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229.

長くなったので二話分割で。

「あのさ、馨くぅーん。明日の夜、暇か? 暇だよな」

 気持ち悪い声に背筋が冷たくなった。

 そのさきには赤城がいて、なにやらこちらを伺うような視線を向けてきていた。

 普段のこいつはこんな媚びた声なんて滅多にあげることがないので、ギャップがありすぎてぞくぞくしてしまったのだ。

 今日が金曜日、そして明日は土曜日だ。撮影の予定は入れていたけれど誰かと待ち合わせというわけではない。

 銀香でも歩こうかと思っていたところだから、つきあうこと自体はできるだろう。

「で? どこに連れだされるんで?」

「ご。う。こ。ん」

「おまえ、春先にもやっただろーに。たびたび合コンするとか頭だいじょうぶか?」

 久しぶりに聞いた単語に驚いて、赤城の肩をぽふぽふ叩いた。

 大学生と言えば合コンだというけれど、それを頻繁にやるのは実際はなかなかに難しいのではないだろうか。

「まった。半年に一回やっただけで頭おかしいはないだろ。俺たちは大学生なのだぜ? 週に一回合コンしても罰はあたるまいよ」

 けれどそんな木戸の意見はきれいに一蹴された。

 どうやらこちらの感覚の方がおかしいらしい。そりゃ宴会は嫌いではないけれど、あえて行こうとはあまり思わないんだよね。

 それをわかっているからなのか、赤城から合コンに誘われるのはここ半年で初めてのことだった。春先のは顔合わせの懇親会みたいなものだったからね。

「金が続かんだろ。で? どうして急に、やぶからぼうに前日に声かけてきたんだ?」

「あー、先方の人数が一人増えてな……それでこっちも増やさないとって」

「別に男女の数合ってなくてもいいんでない? ていうか女の子多い方がおまえら嬉しいだろ」

 話を聞きつつ、女子が多いというのは、珍しい構図だなと思った。

 そんなに多くない合コン経験から言うと、たいていこの手のものは男子ばかりががっついて、女子はちょっとねということの方が多い。今まで姉やその彼氏に呼び出されてご飯を奢ってもらった時も、たいていは女子側の人数が足りないので、ということが多かったのだ。

「そりゃそーなんだけどさ。お前なんだかんだで女子とのやりとり上手いだろ? そこも見込んで是非にって感じ」

 ふむ。なるほど。初めて会うような相手との会というわけか。

 大学内での付き合いであれば木戸が呼ばれることはまずないだろうし。

「ま、飯代そっち持ちなら行ってやっても良いが」

「ああ。いいぜ。幹事無料だからその分お前に還元だ」

 クーポンさまさまだ、といいつつ彼はぱしんぱしんと木戸の肩を叩いてきた。

 うんうん。男子大学生同士の健全な付き合いがここにっ……って、感動しそうになったけれど。

 タダ飯だ。やったという意識の方が当然強くでてしまうのだった。




 てきとうにご飯食べて話をして、それでおしまいにしようと思っていた時が私にもありました。

 というわけで、合コン会場であるイタリアンなお店に来ております。

 今回は珍しく男子として。うん。男子として。大切なことなので二回言いました。

 テーブル席の一角に座っているわけなのだけど、人数としては六対六。もともと五人ずつで十人のところを人数を増やした関係で、いわゆるお誕生日席というものもできている。

 木戸はそこに鎮座するはめになったのだけど、そこから見渡せる席全体の雰囲気はこれでもかというくらいにどんよりしていた。

 暗い。合コンがこれとか、しょっぱい。つらい、しんどい。

 でも、それも女の子達のことを考えればそうなのかもしれない。

「ふぅん。むしろよく中止にならなかったものですよね」

 右斜め前に座っているまりえさんの横顔を見ながら、はぁとため息を漏らす。

 そう。今回の赤城がセッティングした合コンのお相手は聖ゼフィロス女学院の女の子達なのだった。

 自己紹介はまだしてもらってないので、何年生なのかはわからない。なんて言いたいところだけれど、みなさん制服姿なので、リボンの色で学年はわかる。二年生がメインの集まりだ。

