230.
サブタイトルのナンバリング間違ってました、すみません。
「って、これ、ルイさんじゃん」
次のメニューであるラザニアがきて、もそもそと大皿からわけて食べていると、スマホを囲む男子勢から声があがった。ちなみにラザニアは大皿で四つ来ている。そのうちの一つをまりえさんと赤城とシェアというような感じになるのだろうか。レディファーストということでまりえさんのほうに先にラザニアはサーブしておく。
少し緊張した顔をしているまりえさんはそれでも、ありがとうございますと、ラザニアにフォークをつけはじめた。うん。ラザニアは熱々のところを食べた方がおいしいよね。
スマホに集中してないでちゃんとご飯を食べようよといいたい。
「うわぁ、あの人普通に仕事してるんだな……しかも隣にいる美人さんちょーかわいい」
「ルイさんって? 有名な方なんですか?」
その名前を知らない少女はきょとんとした様子で問いかける。
「あ。あたし知ってる。確かカメラ大好きで町中を徘徊してて、芸能人とつきあってるとかどうとかで、HAOTOの翅さんといい感じとかなんとか」
「先日わたくしどもの学園祭の撮影して下さった方ですね。撮っていただいた方はみなさん楽しかったと大喜びだったみたいで」
ひどい言われようである。徘徊ではなく散策だし、翅さんとは特別親しいわけでもない。
「沙紀の写真はあんまり撮らないでってお願いしてるんだけどな」
その写真をちらりと見て、まりえさんが不安そうな声を上げた。
ちょうど写っていた写真は、トイレに出たあとでほっとしていた姿だ。ルイを狙ったのではなく藤ノ宮生徒会長を激写しているわきに写り込んでしまったという感じなのだ。
「それは知っていますが、あのときのお姉様、すごく素敵な顔をされていたので」
どうでしょう? と彼女はスマートフォンをこちらにつきだしてくる。
うん。いちおうはこれを見て沙紀さんの正体に気づく人はいないと思う。
「確かにあのときは、ルイさんとしゃべってご機嫌だったけど……」
その顔がまるで恋する乙女みたいに映っていたのを確認して、ほっと一息。
彼女からしてみれば、トイレからでてほっと一息といったところだろうし、すっごくいい顔をしている。これならばこの子が撮影したい! と思ってしまっても仕方が無いのではないだろうか。
「お花摘みをしてすっごく緩い顔してますね。変な風にも映ってないしこれなら写真嫌いでも納得だと思いますが」
そんなに写真撮られるのがだめですか? とまりえさんに聞くと、困ったなと彼女は表情を曇らせた。
こちらは理由を知っているけれど、それは公表できない理由だものね。そうなると一応フォローしてあげよう。
「でも、さっきお姉様なんて単語がでたってことは、写真OKにしてしまうとひたすら撮られまくるという惨事が想像できますね」
うん。撮られすぎてしまうと生活に支障が出るから困る。この理由であっても絶大な人気を誇るおねーさまとしては、十分に通用するのではないだろうか。
「そうなんです。学園祭の時のプロの方にはしっかり撮っていただいたみたいですけど、それ以外は基本的に撮影は禁止にさせていただいてます」
うん。正直、まりえさんはルイに沙紀ちゃんを撮影させるのも渋ったくらいだものね。でもその配慮は確かに正しいし、へんに写るとそれからいろいろな事実が露見してしまって大変なことにもなってしまう。
「でも、これだけ綺麗なら町中でも視線を集めそうですよね。僕の出身校でもゼフィ女の制服姿の子を見つけると翌日学校で自慢話が始まったりっていうのがありましたが、沙紀……さん? を目撃したらもう、妖精を見たとか天使を見たとか言いそう」
すらっとしてて、美人さんですよねーと言いながらラザニアをはむつく。ミートソースが絡んでおいしい。
けれど、まりえさんはふるふると首を横に振った。
「彼女は寮暮らしなので、町中を歩くということがありません。徒歩五分で学校なのです」
「ああ、たしか鹿起館でしたか。教科書に出てくる鹿鳴館みたいな名前だなと思ったところですが」
あの人寮暮らしなのかと、少し同情的なものを感じてしまう。詳しい事情は聞いていないから想像するしかないのだけれど、家族と折り合いがつかなくて寮暮らしなのだろうか。とはいえさすがにそれを家族は許すのか? うちならたぶん何かしらの条件は飲もうと歩み寄ってくれるかもしれない。
だって女装大好きというのであれば、そっちの成分が絶対増長してしまう。その上、ばれたらばれたでヘンタイの烙印を押される可能性だって高い。
