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231.

お正月にエロゲ回って……orz 長いですが、どうぞです。

「今日は町デートしよ? ね?」

 そんなことを朝、電話ごしに言われて、いいよーとゆるーっと答えたわけだけれど。

 ここのところ、エレナが女子の格好中心なので、こちらもそれに応じた格好をしないといけなかったりするのは少し悩ましいところだった。

 今日はもともと野外で撮影しようとエレナと話をしていたのだけれど、どうしても欲しいものがあったのを思い出したのだそうだ。

 撮影をするときはもちろんルイとエレナの関係しかあり得ないけれど、町で散歩するならいちおう、ちょこっとだけ、木戸とエレンという関係性で歩くこともできる。はずだったのだけど、最近はエレナさんがぐぐっと女子側に振れているおかげで、女子同士で出かけることのほうが多くなってしまった。

 それ自体に不満があるわけではない。町でもカメラは握るしエレナの写真はばしばし撮る。

 けれども、ルイとして町中に出ると周りの人から注目されるのがちょっとむずむずしてしまうのだ。基本、隅っこ暮らしの人なので、視線を向けられると居心地が悪くなってしまう。

 そんなわけで恥ずかしさ防止のために少し早いけれどマフラーをふわっと首元にかけて顔が多少隠れるようにもしている。眼鏡をかけたりしてもいいのだけど、エレナと一緒にいるときはしのさんでいるのはNGなのである。

 向かう先はどうやら、秋葉原らしい。彼女が好きな新作でも出るのだろう。

 メイド喫茶のあのゲームが出るのが一月後くらいだから、今日は別のものなのだと思う。

 さすがはセレブリティはお金を自由に使えてうらやましいと言ったら、ルイちゃんはこの前望遠レンズ買ったよね? とか返されてしまった。うん。高かったです。

「よーじと来てもいいんだけど、やっぱりちょっと18禁ソフトを買うところを彼氏に見られるのはなんかはずかしくて」

「そりゃ、女子二人で買いにきても恥ずかしいように思うけど」

「うぐっ。ルイちゃん辛辣だよぅ」

 ぷくっと頬をふくらませる様はやはり愛らしい女の子にしか見えない。

 けれど今日は少しばかりいつもと違って眼鏡を装備しているのが特徴だ。エレナが眼鏡というのは正直新鮮だと思う。まあ、もちろん木戸の黒縁眼鏡と違って、橙色の華奢なフレームの可愛いヤツなんだけどね。

 さすがに男の娘ものを買うための列に堂々といる自信はないらしい。男の娘業界でそこそこ有名なエレナがそんな場所にいたら人に囲まれるし軽いパニックが起きるだろう。

 普段はミニスカートな時が多いのだけれど、今日はショートパンツで、ふわっとした帽子もかぶっている。

 本人はボーイッシュだなんていっているけれど、どこからどうみてもボーイッシュなかわいい女の子にしか見えない。これで男子だというなら、ボーイッシュな女子はことごとく男扱いになってしまう。

 とはいえ、エレナとしても「エロゲを買う列に並ぶ」という前提で服装はそれなりに考えているのだと思う。うん。周りにいるのほっとんど男の人だしね。

 それはそれで、突然呼ばれたこちらは、力一杯女子なわけですが。

 そして、浮いているわけですが。

 もう、帰りたいですが。

「ねぇ、エレナ。エロゲ買うよーっていうならさ、もーちょっとはやくに言って欲しかったです」

「えー、だって言っちゃったら、もっとかわいくないかっこで来ちゃうでしょ? それはちょっとー」

 どーせだったら、かわいいこと一緒にいたいもんと、エレナがほっこりとした笑顔を浮かべている。ルイとしてここに来てくれたことが嬉しいという感じだろうか。

 そもそもエロゲを買いに来るなら、絶対木戸とエレンという組み合わせの方が正しいと思う。

 今日の列。

 周りの声を聞く限りではどうにも、男性向けのエロゲ、らしい。そのヒロインの中に男の娘が混じっているとか、そういうところなのだろう。ものによっては主人公が男の娘というものもあるけれど、エレナはあまりそういうのは好まない。嫌いではないのだろうが、やっぱり「自分が女装している男で、女の子といちゃつく」という感覚がないのだろう。

