227.
「ちょそのごついこはなに」
「え、一度は憧れる望遠レンズです。単焦点と悩んだけど、大学生になってちょっとこう動物とかも狙いたいなぁって」
ちゃきっと装着をするとずっしりとした感触が手に触れる。
この前お仕事をして得た代金で、木戸用に買い足した新しいレンズだ。通常のものよりも長くてごつい。
さくらは近場の動物を手なずけてちゃちゃっと撮影するスタイルを確立したようだけど、こちらは遠方から狙う作戦にでることにしたのである。
「って、撮影会っていうから、人を撮るのだとばかり」
「やだなぁ崎ちゃん。あたしが人物撮るのにそんなに情熱的じゃないの知ってるでしょー」
モモンガとかヒマラヤとか撮ってるほうがしょうにあうので。
そういいつつ、ほい、もって覗いてみるがいい、と崎ちゃんに渡してみる。
「うわっ。なにこれめっちゃズーム」
すごかろー、というと、崎ちゃんがぱっと目を輝かせつつ、それでもげんなりと肩を落とした。どうやら今日は撮ってもらいたい気分らしい。
「別にいいですー。被写体がいるからいつものノーマルレンズで先に撮影しちゃおう」
二人ともそんなに固くならないでねー、と伝えておきつつ、ぽかんとしてる蚕くんを狙う。
カシャリと何枚か撮っていくと、それでも自然に身体を動かしてポーズを取ってくれるのはこの子もだ。いいプロ根性である。
「おおっ、少女っぽいのにかっこいい。これがぼーいっしゅというやつですね」
じゃー今度は振り向き様一枚くださいなーと告げると、いった通りに動いてくれる。
ちょっとかっこいいターンにはなってしまったけれど、髪とスカートがひらめく写真ができあがる。
そして他のポーズもばちばちと指示をしては撮っていく。蚕さんの表情がどんどん柔らかくなっていくのが見える。そう。写真をとりつつ、かわいいよとか足がきれいとかさんざん誉めちぎって撮っているのである。だんだんその気になってきているらしい。
「馨は……やっぱりこっちが本体……なのかな」
すんごい楽しそうと呆れ声を蠢が上げているようだけれど、気にする余裕は無い。面白い被写体がいて、こちらはさっきまでろくにカメラを握っていなかったのだ。
「明らかにこっちのほうが楽しそうなのよねぇ。性格変わりすぎだろって感じ」
これがもーほんと、悩みの種なのよねと蠢のコメントに崎ちゃんまでもがうなずいた。
ああ、もう彼女の中でこちらはルイ扱いですか、そうですか。
「なにこの倒錯感。なんか撮られててすごいテンションあがる」
「このおバカさんは女装した人の撮影ならアホみたいにきれいに撮るからね」
崎ちゃんの言葉にぴくんと反応してしまう。いちおう言い訳をするなら、翅の女装写真は数枚しか撮らなかった。いつも女装の人の写真をガンガン撮っているわけではなく、今日はようやくカメラを握れたのでタガが外れているだけのことだ。
「あほみたいはひどいよー。それに女装した人よりも風景のほうが好きなのっ」
さて、こんなもんで、と五十枚程度撮ったところで手を一旦とめてタブレットにデータを流し込む。蚕くんはまだ物欲しそうな顔をしていたけれど、とりあえずは見てもらったほうがいいだろう。
「うわ、これが、ぼく」
「その台詞がここで出ちゃうんだ」
毎度お馴染み、女装してはじめて鏡を見たときにでる台詞が写真で出てしまった。
「あいかわらず綺麗に写すよね。これ翅の写真より綺麗なんじゃない?」
「アレ撮ったときより今のほうが格段に技術は進歩しているのですよ?」
へっへーと蠢にいってやると、蚕さんがなにかに気がついたのか表情を固まらせる。
