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215.コスROM撮影会inシフォレ

 休みのカフェは緩やかな風にゆられたカーテンがふわふわと揺れていた。

 光の量はまずまず。狙う時間は十時くらいからだ。この季節の太陽の角度ならきっと良い感じに仕上がるだろう。

 すでにエレナは今日の衣装であるメイド服をしっかりと着込んでいる。

「相変わらず、すっごいかわいい。こんなにかわいい子が女の子のはずがないねっ」

 ふふっと微笑みかけると、エレナがえっへんと胸をはった。お嬢様なのにメイドコスまできれいにこなすとはなかなかなものだ。

 冬のコスROM最終キャラ。それにエレナが選んだのは夏イベントでもらった無料体験版のメイド喫茶のキャラの一人であるセリナさんだ。 

 そう。音泉ちゃんがやっていたあのキャラである。

「でも、完璧な作りだね。衣装もいい感じだし。普通に夏に見たあの衣装とそっくり」

「そりゃあそーです。設定資料もらえたのはありがたかったかな」

 ここらへんはルイちゃんに感謝なのですとエレナは苦笑ぎみに言ってきた。

 公式は神。この業界でよく言われる単語である。

 その公式と繋がりがあるということはそれだけで純粋にアドバンテージなのだ。

 夏イベントでメイドさんを撮影させてもらって、公式のホームページに掲載するお仕事をしてからというものの、千絵里オーナーさんとの関係はそこそこ良好だ。頻繁に連絡を取り合うというほどの仲ではないけれど、連絡に勇気がいるような間柄でもない。

 今回、コスROMを出す上での許可をとるために連絡をしたら、なら衣装かしたげるわぁんとねっとり言われたくらいに気に入られているし、そのお陰で出回っていない設定資料なんかもいただけたのだった。

 正直、まだ本作が出ていないので、立絵も少なくて背中側はどうなっているの、という感じでルイちゃんどうして後ろ姿撮ってきてくれなかったのとエレナにはさんざん膨れられたのだけど、資料を提示したらぱぁと目をキラキラさせるのだがら現金なものである。

 え、衣装は借りたのではないのかって? そこはレイヤーのエレナさんが、自分で作ります、そこは譲れませんとお断りなさったのだった。エレナのポリシーとしてはコスプレは衣装をつくるところから始まるらしい。まあそのこだわりは作り手としては嬉しいものではあるけれど。

 さて千絵里オーナーからは、どうしてこのキャラが男の娘だと思ったのかしらんと聞かれたのだけど、勘ですと答えておいた。

 夏に撮影したあの七キャラのうち、二人は男の娘だ。それはモデルになっている子の特性でわかっている。ただそれが作品に反映されているかどうかというのは、はっきりいって賭けだった。

 もちろん改編もあるかもしれないし、発売日である十二月十日にエレナがプレイして検証して、それで問題なければプレスする予定となっている。

 エレナは男の娘専門のコスプレイヤーだ。男の娘キャラしか公開しない。私的な写真はかわいい服とかさんざん録らせてくれるけど、それはそれである。

 そんなわけで今回選んだセリナちゃんがもし男の娘でなかった場合は今回のコスROMは五キャラでの公開になる。その場合は販売価格もちょっと押さえる必要があるので1500円を予定しているところを1200円くらいにしないといけない。

 今回は販売でちょと手伝いも呼ぶ予定だけど、それでも小銭のやり取りが増えるのはできれば避けたいところだ。

 本来なら1000円か2000円という値段付けがいいのだろうけど、2000円だとちょっと高いだろうし、申し訳ないよとエレナが言うのだ。

 それでもエレナのコスROMなら、前回の勢いを見ても欲しい人は買うと思う。今回は製作期間もしっかりとっているし、枚数も多めということもあって前回よりも値上げしているけれど、さすがに倍額にしてしまうのはちょっとということなのである。

 ちなみに、男の娘キャラの設定について千絵里さんに聞いたら発売日までナイショ、なんて言われてしまった。

 完成してれば先にテストプレイしてもらってもいいんだけど、その余裕はないのよね、と苦笑ぎみなメッセージも一緒に来ていた。

 さすがに発売日二ヶ月前ではシナリオがーとかCGがーとか、完成はしてないのだそうだ。そもそも十一月中旬発売予定だったのが三週間遅れたのも、全体的な作業の遅れとクオリティアップのためらしい。

