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237.

 四日目。

 今日もいろいろなことがあった。移動教室で化学の実習でみなさま遠慮がちにしていたり、選択で音楽の授業があった時は正直どうしようかとも思った。鑑賞がメインで歌わなかったので良かったけどね。

 そうして放課後。普段ならアルバイトにぴゃーっと向かうところなのだけど、さすがに今週は休みにすることは伝えてあるので、学校をぶらぶら散策することだって出来るのであった。店長ごめん。

「ああ、大空さん。今日は一人なのね」

 学校はどう? と廊下で担任の女性教諭が声をかけてくれる。年齢は二十代すぎだろうか。この学院にしては年齢の若い人で、笹沢だか、谷沢だかいう名前だったような気がする。

 正直一週間の付き合いなので、担任のせんせーという認識でしかないのはしょうがないことだ。

「ほのかさんはなにやら図書室に用があるとかで。慣れては来ましたし一人歩きでもしてみようかしらと思いまして」

「なるほど。どうかしらうちの学校は」

「先生もここのOGなのでしたっけ? すごく素敵なところですよね。おばさまに呼んでいただいて良かったです」

 にこりと極上の笑顔を浮かべては見せるものの、この教諭にはどう写るものだろうか。

「それはなによりね。教師の中では今回の大空さんの留学に関しては賛否が分かれていてね。どうして学院長が呼んだのかよくわからないっていってる人も多いの」

 でも、大空さんを見てると特別っていう感じはしないし、本当に遠縁の子を体験入学させただけなのかなって思ってる人もいるんだけど、といいつつ彼女はこちらの顔をのぞき込んでくる。

「でも、実際のところどうなのかしら。体験入学っていうなら一日二日でことが足りるし、一週間って中途半端だし、そもそも大空さんが他の学校でなにか問題を起こすような子には思えない」

 さぁ、ではなぜ貴女がここにいるのか。そこらへんの謎を是非、と言われたものの答えられることでもない。

 み、ミーハーですね。先生ったら。

「学院長先生に言われてここにいる、というのはまず間違いはないことです。なぜか、というところに関してはのちのちわかることなので、今は内緒です」

 しー、ですと人差し指を口に当ててにこりと笑顔を浮かべておく。

 うん。まだまだ今の段階で正体ばれを起こすわけにはいかないのだ。

「ってことは謎があるってことかな」

「ノーコメントです」

 ぷぃとそっぽを向くと、ふられちゃったーと子供っぽい返事がくる。ま、二十代のねーさんならこれくらいの表情は見せるかな、と思いつつ、カメラがあれば……と軽く手が震えた。いけない。これでは依存症の患者みたいじゃないか。

「それはそうと、写真部の部室を探しているのですが」

「あれ。大空さん部活のほうも見学したいの?」

「ええ。学院生活の中の一ページといったら部活ですし、お嬢様学校がどうなっているのか知りたいので」

「そうよね。我が写真部の部室はねー」

 そういって、彼女は部室の場所を教えてくれた。我が、とかいうからどういうことかと思ったら顧問を引き受けてるのだそうだ。彼女自身はカメラはそんなに上手くないとのことで生徒の自治に任せているらしい。

 そういえば、さくらたちの写真部って顧問はいたのだろうか。あいなさんが顧問みたいなものなのかな。

「では、うかがってみますね」

「うんうん。良い子ばっかりだから、きっと歓迎してくれるよ」

 よい学院生活をーといいながら、彼女は職員室の方に向かっていった。

 さて。こちらは写真部にかちこみのお時間である。



「こんにちわー」

 写真部とプレートがかかったところの扉の前でノックをして声をかける。

 中からどうぞーと声がかかったので、扉をあけた。

 今日の放課後は部が活動している日だというので、話でもきけたらと思ってやってきたのだ。

 もちろん今の写真部の状態、ほのかの状態、聞きたいことはわんさとあるけれど、他の写真部ってどうなってるのというのが興味の行き着くところである。基本、奏状態の自分は女子として学院生活を楽しむのが基本なのである。

 そして中に入って部室をぐるりと一周。壁には写真のパネルが何枚かはってあり、カメラがたなに置かれている。一眼のデジタルとアナログと。結構年期の入っている部活らしく、古そうな資料も棚に収められている。

 パイプ椅子は全部で八つ。イコール部員の数というわけではないのだろうけど、木戸の母校の写真部にこんなに人が集まったことがないことを思えば、活気があるといえる。さくらにはあんたが来ない日にはちゃんと集まってますーとか怒られそうだけどね。いちおう各学年三人は部員いたし。

 それで、そのパイプ椅子の二つが今日は埋まっていた。

 あれま。さらにその片方はこの前合コンに来ていた子だった。奏と同じく二年生だ。

「いらっしゃい」

 ちょうど真ん中にあたる一番いい席に座っていた彼女が笑顔で歓迎をしてくれた。

 リボンの色が緑だから三年生だ。この時期はそろそろ受験だろうに部活に参加していていいんだろうか。

「見ない顔だけど、もしかしてあれかな。ちょっと噂になってる一週間の人?」

 あたり? と聞かれて、そのストレートな物言いに苦笑を浮かべる。

「正解です。こんな時期に部活周りをするなんて限られてますしね。ちょっと見させてもらってもいいですか?」

 もう学園祭も終わってしまい、写真部になにかを頼む、という状況は発生しづらい。三年であれば卒業記念にと写真をねだったりもするのだろうけれど、自分は二年という設定である。

