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235.

 三日目。

「うぅ。さすがに油断した……」

 しょぼんと机にへばりついてしょんぼりしていると、ほのかさんが心配そうに顔をのぞき込んできた。

「どうしたの? 体験三日目でもうお嬢様ぼろぼろとかそういう話?」

 その言葉は確かにありがたいもので、たった二日しか一緒に居なかった相手にほんのりとした暖かみを感じた。

 ああ、そうだよね。ルイなら自然にやるこの動作を、木戸としてはやってこなかったよなぁと学園生活を思い出す。もちろん男が男の顔をのぞき込むというのは、ちょっと抵抗があるのでやってなかっただけだけれど。

 ああ、ほっこり。いいじゃない女同士の友情なんてことを思いつつ、今朝あったことをくてーっとしたまま彼女に伝えた。

「通学中に、痴漢されましたぁ……」

 初めての痴漢騒動では、もちろんない。ルイはそこそこ痴漢にあう子だし、自衛もしている。

 けれども、奏としての通学でちょっと気が緩んだのだろうか。

 思いっきりお尻を触られた。ねっとりねっちょり。

 もう。相変わらず男の人の手が体に触れるのは気持ち悪い。男同士の過度のスキンシップがないのはきっとお互い気持ち悪いからに違いない。がっちり握手とかならまだしも、あの手が腰やお尻や胸をわしづかみで指まで動くとなると、いったん直った男性恐怖症も再び芽生えてしまいそうだ。あ、まあ、男同士で腰とかお尻をさわさわするっていうのは一般的じゃないだろうし、相手だってこちらをまさか男子だとは思ってないのだろうけど。

 しかも、あんにゃろう。こっちがゼフィ女の制服だからって、どうせ恥ずかしくてなんにもできないだろうと思いくさって。思いっきり靴を踏んでやったら、ぐぎゃっとかいいながら手を引っ込めていったよ、もう。

「えっ? えええ?!」

 周りがどわっと賑やかになった。

 周囲に聞こえていたのだろう。不憫そうな表情の子がほとんどだ。

「おかわいそう。奏さん。保健室にいかなくても大丈夫ですか?」

「消毒しないと、奏さん病気になってしまいますわ」

「怖かったでしょう。やはり殿方がいる電車になど乗るべきではありません」

 次々に、心配の声が上がってきて、こちらとしてはなんだか逆に申し訳ない気になる。

 たしかにキモいのはキモいけど、半分、あーアホらしいなぁこの人なぁという気分にもなるのだ。

 なにがかなしゅーて、おにーさん、男のわたくしのお尻を触っているのです? 気付いていないんです? っていう感じである。八瀬あたりなら「知ってて触るに決まってるだろ」とか言うだろうけど、ああいうのは特殊な性癖というのだ。うんうん。

「もしかして……みなさまは車で通学なさっているのですか?」

 電車は使いたくないという言葉に、あぜんと呟いたのだが。

「私は電車のってるけど、女性専用車両つかうから」

 奏もそうしなきゃだめだよーと、ほのかにまで注意を受けた。

 え。女性専用車両……か。そういやあんまりそれ使ったことがないんだよね。一番はしっこまでいかなきゃだし、正直めんどい。

「奏さんはご自宅は遠いのでしたっけ?」

「はい。無理に通学させていただいていますし、一週間ですから。だいたい一時間くらいは電車にのりますね」

「なるほど。ここのそばの電車ならそこまで混み合いませんし、女性専用車両もついていますが……」

「大丈夫です。次からはスキをつくらないように気をつけます。ちょっとあこがれの制服を着ていたのもあって、気分が高揚していたようで」

 普段なら、なんとなく怪しい人には近寄らないようにしている。そのセンサーがどうにもここのところ薄れてしまっていたようだ。

「あら。確かにうちの制服はいいデザインですものね。大人びて見える奏さんも制服の可愛さにうっとりしてしまうだなんて、可愛らしいところもあるのですね」

 あらら。童顔だと散々言われては居るものの、女子としては大人びて見えるらしい。いちおうはみんなより二つ上ですしね。そう見られないと困ってしまいます。

「かわいいものは好きです。って、あまり面と向かってこういうことをいうのは照れるのですが……」

 ぽりぽりとほおを掻くと、みなさんがきゃーんと黄色い声を上げた。

 え、別になにもしてないよ? ほんとだよ?