 きゃっ、殿方がいっぱいいますわ、とかなんとか最初はちょっとざわざわしていた彼女達も、席につくなりまりえさんに睨まれて萎縮してしまっている。

 うん。一人突然増えた、というのがまりえさんなのだろう。生徒会の副会長であられるおねーさまは、不機嫌さを隠そうともせずに周囲を睥睨していた。

 ゼフィロスは言うまでも無く男子禁制だ。殿方と知り合うのは冒険ですとか撮影に行ったときに学生達も話していた。ということはこの企画そのものがNGである可能性がずいぶんと高い。だからこそお目付役として彼女も参加することになったのだろう。

「確かにこの雰囲気はちょっとこーびびりな気持ちがでちゃうところでしょうが……」

 男子ふがいなっ。

 最初は女の子達を前にして緩んだ表情をしていたやつらは、思い切りまりえさんのオーラに圧倒されて、小さく震えてうつむいている。年上の男子なんだからもっとこう上手いことフォローしたりとかしてあげてよ。もう。

 でも、まりえさんの表情を見ていると確かにびびる気持ちはわかる気がする。

 迫力のある美人さんである彼女は、不機嫌ですと言わんばかりのオーラをまき散らしている。学園祭の時に沙紀さんの脇でぽわーっと笑ってた人と同一人物とは思えないほどだ。

 前菜はサーブされているけれど、みなさん手をつけるどころか微動だにできていない。

「なんといいましょうか。お堅いですよそこのおねーさんは」

「なっ。堅いとはぶしつけな」

 お通夜の雰囲気の中、やれやれといったていでまりえさんに話しかける。彼女はいきなり何を言い出すんだと驚きを隠せないようで、こちらを見て何をいいますのと目を見開いていた。

「事実を言っているまでです。確かに男共はあこがれの女子高生達、しかもお嬢様と仲良くなりたい。全力で下心があるんでしょうから、心を許してはいけません」

 ちらりと男子のほうを見渡すと、うぐっと赤城がばつの悪そうな顔をする。未成年相手になにを考えてるのやらとも思うのだけど、まあせいぜいここに集まってるやつらはお嬢様とお近づきになりたい、程度の気持ちで参加しているのだろう。

「でも、女の子はちょっとした冒険というか、社会見学という程度で参加されたのではないですか? これで、あたい合コン大好きで、まじやべぇ、イケメンいねぇし今回は外れだちくしょーだなんて、素で言われたら愕然としますが。ゼフィロスの校風を見るにそこまでただれた人が通えるところでもないでしょう?」

「それは……確かに。我が校は殿方との接触が極端に少ないところですから。火遊びの一環でこの企画ができたと思っています」

 さすがにこちらが丁寧に話しているからか、まりえさんは話だけはきちんと聞いてくれるようだ。そりゃそうか。理不尽に全部を否定するような人だったら、沙紀さんの幼なじみなんてやってらんないもんね。

「だったら、そのあちら側とこちら側の温度差をある程度調節してあげれば、大きな問題にもならないのでは?」

 こちらの提案にまりえさんは、うぬぬと眉間にしわを寄せながらなにかを検討しているようだった。

 そう。合コンではなくお食事会。その程度までランクダウンしてしまえば、少なくともこのこの空気は変えられるのではないか、と思ったのだ。

 実際会場も、居酒屋ではなくイタリアンなのである。高校生に配慮してということなのだろうけれどお酒のたぐいは一切でてこないし、変なことにはまずならないだろう。

「ですが、殿方はその……それで我慢ができるのですか?」

 ちらりと赤城に視線を飛ばす。おまえらから答えろというところだ。

「いいよな。そりゃこいつが言ったように下心はないとはいわない。でも俺としてはみなさんとお知り合いになれるだけでいいって思ってるし、せめてこの時を楽しく過ごせたらって思ってる。アルコール禁止のプランにもなってるし、無茶はしないしさせない」