いまのいままでまったく思考に入っていなかったのだろう。
ヒントはいっぱいあったんだけどな。蠢と知り合いで、おまけに崎ちゃんと親しげに話す女子でカメラをやると言ったら。こっちは声も完璧な女声に変えていたというのに。
先入観というものは恐ろしいものです。
「ちょま、えっ、えー」
思考がいまいちのってこないようなのでこちらも眼鏡をはずして見せる。まあ半分ばれてもいいやと思っていたし、蠢がそういう方向に誘導したいのなら乗ってあげよう。
「お久しぶりですね、蚕さん」
「うわ、あのときの、女の子?」
首を傾けてふわっと笑ってあげると、うげっと蚕さんが驚いた顔を浮かべる。
「あのとき?」
その反応に崎ちゃんが怪訝な顔をする。そう。彼女はあの事件の詳細はまったく知らないのだ。知っていたらさすがにHAOTOの面々をウジ虫でも見るような反応をしていただろう。それくらいのことをこいつらはやらかしたのだものね。
「そっ。蚕さんには美味しいお茶をいれていただいた記憶がおぼろげにありますが、さすがにあたしの口には戸はたてられるから、誰にもいってませんよ?」
根掘り葉掘り聞かれるの嫌だもんと答えると、うぐと蚕さんの顔が歪む。
その瞬間を一枚おさえる。愕然とした女の子の顔というやつである。
「そんなあたしだからあんなMCもできるし、蠢ともメアド交換してあるってわけなのさ。まー最初は蠢も幼馴染みの女の子だと思ってたみたいだけど」
「だ、だって、あんな現場で会えばそう思うだろ。珠理ちゃんの付き人みたいなことしてたし」
話を振られてわたわた蠢は言い訳を作った。いちおう蠢が知りたいであろう話題も話しておくことにする。
「あれはっ、罰ゲームよ。ルイったらあたしを騙してたんだから」
「そういや、崎ちゃんあのときの写真ってどうしてんの?」
あのあとSDカードを渡してそれでおしまいという感じになってしまったけれど、どう使われてるかはさすがに気になる。
「心配しなくてもちゃんと保存してあるわよ。あのときのスタッフさんに見せたりはしたけど」
佐伯さんの目に触れたかと思うと少し恥ずかしい。当時としては最高の写真を撮れたとは思っているけれど、佐伯さんのそれに比べればまだまだだ。もしかしたら「女の子同士なのにちょっと遠慮が入ってるようで不思議な絵」とかなんとか言われるかもしれない。
「うぐっ……なんかテンションの上がりっぷりについていけないんだが……」
「それだけ撮影されてれば、しっかりついて行けてるんじゃない? って、そか。このルイのテンションとさっきのもさ男とのギャップにやられてるのか」
あー、そりゃ当たり前な反応っちゃ反応だねぇと、崎ちゃんがにやにやしている。
自分が知った時はショックのあげく逃げ出した上に、女子だと思い込んだりした崎ちゃんよりは、先に男だと思って付き合っている蚕くんの方がまだマシな反応なのではないでしょうか。
でも、暴露したからにはもう、全力でルイさんをやってしまっていいよね。平日にこっちをやるなんて滅多にないし、人を撮るというなら断然女子としてのほうがやりやすい。
「じゃ、今度はあたしの番。蠢はそのかっこだと撮られたくないでしょ?」
いえっさとしょぼんとした声があがる。確かに男性アイドルグループの一人が女の子のかっこで写真に写ってはいけない。翅も蚕もやってるならいいじゃんという話もあるかもしれないけど、心情的な問題で、だ。
ただでさえ女装すがたをさらしているだけでも精神的なダメージはそうとうだろう。
