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023.演劇部の後輩さん3

 こっそりと写真部の部室の中をのぞくと、見知らぬ顔がいくつかあった。

 三年の先輩や同学年はもう全員顔見知りだから、あれが新入生ということなのだろう。

 今日残っているのは、遠峰さんとその新入生だけのようで、他の人影は見当たらない。


「あれ。今年は新入生多め?」

「ああ、ルイ。いらっしゃい。よくぞ演劇部を切り上げてこちらにきてくれたっ。あんたも入学式の写真の選抜、手伝って」

 遠峰さんは少しスペースをあけてちょいちょいと、手招きをしてくる。


「えっ、この人が?」

 新入生は三人いた。珍しいことに男子が二人で女子が一人だ。

 そのうち、女の子の一人がこちらをきらきらしたような目で見上げてくる。男子二人は、ども、と軽く挨拶をしてくるにとどまっていた。いちおう部外者ではあるけれど、写真部の特別講習の時だけは参加しているから、それがらみで話だけはきいているのだろう。


「お初にお目に掛かります、学外部員のルイともうしやす。お三方は新入生?」

 にこりとほほえみかけながら問いかけると、一年生の女の子がこくこくとうなずきながらこちらに寄ってきた。


「一年の夏紀めぐみですっ。先輩のことはいろいろお話聞いてます! 週末の写真とかもいっぱい見せてもらってますし、是非お会いしたかったですー」

 こいつらは、同じく一年で五井兼と、道北葵ですと付け加えて紹介してくれる。

 みんなクラスは同じようで、七組なのだそうだ。お互い前からの仲良しってわけでもないのに、写真部が一つのクラスに固まるというのは珍しい。

 とりあえず紹介をうけて、今後ともよろしくねー、時々お邪魔しますと軽くほほえみかけておく。男子のほうに対してはまあ普通に挨拶だけだ。異性に安売りするとよろしくないしね。


「それで? さくらはなにやってんの? 入学式は例年写真部が撮ってるから、そっちの選抜はないんじゃなかったっけ?」

「部員確保の方はね。そうじゃなくて、学校のホームページに載せるようのやつ。何枚か見繕ってほしいってさ。そこから最終的に先生が決めるみたいだけど」

「いやぁ。部外者としてそれを手伝うのはなにか違うような」

 それはないないと、苦笑を浮かべるとぎろりと遠峰さんがこちらをにらむ。そうは言われましても、部外者は部外者だもの。


「あんただってこの学校の生徒でしょうに」

「へ?」

 一年生の顔がぽかんと固まった。

 まったくなにを言い出してしまっているのかこのお方は。

 こふんと、咳払いをしてやると、はっとなりながら遠峰さんがあわあわと言い直す。


「ああ、その制服を着ている以上はうちの生徒も同じってこと。だから手伝えこのやろーってこと」

 あははと手を振りながら遠峰さんがごまかす。かなり強引だったものの皆さんはなるほどといちおうの納得はしてくれたらしい。


「ルイ先輩はどちらの学校なんですか?」

 それから学校の話の流れから一年生の女子からそんな質問が飛ぶ。

 うぐりと言葉が途切れる。学校の設定は全くしていないのだ。


「そこはあんまり、ふれちゃあかわいそうというやつであります」

「そっとしておいてくれると、いいかな」

 さくらのフォローに少しだけ暗い顔で答えておく。言えない事情がありますよというような空気作りは大切だ。さすがに今の段階でルイの性別をこのメンバーに教える気にはならない。