 けれどその三週間はこちらとしてはかなり致命的だった。

 大学の学園祭が終わって一息ついたあたりで現物をプレイして、あれこれ設定を話し合って煮詰めていこうと話をしていたので、スケジュールが大幅に変わってしまったのだ。

 どうせ本作をやってから作り込めないのなら、比較的余裕がある今の時期に体験版を元に作り込んでしまおうということで、集まったわけなのだった。

「そしていづもさんにも感謝であります」

 シフォレの厨房の方をちらりと見ながら、ぽそりと一言。

 撮影場所に選んだのは喫茶店でもあるシフォレの店内。この前いづもさんにお願いしていたのは定休日にお店を貸して欲しいな、というお願いなのだった。

 ゲームの舞台はもちろんメイド喫茶なわけで、背景となるのもこういうテーブルと椅子が並ぶようなところでないといけない。そして一番頼みやすいいづもさんがいるとくれば、ここで決まりというわけだ。

 実を言えばセリナの借金苦設定から、お金持ちの邸宅の家に拉致されるようなシナリオもあるようなので、エレナの家での撮影も選択肢としてはあったのだけど、さすがに体験版にはそこまで入っていないし、無理矢理好きな人から引きはがされてしまった彼女の表情を再現するのはちょっとね、ということでそちらは却下した。

 助けられた瞬間のCGとかがあるなら、それを再現してみてもいいのかもしれないけど、下手をするとまだクリエイターさんが描いてる最中かもしれないくらいだ。

「さて。それじゃとりあえず出そろってるCGの再現だけはまずやっちゃおう」

 そして撮影スタート。

 厨房の方からは甘い匂いが立ちこめ始めているけれど、何度も見ているセリナの立ち絵姿を完全再現。

 何枚も撮影をしつつ、ブックレットにするものはあとで選ぶ。

「最後のCGはいづもさん待ちということで、こっからは行っちゃおうか」

 くすりと悪戯っこのような笑みを浮かべつつ、エレナは軽く目をつむってイメージを膨らませる。

 今回の「NOW PRINTING。」のコスROMは新しい試みをすることにしている。

 今までのエレナのコスプレは再現度に重点を置いていた。どれだけ完璧に原作に忠実にできるのか。

 エレナとしては男の娘への強い憧れがあるし、再現そのものはもう楽にこなすことができる。

 さらにその先はなんなのだろう、と二人で話をしてて出した結論。

 再現から創造へ。

 このキャラの設定なら、こういう動きをするだろうという、「説得力のある行間」を創造してしまえという話になったのだ。

 たとえばこのセリナだとしたら、体験版でのCGはせいぜい五枚程度。製品版はもちろんもっと入るのだろうけど今の所はどんな絵なのかわからない。

 だからこそセリナならばどういう表情をするのか、こういうシチュエーションならどうなるのか、それを想像して創造する。その時の表情ややりそうなことを徹底的に考えてみたのだった。

 それこそクロキシとやったリタ侍従長とティターニア姫の掛け合いみたいな感じと言えばいいだろうか。

 エレナの表情が変わる。いつもにこにこしている子なのでぱっとみ変わらないようにも見えるけど、雰囲気ががらっと変わった。

 この感じ。夏に音泉ちゃんを見たときとほとんど同じ感じである。

 セリナは彼女がモデルになっているという。それは体験版をやってもよくわかった。

 ふわっとした笑顔を浮かべるというか、本当に無垢な感じの子である。出会った頃のエレナみたいだとでも言えばいいだろうか。この子はそのあといろいろ成長した関係で今では大人っぽくなってしまっている。悪くは無いけど昔の純真無垢なエレナも可愛かったよねぇと思ってしまうのだった。