 けれど、そうしていると、クラスメイトのその子、西園寺蓮花さんは、こちらの顔をのぞき込んで微笑んだ。

「顔色が戻ったようです。やっぱり女の子がおびえる顔を見るのは胸が痛みますもの」

 ふっと声をかけてくれたお嬢様風味な彼女の笑顔が浮かんだところで、予鈴がなった。

 やっぱりこの学校はいい子が多いんだなぁとしみじみ思った。



 そして三限は体育の授業でありました。

 着替えは更衣室で、というわけなのだけど、学院長先生に、どうします? と聞いたところ、頑張れとぽふぽふ肩を叩かれてしまった。いいんかい。

 沙紀さんも普通に更衣室を使っているとのことで、特別扱いは変だと言われてしまったのだった。

 体育をサボるという選択肢もあるにはある。どうせ一週間の話なのだし、それくらいなら回避してしまうのも手段の一つだろう。

 でも、木戸の特殊性を表に出すということであれば、ここはしっかりやりきってしまった方がいいのでは、という風にも思った。というか、たかが着替えである。

 さくらのやろうとか、普通に目の前で着替えるし、え? 男の目ってなぁに? とかいいやがるし、女子の着替えそのものはある程度慣れっこだ。別段それを見てはあはあする感性がない。そもそもが姉からすでに始まっている。

「そんな隅っこじゃなくて、こっちで着替えればいいのにー」

 更衣室の一番奥の端っこ。人の視線が向かず、こちらからも視線が向かない場所に陣取って着替えを始めようとしたらほのかに声をかけられた。

「……その。隅っこ暮らしが基本なのです」

 ちょっと恥ずかしそうにしながら少し視線を沈ませる。物憂げという単語が似合う感じの仕草だ。

 いちおう隅っこ暮らしが基本というのは間違いではない。

「まさか奏さんったら、胸ないの気にしてる?」

 もー、あんまり気にしたら負けだよーと、Bくらいのサイズをお持ちのほのかさんは言ってきました。

 ちなみに、先ほど心配してくれたお嬢様は服越しに見た感じだとDくらいありそうだ。最近の高校生は発育が良い、のではなく、ハイソサエティな人達は上質のご飯から得られるタンパクや脂質、そして夜しっかりと寝るという姿勢のおかげで、みなさんおっぱいの発育がいいのだろう。

 正直、木戸が通っていた高校の女子の平均バストよりもみなさん大きい。

 そりゃ脱げば膨らんでるのわかるけど、服着ちゃうとわからないっていう子もけっこういたものね。

 一説によれば、睡眠が大切だということで、成長ホルモンがしっかりと出ると胸も大きくなるとかなんとか。公立高校の生徒は割と睡眠に関してはてきとうなので、そこらへんで差がでてるのかもしれない。お嬢様学校の子達って夜更かしすると怒られそうだものね。

「気にはしていません……けど。その、ほとんど真っ平らなのであまりお見せするのも……」

「それが恥ずかしがってるーってことなんだけどなぁ」

 大丈夫だよ、ほらほらっとほのかさんは奏の腕を取って、自分のない胸をぺちぺちさわらせた。

 うん。確かにありません。うちの姉の暴力的なおっぱいに比べれば慎ましいことこの上ない。

 でも、柔らかいのは柔らかいんだよね、これが。膨らみ自体はきちんとあるしね。

「……うぅ。ほのかさん、自分がおっぱいあるからってそんな……」

 ぷぃっと、敢えて振り向いて隅っこに戻った。もそもそそれで着替えを始めようとする。

「えっ、えええ。そういう反応?! これでも私、クラスの中で負け組なんだけど……」

「世の中には、最底辺というのもいるのです……」

 しょぼんとしながら黒タイツをまず脱ぐ。するりと脱ぐと真っ白な太ももが姿を現した。

 ここからゲームだとばばんと下着姿になるのだろうけど、そんなことはいたしませんとも。

 ワンピースの下からハーフパンツとジャージを装着。スカートだからこそできる脱がずに履き替える方法だ。

 そもそも、どうして下着姿をさらさなければならないのか、というのが先日踏破した潜入ゲーに抱いた感想だった。そりゃ下着同士できゃっきゃするのは、求められていることなんだろうけど、実際の女子高だとどんなもんなんだろうかと思ってしまう。今度こっそり楓香にでも聞いておこうかな。

