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214.健と楓香とシフォレ訪問

今回のいづもさんはしょんぼりしています。でもヘイトってわけではないから、大丈夫……だよね。うん。

「なぁ、馨にー。実際のところ、翅との関わりってどうなんだ?」

 後夜祭を思い切り楽しんだあと、七時近い時間帯を、健と楓香と一緒に帰り道を歩いていた。

 帰り道と言っても、住んでる場所は違うので、夕飯を食べてそれから解散という感じだ。

 そんな道のりでなぜか健は、昼にきいた話題を出してきたのだった。

 曰く、「ルイとHAOTOの翅」は恋仲であるというデマだ。

 そんなにミーハーな子だとは思っていなかったのだけど。

 健とてコスプレ以外にも興味はあったのかと愕然としてしまった。

「んー。あいつ、エレナの弟子ってことでときどきコスイベントくるけど、そこまで粘着ではないかなぁ……」

 そもそも最近はあんまり会ってないよというと、はああぁ? と二人の顔が驚きに染まる。

 なに、お二人もなにげにルイと翅の禁断の関係を期待してたんですか? でも翅さんがルイを男だと知ったらさすがにあきらめるんでないの?

「確かに、去年のイベントでかちあってたときとか、むしろ避けてる感じだったかもな」

 一緒にいたら話題になるからだろうけどと、健が渋面をつくる。

 会場が他の要素で騒がしくなるというのが嫌らしい。

 まあまあと、とりあえず配慮してくれてることに触れてなだめておく。

「でも、別口で、ルイさんラブって毎日いってんよっていう情報は知ってる……男だって言っちゃった方が夢も砕けていいだろうけど、どうなんだろうなぁ」

 どう処理するかに関しては、あっちの出方を待つ感じと答えておく。特別告白されたわけでもないし、そもそもHAOTOは恋愛禁止のグループだ。あちらも手を出してこないだろう。

「それで馨にーはどう思ってるんです?」

 楓香が身を乗り出すようにして、男同士の行きすぎた友情に期待するような視線を向けてくる。

「ない。この前も言ったけど、俺にその趣味はない。っていうか恋愛ってわかんねーもん」

 写真撮ってる方が今は楽しいしというと、つまんないーと楓香に言われてしまった。

 心なしか健の視線も冷たいのだが。なんなのだろうか。

「でも、HAOTOの翅とルイなら見た目はベストカップルだと思うんだけどなぁ」

「見た目だけだろ。悪い奴じゃないしかっこいいけど、それだけだ」

 友達としてならいいんだけどなと言うと、ふーんとなぜか楓香に疑わしそうな視線を向けられてしまった。

 そもそも、男と恋愛っていうこと自体が木戸の中ではちょっとどうなのかという感じだ。

 だって、デートとか面倒臭い。撮影できなくなってしまう。

「ば、腐妄想はやめてっ」

「……腐妄想って感じにはならないんですよねぇこれが。翅×馨にーより、やっぱり翅×ルイねーっていう感じでしか想像できないっていうか」

 ばかな。

 あの腐りきっておられる楓香どのにまでそう言わしめるとは。

「でも、実際問題、翅と知り合いなのはルイさんなわけだろ? そうなったらどう見たって彼氏彼女って感じじゃね?」

 しかもあれ、そうとう愛してくれると思うぞ、とにやにや健に言われるとぞぞっと背筋が冷たくなる。

 うん。危険が危ない。

「ふーん、健くんはそんなこと言っちゃうんだぁ。へぇ。そんなことを言う子には、ケーキはおごったげないんだからね」

 あえてルイ口調でそう言ってやると、健はそれだけは勘弁とお手上げ状態である。

 そう。夕食と言ったものの、我々が向かっているのはシフォレである。

 クロキシは以前エレナの誕生日の時に行ったことがあるけれど、楓香を連れて行ったことはないので、せっかくだからご飯も兼ねて行ってしまおうかとなったのだ。幸い日曜日の営業は遅めまでやっているのである。

