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232.女子校潜入編スタート

「緊張する」

「だな」

 高い塀の前に赤城と一緒に立つと、あのときフリーパスで入れた気安さというものはまったく感じられなかった。

 入り口の守衛さんに挨拶をしても、あのときにこやかだった顔は怪訝そうな表情になってしまっている。明らかに警戒されているようすだ。

 いま、赤城と一緒に訪れているのは、外観からもわかるように聖ゼフィロス女学院の正門前。

 どうして午後の講義を自主休講にしてまでこんなところにいるのか、と言われたら今朝方知らされた事件からすべてが始まった。

 今回の食事会の連絡役をになっていた子からの連絡だ。

 この前の合コンの話がゼフィ女で問題になってしまい、参加したメンバーは停学になるかもしれない、と。

 そこらへんにある普通の高校なら、停学なんてむしろラッキーくらいな感じになるのだろうけど、ことお嬢様学校での停学というのはペナルティとしてかなり重たいことらしい。

 世間体もあるし、親からもかなりきついお叱りを受けることになるそうだし、将来的にも、あああの、というレッテルが残ってしまう可能性もあるのだとか。

 ここ十年以上でていないことでもあるので、その重さというのがひどいことになってしまっているというのもあるだろうか。

 さすがに一方的過ぎるということで、赤城は事情説明にゼフィ女に行こうと提案をしてきて、それに木戸が乗っかったのだった。まりえさんとは知らない仲ではないし、生徒会の副会長が停学では相当なダメージとなってしまうだろう。あと数ヶ月の学園生活だとはいえ、放置しておいていい話でもない。

「余計なところに視線を向けるなよ、お前さん達」

 学院長の部屋に連絡をいれてもらって、事情を伝えてやっと中に入ることを許された。

 それも学院長室があるところだけであって、一人の教諭が道案内という名前の監視としてつけられてようやくだ。あまりにも警戒されすぎている。いや、むしろ侵入出来たことの方が通常あり得ないことなのだろうか。門前払いということだって十分にあり得たことなのだ。

「お入りなさい」

 教諭がノックをすると中に入るように指示がでる。案内役の人は役目が終わったとばかりに去って行った。

「初めまして。ようこそ我が聖ゼフィロス女学院へ。招かれざるお二方」

 学院長先生は、よくある修道女の祭服という格好のおばあちゃんだった。木戸からみたら、だからもしかしたらまだ五十代かもしれない。その若干しわが出てきた顔を厳しく引き締めてこちらに鋭い視線を向けている。学園祭のときはご挨拶をしていないので、この相手とは初対面だ。

「唐突に押しかけて申し訳ありません。ですがこの前お会いした方々のピンチだと伺って、いてもたってもいられずに押しかけさせていただきました」

 ぴしりと、赤城が普段は絶対にみせないほどに丁寧に話をしていく。

 確かに今回はアポなしだ。それで無理に入れてもらったのだったら礼をつくすしかない。

「本当に大変なことをしてくれたものです。まさか我が校の生徒を相手に合コンだなどと」

 ぎろりとにらまれて赤城が凍り付く。結構迫力のあるにらみっぷりではあるけれど、そこで萎縮してしまっては悪いことをしていたみたいじゃないか。

「合コンではなく食事会です。やましいことはなにもありませんでしたし、この学校の生徒さんは外部の人間と口をきいてもいけないのですか?」

 やましいことなど何もなかったことを、まりえさんからも聞いてはいないのですか? と尋ねるとふぅと彼女はため息をついた。

「彼女からの弁明は聞いています。社会勉強の一環で従兄弟の友達と大学について語り合った、と。でもそんなまりえさんも視線が泳いでいましたし、多少の脚色はあるのでしょう」

「難しいところです。当初の予定ではきっと合コンになっていたのだと思うのです。けれどまりえさんが監視役ではいって、お食事会、もっといってしまえば勉強会みたいな雰囲気になっていました。というか雰囲気がどん底まで落ちてましたから、私が軌道修正をかけて食事会というくらいにしました。家族構成の話から始まり、この前のゼフィロスの学園祭の話になり、大学の話になって、将来なにをしたいかーみたいなすっごく普通で、むしろ共学の学校の教室でかわされる異性の会話よりもはるかに安全でした」