 ちなみに下着姿になってもタックをしているのでとりあえずは問題はないです。ないですが……胸がないのは全力でばれます。

 それもあって、ちょっと意地悪ではあったものの、ほのかとそんな話をさせていただきました。

 Bのほのかの胸をさわって愕然とするだなんて、なんておかわいそうなのでしょうなんていうひそひそ話をいただきました。

 これでこっちを見る子はいないだろう。うん。

 ぱぱっとワンピースを脱いで体操服に着替え完了。下着姿をさらしたのはものの二十秒くらいだろうか。

 いちおう、とりあえずブラのラインだけはくっきり見えているわけだけど、胸の膨らみは残念なほどにない。

 最初に胸のサイズはどうしましょうか? と言われたけれど、別にそこまでやんなくてもいいですよと断ったのだ。ルイは詰め物をしているし、それとの差を出したいというのが一点。さらに大きくしすぎるのもなんか違うと思ったのが一点だ。沙紀さんもDくらいのパットを入れてるようで、わりと主張の強いおっぱいだ。

「ご、ごめんっ。悪かったっ。すんません。さすがにそこまで気にしてるとは思って無くて……」

「大丈夫デス。ほのかサンもナカマ……ふふふ」

「うわぁん。ごめんよう。壊れちゃやだよー」

 すまんかったーとぎゅっと抱きついてくるわけなのだけど、うーむ。こっちはほのかさんも同じくらいだから、気にしないでいいですよと言いたかっただけなんだけどな。ええ、まあ。無乳と貧乳は別物ですよ、どーせ。

「ほら、そこ。漫才してないでそろそろ行かないと間に合わないよ」

 更衣室でわいわいやっていたのを見とがめられて、注意が飛んだ。

 休み時間を使って着替えをしている関係で、そろそろ移動しないと間に合わなくなりそうなのだ。

 今日は体育館でバレーボールをやるらしい。高校時代は女子のバレーはいいなぁと思っていたわけだけど、まさか今になってそれに混ざるとは思わなかった。


「うわっ、奏さん運動神経いい……」

「沙紀おねーさまみたい……」

 思いっきりアウトになりそうなトスを滑り込んで拾うと、周りからきゃーという黄色い声が鳴った。

 うーん。いちおうこれで体力はない方では無いわけで、そこそこ本気で楽しんだのだけど、少しやり過ぎたらしい。

 というか、ギャップなんだろうか。

 高校時代、男子のほうでもバレーボールの授業はあった。女子ほど頻繁にはやってないけど、それなりにサーブ練習もしているし、スパイクこそろくに打てないけど、ボールを拾うのは得意なほうだ。外回りで歩いている関係で、文化部の中では体力はあるほうだ。走り込みをしている吹奏楽部よりはないとは思うけど。

 ジャンプサーブはできないけど、アンダーサーブではなく、フローターも打てたりする。先ほどから見ていると、バレー部の子だけはボールを上にしてばしんとやっているけれど、それ以外はたいていアンダーハンドサーブだ。安定していればそれでもいいとは思うのだけど、三発に一発はミスサーブになるというひどさっぷりだった。

 うん。サーブミスは二回までノーカウントなんて地方ルールまであるほどだ。プロの世界でもサーブミスは五本に一本くらいはあるというけど、攻めて失敗するのではなく初級のサーブで失敗するのだから、運動面ではここのお嬢様はいまいちなようだった。