 みんなそうだろ、と赤城がいうと、そうだそうだとみんながうなずく。

 ここまで話をしてようやくみなさんの呪縛が解けたらしい。

「みんなアホですが、そういうところはきっちりしてます。そんなに警戒しなくて大丈夫です」

 ね、せっかくだからご飯を楽しみましょうよ、とまりえさんに微笑みかける。もちろん黒縁眼鏡をかけているので、ルイスマイルではない。

「しかた……ないですね。いいでしょう。ただし変な行いをしたら、どうなるか保証はしません」

 そう言いながら彼女は前菜に手を伸ばす。優雅な所作で思わず一枚撮影したくなるほどだ。

 とりあえず、さきほどのプレゼンテーションは成功ということでいいだろうか。

 こちらもほっとしながら、お冷やが入ったグラスに手を伸ばした。

 水が入っているだけだけれど、しっかりとしたワイングラスに入っているので少し豪華に見える。

 まだまだまりえさんは硬い表情をしてはいるけれど、最初の警戒心ありありの姿からは多少はマシになったと思う。

 そもそもの所、まりえさんは合コンを中止にはさせなかった。

 それは相手のメンツだとか予約の取り消しだとか、そういうことも考えてだとは思う。けれどそれ以上に一度くらいはこういう場も経験させてやりたいという思いがどこかにあったんじゃないかと思ったのだ。けれど見ず知らずの相手ばかりだと心配で一緒についてきて、さらには相手を見極めようとでも思ったのかもしれない。

「やるじゃん、おまえ。さっすが女子の扱いには慣れてるだけあるよな」

「まあな。これでもいちおう経験はあるしな。姉とか姉の彼氏に人数合わせで連れて行かれたりな」

 あのときの経験は確かに自分の中で生きている。高校二年で参加することになった会は、こちらが高校生だということもあって姉の同級生達は大変にやさしくしてくれた。そんな不安を知っているからこそ、目の前の背伸びをしたいお嬢様がたにも対応することができる。

「なんだかんだで、おまえ女の子の扱いうまいよな。紳士的っていうか。さすがおねーさんが居るヤツは違う」

 見た目はそんな感じしないのに、と赤城は褒めてるんだかけなしているんだかわからない台詞を言う。

「へぇ。木戸さんっておねーさんがいらっしゃるんですか?」

「木戸さんのお姉様でしたら、きっと素敵な方なんでしょうねぇ」

 お嬢様が会話の糸口を見つけたとばかりに、家族の話を振ってくる。

「うちの姉は、なんというかこう……美人は美人だけど、そこまで身長もないしスタイル的にはかわいい人になるんでしょうか。性格的にもちょっと危なっかしくて心配になります。それでお二人はご兄弟などは?」

 そこをきっかけにして、こちらからもボールを投げておく。後はみなさんで家族を話題にしつつお食事会をお楽しみ下さい。

「うちは一つ上の姉がいます。同じゼフィロスですけど、今は受験勉強で大変そうでおかわいそう」

「わたくしのところは、妹がゼフィロスの中等部におります」

「へぇご姉妹一緒にゼフィロスって、割とその……普通なの?」

 聖ゼフィロス女学園は中高一貫どころではなく小学校や幼稚舎まであるお嬢様学校だ。

 お嬢様の姉妹ということであれば、そこに入れておけば親としては安心なのかもしれない。

「はい。母がOGなんて話もたくさんありますし。たしかまりえ様のお母様もそうですよね?」

 もそもそレタスをはむついているまりえさんに、下級生の子が声をかける。なんとか話をしてもらおうという配慮だろうか。

「そうですね。あそこは守られていますから。母親達からしてみれば安心なんだと思います」

 木戸さんはうちの学校は見たことありますか? と聞かれて、近くに寄ったことがあるとだけ答えておく。さすがに中にはいってばんばん撮影しましたとは言えない。怖いもの。

「すっごい塀で覆われていて、要塞って感じでしたけど、中は地図で見るとけっこう広いんでしょう?」

「他の学校と比較したことがないので一概に言えませんが、塀があるわりに開放感のあるところだと思います。庭園などもありますし」

 わかります。確かにあそこの庭園は良かった。茶道部が快晴の中でお茶を振る舞っていたのだけれど、すっごい絵になった。普通の公立の高校が機能性を重視しているとしたら、あそこはなにかしらの感性を育てる場なのかもしれない。

