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024.姉のお願いとお出かけ1

「誕生日、か」

 先日、エレナからメールをもらってからというもの、頭の中はずっとそのことばかりになっていた。六月の末日。地味に自分よりもちょっと年上ということに愕然としたのは言うまでもない。木戸の誕生日は11月の末である。


 実のところ、誕生祝いというものを友達相手にあまりやったことがない。

 これはけして、ぼっちだったというわけではなく、男同士の間柄で誕生日をわいわいと祝うという習慣がなかっただけのことだ。小学生のころは誕生日パーティーに呼ばれたこともなかったではないけれど、中学に入る、までもなく高学年になるころにはそんな話はさっぱりとなくなっていた。

 ま、早熟な女の子は誕生日には意中の相手を呼びたくて、その周りの人にも声をかけるというような感じなんだろうけれど、幼い時分はクラスのリーダー格とすこし距離を置くようなタイプだったから、そういうのにも縁がなくてここまできてしまった。


 もちろん両親には、そして姉にも誕生日プレゼントは選んで渡しているけれど、友達へとなるとまた種類だのにこだわる必要はあるのだろう。

 そんなわけで、考えてしまっているわけだ。


「エレナが喜ぶ誕生日プレゼントで、金がかからないもの」

 そう。ネックなのは経済事情だ。いうまでもなく木戸はバイトをしていてもかつかつの身である。


「できること。ってなるとやっぱり限られるよなぁ」

 写真のフォルダを引っ張り出して、パソコンで右側に風景画像と、左側に遠峰さんに譲ってもらったエレナちゃん写真集を表示する。

 もともと、いつかやろうねという提案があったこと、ではあったもののこの機会に一気に進めてしまってもいいのかもしれない。


 そう。エレナをモデルにして幻想的な写真を撮るという、あの企画だ。

 衣装は今までのものから。そしてそれにあう背景の場所を絞り込むというわけだ。

 撮影にいけないのは寂しいといえば寂しいのだが、今日は仕分け作業に専念して、それでしぼった場所に改めていってみて、時間なり角度なり光の入り方なりを計算していけばいい。自分に出来るのは背景を用意することと撮影をすることだけなのだ。


「よー弟よ。なんだ珍しいじゃない。いつも週末はでずっぱりだっていうのに」

 そんな風にしてパソコンの画面に集中していたら、普段一人暮らしをしている姉がいきなり部屋に入ってきた。大学のただいま二回生という就職に躍起にもならずにそれでいて入学したてという気負いもない、ある意味一番自由な時間を過ごしている人だ。


「毎週毎週外に出てるわけじゃないよ。むしろ姉さんこそこんな中途半端な時期に里帰りとか珍しいじゃん」 

 姉は、美人である。

 身内びいきというわけではなく、ルイの姉なのだ。同じ血を受けていてさらに女子であることを考えれば、女子度も高いにきまっているしキラキラしていたりもする。

「これでも、里帰りは頻繁にしてるんだけどな。馨がいないだけで」

 言い返したらすぐに反撃が帰ってきた。姉さんは電車で一時間半くらいのところにある大学に通っている。通学できないではないにせよ、うちの親は姉には甘いので、一人暮らしを許しているのだった。


「それで? パソコンとにらめっこしてなにやってんの?」

 ちらりと視線がパソコンの方にスライドする。そこに写っているのは風景とエレナの写真だ。

「なにこれ、コスプレってやつ? あんたこんな写真撮ってるの?」

 うわ、と姉は確かに一歩引いた。


「コスプレ=えっちなお店という連想はしないでくれよ。これはなりきりというか、次元を超えた崇高なものなんだぞ」

「ま、まさかあんたもこういうの……」

「俺はやらん。撮る方専門」

「そ、そうよね。女装の方だけで精一杯だものね」

 コスプレはだめで女装はOKというのだからこの姉の基準もよくわからない。


「けど、その写真を見つめてなにをやっているのか、お姉さんに教えてごらん?」

 ずいぶんときれいな子じゃないのと、姉はにんまり目を細める。

 よいお相手とでも思っているのだろうか。だが残念なことにこの相手も同性である。教えないが。

「こいつの誕生日がそろそろでね、なにをあげようと思って結局写真しかないことに気づいた」

「うわ。おもいわー」

 そして決定したプレゼントの前に姉は、うむぅと声を曇らせた。


「それ、友達なんでしょ? だったらそこそこじゃないと、お返しっていうかあんたの誕生日のときに気にするよ」

 その指摘自体は確かに間違いではないのだと思う。たとえば木戸の誕生日に、できることがないからってエレナが専属でモデルをやってくれるとかそういう感じになるわけだ。それはそれで嬉しいけれど、重いといわれれば確かにそうかもしれない。