蚕はノリでやっちゃっててお前もと誘ったのだろうけど、ちょっと想像力がたりないようにも思う。もちろんそんな普通の男扱いを求める部分もきっとあるのだろうけれど。そうじゃないといくらルイと馨の関係をくわしく知りたいと言っても、女装するのを受け入れはしないだろう。
「んじゃーいっちゃうよー。眼鏡とか髪はどうする? そのままにする?」
「眼鏡だけはずすー。髪はこのままで。あんまり全力出しちゃうと人が集まっちゃうし」
蚕くん達みたいにカモフラージュです、と人の悪い笑みを浮かべる。
そして撮影タイムスタート。さすがは本場の女子である。指定しなくてもある程度勝手にポーズをとっていただけるのがすばらしい。
「くぅ。さすがにいい顔するねぇ。じゃーちょっとこれつかってみよー」
ほいと水のペットボトルを投げる。まだ口をつけてない新しいものだ。
「ちょっとこぼすような感じで是非っ」
「こぼす? ああ、ちょっと顔にかかる的なやつか」
水なら、まーかわくかなー、なんていいながら、ぴしゃっと水滴がとぶ瞬間を撮影。
くぅっ。良い感じに光を反射して、きらきらした画像に仕上がった。
「えろい。珠理さんがえろい」
「あの、珠理さんが」
ええい、なんとでも言っていただきたい。えろいかどうかはわからないけど、綺麗な絵には仕上がっているのは確かなのだ。
「水っぽい写真は大好きなのです。いいっしょー? きらきらした光がね、こう、ぱーって水滴に光るの。うちの後輩はCGでこういうのやっちゃうんだけど、やっぱ、実際に瞬間をとらえた方がいいよね」
うんうん、最高と言ってあげると、崎ちゃんがまたなんか新しいのでてきたなという渋い顔をする。
「あの子とは、まだそういやコラボってなかったっけね。来年大学受かったら、ちょーっとエレナと併せてなんかやろっかな」
うん。そうだな。そうしよう。
アドレスは手持ちで持っているし、ときおり、三次元より二次元がいいとか、受験もーやぁとかいろいろとテンパってるメールがくるんだけれど、去年の自分もそんなんだったのを思えば、がんばれという返事しか送れない。
「くっ。またルイが遠くにいきそうな空気が」
「ほんとに、珠理さんは、彼女のことが好きなんだな」
ふふと蚕さんに笑われて、崎ちゃんが、そ、そんなことはないわとそっぽを向く。
「まったく馨ったら。いっつも誘いを断って部屋にこもってた人間には思えないよ」
あらかたこちらの変貌ぶりに驚き慣れたのか、蠢は安心したようすで苦笑を漏らしていた。
馨がルイを作った理由をまだ話してはいないけれど、このかわりっぷりで、なにかしらの諜報活動なのでは? なんていう疑いもとれたのだろう。
にしても、小学一年のことに反省の色がまったくないとはけしからん話である。
「あれはっ! そもそもあたし、男の子と遊ぶのそんなに好きじゃないし、外でボール遊びとか走るとか、すっごい嫌だったんだからね。蚕さんっ。あんた、小学生のころ、クラスの女子を昼休み引っ張り出してドッチボールに誘う?」
「うえ、あ。うん。それはないわ、さすがに」
「でしょでしょ。それをシマちゃんはしたの! 30回目くらいに、誘っても無駄だよ、やだよって本気で言ったのに、外の方が明るいよ、楽しいよって。もー自分の趣味全力で押しつけてくれちゃって。あたしは部屋の中でほけーってしたりしてたほうが良かったのに。それに外に出るにしても、ボールの当てあいするより、校庭を散策したりマットの上でひなたぼっこしたり、そういう方が楽しかったのに」
「あははっ。それルイっぽいわね。争ったりとか攻撃がどうのとかすっごく嫌いそう」
同意してくれているのはありがたいのだけど、小学生の頃のルイを想像してませんか?
