。ただたかが一週間のあいだだけ。関係者にだけ取り入っていた、ということはないのですか?」
まったく、あっさり騙されてと、うちの未だ若い教諭をじろりとにらんだ。
年の差は二十はあるんだろうか。その経験の差と意固地さはなかなか埋められないのだろうなと思う。
それにしても被告のクラスの担任がその生徒を守らないというのも、珍しい。もうここまでくると教諭個人の性格になってくるのかもしれない。
「彼女には今回の事件の告発者については情報を伏せていました。なので狙って二人と仲良くなったわけではないです」
「席順でほのかさんとは偶然に、って感じですけど、誓って言いますが心証を良くするために動いた、というよりは普通に高校生活楽しい、という感じで一週間過ごさせてもらったんです。その結果でどう見てもらうのか、それはみなさんが決めることでこちらで操作するようなことではありません」
「いや、しかし」
他の人たちの証言がないと、実際大空奏という存在がどんな一週間をたどったのかがわからない、だとか。信じられるのかどうか、とか教師を中心に疑問の声が上がった。
それに加わらないのは直接見てくれていた、担任の笹谷千香教諭だけだ。うん。笹沢でも谷沢でもなかったです、すんません。
まー、教育者側はこういう反応になるか。見た目も話し方も完全に女子高生であったとしても、彼女達は「生活」を見ていない。そう。わざわざ一週間ここで生活する必要があったのは、それを見せるためだったのだから、見ていないものにとっては大空奏という存在がただの女装男という認識に成り下がることだって十分にある。
どうしようかなぁと思っていたらばたばたと、廊下が騒がしくなった。
「失礼いたします。お話し中もうしわけありません。学院長先生」
「大空さんと連絡が……ってあれ? 奏さんあなた」
なんでここにと写真部の部長さんは息をきらせながら入ってきた。
「会議の最中です。後になさい」
「いいえ。あなた方は奏さんを追って、というか探してここにきた、ということでいいのかしら?」
学院長が満足そうな笑顔を浮かべて彼女達を招き入れる。
「はいっ。今日一日は彼女は写真部に入っていましたから。放課後まで居てくれると思っていたのに、カメラと書き置きだけのこして居なくなってて」
勝手に居なくなっちゃだめだよ、と部長さんに怒られた。
でもしかたない。会議の時間は決まっていたのだから。
「あの。学院長先生。無理を承知でお願いします。奏さんをこの学校に転校させることはできないでしょうか?」
なんとまあ。部長さんが唐突にそんなことを言い出して驚いたのは奏のほうだった。
彼女はまだ奏の素性をしらない。というか奏という人格としか思っていない。
そんな彼女が、転校してきて欲しいだなどと言い出すのだ。
「そんなこと認められるはずがありませんっ。なんだって、こんなおと……」
「まあまあ」
きぃーとおばはん教諭がヒステリックになるのを制しながら、学院長が続ける。
「なぜ、そのようなことを? 彼女は確かに体験入学という形でこちらにきましたが、あなた方と交流できる時間はそうなかったと思うのだけど」
それは奏も思った。さすがに普通に生活していただけで、彼女にそこまで言ってもらうほどのことはやっていないはずだ。昨日、議論っぽいことはしたけれど、そこに女性らしさがどうのという部分はなかった。写真を撮る人間としてまっとうなことを言ったまでのことだ。
「とりあえずこの写真を見てください。このこが今日撮っていたものです」
会議室につけられている大きめなテレビにタブレットをつないで写真を表示させる。
そこには今日、朝から空き時間に撮り続けたものがたくさんあった。
改めてみんなの前で見られるとなるとさすがに緊張する。
「せっかくの最終日です。今週知り合った人との記念にと思って。写真部に入れば撮影できるって聞いたので」
お恥ずかしい撮影風景でもうしわけない。そうほおを掻いていたのだけど、一枚一枚とその写真がスライドされていくに連れて教師陣からの反感が徐々に消えていくのがわかった。
「私はこれを見たときに、なんて楽しそうな写真なんだろうと思いました。ほら、どの写真もみんなが嫌がっていなくて。それどころか笑ってすらいます。しかも背景との合わせ方がすごくいいんです。これをみちゃうとこの学校ってすっごく素敵なところだったんだなって思ってしまいます」
正直、この前の学園祭のプロの方が撮った写真よりこちらの方が好きですとまで彼女は言った。