「そうなのじゃ。ケーキが食べられないだなんてあってはならないことなのじゃー」

 楓香も苦笑ぎみに、幼女王さまの口調で弁護をする。

 うん。楓香のコスプレも割とはまっていて、のじゃロリと言われる魅力をしっかりと出せていたと思う。

 会場の反応だって良かった。ぽそっと緊張しての一言目はギャラリーを大変わかせた。

「はい。ではご到着ということで……さすがにちょっと並んでるかな」

 そして公園の脇にあるシフォレにご到着。

 日曜日の夜にも関わらずお店は盛況でそこそこの行列だ。

 待っている間はタブレットでシフォレのメニューを呼び出して楓香に渡しておく。

 この前撮影した、ぶどうとクランベリーのタルトも期間限定ということでばんと表示されている。木戸としては今日はそれとほうれん草とベーコンのキッシュにしようかと思っている。さすがにスイーツのみで夕飯にするというのはちょっと抵抗があるのである。パイ生地とかはすっごいおいしいし、シフォレはスイーツだけではないお店なのだ。

「ちゃんとしたホームページがあって、しっかり更新してるって、結構珍しいですよね」

「うん。だいたい大手の口コミサイトしかないって所か、大きなチェーン店くらいだね」

 ホームページの運営がなかなかに大変と思われているからなのか、最近の飲食店は自前のホームページを持っていないところの方が多い。

 自前でサーバーを置いてとなると話はかわるけれど、レンタルスペースを借りればそこそこ簡単に作れるものなのだけどね。もちろん大手のランキングがあるところの宣伝効果もあるのでそちらにも掲載はするけれど、メニューの表示や更新なんかは自前のほうが自由がきく。

 いづもさんはだいたい新メニューを出すときに更新をするのと、月一回くらい季節の挨拶を変えているくらいだ。でも、メニューはしっかりとそこに写真付きで網羅されていて、この待ち時間にどれにしようかと探すこともできるわけなのだった。手間はかかっていないわりに、効果的である。

「そして、うわ。メニューの写真がすっごくいいですね。これってルイねーが撮ったっていう」

「あのルイさんが撮ったようだね。ほぼ新作がでると呼び出されてるみたい」

 他人事のようにあえて言っているのは他のお客の耳があるからだ。

 今の姿は木戸のほうなので、ここで自分はルイさんですというような発言はできない。

「あの人こんなところでも仕事してるんだよな……普通にレイヤーの中では大人気なのに外でもって」

「外で動けるからこそ、あっちでも異色扱いなんでないの?」

 ルイの持ち味は確かにエレナと一緒に作ってきたキャラの特性だったりを押さえるところなんかもあるけど、むしろ背景撮影とかをしっかりやってきているから、総合力として写真のできが良くなるだけのことだ。