「そういう崎ちゃんはどうだったの? 小学生の低学年とか。すっごいお嬢さま風?」
「んむむ。スキャンダル的なことはないわよ。ただ……そうね。確かにお嬢様っぽいかといわれたらそうだったかも」
あんたらみたいなスキャンダルの泥沼みたいなのと一緒にしないでといわんばかりに言われてしまった。
まあ確かに、小一から二年の序盤くらいまで馨の学校生活は少しばかり大変だったわけだけど。
「あのあと、シマちゃんに誘われたのにそれをむげに断った人ってので、ちょこーっとクラスで浮いたりしたんだけど……やだっ。どうして、意地悪するの? なんていったら、女子がかばってくれたりは、した。うん」
男子は、女々しいだとかいろいろ言ってきたのだけど、へ? なんでそういうこというの? ときょとんと答えたら自然にそれは霧散していったのだった。
「あんた……普通に生まれてくる性別間違えてたのかもね。それで? 普段のあのぶっきらぼうな馨になったのはいつのころなわけ?」
ポーズをつくりながらも、崎ちゃんに先をうながされる。
ふむんと考えながら、まあ、幼なじみもいるしいいかと、答える。
「小学校の高学年と、中学の最初のころなのかな。姉の友達に全力で着せ替え人形にされてね。それもかわいい系。自分のおさがりからはじまり、後半戦はドレスとか、フリルたっぷりとか……」
「あのさ、その話ちらっと前もメールできいたけど、あんたそのときの写真はないの?」
「その先輩が持ってます。彼女が持っていたのがアナログのカメラだったんで……」
三人がみたいオーラを出している。けれども無理っぽいオーラを出しておくに止めた。実際タブレットの極秘フォルダにデータ化したものが入ってるけど、ほいほいと見せられるものでもないのだ。八瀬には見せたけどあれはあいつが、ああいうヤツだからである。
「ちなみに卒業アルバムの写真はあるけど……んー。あれはどっちかというとショタ好き姉さん大興奮といいますか」
姉の友達経由でカラーコピーが回ったなんて言う噂も知っている。
「まあ、そんなわけで、あのおねーさんにいろいろされて、こりゃあ素顔をさらして、姉様のお友達のかたですね♪とかいってたらまずいと気がついたわけ。やさぐれたのはそこらへんから、デス」
さすがに素のままじゃまずいのかなあという感じである。
我ながら幼い頃はかわいすぎたのだ。
「あのさ。かおちゃん。君は小学生ずっとアホの子だったと?」
「いや。純真だったんだよ、きっと」
小学生時代のことを思い出しているのか、なぜか蠢があーあと、呆れたような視線をこちらに向けてきた。
ま、まって。さすがにずーっと小一の頃のようなふわんとした感じでは……なかった、はず。
「ああ。なんだろね、これね……こーざわざわーってするっていうか、女同士の熾烈なやりあいをしてないかわいい子っていうか、箱入り娘っていうか」
なんだその立ち位置はと崎ちゃんは改めてぬぬぬっとうなった。
そうはいっても、当時は本当にすれてなかったのだもの。ぽわぽわしてたというか。それでも別にもともと男子グループの方にちょこんといたので、あんまり女子からちょっかいをかけられることも無かった。これで女子扱いのほうに入っていたら、それなりに処世術ってのを覚えたのだろうけどね。
「普通だったら女子同士で確執があって、それで性格ゆがんだりするんだっけ? まーそれいっちゃうと、あたしは友達ちょー少なかったからなぁ。それと中学の頃なんて一年までは眼鏡かけてなかったし、普通に先輩に告られるし、大変でした」
「それ、もちろん男にでしょ?」
「残念ながらね」
あの頃はけっこー素でにこにこしてましたしねぇと、シャッターをきりながら苦笑を浮かべる。
これに関しても、女子だったら周りからのヘイトを集めていたのではないだろうか。でももちろんそんなことはなくて、むしろ可哀相と同情してくれる層の方が多かった。それに輪をかけて絶対落としてやるとかっていう冒険心に火がついちゃった男子も多かったわけだけど。
「そりゃあんたなら、勘違いして告白なんてこともあるんだろうけど」