 まぁ、ルイもそういう感覚は薄いから、どちらかといえばヒロインの一人として男の娘が居た方が楽しいのだが。

 千絵里オーナーが手掛けるあの作品は、男の娘がでるかも、だったけれどこちらは出しますと公言しているらしい。

「さっ。並ぼ。みんなもーすごいよ。ルイちゃんも一緒に並んでね?」

 販売店についたらすでにそこにはずらりと人が並んでいた。

 今の時間は九時半くらいだ。販売自体は十二時に行われるということではあるものの、その前に整理券を配布してくれるらしい。

 その列に一緒に並べというわけだ。

「まあ整理券ならいっか」

 整理券をもらうだけならば別にお金はかからない。それならもらっておくこと自体は別にいいだろう。

 きっとエレナ一人でここに並ぶのには抵抗の一つでもあったのだろうし。

 うん。最近はエレナさんは男装してても女子にしか見えないしね。この列の中でははっきりと違和感ありありなのだ。それと、やっぱり会話をして待っていた方が時間の流れも速い。人によっては携帯ゲーム機を取りだして待っている人もいるけれど、一人より二人かなとルイも思う。

 わいのわいのとエレナと話をしていると、割とあっさり時間が経った。

 その間に見事に後ろの列が伸びていく。そこに並ぶためにぜえはあと息を切らしてやってきた彼がちらりと視界にはいったけど、まさかねぇと思いながらもエレナに問いかけた。

「でも、どうしてこんなに並ぶ必要があるの? 特典がつくとか?」

「特典もつくね。ここのは書き下ろしクリアファイル。しかも男の娘ヒロインと主人公のデザインだから、ここに並んでるのはだいたい男の娘好きなわけ」

 みんな、お仲間っ♪ というけれど、そんな中で男の娘コスプレイヤーなエレナが居ることがばれたらどうなってしまうのだろう。

「大丈夫だよ? みんな紳士だもん。変態紳士だから、騒ぎ立てたりしないでちょっと離れて愛でてるだけだから」

 視線は感じるしねぇ、と朗らかに言われてしまうと、見られ慣れてる人はすごいなぁと思ってしまう。

 ちなみにルイはその視線を察知していない。たぶんきっとみんなの視線はエレナが集めているからだろう。

「でも、こういっちゃなんだけど、クリアファイル一つでこんだけ並ぶもの?」

 みなさんが紳士だというのはとりあえずわかったものの、この並びっぷりの方には少しばかり疑問が残った。

 今のご時世、ネット通販でも販売はあるだろうし、わざわざこうまでしなくてもと思ってしまうのだ。

 他の店もすごいってさっき騒いでた人もいた。つまり。今日店頭で買わないといけない他の理由があるはずだ。

「限定版、だけなんだよ。男の娘がヒロインなのって」

「ふえ?」

 なんとまぁ。限定版というだけで作品の中身まで変わってしまうのか。

 え。ってことはなにこれ。限定版がどれだけ作られるかわからないけど、そんだけ男の娘好きがいるってこと? さすがにちょっと、申し訳ないけどその程度でこれだけ求めてしまうものかなとも思う。

「あー、ごめんね。それ追加要素の一個で、あとはCGが増えたりとかエッチの回数増えたりとか、そういうのもあって限定版のほうにみんな集中しちゃってるの。もちろんここに並んでる人のお目当ては、男の娘ヒロイン化パッチなんだろうけど」

 ネット販売の方は売り切れになっちゃってるから、店舗で並ぶ人も多いみたいだし、特典欲しさってのでここを選んでる人も多いだろうけどと、エレナから補足が入る。

「なんか阿漕な商売というか……せめてヒロインの固定くらいはしようよ」

「んー、でもこの業界わりとあるんだよ? あとからサブヒロインを昇格させるとかさ。コンシューマーにいったときに、エロがないとダメな設定な子は除外されちゃうとか。全年齢向けにするためにいじったりとか」

「それにしても、しょっぱなから限定版だけ話が違うってのも……」

 うん。ルイとてエレナから参考資料としていろいろなものを借りてやらされているし、設定が変わってる作品も見るけれど、限定版を売るための差別化にしてもずいぶんな改変ではないだろうか。