「まー、確かに粘着撮影を真似しようとして失敗してるやつって結構いるしな」

 ていうか、男からの粘着撮影はキモいと、クロキシさまは敢えて女声で表情をこわばらせた。

 まあまあ声をかけて上手く撮ってる人もいるとは思うんだけど、やっぱりこういうときは女子であるメリットは大きいなぁと思ってしまう。

「さて、そろそろですか」

 列が進んでいって、ようやく一番前まできたところで、見慣れた従業員さんの姿が見えた。

「あらっ。木戸くんがうちに来てくれるだなんて珍しい」

「愛さん。ご無沙汰です」

 前に来たときはクロキシたち三人を連れてきたときだったような気がする。

 たいていこの店にくるときはルイでいることの方が多いので、ご無沙汰という話になってしまうのだ。

「というか……そのお腹はどうしたので?」

 ルイとしても実を言えばエレナの誕生日の時以来のような気がする。シフォレには撮影できたりはしてるけど、愛さんとは時間が合わなかったようだったのだ。

「あー、うん。実はその……できちゃいまして」

「皮下脂肪が?」

「って、どうしてそんなネタになるのよー。赤ちゃんだってば」

 こそっと楓香が、馨にー、最低の返しとかなんとか言ってるけど、気にしない。ケーキやに勤めているのだから、そのネタはしっかりいっておかねば。

 確かにお腹の丸みの感じが普通にケーキの食べ過ぎで太ったというのとは違うようにも見える。

「おめでとうございます。結婚して……まあ、順当な頃合いなんですかね」

「うんっ。うちは店長も理解があるほうだし、働けるうちは働いて、産休みたいな感じ」

 ありがたいことですと、厨房にちらりと視線を向けて彼女は微笑んだ。

 幸せたんまりというオーラがでていてキラキラしている。

 とりあえずカシャリと一枚その姿は撮らせていただいた。

「じゃ、席に案内するね。こちらへどうぞお客様」

 彼女の誘導に従って四人席に腰を下ろす。黒木兄妹は仲良く並んでいて、こちらは一人だ。荷物もそこそこあるので空いている席に置かせていただく。

 そうこうしていると、水を持って登場してきたのはいつも通りいづもさん。

 うん。なんかもう最近VIP扱いが板についてきてしまったような気がする。

 彼女は、ことりとお冷やをサーブしながら、じぃとこちらに視線を向けてきた。

 心なしかげっそりしているような気がするのはなぜだろうか。

「今日は女装の子……いないのね。うぅ。せっかく木戸くんが来たからぞろぞろ異性装の人を連れ来てるとばかり思っていたのに」

 しょぼんといづもさんは肩を落としていた。あなた、一体人をなんだと思っているのですか。

 木戸さんは女装の人ほいほいではないのですよ。

「なんか今日は元気ないですね。なにかありました?」

「……うん。でもとりあえずオーダー聞いちゃう。ご飯食べながら愚痴に付き合ってちょーだい」

「はいはい。いちおう我らの仲ですから」

 いづもさんが自分から愚痴をいいたいと言い出すのは珍しいことだ。

 それでもお客優先にするところはさすがに仕事人である。

 もうメニューはさんざん見ているので、三人ともそれぞれオーダー。

 健はハニートーストのチョコアイスのせ。楓香はミニケーキ五種だ。誕生日の時のセットの縮小版とでも言えばいいだろうか。そして木戸はさっき言っていたタルトとキッシュである。

 飲み物はみんな紅茶。

「はい、お待たせいたしました。紅茶は一緒でよかったよね」

 頼んだ品をもってきてくれたのはいづもさんではなく愛さんだった。他の仕事で忙しいのだろうか。珍しいこともあるものである。

「うわっ。さっきのホームページのイメージ通りですね。なんかこんなにいろいろなの食べられるのは豪華」

「エレナの誕生日の時はもっと種類たんまりのがあったんだけど、それくらいでも嬉しいよね」

「さすがはお嬢様。でも庶民の私はこれくらいがちょうどいいです」

 あむりとチーズケーキの欠片を口にはこんで、うまーと楓香は表情を緩ませた。隣にいる健もハニトをきって、チョコアイスを絡めてそれを口に入れると、くぅ、となんとも言えない顔をしている。演技をしていないにも関わらず十分に女の子っぽいスイーツの食べ方である。

 それが面白いのでこちらもツーショットを撮らせていただいた。うむ。夜のほんのりした明かりの中でも二人の姿はしっかりと写ってくれたようだ。

 そしてこちらもキッシュにまず手を伸ばす。

「さすがは生地がいいと定評なだけあって、んまいー」

 甘くはないものを頼むのは初めてだったのだけど、なかなかにさくさくしていて美味しい。よくよく考えればアップルパイがあの味なのだから、キッシュとかミートパイなんかもこの感じだろうって思っておけばよかった。