 エレナはお盆をきゅっと胸元に握りしめながら、おかえりなさいませと笑顔を浮かべている。

 ううん。さすがに良い表情をしてくれる。

 実はこの立ち絵、CGにも入っているしさっきも撮ったのだけど、表情の作り方がまったく異なっている。

 最初に撮った方は、笑顔を浮かべていてもそれはあくまでもご主人さまに対するものだ。

 でも、こちらのほうは破壊力がすごい。

 完全に恋する乙女モードだ。主人公に対しての笑顔なのである。

 正直どういうシナリオになるかすらあまりわからないけれど、エロゲはエロゲだ。最終的にはデレるわけだけど、音泉ちゃん……ではなくセリナのデレとはどんな感じだろうか、と打ち合わせをしてこういう結論になった。

「ん。ちょっと待ってて欲しいです」

 キッチンの方から、振り返るようにしつつそう答える表情は幸せいっぱい。

 すでに音泉ちゃんと巧巳くんのやりとりを見てる身としては、絶対セリナさんは丁寧語で喋るだろうなーって感じで、ちょっと照れたりっていう仕草をすると思っている。 

 ああ、もう。可愛いなぁ。ちくしょー。

 思わずはぁはぁしながら撮影をしていると、セリナ役に入りきってるエレナは、そんなに見つめられると困ります、とかなんとか言いながらお盆で口元を隠す仕草をする。

 そういうのが、いかんのですよ。女子がやるとあざとすぎるその仕草が自然にでてしまうのだから、やっぱりセリナちゃんは男の娘設定であたりなんじゃないかと思う。

 そんな風にして撮影をばしばし続けて、結構な枚数が溜まっていった。

 選別はするとして、そろそろバッテリーの交換時間だ。

 厨房の方からは香ばしくて甘い香りがこちらまで広がっている。

 そろそろいづもさんに注文していたものもできるかもしれない。

「どうかな? ルイちゃんとしてはなにか注文とかある?」

「特になしー、あえていえばその姿でアップルパイを給仕していただけると」

「それは別の注文じゃないかなぁ」

 まあ、これだけ甘い匂いがしてるとそう言っちゃう気分もわかるけどと、エレナは役をきって苦笑している。

 かなりの枚数を撮ったし、とりあえずいったん休憩を入れる。

 お水は好きに飲んでいいからねーといういづもさんの言葉通り、テーブルには水差しが置かれている。氷はかなり溶けて温くなってしまっているけれど、乾いた喉には心地よかった。

「いづもさん、ここのところ愛さんの一件があってから、お休みの日も試作したりとかしてるんだってさ」

 この前はひどい目にあいましたと肩をすくめると、さすがにあれはねーと、エレナも苦笑を浮かべている。すでに前回ここに木戸として来た時の顛末は彼女にチャットで報告済みだ。

「でも、赤ちゃん、かぁ」

 エレナがつやっぽい声を出すので思わずどきっとしてしまう。

 だ、男子なんですよね? そうなんですよね? とかそんな感じのドキ、だ。

 裸みてるのに、それを疑わさせるとか、なんて恐ろしい子。

「ボク自体は別に、どうでもいいかなって思ってるし、それこそ育てるつもりがあるなら、血のつながりがなくてもーって思ったりはするんだけど、でも、やっぱりその……」

 エレナはもじもじしながら、うぅと少しだけうめき声を漏らした。

「よーじの赤ちゃん、産んであげられないのは、ちょっとくる、かな」

 これで、よーじが、げっへへ、妊娠しないから逆にありがたいぜーとかそういうキャラなら罪悪感もなくていいんだけどねぇと、エレナはおどける。まったく。

「って、それなら好きになってないでしょうに」

「えへへー。そりゃまあそうなんだけどねぇ」

 はいはい、ごちそうさまですよ、ほんともう。二人とも仲良しでなによりでございます。 

「ルイちゃんはそういうの全然なさそうだよね。朴念仁というかなんというか」

「んー、まぁ、正直そういう実感が全然ないんだよね」

 っていうか、まだまだ子供を作るような年じゃないっていうかさ、というと、まあそうだけどねぇと苦笑気味に返されてしまった。

「正直、エレナたちのことも楽しそうだなと思ってるし、音泉ちゃんたちも見ててはわーってなっちゃったけど、自分でってなるとなんかね……恋人っぽいことをしたいとはあんまり思えないというか」