「製作でとことんもめたんだってさ。やれ男の娘のヒロインとかどんだけニッチなんだとか。正規ヒロインじゃなくてスパイスくらいでいいじゃんとか」

 ま、この列を見たら、どれだけ求められているかわかると思うんだけどねぇ、とエレナはきらめく笑顔を浮かべる。可愛いので一枚撮らせていただいた。本当にエレナは男の娘もの大好きだよね。

「それでもやっぱり配慮はあるみたいで、結ばれてもエッチしない選択肢もある、とかで……」

「エッチっていうと、エレナはどうなの?」

 と、言ったら、思いっきり口をふさがれた。もごもごとなってしまう。

 話の流れでさらっと聞いてみたのだけど、どうやらかなり恥ずかしいようだ。

「今、結構聞き耳立てられてるから、いくらなんでもそのネタは駄目だよ。彼氏がいるとか彼女がいるとか、エッチはどうするとかこうするとか、内緒じゃないとね?」

「はいはい。気をつけます」

 そんな話をしたら、列が動き始めた。

 入荷は12時からだけれど、整理券の配布は10時からだそうで。

 無事に整理券を入手して、実際販売されるまでの二時間を近くのカフェで過ごす。

 一緒にまってくれたからお礼におごるねーとゆるっと言われてしまって、そのままごちそうになった。豆乳ラテがほっこりおいしい。

 そして。

「いやぁ。クリアファイルまでちゃんとゲットできたー。よかったよかった」

 ほくほくと、お店のビニール袋を手にしたエレナは本当に嬉しそうでつやつやしていた。

 その脇では買えなかった人たちがぐったりとしている。

 店にはまだ品物はある。通常版はまだまだ十分あるのに限定版は枯渇してしまっているのである。

 じゃあみんなはなんで店から離れないのか。それは14時になったら整理券配布分のあぶれが販売解禁になるからだ。

 さっきもらった整理券。まだポケットに入っているこれには、こう書かれてある。14時までに買わないと他の人に売っちゃうからね、と。お店も開いているし、並ぶのは13時半からとアナウンスがあったけれど、半になったらぞろぞろ一番前を争って血みどろの戦いが展開されるのだろう。今の感触だとみんな整理券をもらった人は買っていっているはずだ。

 それを考えればルイが持ってるこの一枚は大変貴重といえる。

「売っちゃ駄目だからね? マナーとしてそれはだめ。転売屋よりひどいからね」

 うへへ、とポケットを見てにまにましていると、エレナにじとめで怒られた。

 はい。やりませんとも。

「買え、なかった」

 そんなやりとりをしていたら、店の柱に抱きつくようにしてぐったりしている男の人の姿が目に入った。

 さきほどちらりと視界にはいって、まさかねと思ってた人。見た目こそもさぁっとしたオタク風味ではあるものの。

 HAOTOのリーダー、こうさんがそこにはいた。芸能人オーラはびたいちないけど、そこそこ面識があるルイには判別できる。

 うん。翅さんばっかり話題に出すから、彼がリーダーなのかなって思っていたみなさん。ごめん。

 翅さんはどっちかというと突撃隊長というような感じで、リーダーはつとまらないんです。あの自由奔放な感じでまとめ役とか絶対むりだもん。それに比べると虹さんは冷静沈着で年長ってわけでもないけど、みんなのまとめ役って感じの人だ。あのルイさんの口封じ事件のときにも、一人冷めた顔をしてたものだった。止めにも入らなかったけどね。

 というか名前からして、ちょっと特別とも言えるかもしれない。

 翅、蠢、蚕、蜂、虹。虫っぽいグループだ、と前に言ったことがあるけど、この中で「にじ」だけはその印象の外にある。っていうか、なんで空にかかるプリズムが、虫由来なんだよっていうくらいにイメージが違う。まあ空に昇る蛇だと受け取っていたというので、虫由来といえばそうなのだけどね。