 もちろん普段は昼に来ることが多いので、甘いものばかりなのだけど。

 そしてお次はぶどうとクランベリーのタルトだ。

 うむ。安定の味である。甘さと酸っぱさがタルト生地の上で、でんと居座っている。撮影のときに試食はさせてもらっているけれど、再びの味に表情が緩んでしまう。たまらん。

「うっ。兄と従兄弟と一緒にスイーツの店にいったら、なんか女子会な雰囲気になっているこの状況はいったいどうなんだろう」

「そうはいっても、こんなものを食べた日には男子でも表情とろんとなってしまうよ?」

 別にうちらがおかしいわけじゃないよ? と言ってあげると、えぇーといぶかしげな声が漏れた。

 いや、でも実際問題そうだと思う。前につれてきた男子三人、ていうか一人はクロキシなわけだけど、そこらへんとか、よーじくんだってエレナとあまあまでいちゃいちゃケーキを食べていた。甘いものが大好きな男子は少なくはないのだ。

「オトメンで済むならいいんですが……なんか馨にーを見てるとうちのおにーちゃんが悪影響うけそうで怖い」

「だよな。俺、馨にーの真似はしないようにしなきゃ」

 楓香の指摘にのっかるように健も危ない危ないと首を軽くふる。でもすぐにハニトを一口ほうばるとまたふにゃんとした表情になった。これ、ルイの影響がどうのってよりクロキシくんの特性じゃないのかな。

 そんな会話をしていると、どよーんとした空気をまとわりつかせながら、いづもさんが追加でシュークリームを三つもってきてくれた。

「それ、サービスね。愚痴聞いてくれるっていうから」

 いづもさんは空いている木戸の隣の席にちょこんと座ると自分用にいれてきたコーヒーをことりと置いた。どうやらこのテーブルを一緒に囲もうということらしい。その分少し荷物を置くのが窮屈になってしまったけれど仕方がない。

「えっとね、ふー。この人はこの店のオーナーで、パティシエールのいづもさん。おんとしアラサーです。34歳まで使えるアラサーです」

「うぐっ。木戸くんがあたしの年齢のことにぐさぐさと刃物を突き立ててくる……気にしてるのにー」

「年齢言われるよりはいいでしょ? それに見た目は若いじゃないですか」

 アラサーっていっておけばきっと28くらいって思われますよというと、ああ、そういう選択肢はありねと少し元気になった。

 そう。いづもさんは大人っぽい感じではあるけれど、女性としての大人っぽさというか、母親っぽさというかそういうものは感じられない。生娘というかそういう感じなのである。

「それで、ふー。なんかご飯中に割り込む感じになっちゃうんだけど、同席してもらってもいいかな?」

「もちろんですっ。ていうか、こんな美味しいものを作れる人が目の前にいるだなんて、それだけですごいです、尊敬です」

 はじめまして、馨にーの従姉妹の楓香といいますと彼女はなぜか顔を赤くしながら自己紹介を始めた。なんだろう、きれいなおねーさんを前に舞い上がってしまっているのだろうか。

「それで? なにがありました?」

 そんな従妹殿はとりあえず放置して、さっそく本題に入る。

「えっとね……ここだけの話なんだけど、愛が妊娠したのよ」

「それ、知ってます。あれくらいになると誰でもわかるんじゃないですか?」

 こそこそと周りに聞こえないように話す彼女にあわせて自然とこちらも小声になる。

「どこかの誰かさんは皮下脂肪って言いきりましたけどね」

 冗談だからさ! ふーさん混ぜ返すのやめていただけますか。

「それで? それがなにか不味いことでも? 愛さん店長も理解があるとかなんとか言ってましたけど」

「そりゃあ経営者だもの。女子にやさしい世の中をっていうので、産休とか育休とかそういうのはちゃんとしなきゃダメな立場よ。しかも女の子の味方であるスイーツ店なのよ? ちゃんとしてないと印象悪いじゃない」

 世間体というものがといづもさんはしょんぼりした。

「で? 実際はそんなもんあげる余裕はないよって?」

「余裕はなんとかこね繰り出すわ。募集かけて教育もしてる。愛がいくら優秀な子だっていっても、お店はなんとでもする」

 なる、じゃなくて、する、というところが経営者だなぁとしみじみ感じさせてくれる。でも、それならなにが問題だというのだろうか。

「毎日ハラポテ愛たんを見続けなきゃいけない私の意識がねぇ。ああ。なんか生きててむなしいみたいな。あんまりしょんぼりなものだから新作を自作しては自分で食べて、もうここ二ヶ月で三キロは増えたわ」