 撮影優先と言い切ると、これだから写真バカはーと呆れられてしまった。

 そうはいっても、翅と付き合う気はこれっぽっちもないし、女子の相手も正直うんざりである。友達同士でわいわいやるのは楽しいけどそれ以上となると面倒臭い。

「そりゃさ大学の連中とか、恋人ほしーとか言ってるけど、いなきゃまずいってわけでもないじゃない? 友達とか知り合いはいっぱい欲しいけど」

「モテ願望がない人っていうのは、満ち足りてるのかなんなのか……」

 ボクなんかは学校とか町中で視線集めるのはそれはそれで嬉しいって思うんだけどなぁと、ルイの無頓着っぷりにエレナはため息を漏らした。せっかく可愛いのにもったいないとでも言いたいのだろうか。

「あたしは舞台袖とか、隅っこ暮らしがいいの。そりゃ視線を集めるのが嫌とまでは言わないけど、なんか見られると背筋かゆくなるというか、なんていうか」

「それがクセになったりしちゃえばいいのに」

 もう、身をゆだねてしまおうよと言われても、お断りだ。

 あんまり目立ちたくない。その理由もエレナは知ってるはずだというのに、こっちにおいでと誘ってくる。

「ま、どうせルイちゃんはほっといても注目されちゃうだろうし、どうでもいいけどねー」

「撮影者として、腕が認められるっていうなら、まんざらでもないんだけどね」

 この前の夏のイベントの時は、ルイさん目撃情報みたいなものがネット上に上がっていた。

 撮られたい人達がそれなりにいてくれて、こちらの腕を買ってくれるのはとても嬉しいことだ。

 でも、ただ単に見た目だけでちやほやされるのは何か違う気がする。

「んー、ルイちゃん見た目もいいから今度のコスROMがでるとさらにファンが増えちゃうかもね」

 ふふ、と愉快そうに笑うエレナとは対照的にこちらは苦い顔になってしまった。

 エレナのコスROMの需要は、どっちかというと男性にある。

 もちろん女性ファンもいるのだけど、実は女の子だと思っている人達は圧倒的に男の人達に多いし、そういう人達がROMを買った場合、撮影者であるルイに対してどう思うのか。素直に写真の撮り方を褒めてくれればいいのだけど、見た目でファンになられるのはちょっと勘弁していただきたいのだ。

 HAOTOのマネージャーさんは、見た目も武器にしなきゃダメだと言い切ったけれど、あくまでも技術で認められたい。

「おまたせー」

 そんなやりとりをしているところに、いづもさんが甘い匂いをしたものを持ってきてくれた。

「おおぉっ。イメージ通りですね。ありがとうございます、いづもさん」

「見た目はご希望通りにしてあげたけど、味はうちのままだからね」

 白い皿に乗せられたそれは、鉄板であるイチゴのショートケーキだった。

 実はお店を貸してもらうことに追加して、ケーキを作ってもらうようにも依頼をしておいたのである。

 体験版に入っていたCGの五枚目。それの一つにケーキが登場するのだった。

 まあ、メイド喫茶が舞台なのだからこういうのがないと始まらないという話なわけで、当然のごとくセリナがケーキを持ってきて、置いてくれるという立ち絵があるというわけだ。 

「残りの分はルイちゃん持って帰っていいからね。ボクは一人分だけもらえれば十分なので」

「やたっ。いただいて帰ります」

 いづもさんへの謝礼はエレナ持ちなわけだけど、この申し出は素直に受け入れておく。

「んじゃ、気合い入ったところで、最後のCG分しっかりやっちゃいましょう」

 さぁ、さっさか撮って、さっさと食べるよ! というと、エレナはスイッチをいれて、はいっ、ご主人様とにこやかな笑顔を浮かべてくれたのだった。 

CG回収率がまだ3割くらいですorz


と、まあそんな感じでもうちょっとお休みをもらいますが、その間に、エレナさんがどーしても出たいとおっしゃるので撮影回です。お盆で口元をかくすのは反則だと思うのです。


次回は、久しぶりにあいなさん登場です。お仕事だとしてもルイさんあんなところに行っちゃうとは……

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