 さて。そんな虹さんが目の前にいるわけだけれど、これは声をかけて置いた方がいいのだろうか。

 さすがにここまでへたり込まれてしまっては心配にもなる。

「あの。きっと再版もありますから、そんなに落ち込まないで」

 ううんと悩んでいると先にエレナが声をかけていた。その脇にはしっかりお店の袋があって。虹さんはそれを恨めしそうに見つめた。

「くっ、買えたやつはみんなそう言うんだ。俺だって仕事がなけ、りゃ?」

 もう、うらやましーやらかなしーやらと、駄々をこねる虹さんはエレナの顔を見て、え? と不思議そうな顔をした。

「三枝?」

「は、はい?」

 いきなり問いかけられて、エレン(、、、)はきょとんとしてしまったようだった。

 こちらも驚いてる。突然、知られてないはずの名字で呼びかけられればこうなってしまうものだろう。

「俺だよおれ。高校の頃さ、ちょっとクラブの時間一緒になっただろ」

「あー! 久世(くぜ)先輩ですか。うわぁお久しぶりです。三年ぶりくらいかな」

「えっと、その、知り合いなの?」

 虹さんだと思っていたのだけれど、エレナが別の名前を口にする。

 まさか、エレナともともと知り合いとは世間は狭い。

 うん? 目の前の男性はもさぁとしていてオーラの欠片もないから別人なのではないかって? それは木戸くんとルイさんは別人ですか? という質問ばりに無茶な質問。ルイさんが被写体を見間違うことはないもの。彼はHAOTOの虹さんで間違いはない。

 たとえ、いわゆるオタクファッションと言われているもさぁとした服装に身を包んで眼鏡をかけて、おまけにリュックサックから丸めたポスターを出していようと、彼は虹さんに違いはない。双子とかならあるいはとも思うけどそんな話は聞いたこともない。

 眼鏡越しでも虹さんにしか見えないんだけど、みんなは気づかないものなんだろうか。

「ああごめんごめん。こちら、ボクが高校のころお世話になった人でね」

「久世孝太です。はじめまして」

 そんな彼に、こそりと耳元で呟く。

「どこからどうみても虹さんですよね?」

 ぴくんと彼の顔が震えた。耳元ぽそりはエレナのお得意芸で威力のほどは知っているけれど、まさか自分でやってみたらここまで反応が大きいとは、驚いてしまった。

「ん、えと、そ、そんなことはっ。俺は別に一般人、一般ぴーぽー。別にやましいヒトではないのでーす」

 HAHAHA! とうさんくさい外国人風な笑いをあげつつ、じりっと彼は一歩下がった。もしかしたら脂汗でも流しているのかもしれない。たしかにあのアイドルがこれだなんて、事務所もできるだけ隠したいだろうしね。見た目で売るってマネージャーさんも言っていたもの。

「別にとぼけなくてもいいですよ。エレンもほら」

 ちらりとタブレットに虹さんが写ってるブラウザの画面を見せて、この人がこれですと伝えておく。

 エレナはなんだかんだで男性アイドルグループなんて可愛くないから興味ないと断言するお方なので、HAOTOのメンバーも記憶の中ではかなり薄いようだった。

「確かに、そう言われると、翅さんに見せてもらった写真の人に似てる、かも」

 オーラは全然ちがうけど、とエレナは顔をじーっとのぞき込む。未だに同一人物なのか不明というような感じの声だ。もちろん衣類からしてまったく違うのだから、そうそうこれで気づかれることもないのだろうが、話を知っても信じて貰えないっていうのも、すさまじい変わりっぷりだと思う。

「翅って、二人ともなにをいってんだ。あいつが女子との交流もつはずが……」

 って、あれ? と彼はいまさら不思議そうな顔を浮かべた。

「どうして三枝はその、女子の格好してるんだ?」

 そして、いまさらすぎる疑問を口にする。最初からずっと女の子だったでしょうに。ぱっと見でエレンだっていうのに気付いたのにどうして女子の格好してるのは見落としてるのですか、この人は。

「なにって、普通に私服ですよ。似合ってると思いますけど」

 どうです? とハーフパンツ姿の彼女は体をくるりと回転させる。いつもみたいにスカートが揺れるってことはないのだけど、これはこれで可愛らしい仕草だ。振り向きざまを一枚撮らせていただいた。

「おまえがまさか、翅の師匠のエレナってやつか」

 はい、大正解、とエレナがかわいく言い切った。珍しくエレナは自分の情報を開示した。

 下手に隠すよりはというところもあるのだろう。翅さんにすら性別がどっちなのか教えてなかったはずなのに、さすがは同じ学校出身というアドバンテージだ。まあ、男子校出身っていう事実と今の姿を見てしまえば、答えは自ずと見えてきてしまうわけだけれど。