もちろん、上手くやるには相当の注意がいるだろう。ルイのレベルの女装ができても日常生活をするとなるとやはりげんなりする。トイレの他にお風呂の問題もでてくるだろうし、寮の中ならパジャマパーティー的なものも日常茶飯事だろう。
それをウィッグで過ごし続けるのは正直、しんどい。って沙紀さんって地毛であの長さだったんだったか。
「木戸さん考え事ですか?」
「ああ、うん。鹿起館ってお風呂共同のしかなかったかなって。案内みたときにそんなこと書いてあったような」
「そんなところまで見てるんですか……もしや木戸さんうちの学校に入学したいとか」
まりえさんは少しだけ木戸に気を許してくれているのか、それともあまりにも男っぽい欲望の欠片も見せないのに驚いているのか、変な冗談をいった。男を捕まえて入学したいのですか、はさすがに笑えないジョークだ。
「入ってみたい気もないではないですが。たとえば寮暮らしをするとしたら、お風呂でも気を抜かずに完全に女装しきるっていう話になるわけでしょ? 時間交代で入るにしてもいつ誰が入るかわからないという恐怖を抱えるのはやだなぁ」
たとえば、良くあるシチュエーションで、お風呂に入っていたら忘れ物をしたと言って浴室を覗きに来る子が居たり、一緒に入ろうと言ってくる子がでたりするわけだ。
これ、ラッキースケベ的な何か、って認識する人もいるんだろうけど、実際問題、心臓に悪いからね。っていうか、春先の旅行の件を思い出してしまったよ……男湯だと思ったのに女湯になってた件。あのときは斉藤さんに借りまでできるし、早くここから抜け出したいという思いの方が強かった。
なんにせよ。風呂好きなので、リラックスして入りたいと伝えると、想像力が豊かだとまりえさんに言われてしまった。
「それにそもそもじっと見られてわからない女装なんて普通できないですよ」
牽制なのだろう。彼女は悩ましげに中空を見つめながら笑えないジョークを言った。うん。
「その点は、まぁ。慣れてるので。お風呂と着替えとプールと健康診断さえクリアできればいけはすると思うんです」
「はい?」
まりえさんが今度こそ、そんなばかなという驚きの表情だ。
そんな彼女のために、冗談ですと、いたずらっぽく嘘をつく。
これ以上彼女をからかうのはさすがに可哀相だろう。沙紀さんにも怒られてしまう。
「ですよね。そんな馬鹿げた話があったらこまります」
ああ、ミートコロッケおいしいですねーと、彼女はあわあわと先ほどサーブされたコロッケを口にいれる。湯気がたっていて熱々だ。中にチーズが入っていてとろりとミートソースと絡んでおいしそうだ。
「いい雰囲気ですか?」
にまりとゼフィロスの子がまりえさんの顔を覗きこむ。ふたりぽつんと写真を見るグループと孤立していたのでそう思ったらしい。
「あーガールズトークしてました。お風呂っていいよね、温泉いきたいよねーみたいな」
「こらっ。どうして女子と温泉ってはなしでそうなる。てかお前がガールズじゃねえ」
赤城からごくごくまっとうな指摘が入る。うん。だが男だ、ですしね。
「いやぁ仕方なかろうよ。おまえは紳士的なんていうけど、俺が女子と仲良くやれるのは大抵感覚の共有があるからだし。俺はゼフィロスの女の子より制服のデザインとか風景のほうに目がいってしまうし」
「そうなんです。木戸さんが女装が趣味だとか、お風呂はゆっくり長湯がいいとかいうから」
ああ、そこで女装の話いっちゃうか。まあ事実だからかまわないけれど。
「まあしのさんレベルはなぁ。すげーよな。違和感ないし、普通にかわいいし。案外あれならゼフィロス入ってもばれないんじゃね?」
「……木戸さん。周りに女装趣味があること知られてるのですか?」
それでよく人が居なくならないものですと、まりえさんにぽかーんとされてしまった。
でも、それが普通の反応なのかなぁ。ていうか、君の身近に女装した男の人がいるのだから、そこまで驚かなくてもいいんじゃないかと思うんだ。
「まーわりと。先輩に言われたりしてしぶしぶって所はあるけど、何回かやったことがあって、知り合いの何人かはそれを知ってる感じかな」
赤城は最初俺の女装まーったく気づかなくて、普通にナンパしてきたんだと言うと、うわぁとゼフィ女の後輩さんも唖然となっていた。こっちも唖然となったよあのときは。
「それは、しのさんのクオリティがアホみたいに高いからだろ……誰があれを女装だと見破れるよ」
「その筋の専門家なら見破れるのではないかな。たとえばさっき話題にもなった翅さんな。あいつの師匠なら一発でばれる」