「事実、あなた方の集まりが食事会であったとしても、内容の証明はできません。映像なんかがあれば別でしょうが……」

 学院長先生は少しだけ表情を緩めながらも、困ったように証拠の提示を求めてきた。

 うーん。あるにはあるんだ、手持ちで。あのときの映像は。実は記念にと思ってカメラをみんなが写るようにしてビデオモードにして置いておいたのだった。

 でも、割と男子の方が合コンってオーラを最初に出していたのと、話がまとまるまでのやりとりもきっちりはいってしまっているのとで、最初から勉強会でした、下心はありませんと押し切るには弱い画像になってしまっている。

 正直、あの程度なら処罰対象になりえるはずもないと思っているけれど、この学院はこちらの常識が通じない場所だ。ちょっと浮かれただけでもダメとか言われかねない。

「我々、いいえこの学校の生徒にとっても、あの合コンが勉強会だったという証明が必要です。それができないならペナルティを科すしかない。正当な理由がなくOKということになってしまえば、どんどん男性とのつきあいをすすめてしまうでしょう」

 ここで歯止めをかけなければいけないのです、と学院長はもっともらしいことをいった。

 まりえさん達を処罰することが今後の学園の安寧に繋がるという意見は一理はあるだろうけど、それで個人の将来をつぶしていい言い訳にはならない。

「それなら、きちんとした理由があって打ち合わせを行った、という体ではどうですか?」

「どういうことです?」

「勉強会をしたなら、その内容をしっかり詳細として残して見てもらえば多少は信憑性は増しませんか? 全員からのレポートの提出ではどうでしょう?」

 一歩歩み寄りをすすめるこちらの姿勢に学院長の表情はさらに少し緩んだ。

 実際嬉しいのかもしれない。

「貴方は面白いことをおっしゃりますね。あの子達をなんとかしてやりたいという思いはありがたいです」

 その誠意を見せられれば、私くらいは認めてあげたいところです。

 ただ、と彼女はやはり首を横にふる。

「そのレポートも、書けば異性交遊していいんだ、という免罪符になってしまうでしょう。内容は証明できないことに違いはありません」

 他の子が簡単にマネできてしまっては困るのです、と彼女は続けた。

 彼女がいうことは確かにもっともだ。ゼフィロスは女の園。異性との交遊を厳格に禁じることで成り立っている部分も大きい。けれども彼女達だってかごの鳥ではない。それなりに機会があれば話をしてみたいと思っているわけだ。そんな彼女らに方法を与えてしまっては、すぐさまゼフィロスの学生は箱入りというブランドが消し飛んでしまう。

「だったら、さらにハードルを上げればいいのですよ。今回の食事会のメンバーは特殊だから許して欲しい、と」

 そこで、木戸はさらに条件を一つ付け加える。

 正直、木戸としては外で異性と合うくらいで停学だのなんだのという話になるのが納得いかない。

 まりえさんのもとで、健全に行われた交遊だったのは嫌になるくらいわかっているからなおさら。

 でも、それで納得できないのなら、少しだけ別方面からアプローチするしかないだろう。

「特殊、というと?」

 学院長がきょとんとしながら、なにを言ってるんだこいつは眉をひそめた。

「この赤城ですが、同性愛者です。他の人もそう。そして私は女装癖があります。ということにしておけば、それに類する相手でないと無理ってなりますしそんな相手がごろごろいるとも思えませんし、真似はできないと思います」

「ちょ」

 その提案には赤城から抗議があがった。それはまてと。お前はどうして唐突にそんなことを言い出すよと、あわあわしている。まったく、どうしてそこまで動揺するよ。たかだか同性愛者疑いを向けられただけでそんなに慌てずにでんとしていて欲しい。

「彼女達の停学と、おまえらのホモ疑惑なら、十分おつりがくると思うけどね」

 今後、ゼフィロスの女の子とつきあうというようなことはできなくなるだろうけれど、別段大学でその噂が流れるわけでもないし、人生終了というようなものでもない。

 ……あれですか。普通の男子は同性愛者疑惑ってたとえフリであっても耐えられないものなのでしょうか? それほど人生詰んじゃうくらいにやばいお話なのかな。当事者本人だとしたらアウティングに対しては慎重にもなるけど、今回のは一般の子にフリをしてもらうだけなのだから、ダメージはそんなにないんじゃないかと思う。