「そして、その隣にいるということは」

「はいっ。その通りですよ。あなたのグループを木っ端微塵にできる人です」

 お久しぶり、というと、くぅーと、虹さんは脱力した。壁に寄りかかっているどころか、そのままぺたんと床にお尻をつけてしまう勢いだ。いままでも会話をしていたはずなのだけど、こちらがどんな相手なのかというのを理解する気があまりなかったらしい。え、三次元に興味はねぇ、ですか。そうですか。

「リーダーはいつもかっこよく決めてるとかなんとか翅さんいってたけど、今日は変装なんですか?」

「普段はこーなの。俺はしがないオタクだよ」

 まったく。と言い切る姿は確かにどこからどうみても、立派に普通なオタクの男の人というくらいで、きらきらステージで動いているオーラはない。お友達になれそうな感じだ。

「それがなんやかやであんなことになっちまって……たしかにアイドルとさ、仲良くなったりするのも楽しいんだけど、こうさっ! オタク特有のオーラっていうか、なんていうかさっ」

「仲間が居ないんですね……わかる。ボクだって学校じゃ……そりゃ」

 きゅっとエレナは彼の手をつかんだ。

 でも、エレナのその、大好きなことを語れないっていうのとは方向性が違う気がするんだ。

「おまえはわかるっていうのかっ。この男の娘好きの肩身の狭さがっ」

 あれ? いま虹さんすっごくあれな単語を発したよね。

 今回のゲームって人気作だけどそこに「男の娘がでるから買う」って人はそこまで多くないって話だったよね。

 って、ここに買いに来てるっていう事実がそれを告げていますか。

「あの、久世先輩? 一つちょっと確認したいんですが」

 こそこそ、と彼を少しエレナから隔離して、耳打ちする。

「一年で入学してきたエレンを見て、男の娘萌とか、思っちゃったクチです?」

 こそっ。

 ささやいたその言葉に、彼は赤面する。そういえばルイ陥落事件のときに、他の男の子が興味津々だったところで一人後ろにいたっけ。

「ばっ。いや。っむろん。それがきっかけではあるんだが、俺は別に三次元は……」

「確かにいまのエレンは男の娘としてはこー、女の子がやってますーなオーラですからねぇ」

「そ、そんなことはないっ。三枝は普通に女子の格好してても……それでも男の子なのは俺は知っているわけで、その……ギャップ萌え」

 あはーんともだえながら、久世先輩こと虹さんはその場にへたりこんだ。まじで欠片もオーラがない。

 ファンの子が幻滅しそうな光景なのだけど、素直にルイとしてはかわいいと思ってしまった。

 むしろこちらの方がギャップ萌えである。それに男の娘好きなら自分に被害は……まて。まった。うん。なるべくばれないように頑張ります。

「とりあえず虹さんが激しいオタクで男の娘萌えなのはわかりました、だから」

 はい、これ、と先ほど並んでもらっておいた整理券を渡す。

「これって……」

「参考資料として、あとでこの娘に見せてもらいますけどね。本来ゲームにずっぽりはまるより撮影してたいから」

 好きな人がやった方がいいでしょうから、と言ってあげると虹さんはぱぁと顔を明るくした。うぉ、本気で笑顔を出されるとキラキラして見える。

「天使や。ここに天使がおる……」

 わしっと肩をつかまれると、びくりと体が震えた。

「もぅ、先輩だめですよっ。ルイちゃん男の人そんなに得意じゃないんだから」

「あ、ごめん」

 つい興奮して。と彼は照れ笑いをして、そしてまだ人がまばらに残っている販売店に向かっていった。列はすでにないから、きっとそれほど待たずに戻ってくるだろう。

 よっぽど嬉しいらしい。少しだけ芸能人オーラみたいなものが垣間見えたような笑顔はたまらなく整っていた。眼鏡オタっぽい仲間としては、眼鏡があっても隠せないものもあるのかなぁと少し心配になる。