「ああ……そういや翅の女装写真ってのも昔ネットに流れたっけな。俺この前学園祭で実物みたけど、あれがああなるとか、まじすげーって感じだよ」
赤城が前のめりでぐっと拳を握りしめていたりするのだけど、そうなるくらいに翅の女装のクオリティは高い。なんといってもエレナの傑作なのだものね。んで、撮ったのはルイなのだから、女装の粗だって完全に隠して仕上げる最高品質なのである。
「先ほども出ていましたが翅さんって、そんなにすごい方なのですか?」
女子の一部から声があがった。ルイを知らないのは普通としてもあのアイドルをしらないというのは、すむ世界が違うのだろうか。
「男性アイドルグループの一人でな。嫌になるくらいかっこいいのに、二年前くらいに女装写真をアップして騒がれたんだ」
「正確には女装コスプレ写真が、ファンの投稿で拡散しちゃって、ほとぼりさますために公式で公開したっていう話だけど」
「そういや、あのとき彼女扱いされてたのが、さっきのルイさんだったよな」
そうですよ、よくご存じで。でもあのあと翅とはイベントとかでしか会ってないし、個人的な付き合いはない。
他のメンバーとはちょくちょくあっているのだけれど。
「経歴もまったくの謎。銀香ってお前の家のそばだったよな。なんか知らねーの?」
赤城がそう聞いてくるものの、いろいろ知っていますがお答えはしかねます。
「ホームページにある情報で十分だと思うけどね」
「おお。まだ写真残ってるな」
男子のほうからホームページの写真が提供された。映し出されているのは翅の女装写真だ。
最近はスマホですぐにこういうのにアクセスできるから便利になったものだと思う。
「なっ。これが、男性の方なのですか?」
「そう。普段の格好はこっち」
スライドさせるようにして、いつものHAOTOのときの翅の姿を表す。
はっきりいって別人としか言えない二枚の写真である。よくよく見ると骨格とかは同じってわかるのだけどね。
「さきほどと同じ方なのですか? すごい変わりようです」
「最初見たときは別人かって思ったけど、すごいよなぁ。こんな技術があるのは羨ましい。ええと、師匠に着飾ってもらいました。新しい自分って感じでちょーテンションあがるー、だってさ」
同じ女装をする木戸くん的になにか知ってることはないかね、と問われたので、開示できるところはしておく。
「コスプレやってるやつらには常識なんだけど……翅の師匠はエレナっていう性別不明の子だよ。この前、翅が学校に来た時も師匠は厳しいけどすげーんだとかなんとか言ってたし」
うんうんとうなずくと、ほほーと男子側から声があがった。
よし、この流れでうまくうちの大学の話に流していこう。さっさか女装の話からは離れていただかないとまりえさんも気が気ではないだろう。
「実はさっきの写真の人。この前のうちの大学の学園祭でステージに立ってくれてね。その時に運営の仕事の手伝いしてたんで、ちょっと話す機会もあったんだけど」
「お前ばっかり羨ましいよ。俺たちにも芸能人との交流をもたせろこら」
「はい。それはスルーしまして、みんなは学園祭どうだったん? そろそろうちの大学のアピールしとくといいんでないの?」
「そうだなぁ。他人の話より自分のこと。ってな。ミーハーにいくのはよろしくない」
ようやっとそこで話題が学園祭の話の方にシフトしてくれた。
ほっと息を漏らしたところを、思いきりまりえさんに見られてしまった。
「安心した顔してます。翅さんとの付き合いはあんまり触れられたくない感じですか?」
「まー、いろいろ守秘義務なこともあるしね。言っていいことと言えないことの線引きが難しい。あの人たちの素晴らしさを語るっなんていっても、ファンでもなんでもない身としてはそこまで語れないし、かといって友人としての部分はプライベートになってしまうんじゃないかなって」
「そういうものなのですか。ま、深くは聞かないでおきます。それよりも学校の話をということでしたが、大学生活はどんなものなのですか?」
話につきあってあげます、というようすのまりえさんからはもう、最初の仏頂面はとれていたのだった。
これならば無事に楽しい気分でお食事会を終えられそうだった。
合コン……からお食事会にクラスチェンジな会はこれにて終了です。
まりえさんの不機嫌もとりあえずは解決ということで。
無事に男子としての合コンもこなせました。これで木戸くんも立派な男子に……なってないですね、はい。
とりあえず潜入フラグなこの会ですが、潜入自体は数日後からスタートです。
次話は、エレナさんとエロゲ買いに行きます。メイドさんのではなく別件ではあるのですが。