「奏ちゃんも写真撮る人なの?」

「はい。昨日一年の子にカメラ借りてちょーっと久しぶりにハイテンションでシャッターきってまいりました。学院長から盗撮するかもだから、カメラは持つなーって言われてて正直かなりうずうずしてしまって」

 あの後、写真は消えちゃったのかなぁと残念そうにつぶやくと、少しばつが悪そうな申し訳なさそうな空気がうまれる。失敗じゃ無い写真を消すという行為にやはり抵抗があるのだろう。

「昔からの伝統というとなんだけど、一つのことを集中して学ぶために必要なことなのです」

「でも、一つの被写体で百枚とか普通に撮りますよね? デジタル全盛なんだし、私一日で普通に数百枚いきますけど……」

 集中して撮った方が、学べるというのはわかるんだけれど、集中したら短時間でばしばし撮るもんだと思う。たらたら一日かけて同じテーマの題材を選んで撮る……のがないとはいわないけど、技術がどうだというなら時間を取って一カ所で永遠にいろんな斜角から撮りまくった方がいいとルイは思っている。

 だから、ルイが撮ってきた写真は、極端に同じ被写体によることもあるし、それ以外は気が向くままに撮るというスタイルだ。縛りなんて正直、設ける意味はないと思っている。

「うへ。百枚はないなぁ。まーでも、アナログの頃はシャッター切るのも=お金になってくるわけだし、そういう制約ができちゃっても仕方ないんじゃないかな?」

 暗室あるにしても薬剤はコストかかるしなぁと彼女は当時を想像する。

 その意見にはたしかに信憑性はあるし、もっともだと思う。

「だったら、今の時代に合わないとも思いますけどね、デジタルになって私みたいなお金に困る人間でもカメラに手をだせるようになりましたから」

 なら撮って撮ってとりまくって、満足したら別の被写体にいきましょうよと言っても、いやいやいやと二人に怪訝そうな顔をされた。

 いや。ルイの撮影スタイルは間違っていないと思うんだけれど。たんに、はぁはぁしながら大量撮影をしたり、つきつめてということをこの人達がしないだけなのかもしれない。

 だったらなおのこと、その縛りは面倒くさくないか? 数日同じテーマの縛り写真のみだなんて。

「有名無実化している、ということなんでしょうか。SDカードをかえたりデータを移し替えてしまえば痕跡は残らないし、提出するものはその縛りに沿ったものだけ、というような」

「それもあってなのです。かつてのフィルム時代ならごまかしはききませんでしたし、運動部みたいに集中力がたりないっ、だなんて叱られたんでしょうが、今は……」

 実際デジタルに移行してから数年たっていても違反者は数名しかいないと彼女はいった。

「じゃあ、なんでほのかさんは違反をしてしまったんでしょう?」

 ああ、同じクラスなのでちょっと気になって、と聞いてみる。答えてくれないだろうとは思うけど、純粋に不思議だったのだ。

「本人が言うには、その気はなかったようなんです。友達に言われてシャッターを切ってしまっただけだ、と」

「内容は?」

「それは……」

「ごめんなさい。学校側からの要請でそれには答えられません」

 あれま。こりゃまたずいぶんと大事な写真ではないですか。

「そんなやばい……とは言わないのか。それほど危険度の高い写真を撮ってしまったのですか? それならなおさら、別のハードなりに移しておけば良かったのに」

「あの子は個人でパソコンの所有が認められてません。いまどきどれだけの過保護っぷりなのかしりませんけど。学校でのデータ移行に関しては、事情によってできなくなりました。あの日の朝、学院長のところにそのカードが持ち込まれたから」

 なるほど。消すにも消せず、学院長は写真部の伝統を知らず、データ移行は拡散の危険性を考えて止められて、しかたなく。

「それだけの事情をわかっていて、どうして退部なんです? そんな大事なら特例扱いでいいじゃないですか」

「そうはいってもねぇ。前例もないし、この代で規則を変えるなんて……」

 ああ。そうですか。ここの学校の人たちはみんなこんなんばっかりだ。

 新しいことができない。やったら罰則みたいなのが多すぎる。

「そういうことなら、仕方ないですね。明日までしかここに居られない身としては、なにもいうことはできません」

 ただ、独り言ですが、と付け加える。

「この場は、ここに居る人たちのもの、のはずです。私はもっぱら高校時代は一人で永遠撮影をする生活でしたが、同年代と一緒に活動することの楽しさも知っています。先輩の撮影法を見るのも楽しいけど、レベルの違いを見て愕然としたり、ほんとあの人達、おかしい」

 あんたがいうなよとさくらには言われると思う。

 学校の部活を否定していた部分と、撮影技術という面で、ルイは突出していた。学外部員として参加はしていたけれど、女装のことを差し引いてもあまりにも交流がなかった。その点、さくらと絡むことは多かったけど、あれは部活単位というより個人単位と見なした方がいいんだろう。

「独り言……か。それなら私からは二人ごとで一つね。明日一日、貴女にうちの体験入部をしてもらいます」

「へ?」

 何を唐突に、と惚けていると彼女はにこにこ笑顔を浮かべていったのだった。

「カメラ持てなくて不満っていってたから、部員にしてあげれば撮れるじゃない? なんか。貴女の写真が今とても見てみたいの」

 ご褒美だからさんざんとりなさいな、と言われて奏状態にもかかわらず、ぱぁと明るい声を漏らしてしまった。

転任の先生の分は書き足しました。顧問も大切ですしね。

そして物語は最終日という無慈悲なゴールにたどり着いてしまうのでした。

潜入したものの、まったく普通に学校に通ってるだけになっているというコレ。恐ろしい……


次話は最終日のご予定です。そこそこ長めになります。

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