「沙紀おねーさまでしたら、回転レシーブをなさったとか、ジャンプサーブをしただとか、いろいろとお噂は伺いましたが、あそこまではさすがに……」

 コートが開くまでの待ち時間で、みなさんのおねーさまの話題が持ち上がったのだけど、今年の春にあった球技大会で沙紀おねーさまが大活躍した話をさきほど散々聞かされた。

 ……周りからご推挙いただいたとか、あんまり自分ではなにもしてないとか言ってたけど、普通にハイスペックで動き回ってるじゃないの沙紀さんったら。普通の男子でもそこまでやれるのって専門でバレーやってるバレー部の子くらいじゃないだろうか。たしかに身長もあちらの方があるのだし、ああ見えて運動神経もいいのかもしれない。

「そうですわよね。バレー部のお姉様と打ち合って勝利してしまうだなんて、なかなかできませんもの」

 うん。さすがにスパイクは無理。

 なんて、思ってた頃が私にもありました。

「えっ、ちょ。奏サン、目がすわっておりますヨ……」

 ディフェンスについた、ほのかさんの顔が目の前にあった。

 先ほどの意趣返し、ではないのだけれど、思い切りジャンプして白いボールを捉える。

 ぱしん。

「ぬあっ。ブロックのタイミングあわなかったー」

 今までろくにはいらなかったスパイクが普通にはいった。いつもはブロックがあろうとなかろうとネットにひっかかってもう、スパイク打つのは諦めていたんだよね。とりあえず相手コートに戻せばいいやってんで、トスではないけれど、軽く手を添えて相手コートに放り込む感じで対処していた。

 でも、今回は見事に相手のコートを打ち抜いてしまった。

 ああ。なるほど。

 女子の方がネットの高さが低いんだこれ……

「す、すごいですわっ。奏さん、スパイクを決めるだなんて」

 同じチームになっていた蓮花さんが思い切り手を握ってきた。華奢ですべすべな手である。

「た、たまたまです。まさか入るとは思わなくって」

「それでも、完璧なタイミングでしたわ。もう、体験入学でなければバレー部に入った方がよいのではないかしら」

 感動したように手をきゅっと握ってくる彼女の目はきらきら輝いていた。

 いや。奏さんの体育の成績は絶えず中の上でありましたよ。木村からいろいろやり方教わっていくらかは伸びたけど、男子に混じればこの手の競技は圧倒的に不利なのだ。

 え。女子として混じればそこそこになるのではないかって? そんな詐欺っぽいことはできかねます。

 それにこういう場面なら、沙紀おねーさまみたいに、もう頭一つ、二つ飛び出るくらいのスペックが欲しいところであります。

「あはは。身体を動かすのは好きなものですから」

 少し汗ばんだ首筋を手で軽くぬぐいながらも、苦笑気味にそれに返す。

 そりゃ体育くらい本気でやりたいとは思うだろうけど、沙紀さんは手を抜こうとかまったく思わなかったんだろうか。

 はじめて女子に混じって体育というものをやったけれど、ここが練度がそうでもないお嬢様学校というのもあってかなり俺Tueeeになってしまうよ……鍛えた女子には勝てないとも思っているけれどね。

「だからこその、そのスタイルですわね。わたくしも見習いませんと」

 そのあと、蓮花さんには火がついてしまったようで、普段よりも積極的にボールを拾いにいったりなどしつつ、結局、そこそこの点数差で勝利することができた。

 体育の教諭からは、普段もこの調子で頑張るように、だなんてコメントをいただいたほどだ。

 奏さんステキ……なんて黄色い声が聞こえたけれど、あえて言おう。

 沙紀おねーさまよりはやらかしてないよ! 全然一般だよ! ノーマルだからね!

 けれども、運動がそこまで得意ではない人の比率が多いこの学校では、しばらくは奏さんは運動もできる、という噂が流れることになるのだった。


 三日目の午前です。

 鉄板はあんまりやらないつもりでいたんですが、更衣室ネタは書き下ろしました。

 木戸くんが女子更衣室に入ったらどうなるか……いくら想像しても、欠片も焦らなかったというorz

 バレーボールは中途半端に男子の平均値よりちょい上な奏さんは平凡な女子に混じるとまあまあできる子になるよ、というくらいのお話です。どこかのおねーさまみたいに最強にはなりません。

 そしてネットの高さはぐぐりました。女子の方が20センチ低いらしいよ……


 と。明日はお昼からのお話。木戸くんはカメラと女装で物事のりきるクセがついてるので、そこらへんのネタです。 


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