218.大学の学園祭 MCをすることになりました
今回は珍しく木戸君が男子っぽい……
ー学園祭一日目。講堂にて。
「最初に言っておく! 俺は男性アイドルグループにひどく嫉妬をしているっ! なぜならば彼らが俺たち一般庶民にむけられる視線の全部を持って行ってしまうからだっ! という設定らしい。すみません、ほんと。俺代役なんで」
ぶーというネガティブな声を出そうとした学生達は、どっとその台詞で笑った。
目の前に集まっているギャラリーの数は結構なものだった。講堂をつかってのライブはみっちりと埋まってしまっている。そのうちの八割以上が女子というのだから、今日のゲストの女子人気がいかに高いかがわかる。むしろ男はあれだろうかカップルで来ているような人ということだろうか。
さて。なんだって学園祭一日目の学外からアーティストを呼んで行うライブイベントの壇上なんかに立っているかといえば、代理のMCを頼まれたからなのだった。
うちの学校は恒例で男女一組で前座的に場を盛り上げたりするのだそうだ。その片割れが急遽体調を崩して代わりをと探していてこちらに話がきたのだった。
なんと話を持ってきたのは赤城氏だ。あんまりこういう場所で緊張しないだろうし是非といわれ、さらに学食チケット一ヶ月分の報酬とか言われてしまえば、まあやってもいいかなという気になったわけなのだけど。
うん。よくよく誰がでるのか確認してなかった自分も悪いとは思ってるけど。
まさかこういう形で再会とは、なかなかの因縁だと言えるのではないだろうか。
「ほんともー、ほんまもんのMCは我らが実行委員会の名うてだったんだけどー、今日は代理。これとて探すのちょー大変だったんよー! もーね。今日お呼びしてるゲストがあまりにも神々しすぎて、最初の台詞いうの、恐れおおいーって」
「いやー、俺だってあんな台詞、設定じゃないと言えないっすよー」
月のない夜がこわいのーとくねくね男声のままいうとやはり笑いが浮かぶ。
これで、完全女声で迫真の演技で「夜道が……こわいの……」とかいったら、みんなどんびくのだろうが。もちろんそんなことはしない。
「そんな、みなさんが待ちわびて仕方のないHAOTOの出演なんですがー。こっちだって彼らの独壇場になるのを指をくわえている訳にはいかないのです。前振りっていう大切なお仕事ですのでねー」
「それ、独壇場でまかせとけばいいんでないの?」
シナリオの通り、あいの手を入れる。いちおう学食チケットをいただいている手前仕事はきっちりとこなさなければならない。最初に渡されたシナリオ通りに前振りとして会場を温めておかなければならない。
「だめよーー、この前振りのできを彼らが気に入ってくれたら、ちょーっとしたサービスしてくれる予定なんだから」
「さーびすってー?」
しらじらしく、知っていても先を促す間延びした声ははっきりとやらせなのがわかるのだが、そこは気にしたら負けだそうだ。この手のイベントはそれらしい方がいいらしい。
「座談会がきまるかどうかは、この前振りできまるーって話っ、あなたも知ってるでしょう?」
「さ、さぁ。代理なのでさっぱりですよー。そもそも座談会で、みんな知りたいこと、あるのかなー?」
やけくそで叫ぶと、会場から、あーるーと熱烈な声が聞こえた。
「うへっ。あの虫っぽい名前のグループのどこがいいのか……って、これもカンペみて言ってるからな! 代理だから! 睨むなおまえら!」
うう。女子の視線の逐一が痛い。彼らの悪口を言うことそのものが嫌だ、ということでなり手がいなかったこの代理役。もちろん虫っぽい彼らのファンではない人も学内にはいて、こういうあおり自体を言うのに躊躇しない人はいても、これだけのファンの前でそれを言える人というのは正直そんなにいない。みなさんは前座なんでどうでもいいので、はよっ、はよっというような熱気である。