「国民的美少女なお方としては、どうなんです? けっこーもてもてだったのでは?」
「仕事する前まではね。13のときに受賞したらなんかみんなよそよそしくなっちゃった」
蚕くんとかもそうでしょ? と問われて、まーなぁ、と答えが来る。
「業界の知り合いは増えるけど、クラスメイトとはよそよそしくなるっていうか」
「それいうと俺は一番気をはってるよ……ま、学校いってないし別にいいんだけど」
楽しそうだとは思うけど別に仕事に集中したいしな、と蠢が苦笑を浮かべている。その様はもう、周りに人がろくにいないから男の子っぽい表情だ。
「さーそれじゃ最後はルイの番よ! ポーズとかガンガンきめるといい」
「うう。あたしのカメラがー」
「別にいいでしょー。さくらには時々貸したりしてるじゃない」
「さくらはだって、タブレット貸してもらったりとかしてるもん。それに一回か二回しか貸したことないし」
もちろんあちらも普通にカメラを持ち歩いているからなのだが。
「しかたない。いちおうそのままボタン押せば大丈夫だから、ご希望があったらいってください」
おぉ。一眼だーとなぜかテンションをあげながら崎ちゃんがこちらを狙う。まるで玩具をもらった子供のような目の輝かせようだ。むしろこの瞬間をこそ撮りたい。
カメラを構える姿はぎこちないものの、細かい調節に関しては期待はしない。
ズームのしかただけ教えてあとは任せる。そこまで明るさも変わらないし特に問題はないだろう。
「じゃー、ちょっとスカートの裾たくし上げてみようか?」
「こんな感じかな?」
ふわっと上品な笑顔をうかべながら、スカートの裾を両手で持ち上げる。エロい感じではなく、あくまで上品に。ドレスで礼をするときの仕草である。
「ぐぬっ。ポーズまでかっちりとか、被写体としては駄目とかなんとかいっときながらもう」
「ポーズの研究はそれなりにエレナともしてるしねぇ。あれだけ撮ってれば構図とか表情とか、ポーズとかいろいろと参考になるって。まー演じるってところまではいけないし、あたしはあたしでしかないんだけどね」
ルイの性格でこの衣装だったらどういう子になるだろうか。それを想像しながらキャラ付けをしていく。
すでにできているキャラクターを真似ることは難しいルイなのだけれど、それが自分のうちからの派生であればそこそこ対応はきくのである。
ルイの性格は写真馬鹿というのが九割をしめるとしても、人を食ったような、天真爛漫な感じも当然ある。おしとやかなだけの女の子というわけもないので、アクティブさも加えた性格形成になる。
「さぁ、ルイ、そこで色っぽいポーズいこー」
「本当にしていいの?」
にひりと、口の端をゆがめながら、魅惑的に眉尻をさげる。そして、ちらりと今度は本気でスカートの裾をたくしあげつつ、肩口に手をあてる。
「おっぱいはないけど、そそるしぐさは、できるんだよ?」
どうするの? ととろんと溶けたような声で崎ちゃんに懇願する。
「にゃにおう、ひんにゅーのルイの癖して、こういうのがいいのんかー」
「ごくりっ」
「そこっ! 生唾のまない!」
蚕がのどをならしたのを崎ちゃんがしかりつける。
まー男子高校生にはこういうのはまだ早いよなと思いつつ、十七のときにはクラスメイトに18禁を回されて感想をきかれて大変こまったなあという回想が浮かぶ。
そんな調子で、ちょっとそそられる仕草や、ちょっと走って振り返ってみたり、写真集でよくみかけるようならカットをいくつか撮らせる。
「よしっ。それじゃーどんなもんか見せてもらおうじゃないですか」
カメラをお返しくださいましと手を伸ばすと、ちょんと崎ちゃんがカメラを置いてくれる。
SDカードを取り出してタブレットに差し込むと大きめに写真が写し出される。
「へぇ。結構綺麗に映ってるね」
「うわっ、これ翅に見せたら大喜びしそうだな」
蚕さんが物欲しそうな視線を向けてくるのだが、さすがにこれを渡すのはいろいろとマズイ気がする。
「崎ちゃんが保管するならまだしも、あの人にあげてはいけません。あの人まだあたしのこと狙ってるでしょ?」
「まあねー。ときどきルイの話はでるよ。今頃どうしてるかなーとか」