「しっかし、あの反応を見るに、そうとーすごいみたいね、それ」

「まあねぇ。スタッフの中に男の娘を知り尽くした人がいるしね。まさかの普通の恋愛シュミレーションで男の娘がヒロインと同列になるなんて、チャレンジだよ。あんっ、もうすぐにでもやりたい」

 買ったばかりの袋をあけて、箱の後ろ側を見て、エレナははにゃーんと幸せそうな顔をする。

 正直、そのヒロインよりもあんたのほうがかわいいじゃないですかと言いたくなる。

「エレナ的にはメイド喫茶のあれとどっちがお好み?」

「んー。あっちは万が一があるからねぇ。ルイちゃんの魔眼がいろいろ見破ったようだけど、反映するかは賭けだし、まだ保留かな」

 来月の発売を待つばかりなのですと彼女は瞳をきらきらさせる。

 うん。音泉ちゃんが元ネタの一人になっているアレに、男の娘要素がどれくらい入るのか、というのは気になる所だ。入らなくてもメイドさんの服は可愛かったしそれはそれで楽しめそうだけれど、エレナとしては、「はじめに男の娘ありき」な感じなので、これで出てこなかったら、おうふとがっくり崩れ落ちるだろう。四つん這いというやつである。それはそれで可哀相で可愛いので、ルイはばしばし撮影してしまうけれど。

「やっぱり世間的に、その……ニッチな趣味ってことになっちゃうのかなぁ」

 いちおうこれでもエレナからいろいろ借りて参考資料としてエロゲプレイをしているわけで、それなりの数があるということは知っているけれど、爆発的にヒットした作品というのはそんなにないように思う

 え、エロシーンで感じたことを答えろって? そんなのセクハラです。聞いちゃだめ、絶対。どうせ朴念仁だって言って笑うんだろうし。

「んー、いちおうそういうものもあるし一部で人気はあるってわかってはいるけど、制作側としてはそれは一部であってそんなに需要はないって判断なのかもね。逆にニッチだからマニア向けに振り切って全部のヒロインが男の娘っていうのもあったけど、他の女の子と張り合うっていう設定はあんまりなかったと思う。だいたい一歩引いて主人公ポジに落ち着くみたいな、胃に悪いラストが多くって」

 ホントもう、どうしてがしがしいかないのか、理解に苦しむとエレナ様はぷぅと頬を膨らませた。

 身を引いた方がいいと考えること自体がわけわからんと、言い切るのは貴女の完成度がおかしいからだと思います。いままでプレイしてきた中の男の娘でヒロインをはれそうな子はだいたいジェンダーバイアスに縛られていて、自分が男だから、身を引くというケースが多いのだ。

 そういう奥ゆかしさがいい! という意見もあるのだけど、実際問題「彼氏と付き合っている男の娘であるエレナさん」としては、胃は痛いだろうね。大学に入って女子と触れあう機会も圧倒的に増えただろうし。

「でも、そこも今回は期待なんだよねぇ。なんでかんでスペックの高い男の娘を前に女の子は、自分の怠け部分と直面してうぐぐ、とか悔しそうな声をあげるものだけど。そこらへんも描かれそうなの」 

「ほほー、エレナ様はうぐぐっと言われたことがあると」

「えー、全部ルイちゃんを見てて思った感想なんだけど」

 なんですと。そりゃエレナは「男の娘のキャラを演じている人」であって、男の娘だと明言はしていないわけで。

 イベントで女子との比較に使われることはまずなかったし、大学では女子姿であることが多いという話ではあるけど、むしろ男だということは周りに言ってないらしい。まあよーじくんとの仲もあるし、変に話がこじれるよりはそれで通しちゃった方が後腐れもないのかもしれない。

 そんな彼女は女子に憧れられても、男に負けたまじへこむーっていうさくらや斉藤さんみたいな感情を受けたことがあんまりないらしい。

「まあそれはあるとしても、結局その人間模様というか、疑似シミュレーションがどうなるのかっていうのはちょっと気になってるんだよね」

「ゲームはゲーム、だとは思うけどね」

 改めてまじまじとゲームのパッケージを見つめて神妙そうな顔をするエレナの意図が少しだけわかった。

 くわしい人が作っているのならば、おまけに結末をいくつも用意してあるこの手のものであるなら。

 自分とよーじくんの先の予測として、一つのサンプルにしたいということなのだろう。

 ……そりゃ、身近に似たような人で、上手くやってる人がいないし不安にもなるよね。うん「恋愛で」上手く行ってるケースって、ほんっと全然いない。千歳が上手くやれてるのは青木がアホだっていうのもあるけど、身体のことを何にもいってなくて、普通の男女の関係性で成り立っているからだ。