そしてもう一点。これは木戸だけに適応されることだけど。むしろ近くでマネージャーさんが見てるんじゃないのという方が気になってしまう。それもあって素人っぽく棒読みにといいたいところだが、ルイ状態ならまだしも男状態の木戸はまったくもってとことん素人なので、演じるまでもなく素人である。
「さて、そんな前振りをしている間にも……って、え? ええ?」
インカムからこの場で非常事態を告げる言葉が聞こえた。
トイレに行ったまま、メンバーが帰ってこない、と。
ちっ。あいつめ、またかよ。
舌打ちを隠しながら、メインパーソナリティーの実行委員を見る。彼女の方は放心状態でどうしていいかわからないらしい。そろそろもう彼らを呼び出して終了の予定だったのである。
アドリブなんてものはなかなかいけないだろうし、時間稼ぎをやれと言われてすぐに対応できる人はそうは居ない。
しかたない、か。貸し一つと思っておこう。
「はーい、みんな。HAOTOのメンバーがね-、どうもげりぴーで、トイレで苦悶してるみたい。でも、うちの学校のご飯おいしそうに食べててさ、本当に学園祭さいこー! みたいなこと言ってて、実は、マネさんに止められるの無視して楽しんじゃっててね、その結果なんだ」
耳をこんこんとおおげさに叩く仕草をして、今はいった情報だよというのを伝える。仕草と口調を少しだけソフトにしているのは、翅がときどき女の子向けに使っている声音を参考にしている。
「で。一つみんなにききたいっ! 四人の状態でライブを始めるか、それとも彼がトイレから回復して……長く見て三十分だろうけど、その間俺たちの掛け合いをみつつ、まってるか、どっちがいーい?」
これは木戸の独断。下手するとイベント係はおろか、後ろの人間達からも怒られるのだろうが、それでも。
見せる側は観客の声をきいて仕事をしなきゃいけないのだ。
「五人がいいー!」
「みんなが集まってる会場がいいー!」
「少しくらいなら、おまえらのへたくそなMCでがまんするー」
さんざんな言いぐさだが、まあそういうことなら、それに答えるべきだろう。今回のメインはここ。
後に控えているところもないし、多少時間が後ろにずれ込んでも問題はなさそうだ。
アンコール枠や座談会の時間もふくめて、外注のタレントにはタイトな時間枠をあたえないのだろう。
「それじゃ、彼らの準備が整うまで少しだけ我らで時間をつなぎまっす。まずは正規MCのおねーさんが腰を抜かしてるので、それの回復から」
とことこと、彼女のもとによって、こそりとマイクをきって尋ねる。
「先輩はHAOTOのこと好き? HAOTOうんちくとかもいけます? 最低十五分くらいはひっぱらないとだから、その間HAOTO話でもりあげないと」
「そこそこは、でもあなたは……」
「まあ、見てなさいな」
他の芸能人だったなら、きっとこうはいかなかっただろう。
木戸は極端に芸能に弱い。崎ちゃんがでているドラマはチェックはしているけれど、それとて週に二本程度。それだけあるだけで十分なのだが、HAOTOのメンバーの出演もいちおう食指は伸ばしている。彼らのことならなんとかかろうじてわかるのだ。
「それじゃ、不安ながらもいってみよー! といいたいところだけれど、みんなにも協力をして欲しいんだ! 正直俺と、この先輩ねーちゃんとでMC15分すら絶対もたないから!」
たのんます、とおどけていうと、それだけで会場は沸いてくれる。基本的にこちらを落としてやればみんなは喜んでくれるものなのだ。そしてあとはHAOTOを持ち上げておけばいい。
「みんなは、HAOTOが大好きな人たちってことでいいんだよな? なら、まず、メンバーのいいところ、かぶってもいいから、言ってみよー」
「かっこいいところー! ダンスがきれい! 」
「友情もステキー!」
「はーい。そのとーり。HAOTOのメンバーはお互いすっごい思いやりがありますよねー。おっと今メンバーがトイレにかけつけたようですよー。友情! これが男の友情というやつですね」