 でも。


「そこらへんは大丈夫だ。俺とあいつの仲だし、元々やろうっていってた話だから」

「ほほぅ。俺とあいつの仲と来ましたか」

「べ、べつに恋愛関係とかそういうんじゃないぞ!? 同じ作り手として仲がいいという感じでだな」

「ふぅん。まあいいや」

 姉はなぜかいつもなら踏み込んでくるところでふっと力を緩める。もっとひどく追求してくると思ったのに肩すかしである 。


「とりあえず、あんた。今日は人とあう用事とかないのよね? だったら何も言わずに女装しなさい」

「は?」

 いやいや、いまやってる作業も大切なんだが。

「とりあえずでいいの。そもそも写真扱ってるときはあっちの格好のほうがいいんじゃないの?」

 そういわれると反論のしようもない。とりあえず姉を外に追い出して着替えの時間となってしまった。 




「お姉さんは君の将来が心配になるよ。なんという女子度の高さ」

「あのね、姉さん。無理矢理やれっていわれてそれで、その反応はひどいと思います」

 むぅとすねる姿はまさに、姉にたいして文句をいう妹のそれだ。ルイの姿になっているときは姉の前でも性格を変える。


「いや、ごめん。なんかこう、姉としてすこし不安になってきた」

「何いってるんですか。今まで姉さんがお遊びで女装みせてくれーなんて言ってきたことないんですから。けっこうせっぱ詰まってるんでしょ?」

「さすがは我が弟。そう。ちょっと手伝って欲しいことがあってね。母さんには言ってあるし許可はとったから。今日中に家には帰すし、交通費とかは一切合財こっちで持ちますので」

 そういわれたらイヤとは言えない。もちろん時間はかかるしこちらだってやることはあるけれど姉がこのような願いを伝えてくることは滅多にないことだ。


 それから薄手のコートを着込んで電車にのった。

 込み入った話は特別聞かされなかった。周りの耳もあるからあたりさわりのない世間話をしながら乗車時間をつぶしていく。我ながら姉の乙女トークにつきあえるのはなんだが、芸能界の話になるとこれまたさっぱりで姉に、もぅあんたは世間知らずなんだからと怒られてしまった。そう言われても興味がさっぱりないんだからしかたがない。


 そして。つれていかれた先は電車で一時間もある都会の街だ。

「そういやルイはこの町は詳しい? おすすめなショップとかあるかしら」

 そろそろ街が目覚めるころ。店が開きはじめて動き始めるまさにその時間に大通りに到着する。

 こういった風景は都会であっても好きだ。思わず写真を撮ろうとしていつもの一眼レフが手持ちにないことを改めて気づかされる。しかたなくバックに忍ばせていたコンパクトデジタルカメラでその姿を撮る。


「ここまでの大都会じゃなくて、下町でだいたい済ましちゃうから」

 撮影をしながら、それでもあんまり慣れていないということを姉に伝える。

 確かに衣類の類いを町中で買い集めるルイだけれど、わざわざ大都会まで出てという感覚はあまりないし、正直あんまりなじみのない町だ。田舎の都会みたいなところで生活は十分成り立つのである。


「そうは言っても、服とかのセンスもいいし、どうやって装備を固めてるのか、ちょこっと興味はあったんだよね」

「基本に忠実に、といったところですか? それとそこまで遊べはしないのですよ。ウィッグだから髪の毛はそこまでいじれないし」

 まあウィッグごと変えてしまうのは一つの手段なのだけれど、管理も面倒だしあえてそこにこだわろうというつもりは今のところはない。以前、髪の編み方を研究したことはあったし、リボン使いだったりいろいろ検討を重ねたものだけれど、結局普段のスタイルに落ち着いてしまったのである。あんまり編み込むとウィッグが痛む。


 とりあえず撮影に満足して、カメラをしまうと姉にくるりと向き合う。

「それで今日はなにをすればいいんです?」

「そうね。まあ昼間はショッピングで、夜は合コン。そんな感じで」

「はい?」

 一瞬、なにを言っているのかがよくわからなかった。

 何も聞かずにきたけれど、合コンなどと言われては困る。


「友達、ケーカってんだけど、失恋しちゃいまして。それの気晴らしというか、そういう感じ」

 だからその子をつれてまずはショッピングね、と姉は言う。

 どうやらそれにも付き合わされるらしい。


 待ち合わせ場所にいくと、その子はすでに椅子に座ってお茶を飲んでいた。

 大学の友達らしく、牡丹姉さんは彼女の名前を教えてくれた。

 それはいいものの、こちらの紹介に関してはだいぶひどかったといっていい。

「うちのお……地元の後輩。ルイっていうんだけど今日は少しでも賑やかにしたかったから連れてきちゃった」

 夜の合コンにも連れてくからねーというと、ううむと口ごもる。弟と言いそうになって結局後輩にしたわけだ。人にあうというのがわかっていたのなら先に相談しておけばよかった。