いやぁ、あの写真撮ったの半分はルイなので、同じ人なんですけれどね。
という感想が言えるはずもなく、今日撮った百五十枚ほどの写真を見終えて、会議室の中がしんとなってしまった。
「奏さんの心証が多くの人にとってどうだったのか、そこらへんはこれを見れば明らかですね」
まったく、最後になんてことをするんですかと、学院長の視線がこちらに向かった。
「今回の件は、奏さんの顔を立てて不問、いえ、なかったことにしてはいただけないでしょうか?」
「たしかに……こんな人がいるところで、ふしだらなこともなかったのでしょう……」
ですが、二度とないように注意してくださいと、しっかりあのオバハン教諭に釘だけはさされた。
ふぅ、と会場の空気が弛緩したところで奏も深く息を吐き出す。
なんとかなった。教師達はぞろぞろと次の仕事があるとかで部屋から退席していった。あのおばはんは速攻ででていったので、納得はしてないのだろうなぁ。まりえさん達にひどいことをしなければいいけれど。
さて。生徒の方はというと。
誰も動けなかった。ぽかんとしているのはみんなそうだ。
動くとしたら、自分しかいないか、と思っていると。
「ごめんなさい。わたし……」
今回被告になっていたうちの一人が、ほのかに頭を下げた。
自分達の無罪よりも、むしろそちらのほうが大切と思える彼女達は、すごいなぁとしみじみ思ってしまう。確か彼女も写真部だったはずだ。
「私たちのやってしまったことのせいで、貴女から居場所を奪ってしまった……」
「私こそごめんなさい。撮ってと言われて反射的に撮ってしまって……」
そしてほのかも頭を下げてる。こんな大事になってしまってごめんと。
「それは、不問になったんだから。それよりほのかのことが申し訳ないよ」
心底後悔しているという様子の合コン参加の子の声を聞いて、はて、と思ってしまった。
うん。なんか勘違いをしちゃってるので、さすがに口を出すことにする。
「あー、お二人には申し訳ないんだけど、不問になったんじゃないよ? なかったことになったんだよ? その意味、わかる?」
ね? と口を挟むと、そこで写真部の部長さんが気づいたらしい。
「ほのか。そのカメラからあの写真を消して。なかったことにして」
「あ、はい……でも」
ちらりとほのかが蓮花さんの顔を伺う。いくら終わったことだとは言っても消して良いのかと思ったのだろう。
「いいのよ。ほのか。今回のことはわたくしの早合点だったようだし。……もちろん奏さんのことはもやもやしてますけれど、貴女の学院生活を犠牲にしてまでやっていいことでは無かったのだもの」
もともと、ここまで強行に話を進めようだなどとは蓮花さんも思っていなかったらしい。学院長に報告して、それで関係者に注意が行けばそれでいいと思っていたのだ。
彼女をここまで加速させてしまったのは、ほのかの退部の件が持ち上がったからだった。
こちらは悪いことをしていない。なのに被告側の一人が所属している写真部から圧力がかかったと思ったのだ。実際のところは昔からのルールに則っただけで悪意の欠片もなかったわけだけど。
蓮花さんはカメラをほのかから奪うと、該当の写真を消した。
これでほのかは部に戻れる。すべてが元に戻ってこれで万々歳といったところだ。
そして、木戸も自分の居るべきところに戻る。
「ところで、奏ちゃんのうちの学校への転校話は結局だめ……なのかな?」
安心したところに、思い切り顔をのぞき込まれて部長さんに懇願されてしまった。
「そ、それはちょっとね。いろいろと事情があるので転校は無理……かな」
あはは、とあえて敬語を崩して部長さんに告げた。
「そんなぁ。絶対奏ちゃんはうちの子になるべきだよー。あたしはもうちょっとで引退しちゃうけど他の子の刺激にもなるし、是非ともー」
そんなことをいう部長さんをなだめるのには難儀したのだけれど、なぜだか断る事情を知っている人たちは誰一人手をかさず、にまにましているだけだった。
うう。ここまで手を貸してあげたというのに、みなさん薄情だよ、もう。
なんかもう、このまま奏さんとして女子高ライフしちゃえばいいんじゃないの、って感じがいたします。
最終日一日、どんだけにこやかに撮影してたかはご想像いただければとー。もーにまにましながら、世間話しながら撮影ですからねっ。
カメラ一台あれば木戸くんはどこでもやっていけると思うのです。
さて。そして次話は「反省会」です。アップルパイもってこいやこらぁっていうアレです。