 そもそも同性愛自体に否定的だからこそ、自分は違うと叫ぶのかもしれない。それくらいどうということはないって感覚にみんながなれば、偏見もなくなるだろうにね。

「しかし、それをどうやって信じろというのですか。いいえ、信じさせるのです?」

 実を言えば、今回の処遇に関しては、目撃者の生徒からの追求も大きいのだと彼女は苦しそうに漏らした。

 なるほど。会っていた事実がどうやって伝わったのかと思っていたら、報告者がいたわけだ。そしてそんな彼女はこの学校らしい考え方をする人ということになるのだろうか。その彼女に特殊な相手だから今回は見逃して欲しいと説得する必要があるということだろう。

「さすがに同性愛者といっても、好みの同性が今はいないみたいですよ? そうなると男同士でキスをするなんていうことを無理矢理させられないですし、証明は難しいでしょう。人の心は目には見えないものだから」

「それはそうです。それでもやはり同性愛者の男性を騙れば異性交遊ができる、という話になってしまいます」

 まあ、そうだよね。今回のだって十分言い訳なのだから。それがまかり通れば学園中に同性愛者の男性のお友達が居る人が大量発生してしまうことになる。

「そこで、私の女装癖の話がでるわけです。たとえば、そうですね。私ならこの学園で生活しても違和感なく過ごせますよ? 水泳とかまで対応できますし、特殊な人間の例ということではカタチが見えると思います」

 そしてそれはとうてい普通の人には真似ができない。

 まりえさん達に対する実害が出るのであれば、この女装スキルをフルに使ってあげてもいい。

 堂々といい放つと、学院長はふぅーと深くため息。たっぷり熟考してから唇を開いた。

「そこまで自信満々にいうなら、いいでしょう。一週間この学院に通ってもらって、その結果を持って話し合いの席をもちます」

 当事者が集まっている二年生のクラスに体験入学という形を取ろうと思います、と彼女は続けた。

 そして。

「ただし、ことが公になったら警察沙汰にしますが」

 破廉恥な行為や、女生徒と一緒にいたいがための狂言なら容赦はしませんと教育者としてまっとうなことを言い放つ。その表情には迫力があったものだけれど、こちらも動じずにそれを受け止めた。

「もちろんです。学院長先生はこの学院を守る方なのですから。上手くいかなかったら警察につきだしていただいてかまいません」

「どうしてそこまでうちの学生を守ろうとするんです?」

 あなたは部外者でしょうにと、さっぱり理解ができないと彼女はため息をつく。

 彼女からしてみれば、女装してまで(、、)、という感想なのだろうけど、こちとらその程度でカタがつくなら女装くらいならいくらでもやりますって。しかも勝手もいちおうわかってるゼフィ女ならさらにやりやすい。

 でもそれは当然言えないので、二個目の理由を伝えておく。

「楽しかったから、ではいけませんか? あの勉強会は不純異性交遊というようなものではなかったし、まりえさんが上手く押さえてくれましたし。こんなことで彼女達が罰せられるのは納得がいかないんです」

「その答えには納得しました。では制服は用意しておきましょう。その姿を見てダメそうならこの話はなしです」

 貴方が失敗しないことを祈っています。

 彼女の台詞はやれるもんならやってみろというなげやりな色がこもっていた。  

トラブルがあったら女装で解決しようとするのは今に始まったことではありません。というわけで、潜入の理由はこんな感じとなりました。

結構な無茶ぶりなわけですが……あくまでも切っ掛けというやつデス。

同性愛者を名乗ること、に関しては、木戸くんとしては身近にいっぱいいるし、好きな相手ならどうでもいいんじゃね? という感じで垣根はかなり低いです。実際に同性愛者さんと会うと「このことは極秘で」とか言われる感じで危ういネタ扱いになるのでアウティングには注意が必要です。


さて。実際の潜入は明日からです。別名も名乗っちゃったりします。しのさんで行くわけにもいきませんから。一週間のお嬢様ライフですが果たしてどうなってしまうのやら、です。

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