「やっほー。初めまして。今日はわざわざありがとう」

「いえいえ、別にいいですよ。朝、先輩から連絡がきたときは驚きましたけど、たまにはこういうのもいい経験ですし」

 内面に、こんな無茶はどんだけ仲がいい後輩だと受けるんですかねと思いながらも、笑顔を絶やさずに対応する。基本的なルイのスタイルだ。


「ルイちゃんは高校生なのかな?」

「はい、いま高校二年です。だから実は合コンって聞かされてちょっとどぎまぎしちゃってます」

 素直なセリフをいうと彼女はまあそうだよねと苦笑を浮かべた。

 そして、力ない友人の言を喰い気味に、姉はいったのである。


「いきたいところ、どんどん付き合うよ! これはもう荷物持ち要員くらいに思ってばしばしと楽しもうか」

 姉さん。それならあえて女装させる必要はなかったのではないでしょうか。

 けれども、そんなことを言うわけもなく。

 言われるままに二人に付き従うしかないのだった。




「わーん。このぬいぐるみかわいー」

「もっふもふですねー」

 撫でてもよいだろうか、よいだろうか、といった感じでちょこんとおかれたデフォルメのひよこの前に集まる。

 我ながら、女の子向けのショップではしゃげるのだから、ルイ人格というものも恐ろしいと思う。もちろん元からかわいいものは好きだし、ぬいぐるみやらファンシーアイテムも大好きではある。


 幸い姉はどんびきはしなかったし、よくやった偉いと言っていたけれど、後で部屋にそういうものがあったら、大丈夫かといわれそうで怖い。別にかわいいものが好きというのとセクシャリティに因果関係はないのだけれど。


「ぬいぐるみっていいよね。ルイちゃんちにはなにかいるの?」

「そうですねぇ。うちには小さい頃に買ってもらった、ほめたろうがいるくらいですか」

「う。なんだかよくわからないネーミングね」

「あれ、まだ持ってたんだ? 結構おっきかったよね」

「何を言ってます? 先輩が餞別代りにっておいていったんじゃないですか」

 ほめたろうさんは、ほめるとほっぺたを赤くする、鳥の妖精だ。鳥といっても妖精なのでだいぶでっぷりとしていて、毛並みの感じもわさわさとかわいらしい。

 サイズもぎゅっとできるくらいなので、一人で寝るのが怖いときに姉は抱っこして寝ていたらしい。家を出るときにじゃーこの子は任せた! と渡されたのだった。もちろん木戸はだっこして寝たりしたことはない。なでたり愛でたりはするけれど。


 ルイをしてるときは外回りしてしまうので、そもそもあまりふれあう機会もない。そりゃルイ状態でベッドでぬいぐるみをだっこしている図というのは絵としてありだと思うけれど、そうそうそんな機会もないのだ。

 女装自体黙認はされているけれど、家でルイをしていると親には冷たい視線を向けられる。


「さすがに定番以外のキャラ物はいろいろと変わっちゃってるから、今は売ってないんでしょうけど」

 不動の人気を誇っているねずみのぬいぐるみや、くまをモチーフとしたぬいぐるみは昔からあるけれど、昔あったぬいぐるみはいろいろといなくなっていて、新キャラがいろいろとでていたりするのだから、移り変わりというものは激しいものだ。

 それでも、肌触りが良かったり、ほのぼのできるような見た目になっていたり、ぬいぐるみはとってもかわいいと思う。

 というか、幼女にぬいぐるみはありがちだけれど、むしろ女子高生とか女子大生にこそぬいぐるみだと思ってしまう。


「なにか気に入った子とかいないの?」

「そうですねぇ。一昔前ならかもが大好きでしたけど、最近お見かけしないので……羊さんですかねぇ」

 もっこもこふわふわのひつじのぬいぐるみの頭をなでなでする。


「それって中にアロマの香りがはいったりとかで、抱き枕で使えるんだっけ?」

「そうなんです。きゅーって抱き着いて寝てれば嫌な夢も見ないですむかなって」

「あんた、悪夢とかみるほうだっけ?」

 姉に不思議そうに問われて、ふるふる首を横にふる。


「悪夢なんてこれっぽっちも。でもいい香りで寝てたらいい夢見れそうじゃないですか」

「香りは睡眠にいいっていうよねぇ」

 さわさわ。ぬいぐるみを触りながら、話が弾んでいく。エレナともよくファンシーショップに行くけれどわりとこんな感じのトークである。ああ、ぬいぐるみの肌触りがたまらない。かわいい。


 そしてその下の階にある雑貨屋さんに行って、小さな小物を見ながらかわいーとかいいつつ過ごしていたらもう五時近くになっていた。もちろんルイの金銭感覚では買えないものばかりなのだけれど、ウィンドウショッピングはばっちりできるほうである。

「むしろ、これで終わりでもいいかなって感じもする」

 いっぱい見たねぇ、とケーカさんが体をのばした。幾分気分も楽になったみたいで、気晴らしはできたみたいだ。


「なにいってんのよ。本番はこれからっ。飲んで騒いで一年の嫌なことをわすれよー!」

「ってまだ五月なんですが」

 一方、姉の方は飲み会が本番だと言わんばかりで、さぁいこう、ほれいこうと足つきが勇ましい。

 合コンが目的なのか酒を飲むのが目的なのか、実際のところよくは分からない。

 けれど、素直にそれにしたがって、目的の居酒屋に向かうのだった。

 ルイにとっても木戸にとっても初めての大人空間である。

 夜はちょっと遅くなってしまいました。


 今回は、ルイの姉のご登場。この人、ルイと似たような遺伝子な上におっぱいがでかいという、チートさんです。自然に女装ができるようになる要因として姉の存在ははずせません。ええ。

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