236.
お昼ご飯は中庭を使うことになった。
庭でご飯ーとなるとブルーシートを引いてって感じのを想像してしまうけれど、もちろんこのお嬢様学校ではそんなことはない。ところどころにベンチが作り付けされているのである。
見事な庭園でランチをと思っている人は多いようで、ちらほらここで食事を取っている生徒を見かけることができる。寒い季節なのでコート着用の子もそれなりだった。これで春先や秋口だったらもっとよかったよなぁなんて思うものの、それは一週間しか居られないので無理というものなのだった。
え、そのままここの生徒になっちゃえよって? 無理ですからっ。
とりあえずお昼の質問攻めタイムは初日で通過したので、お昼ご飯はたいてい最初にできた友達のほのかと一緒という感じになっている。彼女はなんというか他のグループに混ざったりせずにどこかこちらが他の子としゃべっているときは一歩引くような姿勢をとっていた。
そんな姿も気になっていたので、せめて一週間は一緒にすごそうと思っていたのだけど。
「おっと、飲み物忘れてた。ちょっと買って来ますね」
先に食べててねーといいつつ、自動販売機のところに向かう。ケチで通ってるルイさんはいつも水筒持参じゃないのと思ったそこのあなた。はい。通常そうなのですが……学院内の自販機は全商品100円だったりするのもあって、遠いしここは買ってしまおうという感じで過ごしている。だってこちとらお嬢様っていっているのに、水筒はさすがにねぇ、って感じで。家の方針でーとかいろいろ良いくるめはできるけどね。
学校におかれてある自動販売機は全部で六個。この中庭のそばにも設置されている。とはいえ校舎に面してつけられているので庭園からは少し離れている。
がちゃん。少し安めに設定されている自動販売機から烏龍茶を買うと、あったかいーとほっぺたに押し当てる。冬場の自販機のぬくもりは反則だと思う。これなら少し高くても買ってしまう人がいるのは納得だ。
その帰り。とことこ歩いていくと、そこにカメラを持った人の姿が見えた。
一昨日すれ違った人とは違うひと。
胸元のリボンの色からして一年生だろうか。
おおぅ。今年木戸が買ったカメラと同じ機種をおつかいだ。
「あの、そんなにじっと見られると、こまります……」
その視線が気に入らないのか、その子は恥ずかしそうにうつむいた。
リボンの色が水色をしているから一年生なのは間違いない。赤が二年で緑が三年。今年はその構成だとすでに教わっている。
「ごめんなさい。でもカメラもって必死になってるところが微笑ましいなぁって。私も実はそのカメラと同じ機種をいじっていますので」
そういうのもあって、つい、というと彼女はぱーっと顔を明るくした。
「先輩も写真おやりになるんですか?! でも、写真部には入ってない……ですよね」
「ええ。実は少々特例というやつで一週間だけ在籍させていただいています。学校にいるあいだは撮影禁止ですって学院長から言われていて……あはーん。いいなぁ。カメラさわりたいよぅ」
うるっと目をうるませてみせると、彼女ははい、とカメラをこちらに向けた。
「ちょっとだけなら触ってもいいですよ。メモリにあきはまだいっぱいありますから、撮影していただいていいです」
「きゃっほー、ありがとー」
カメラを受け取ると設定を見る。まだオートで撮ってたみたいだけど、すぐに設定をいじくりたおす。
庭園にある池とそこに映るガゼホ。今の時間なら陽の光の兼ね合いもあってちょうどいい条件で撮れそうだ。
何枚か写真を撮ると、カシャカシャいう一眼独特の音がなる。これが聞こえると生きていると思えるのだから、だいぶ自分は病的なのだろう。
「むむっ。目で見ただけで光量とかわかるものなんですか?」
「最初のころは光度計持ってなかったし、いろいろ実験してどの程度の露出にするかはそこそこわかるよー。まあ目算あやまって真っ暗な写真になったりしたこともあったけど」
オートで撮るのも十分に楽しいけれど、自分で設定をいじれたほうがやっぱり微調整ができるし、絵の幅ができる。
そういう意味では一眼をしっかりつかったり、レンズを調達したり、そういうのにこだわる必要はあるわけだ。
「おおぉ。同じカメラ使ってるのに違う写真だ……」
「同じペンで絵を描いても違うのができるのと同じで、撮り手によって絵の感じは変わるよ。たしかに風景を正確に切り取ってくれるのがカメラだけど、どの被写体を選ぶのか、それをどうやって撮りたいのかーって考えたら、いろいろいじれるもん。まー普通にぱしゃぱしゃ気楽に撮るのもスキなんだけどね」
たとえば人を撮るときは、目的の光景をつくるために手をやく。メンタルコントロールというやつだ。佐伯さんはそれがずば抜けて上手いし、その気にさせるのが上手い。
「奏さん、なにをして……あ」
あまりに時間がかかりすぎていたからか、ほのかが様子を見に来てくれたらしい。
けれども後輩さんと顔をあわせたとたん、彼女が目をそらした。