「確か入れるのは生徒のご家族だけだ、という話でしたよね? 是非見てみたいものですが、我々には縁はなさそうです」

 赤城がしおらしくしょぼんとした仕草をする。本気であの中を見たいのだろうけどそれが無理だと諦めきっているのだろう。

 将来的に娘を学校に入れたりしなければ入れはしないというところだ。

「女の子なら、普通に学校にはいれるの? 部活の交流会とかないのかな?」

 けれどもその脇にいた男子が、冗談まじりに質問を重ねた。

「だったら女装してその中にまざっちゃえば、中にはいれたりとか……」

 ぴくりとまりえさんの頬が引きつる。まったく冗談だよあいつのは。それに反応しちゃいかんよ。

「女の園で、女装がばれないなんて普通できないんでない? ばれたら即お縄だしリスキーにもほどがあるだろそれ」

「冗談だよ、冗談。でもそれくらいのことしないと、俺たちには縁遠いところなんだよなぁって思ってさ」

 だから、今日は話せてめちゃくちゃ嬉しいと彼は話の終着点についたらしい。どうやらそれを言いたかったようだ。

「そんなに中を見たいなら、この前の学園祭の写真で良ければ見せてあげますよ」

 あまりにも、ゼフィロスの中がみたい空気がでてしまったからか、女の子の一人がスマートフォンを取り出して写真を表示させた。

 そこで木戸以外の男子のテンションが一気にあがった。

 女子校の中なんていうレア画像は確かに一般的には価値があるものだ。

「うわーこれがゼフィ女の中……」

 男子五人がくるま座になって大きめな画面のスマートフォンをのぞき込む。

 木戸は一人、前菜のハムを口にいれつつ、んまんまと舌鼓を打つ。ほどよく温められていて油が溶けているのでとてもジューシーだ。

「あなたは見なくてもいいのですか?」

 一人ぽつんとしているとまりえさんにつっこまれた。あちらも前菜をもそもそと食べながらだ。

「あの輪に入ると少しむさ苦しいと思ったのと、ゼフィロスの構内図やら、紹介写真は見たことがあるので」

 学校のホームページには校内施設を案内する写真が載っていた。それを以前見たことがあるのだというと、まりえさんは、はい? 何言ってんのこいつという感じで目を丸くした。

「いやいやいや。見たいのは建物じゃなくて女子の姿のほうでしょう」

 まりえさんがうわぁとあきれ顔をしてこちらを見ていた。

 そんなこといったって藤の姫と同じくこっちだってあの学院を普通に見てしまったからなぁ。

「ゼフィ女の制服はかわいいと思うし、生徒のみなさんも優雅でいいのですが……みんなほどがっつけないのですよ」

 自分で着るとしても、もう卒業しちゃってるしコスプレ感がはんぱないしねぇと言ってやると、まりえさんがきょとんとしてしまった。無理はないか。

 普通の男子ならば、女子の中身にこそ注目するものだろうから。

 けれどもやっぱり、そこまでして学内の写真を見たいとも思えないのである。

 それならば、こうやって一人ぽつんとお食事をしているまりえさんの様子をうかがっていた方がよいというものである。

 ここのお話は前からあったものですが、いろいろ設定が変わったりとかもありつつ、台詞が変わったりといろいろありました。

 合コンの会としては、ほぼ失敗にちかい雰囲気からのスタート。

 そして木戸くんは上手くさばくものの、感性が……へ、変じゃないよ! 普通だよっ! 

 でもここまで朴念仁だとまりえさんも厳しい顔をひっこめてしまおうとか思っても無理はないかと。楽しくイタリアンを楽しみましょう。


 というわけで次回は後編です。え。これがどう潜入に繋がるのかって? ふふー。頑張ってつなげますとも。


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