トイレの匂いを共有する熱い友情、素敵です、と言い切るとぶーとブーイングがでた。夢を壊すなーとでも言いたいのだろう。でもあいつらの友情なんてトイレの匂いまみれで十分じゃなかろうか。
ルイさん的には、便所で立ちションする仲という感じの仲の良さだと思っているくらいだ。
「もう、そんなことまでアナウンスしなくてもいいんだってば」
「いやぁ等身大のHAOTOを知ってほしいじゃないですかー、気軽に親しみやすいアイドルってことで」
笑いを取っているうちにも、インカムにはまだダメというアナウンスが来る。
うーん、と少し悩みつつ、HAOTOの最近の活動について、会場の人達と盛り上がることにする。うん。動向を追ってて本当によかった。
イベントの話やテレビの話。
いろいろ話はするものの、壇上で一人で喋るのってきつい。ねーちゃんはあんまりひっぱってくれないし。
「さあ、最後はあれだっ。俺もこれは言いたかないし、しらっとするのは知ってるんだがっ。HAOTOのメンバー同士をカップリングするなら、どれとどれだっ!」
さすがにネタが無くなってきたところで、さあ吐けっ! というと、きゃーんと女子のみんなが黄色い声をあげた。言っていいのかしらという感じの声もある。
女子はみんなホモが好きとは誰の言葉だっただろうか。もちろんそれは誤解なのだと思っているけれど、時間つぶしのネタとしての最終手段である。
ただ、会場の八割くらいがその反応なのはどうなのだ。
せめて三割くらいが熱気だつと思っていたのに。
「あおっておいてなんだけど、どうして同性カプ萌えこんなに多いんだよ……」
「木戸くん……うちのがっこ、多いのよ。あたしは断然、翅受け。女装もかわいかったし」
たしかにあれはとても可愛かった。それをつくりあげたのが自分と友人というのだからなんだか妙な気分である。
それぞれ口々にカップリングと萌えポイントを語ってくれるのだが、かなり蠢の受けがおおかった。
「一つ。いいだろうか。蠢は。メンバーがみとめる男気をもったやつでね。確かにメンバー全員の中で一番小柄でかわいいんだが、俺はあえて蠢の総攻めを推進したい」
えーという不満声がいろいろと浮かんでしまった。だいぶあの蠢が男役というのに違和感があるということらしい。見た目あれだから受けの需要のほうが多いのだろう。実際は女子だしな。
「いやいや。HAOTOのファンなら是非とも、蠢のかっこよさを再認識してほしい、といったところで、どうやら準備ができたようですよー。二十分おくれになりますがー、ではHAOTOの皆さん、お願いします!」
会場が一気にしんとなる。照明が落とされて舞台の幕が上がる。
空気感の作り方はさすがだ。そしてばっと照明がついたとたんにスモークがたかれて一気に五人が飛び出てくる。
MC二人は左右にはけて彼らに道を譲る。
蠢と一瞬目があって、にこりと笑顔を向ける。こちらから挨拶する必要はないけれど、学校のMCとしては愛想を振り巻いておく必要はある。
ちなみに翅とも目があったが、ちらりと視線を交錯させるだけ。
そして舞台が始まると、すぐに火がついたような熱気が会場を埋め尽くした。はっきりいって先ほどの比ではない熱量だ。
温めておいた会場の空気もあって、大成功のうちにイベントは終わったのだった。
仕事が押しすぎているので早め出勤をせねばならず……orz
本日少し少なめです。
学園祭一日目。
げりぴーな蜂さんは結構定番で下痢キャラです。アイドルなんだけど。ちょっと筋肉質なかっこいい系ではあるのだけど。
そしてライブイベントです。この時期は彼らも忙しくていろんな大学でライブしてたりします。
明日の更新はこのあとのお話。馨くんとHAOTOのメンバーが絡みます。べ、別にBLで絡むわけじゃないんだからねっ!