 とほほという彼女は、そのわりに見た目はそんなに変わっていない。お腹がぽっこりしてるとかなら、おそろいですね! とか思うかもしれないけどまったくもってお腹周りは大丈夫だ。

 とはいっても、そんな女性に、大丈夫ですよーというほど木戸も無粋ではない。

「なら今度外にでもでて散歩でもしましょうよ。そろそろ秋口ですし、山登りとかどうです?」

「うぅ。じゃあ時間の都合があったら是非」

 いくらかいづもさんの気分が浮上しただろうか。

 そのあいだに先程いただいたシュークリームにかぶりつく。うん。相変わらずふわさくでおいしい。向かい側で黒木兄妹もかぶりついているけど、とろけそうな笑顔をしている。

「でも、意外かなぁ。いづもさんって、キャリアつんでます! みたいな感じじゃん? それが結婚がーっていうのは、どうなんです?」

 どちらかというと、プロフェッショナルという感じの彼女は、こちら側の人間なのだとばかり思っていたのだけれど、どうやら違うらしい。

「好きでキャリアを……積んではいるけれど、それでもそういうのに憧れもするじゃないっ。結婚して幸せな家庭とか羨ましすぎる」

 高校の頃、ウエディングドレスに憧れたものと彼女は遠い目をする。いつかは着てみたいなとか思いつつ、どうせ無理だと思ってひたすらこの道を走ってきたのだと彼女はいった。

「それにある程度お店も軌道にのったからね。それでちょっとそういうの考える余裕もできちゃったのかも。開店するまではほんと資金繰りとかいろいろやることばっかりで、そっちしか見えてなかったもの」

 まさか従業員が繁殖してハラポテな未来がまってるだなんて欠片も想像もしなかったと口では悪くいいながらも、愛さんのことを嫌っているわけではないのは感じとれた。どうしようもない女子への憧れみたいなのがあるのだろう。

 木戸としてはそういう感覚がとんとないので、わかるとはいってあげられないのが残念なところだ。

「木戸くん。もうあれだから、私と結婚しましょう。そうしましょう。うぅ」

 くすんと無茶なことをいいつつしょんぼりしているいづもさんは、いつものお姉さんな感じとは違って弱々しそうに見える。でも言っている内容ははっきりいってひどい。

「お付き合いしましょうではなく、いきなりプロポーズとは……でも年の差はさすがに」

「それくらい愛の力でどうとでもなるわ。それに戸籍上はちゃんと結婚できるもの。木戸くんがもし性転換したいっていうなら、渋谷で女性同士でパートナー制度でも使えばいいんだわ」

「なんか話がややこしくなってきましたね……」

「だな。俺たち話にはいれない感じだ」

 黒木兄妹は、目の前のしょんぼりしたいづもさんを前にして、なにいってんだろうというぽかーんとした顔をしていた。健は少しはいづもさんのことを知っていてもふーは初対面なわけだし、さらに健は女装レイヤーであって、性別を変えたいわけではない。そこまで深い知識はないから、なにがなんやらわからないというわけだ。

「ええと、いづもさん。まず俺は性別変えるつもりはないし、そもそもいづもさんって性別いじってるんですか?」

「あら。いまさらなことを聞いてくるわね。そりゃあったりまえでしょうよ。経営者やっちゃってる以上紙の上のことなんてどうでもいいじゃないなんていう話もあるかもしれないけど、そんなんじゃないわ。実害があるかどうかではなくて、保証してくれてる認めてくれてるっていう感覚、安心感みたいなものは計り知れないわよ」

 普通の人はこういう感覚わからないんだろうけどさ、と彼女は保険証をごそごそだしてくれた。たしかに性別欄が女になっている。

 病院にいって、診断をもらって手術をして裁判所にいけば戸籍の性別が刷新されるという話はもちろん木戸とて知っている。でも実際にやっていると明言してる人とは初めてあった。