はて。なにかあったんだろうか。
「佐月先輩。あの……私……」
何かを言いたいのに言い出せない。そんな雰囲気の後輩の子を見てもう一度カメラを奪う。
「ほのかさん。とりあえず笑いましょう。いいや、笑え」
カメラを構えて脅すようにほのかに焦点を合わせる。すると困ったような視線がレンズに向いた。
そう。悲しそうな。困ったような。そんな顔。でも嫌だという拒絶が感じられない視線だ。
「奏ったら、口調がおかしいよ」
「ふふふっ。カメラ持つと人が変わるってよくいわれるのー。それと教室でのしゃべり方はおばさま向けの猫かぶりだしー。どっちかというとこっちのほうが素なんじゃないかなー」
もう一個の素があるのはとりあえず内緒にしておく。
「ツインテもかわいいよー。さぁーとりあえず無理にでも口の端をあげる。ちょっと上半身を前屈みにしてアピールしてみよーか」
いいねいいねぇといいながらシャッターをきっていく。おっぱいのあるなしにかかわらず前屈みの姿勢というのはそれなりに可愛い写真に仕上がるものである。
「おやおや、少し表情が曇っているねぇ。彼氏となんかあったか、なんていうのはここでは野暮だねぇ。それなら彼女となにかあったのかなぁ。それなら今は忘れよう。楽しいスイーツを食べたときのことでも思い浮かべよう」
さぁ、甘いお菓子が口元にあって、それが口に入ったところだよというと、彼女は素直に想像してひうっという笑顔を浮かべる。いい感じだ。
それから何枚とったかわからない。後輩の子が、あ、と悲鳴をあげるまで続けていた。
撮った数は普通に百枚程度だ。粘着撮影である。
「ほい。ありがとー。いやぁたんのーたんのー」
「うわ。すっごくいい顔ですねぇ。でもこれ。消さなきゃなのか」
残念と言われて、えっと疑問の声がこぼれる。失敗した絵ではないんだけど。
「写真部では一定期間で撮影する対象をある程度固定されてしまうんです」
お題がだされてそれを撮っていくということはたしかによくあることだ。実際、木戸の学校の写真部だってそういうことをやったことがある。無機物しばりねっ、とかにこやかにあいなさんに言われたこともあった。
「練習だから、それはそれでしかたないとしても、他の写真はいっさい撮っちゃいけないの?」
「はい。だからこれも消さなきゃで」
けれども。そこまで厳格にするかどうかといわれればそんなことはない。そんなことを言われてしまったら撮りたい写真が撮れなくなってしまう。
「厳しいなぁ。それでいまは池とか撮ってたってこと?」
「そうです。今週のお題は水のある景色ですから」
「写真に水も入ってるし人がいても風景としては成り立つんじゃない? 」
むしろ人体の70%は水だしといってやるとさすがにそれはといわれた。どうやら水のある景色というのはそれなりにということになってしまうということだ。ルイの発想では水を飲む人とかそういうのもそのお題を満たすと思うのだけれど、どうやらそうもいかないらしい。それなら。
「だったら別のSDカードにいれておくとか、保存の方法はあると思うけど」
ちらりと後輩さんがほのかに視線を送る。それはいいのかと聞きたいらしい。そうなるとほのかも写真部だということになる。
「ありはあり。っていうか上級生はそれやってるのいるし、次の部活の時の発表会でその写真だけが入ってれば大丈夫、なんだけど」
「じゃあなんでです。先輩だってそうすれば退部なんて」
「それは……」
「退部って? ほのかさんってもともと写真部だったの?」
まだ聞いていない情報を驚き混じりに確認しておく。今の今まで写真がどうのという話を彼女からは聞いていなかった。
趣味の写真の話は教室でこちら側は振ったにもかかわらずだ。
そういえばこの前写真部の人たちともなにか揉めてたみたいだった。
「んー。実はそうなんだけど。そだっ。奏。お昼ご飯食べる時間なくなっちゃうよ?」
ほれほれ、と制服の袖をちょいちょいとひっぱられてしかたないなぁと苦笑を浮かべる。
純粋に、かわいいなぁと思ってしまったのである。年下に感じるかわいさというやつだ。
「んじゃ、後輩さん。写真の後処理はよろしく」
「は、はい」
とりあえずそれだけ言い置いて、引きずられるように中庭に戻ってご飯をたべた。
今日のところはまだまだ行動に移すのは早い。まずは外堀から情報収集をしないといけないと思ったのだった。
11月末に庭園でご飯も無茶ぶりだなと思ったのですが、コートきてるから大丈夫なのです! ひろいお庭でご飯とか羨ましい。
そして久しぶりに自販機を使う奏さん。つかわなさすぎて使いかたを知らないとかそういうネタはさすがにやりませんでしたとも。でもほっぺたに暖かい缶をぺたんってする女の子はかわいいと思います。まあ男子ですが。
次話は、写真部に殴り込み……ではなく、事情聴取に向かいます。なにげに女装潜入しているのに、堂々と動くのはしのさんだからでございます。