「えー。お嬢様学校とか行ってそう」

 いろいろ想像して楽しんでおきます。彼女はそういうと頬を赤くした。なにか不味いことしたかな。


「それで先輩は付き合っている人とかは? って兼がいってます」

「ちょ、ばかおまえ」

 一年生の男子が、このやろうと、兼とよばれた子の方がもう一人に抱きつくようにして不満をもらす。まるで普段の木戸と青木との掛け合いみたいだ。


「で? 先輩としてのお答えは?」

「そっとしておいてください」

 にひぃと笑顔で聞いてくるさくらに、少し恥ずかしそうに、視線を背けながら答える。

「おおぅ。こいつは相手がさもいそうな発言。さあさあおねーさんにご報告なさい」

「って、さーくーらー。どうしてそっちに舵をきっちゃうのさ。あたしに恋愛がどうのとかあるわけがないでしょうに」

「そりゃまあ。でもこんだけかわいければ浮いた話の一つや二つはあるんじゃないかなって」

 よくナンパとかされるんじゃないのーと、彼女は意地悪そうに突っかかってくる。まったく。そんなに演劇部を優先したのを根に持っているのだろうか。


「写真が恋人なの。いまはそれだけでいいの」

「でもでも、恋愛した方が人物撮るのうまくなるかもよー」

 ふっへっへと親父臭い笑い声を年頃の娘さんがあげるとか、もう本当に残念な女子である。

「被写体として好きな人がいるからいいんです」

「エレナちゃんは渡さないからっ」

 そんなやりとりをしているもので、まったく写真の選抜がすすまない。

 三十分で戻るとボイトレ中の二人には言ってあるので、そんなにここで溜まっているわけにもいかないのだ。


「まあ、それはおいておいて、とりあえず写真の仕分けしちゃおう。とりあえずは、これはちょっとないなってやつをはじきましょうか」

 ちらりと時計を見ながら残り時間が少ないことを知る。

 手早く使えなさそうな写真ははじに寄せて、残りを絞る。

 ふむ。入学式の写真は個人撮影こそプロに任せるけれど、それ以外の雰囲気なんかは見事に写真部が撮ってくれているらしい。もちろんルイも木戸も入学式には不参加だ。うちの学校は在校生からは代表とか吹奏楽部くらいしか参加しない。くっ。どうせ出欠関係ないんだからルイとして参加してもよかったのかなぁと今にすると思ってしまう。

 入学式の撮影とかめちゃくちゃ楽しそうじゃないか。


「いちおー、没写真は各自で削除してるんだけど、さらにいまいちなのを選別よろしく」

 楽しく撮ったんだろうなぁと思いながら、プリントされている写真を一枚ずつチェックしていく。緊張感ばりばりな生徒さん達の顔が並んでいる。その中に思い切り船をこいでいるのが写ってしまっているけれど、これはさすがにホームページに載せる訳にはいかないだろう。

 一枚ずつチェックしていきながら、んふーと、そのときの情景を頭に浮かべる。去年の自分の入学式のことも頭に浮かんでくるようだ。


「いいねぇいいねぇ。ホームページに載っけるなら、迫力ありそーなのとか欲しいよねぇ」

「そうね。とりあえずずらっと新入生がならんでいる壮観なのは入れようかなって思ってるけど」

 あーだこーだと五人で話ながら、避ける写真と候補として気に入っているものをそれぞれで上げていく。

 それこそ、時間の感覚なんてさっぱりなくなっている。

 そして、それらがようやく終わったところで、斉藤さんが迎えに来てくれたのだった。




「好きなものに夢中になるのはうちらも一緒だから、あんまりいえないけど、周りを見れなくなっちゃうのはだめだよ。あきらかにさっきのルイちゃん、さくらに捕まってたんじゃなくて、写真に捕まってたよね」

 先ほどの部屋に帰って、開口一番、斉藤さんにいわれたのはそんなセリフだった。あきれ半分、心配半分といったところだろうか。さすがになにも言い返せない。時計の針はもう四時を回っていて、あれから一時間が経ってしまっている。


「それと、一年生をへんな気分にさせちゃうのはダメだよ」

 危ないよ? と今度はまじまじと心配顔になる。

「えええ。わりと気をつけてるんだけれど」

 正直なところ、ルイは自分でいうのもなんだけれどそうとうに可愛い。作り上げているというのもあるにせよ、それでも地元で有名なお嬢さんである。

 そして性格としては凜としていてふれあいやすい上、男女ともに仲良くできる感じだ。つまり恋愛で身を滅ぼすタイプでもないのである。


「正直ルイとして男子と触れるときの距離感って、あんまりつかめてなかったんだけど、いちおうさくらが、普段のあたしとふれあうときくらいのを参考にしてるんだけど……ね」