「別に、あのよーじ君ならべた惚れなんだから、いいんじゃないの? ま。節操はないかもだけど」

 そういや、学園祭にいったときにルイに鼻の下を伸ばしてたよねと思いつつ苦笑して付け加える。

 よーじ君だってちゃんとした男子だ。女子の色香に惑うのはもちろんで、そういえば前に海に行ったときも、珠理ちゃん達の胸を見ていたような気もしないでもない。

「そーなんだよねぇ。やっぱり裸になったとき、体の魅力って点ではやっぱり負けちゃうかなって思うんだぁ。そりゃ、ルイちゃんならきっとそんなの気にならないんだろうけど」

「な」

 なにをおっしゃいますと普通に思った。

 そもそもルイには男に抱かれる趣味はない。あくまでもこれは撮影上の都合でこうなっているだけだ。

 体についても、隠せばなんとでもなっても、裸同士でどうこうなるものでもない。

 水着までがリミット。だと思っている。さすがに脱いで女子だと思われる自信はない。

 ……うん。今まで二回お風呂で事件があったわけだけど、一回目は月影に隠れてたからノーカウント。二回目はスタイルステキですーとか言われたけど、中学生に言われても、ねぇ? そりゃ胸回りを見た瞬間の女子の反応は「まったいらで可哀相」っていう同情の視線と、あんまり見ちゃいけないっていう遠慮になるので、視線が向かなくて済むから、ただ入るだけならできなくはないとは思うけど。それが女子と体型もほとんどかわらないという証拠にはならない。ウエストを絞ることでバランスを取ってるけどお尻の大きさとかはやっぱり発育不良って感じなんだよね。

 ただ、負けかどうか、みたいな優劣はいまいちよくわかっていない。

 もうちょっと肉付きが良い方がーとかは、ほんと趣味だと思うんだよね。

 水着姿は姉さまの凶悪なおっぱいに勝ったりもしているし、個人の嗜好でかなり割れるのではないのかな。痩せてる方がとか太ってる方がとか、爆乳とか貧乳とか……ルイの場合は無乳となるけれど。

「んー。ルイちゃんの魅力はね。そういう女の子と比べて負けちゃうかもとか、欠片も思ってないところだと思うんだよね。自然体でどこまでもかわいくて。演者をしてるボクとしては嫉妬しちゃうくらいに、天然で女の子で」

 それで、いて男の娘。

 ぽそっと耳元でささやかれる声はあまりにも色っぽい。

 演者かどうか。たしかにエレナはいろいろな役を演じる。それにくらべてルイは一人だ。最初はこわごわやっていたところはあるけど、今では性格も定着しているし、ほぼそれは揺らがない。もちろん男子の時と女子の時での切り替えはしているけれど、ルイさんを演じているという意識はかなり薄い。

 そういう意味で、今までそれなりに男に襲われてきているわけなのだけれど、そのときに女子っぽい対応をするのも自然にやっていたのだろう。翅さんの件まで自然とはいいたくはないが。

「もともと、張り合うとかっていう気がないからだと思うけどねぇ」

 エレナが女子を意識するのは、好きな人が「ノンケな彼氏」が自分から離れないか心配だからだろう。

「そういえばこのまえ珠理ちゃんに新作見せたらうわーん、ってへこんでたよ? 普通にエレナはかわいいんだから、自信持っちゃっていいと思うんだけど」

「でも、さ。その……気持ちよさとか、どうなのかなって」

 もじもじと赤くなりながらいう大人っぽい台詞には残念ながらルイに答える言葉は欠片もない。

「比較したことがないので、わかりません」

 ざくっといってやると、あうぅとエレナが顔を伏せる。

 残念ながら木戸もルイも、異性経験というものがない。もちろん同性経験もである。

「でも、そういうの知ってそうな方がお戻りじゃない?」

 ほら、と視線をあげると、わーいと嬉しそうな虹さんの姿が入る。

 たしか蚕くんがこの前いっていた。HAOTOは異性交流禁止だけど、実はみんな童貞じゃないよと。蠢も童貞という単語の埒外だし。

 それなら経験者に語っていただくのが一番だと思う。

「もう、君のおかげで地獄から天国だねっ。今日は一日オフだからこのまま家に帰ってプレイだよ。仕事の日にだってタブレットPCでやりたいけど、マネがそんなのをやってるアイドルってどうですかと、割とまじぎれしたから、家でしかプレイできないんだよな」