「あたしも仕事先で、ルイのことはちょくちょく聞かれるわ。あんたと連絡とりたいってね。そういうのはやめにしましょうって断ってるけど」
きっとエレナのところにもことあるごとに話をしてるはずよと崎ちゃんが嫌そうに口をゆがめる。
「あ、でも別にストーカーとかそういうわけじゃないんだよ? チャンスもなにもないっていうのが許せないってだけみたい」
蠢が少しだけ翅をかばうようなことを言う。自分のせいで彼はルイにはまってしまったのだから、そういう後ろめたさもあるのかもしれない。
「そうはいっても、さすがに会って話をするっていうのもね。あいつの場合女装してもカモフラージュにならないし」
あれだけネットで大々的に姿をさらしてしまったのなら、もう偽装の効果はない。それこそ別のウィッグに変えたりカラーコンタクトをつけたり、印象をがらっとかえるしか。
「未だにあの写真、ファンの手元にあるっていうでしょ。確かにあたしとエレナならいろんなタイプの男の娘にしてあげられるけど、完全には無理だし……あたしだってそこそこ顔知られてるわけで」
「まーそうね。それこそ男状態で会うってんなら、まだいけるんだろうけど……」
「学園祭で会っちゃってるからねぇ。男のほうも翅はすっごい気に入ったみたいだけど、あれは蠢の扱いが上手かったからだし」
あんたはどんだけ変わるんだかと、蚕があきれ声を漏らす。確かに男同士で仲良くなりはしたものの、欠片も木戸がルイであることを察した感じはなかった。
「あんたが良ければ、あたしがセッティングしてテレビ局での仕事の時に会わせるとかしちゃってもいいんだけどねぇ。嫌でしょ? デートとか」
「まあねぇ。ていうかなんか、あたしのせいでその……他の彼女とかできないのはかわいそうかな」
アレが忘れられないっていうなら、さすがにちょっと悪いことをしてしまったんじゃないだろうか。
手で彼の息子さんの世話をしたことが、そのまま強いインパクトになってしまっているんだとしたら。
でも、絶対、普通に女の子相手にした方がいいと思うんだよね。
「えとさ、蚕くん。君たちってやっぱり相当もてるんだよね? ファンとかもめちゃくちゃ多くて、きゃーきゃーいわれたりとかで」
「ん? ああ、まあね」
急に話題を変えたからか、蚕から疑問混じりの声が上がる。
いまいち、質問の内容がわからないという様子だ。
「となると、翅さんも同じかそれ以上にもてるんだろうし……だったらちゃんと精算して、他の子とつきあった方がいいんじゃないかなって」
「ああっ。そういうことか。それなら気にしないでいいよー」
あえて供物にならなくてもよろしいと蚕くんが断定する。
「うちは蠢のこともあるし、グループ全体で恋愛禁止なんだよね。ファンは大切にしてるけど恋人はつくんないの。っていってもみんな童貞ではないんだけれど」
これ、内緒だよ、としーといたずらっこな顔をする。
なるほど。蠢だけ浮いた話がでない、となると目立つけれどグループ全体でそういう方針だと言ってしまえば、それで通ってしまうということだろう。あのマネージャーさんが考えそうなことだ。
「だったら、自然に感情が風化するのを待てば……いいのかなぁ」
いや、いい奴はいい奴なんだよね、翅って。仲間思いだし、かっこいいし、身長あるし。
普通にルイと一緒に並んでるとカップルとしてはいい感じに見えるようにも思う。あくまでも客観的にだけれど。
「でも、知り合ってもう二年くらいでしょ? 翅さんもどうしてあんなにお熱なのか、本当にわけわかんない」
「それだけルイさんがかわいいってこと、ってね」
思い出も美化されちゃってるんじゃない? と蚕が苦笑を浮かべる。
「それならエレナだって……あの子でいいじゃない。師匠なんでしょ?」
「あっ。さっきのって……翅の師匠ってやつか。じゃああの子も……男?」
は? と蚕が演技を忘れて口を半開きにしている。そうなる気持ちもわかるけど、淑女がしていい顔ではないよ。
「あーそれは内緒」
「どっちにしろ、あの子にはいっつもへこまされるばかりよね……」