「んー。それは一応、友人として気を許している異性への距離なんじゃない? ていうかもともと貴方は無害認定を受けちゃってるくらいなんだし、その距離感で他の免疫のない男子とふれあっちゃったら、勘違いの一つや二つはしちゃうよ」

 気をつけなきゃ駄目だようと斉藤さんに心配そうな声を上げられてしまった。


 そんなもんかなぁ。いまいち異性との距離感というのがおかしくなってきているかが解らない。

 しかも微妙なのが、男として女子となじんでいるという点ではなくて、女子として男子との距離の取り方がわからないというのだからややこしい。


「あの、一年でも二人が仲が良さそうだから、実は付き合ってるんじゃないかって話は聞いたことがあります」

 そこに割り込むように、がんばって作った弱々しい女声で澪が会話に混ざってくる。まだまだ不安定だ。


「へ?」

「遠峰先輩あれで美人なほうだし、どうしてあんな地味な感じな人と仲がいいのかって噂なんですよ。部活も違うしって」

 面と向かって後輩から地味と言われても、そこまで傷つきはしない。

 それよりもそんなに仲がよさそうに見えるだろうか。確かにクラスが違うのに一緒にいる機会は多いけれど。


「あの子とは写真部勧誘事件からだし、特別写真繋がりで仲がいいだけなんだけれどなぁ。あっちのほうでの写真ってあんまり表に出てないからしかたないのか」

「もちろん週末にこんな姿で写真撮ってるなんてみんな知りませんから」

 内緒にしておきますけどね、と澪は苦笑を浮かべる。


「なら本命は青木くんのほう? ルイ。なんて恐ろしい子」

 それに対して斉藤さんはおどけたように後ろにひいた。

 それだけは勘弁してくれ。いくらなんでも背筋に悪い。


「それともっ、恋愛というもの自体がいまいちというか、女子に興味がないお子様なのですか……」

「あー、えと斉藤さん? いちおう言っておきますけど、私だってそれなりに友達から借りた雑誌などを見たりといったこともあって、ねんねというのはさすがにちょっと、心外といいましょうか」

「雑誌って言っても、どういうのなわけ?」

「グラビアとか、無修正とか、それなりには見てはいるんだよ? 青木のやろーがそっち方面そこそこ得意なんで」

 ま、こっちの格好で目の前に立つと、しおしおのへたれなんですがね、といってやっても、彼女は真剣な顔を崩さずに、それを見てどう思ったのと聞いてくる。


「きれいなラインをしているな、とか、この写真はどうやって撮ったんだろうか、どんなレンズか、背景とのコントラストの感じは、などと感じる」

 かくんと、斉藤さんの体の力がぬけた。でも素直な感想なのだからしかたがないじゃないか。それ以上になにを感じろというのか、よくわからない。

「あとは、そうだな。美少女ゲーム的なものも借りて、一キャラクターだけなんとか倒したことがあるよ」

「先輩、そこは倒すじゃなくて落とすです。倒してどうするんですか。恋愛相手を」

「だってー。いや。まあ女同士の友情的なのならまだわかるし、実際こうやって手伝いしたりとか、さくらなんかもそうだけど、一緒になにかをしていこうってところもやぶさかでも流鏑馬でもないんだけれど、結局そこから恋愛感情になって特別な関係になるっていう展開が、私にはさーぱりわからん。たとえば、こうやって手をつないでみるとしよう。斉藤さんはなにか感じるのかね?」

 わしりと手をつかむと、斉藤さんはいやがるでもなく、むしろぽかーんとしていた。


「そもそも、どんな美少女ゲームをやったっていうんですか!? 女同士で手をつないでどきどきするなんて作品が……」

「俺の斜め後ろのめがね男子が、男の娘ゲーム大好きなんだ……」

 あえてぽそりと男声にもどして小声でいう。そう。エレナがやっている役を知っていたのも実はそのせいだった。男の娘が大好きという人がどの程度いるのかは知らないのだが、いわゆるオタクと言われる人たちの中でもさらに少数派に位置するのだろう。