 まあ。あのマネージャーさんだったらそうだろう。エロゲをタブレットで持ち回って永遠やり続けたいとか、だいぶ終わってしまっている感が大きい。エロシーンとか公共のところでやっちゃだめ。絶対。

「でも、大好きな作品だったら行き帰りの電車の中とかでもやりたいじゃん? 撮影待ちの時間とかもまじでやりまくりたいじゃん?」

「気持ちはわからないではないですが……女子側からすれば激しくきもいです」

 いや。女子じゃなくてもきもいのだから、普通に女子だったらどんびきじゃないだろうか。さすがにタブレットでエロゲやるアイドルは嫌だよいろいろ。

「それよりもっ。虹さんに一つクエスチョン」

 整理券あげたので、ご協力くださいな、といいつつきゅっとエレナの肩に腕を回す。ふわんと髪から甘い香りがした。

「あたしとこの子、エッチするならどっちがいいですか?」

「ぶっ」

 あら。割と冗談気味にいったんだけど、大げさに噴きだされてしまった。

「二年前の意趣返し?? いや。そうはいっても……」

「いえいえいえっ。そうじゃなくてっ! 純粋に男の娘と、女の子どっちとるの? っていう一般男性の意見を聞いてみたいな、というような趣旨です」

 深い意味はないです。考えたら負けですとフォローを入れる。

 あの一件はHAOTOの中ではタブーだし、性的な話がでると身構えてしまうのだろう。

「正直、三次元にはそんなに興味ない……んだよね。それにほら、結局は気持ちの問題っていうかさ、お互いがどれだけスキかって話になってくるだろうし、性格よければ女の子でもいいなって俺は思う」

 ま、恋愛禁止なんだけどな! と虹さんはからから笑いながらエロゲを愛しそうに抱きしめる。

 そして、まじすぐやりたいから、これでなっ! といいつつ家に帰って行ってしまった。

 すぐさまプレイを始めるのだろう。

「参考になったようなならなかったような……」

「性癖より気持ちの問題、か。それだけ聞ければいくらかは希望もでるんじゃない?」

 なでなでと頭をなでてやると、駄目だったらなぐさめてーとエレナが冗談めいた声音で答えた。

 いくらか暗い気持ちは取れたらしい。

「さて。それじゃ目的のものは手に入ったので、私はこれにて。ルイちゃんは町の撮影とかしてくんでしょ?」

「あ、うん。せっかくでてきたし」

 これで家に戻るのもったいないと言うと、エレナはたくましいなぁと感嘆した。

「じゃ、今日はここでお別れだね。プレイ終わったらルイちゃんにもやってもらうよ? たぶんコスやるだろうし」

「はいはい。とりあえずやりこんできてくださいな」

 半ばあきれ気味に答えを返してエレナと別れた。

 基本ルイは資料としてゲームを見る傾向があるけれど、これだけ大人気となるとそれ以外でも多少興味は引かれる。

 ちらりと売り場を見てみると、再販を待たずに売り切れましたの札が出ていた。

今年もよろしくお願いします!

手直しとかしてたらちょっと時間をくってしまいました。

で、いざアップしてみると一万字越えてるよ……分割する? とか思いましたが、出しちゃいます。お正月なので!

今回はエレナさんと町中でらぶらぶする感じでした。男の娘分を多めにということで、頑張りましたよっ。

作中の今回のゲームは元ネタ無しです。ヒロインを食っちゃう男の娘作品ってそんなにないので、是非ともどこかから出てくれないかなーと。


さて。お次の話からついに、ゼフィ女潜入大作戦です。

いろいろ加筆修正しなきゃいけないのですが、きっとみなさんの期待値も高いだろうからがんばりまっす。

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