もう、あのハイスペックは反則よ、あたしだってがんばってんのにと、くすんと嘆く崎ちゃんの頭を軽くなでる。
確かにここのところのエレナのかわいさは反則だし異常なのだ。
「そういや、今度エレナの次の写真集を出します。冬合わせなんだけど見る勇気があれば是非にも」
お買い上げをお願いいたしますと言うと、あからさまに崎ちゃんが嫌そうな顔をした。
二年ぶりのコスROMは大学生になってから、いろいろと試しつつ。そしてエレナの成長ぶりもあって相当なものになっている。男の娘キャラもこのところたくさんいるから旬で人気のあるキャラを多数収録できたつもりだ。
「ほほう。そこまで言うってことはよっぽど自信があるってわけね。その写真、今あるの?」
「ま、このメンツなら見せてもいいかな」
もちろん全部がタブレットに入っているわけではないのだけれど、お気に入りの写真だけはしまってあるのだ。見てはぁはぁするわけではないのだけれど、眺めてかわいいよーとほおを緩ませたりはする。
エルフの男の娘の姿は、緩いウェーブのかかった茶色の髪が肩くらいでそよいでいて。風の民という感じが良く出ている。
衣装は女の子のモノ。緑をベースとしたワンピースと足首くらいの短い靴下で、白い長い足がきらきら輝いている。女子の足にしてはすらりとしすぎていて、そこそこ筋肉がついているようにも見える。胸はもちろんない。ないけれど発育の悪い女子にしかみえないという、完璧感。三次元でこれを完璧に再現しうるのはエレナをおいて他には居ないだろう。
「ぱねぇ……っす。これは……」
「かわいい……」
その写真に蚕と蠢が釘付けになる。うん。なんというか二次元のコスプレをするときには割と違和感というか異物感みたいなものが出てしまうものだけれど、エレナはハーフなのもあって、こういうのも完璧に着こなしてしまう。
「ぐぬっ。相変わらずね。時間ができて作り込みも半端なくできる……か」
「無事に大学生になれましたからね。夏からずっとがんばってみた感じで」
「同人の人にこのクオリティで来られると、こっちとしてはもーやってらんねーって感じですよ」
まったくもう、と崎ちゃんがげっそり肩を落とす。でも違う。
ルイ達は作りたいモノを作って、欲しい人に売っているだけ。
彼らは、いやあのマネージャーさんなら言うだろう。欲しい人に欲しいものを作って売りつける。もしくは欲しいと思わせるように操作をすると。
「売り方ではそっちのほうが上手いでしょ。っていってもあっちのマネージャーさんの売り方はちょっとマネしたくないし、決別しちゃってるけれど」
「ああ、うちのマネさんと話したことあるんだっけ? あのおっさん何言ってたの?」
「宣伝しまくってがんがん売れってさ。撮影者本人がアイドルやれば、写真もプレミアがつくって誘われた。このあたしが芸能界なんて性格的に絶対無理だと思うんだけどねぇ」
「まー、あのマネさんのお眼鏡にかなったんなら、きっとファンはつくんじゃない? 俺だってルイのことおもしろいって思うもん」
「そういう売り方はちょっと好きじゃないってあのときもいったんですがね」
困ったものです、といいつつ、気分を切り替えるためにレンズを交換する。最初につけていた望遠レンズだ。
「あたしはただ、撮っていたいだけ。この世界を見て、撮って。それだけで楽しいのに」
望遠レンズにちょうど離れたところにある池の中のアヒルが写し出される。ぷかぷかと警戒心なく泳ぐ様を押さえる。
その声があまりにもつかれていたからなのか、三人ともなかなか二の句は継げないようだった。
ルイさんの隅っこ暮らし特性は成長しても変わりませんでしたとさ。
といいつつ、しっかりモデルとして撮られる側になるのはきっとSレアです。撮影者としてはもちろん、せっかくなのだから可愛い姿は残しておきたいのです。
そして蠢と蚕編がとりあえず終了です。四話かかった……けれどもこれで二人とも味方になってくれる、はずです。きっと。
でも持ちつ持たれつということで、あちら側も迷惑かけてきますが、生暖かい目で見ていただければと。
さて、次話ですが。シフォレで暁斗さんとお食事です。清水くんの件があるので……