 そういう相手を狙ってゲームを作ってしまう人たちがいるのもそれはそれで驚異だけれど、採算がとれているのだとしたら、それなりにお客はいるということなのだ。


「そっちですか……同性同士ならば手をつなぐと安心感を、異性ならどきどきをといった感じで。それで斉藤先輩は全然どきどきもなにもしない、という感じなんですね」

「んぐっ。帰ってきた。私は帰ってきた。あいるびーばっく。いえ、これは帰ってくるだろうだから、そうじゃなくて。ルイちゃんに熱烈握手をされていて、うん大丈夫。女の子同士で手をつなぐなんて普通のこと。普通のことなのよー」

 斉藤さんのほうはなにやら支離滅裂なことを言い始める。


「こんな美人さんに握手されて、驚かない方が嘘だって思うの。澪の手もさわればいいじゃない、こんちくしょうめ」

 言われるままに今度は澪の手をきゅっとにぎる。

「うわ……すべすべ」

「ね、それが男の手かって感じ。なにその細い指、なめらかな肌。むしろ私はそれを感じて放心した。これは恋なんかじゃない、嫉妬とかうらやみとかそういった感情なのっ」

 半ばやけになった風な斉藤さんの手だって小さくて華奢で十分かわいらしい。


「ハンドケアもしてるからねぇ。被写体の人たち、カメラ目線するでしょ? そのときに手も見られるからきれいにしてるの」

「それにしてもこの手は反則です。私よりも全然ちっちゃい。女の子の手っていっても通っちゃうくらい」

 うらやましいと、澪は名残惜しそうにこちらの手をぷにぷに触っていた。

「大きさについてはなんとも。もっと小さいのもいるし」

 エレナの手を思い起こして、苦笑が漏れる。華奢な女の子のような手というのはああいうのをいうのだ。


「実は本当は女子でしたとか、そういわれたほうが納得できる」

「あのね。斉藤さんだって去年男湯からでてくるところを見てたでしょ。もしほんとに女子ならおお騒ぎだよ」

 青木に見られて問題なかったんだから、問題ないんだって、というとそれはそうかとうなずいた。


「この手の小ささはうらやましいなぁ」

 澪が物欲しそうな目でみてくる。けれど斉藤さんはちっちっちと舌を鳴らしながら、澪に向き合った。

「別にそんなに気にしないで。演劇でからだの大きさなんていくらでも演出できるからね」

「それは写真の撮り方でもそう。見せようはいくらでも」

 たとえば手のひらを水平に見せればそれは大きく見える。けれど少し角度を入れて斜めに見せれば小さくもなるし、少し手を彎曲させたり、引いてしまったりすればごまかせる。

 一番手っ取り早いのは後ろ手に組んでしまって手を見せないという手段だけれど、出さなければいけない場合は対比物のサイズを調整すれば錯覚だって起こすことができる。

 たとえば一メートルのマッチ箱を用意して、その横に猫を置けば「世界一小さい猫」の写真の完成という、トリックアートが作り出せる。

 それと同じでコスプレをする場合、剣のつかの部分を少し大きめに作っておくと、手は小さく見えるのだと思う。むろんエレナのやつはもとから手が小さいからそんな小細工はさっぱりしないのだけれど。


「見た目はどうとでもいけるけど、声ばっかりはさすがに困ってたからね。今日は本当に助かった」

 ありがとうございます、と斉藤さんにぺこりと頭を下げられるとやってよかったと思えた。

「あたしも週末は撮影にいっちゃうから、あんまり練習を見るって感じにはなれないとは思うけど、躓いたり、もしくはこれくらいでどうかって状態になったら昼休み呼び出してくれていいから」

「はいっ。がんばって練習してみます」

 そうやって笑う澪の姿は、まだまだ初々しくて。

 後輩もいいもんだなぁと思ってしまったものだった。

手のサイズ問題も撮影時少し考えさせられる要素だといいますよね。後ろ手に組んでしまうというのがおすすめではありますが。

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