「あの、暁人さんもしてるんですか?」

 この店の設計もやったというFTMのにーさんもいづもさんと長いつきあいなのだとしたらやっているのかもしれない。

「あー、暁さんもそうね。ていうかいつ知り合ったのかが興味深いけど」

 ううむ。その手の人を引き付ける感じはあったけれど、まさかのレアケースに少しわくわくしてしまった。不謹慎ではあるんだけれど、希少性というのはやはり心をくすぐるものがある。

「っていっても、最近は年間800人とか普通に性別変えてるみたいだし、のべで五千人越えてるからレアって感じでもないわよ」

 しれっとそんなことをいうものの、二万人に一人という計算だ。当初いわれてた数よりはたしかに圧倒的に多いし、年間800人ずつ増えていくのだとしたら、その比率はどんどんと上がっていくのだろうけど、レアはレアな気がする。もちろん一つの市に十人くらいいるかも、とか思うと多いようにも思えるけれど。

「そんなわけで、木戸くん。ほらほらおねーさんと婚姻届をだしにいきましょう。ええと、嫁入りって感じで!」

 ほら、用紙はさすがに用意してないけど、市役所であのぴらぴらしたのもらって書こうと懇願されて、どうしようかと思ってしまった。

 いつもならこういうときはスイーツでもつっこんで黙らせるのだけど、なんせ今回の相手はこれの作り主である。それにぶどうとクランベリーのタルトはおいしいから、自分で食べたい。

「こほん。店長。周りに声駄々もれです。未成年に結婚を迫らないでください」

 そんな風にして困っていると隣に愛さんがたっていた。頬をひくひくさせながらである。

 どこから聞いてたのかはわからないけれど、騒ぎを聞き付けてこちらに来たようだ。結婚してほしいというあたりからヒートアップしてたものなぁ。その前を聞かれてたらちょっと愛さん傷つかないか心配だ。

「でもー、愛たんみたいに幸せな家庭を……ううぅ」

「それなら、街コンとかでてくださいよ。店長は出会いにびびりすぎです。まだ若いんだしきれいなんだから、わりといいところの社長さんとかの目に止まるかもしれませんよ」

「でも、騙してるみたいで、なんかこう……」

「いいじゃないですか。ある程度仲良くなってから実は赤ちゃんできないんですーとかなんとかいっちゃえば」

「でも、それでも嘘ついてるみたいじゃない」

 元から、性転換してまーすってのを売りにしてお付き合いするのは嫌よといういづもさんの発言は今までのやりとりでなんとなくわかる。性転換者として愛されること自体が嫌なのである。

「嘘じゃないです。店長はちゃんとした女の人なんです。従業員一同そう思ってますし、そうじゃなきゃこんなに楽しく働けないです」

 みんな店長には感謝してるんでるから、という愛さんはほとんど涙目である。うーん、いい職場だなぁ。思わず感動的場面の写真を撮ってしまった。

「うわーん。ありがとー。ちょっと元気でた」

 今日のやけ食いはチーズケーキだけにするーと少しだけ幼げにいう姿は妙にかわいくて、これなら十分女の子って感じで通るじゃんと思ってしまった。

「あ、そうだった。いづもさん。立ち直ったところでちょっとお願いがあるのですが」

 あとでメールしておくので、お返事くださいね、といいつつ最後のタルトの欠片を自分の口にいれておく。

 うん。甘酸っぱくて心地よい。

 いづもさんもいろいろと葛藤はあるようだけど、こんなにおいしいものを作れるのだから、もう職人として自信をもってやっていって欲しいとしみじみ思った木戸なのだった。

従兄弟たちとのお食事会で、シフォレでした。10月の旬はなんだろうか、ということでやっぱり学校でもやってたぶどうです。HP更新の件は商売人ならきちんとやるべきだと作者考えてます。作者のHPはエタってますがorz

そして、ちょっとデリケートな話題もりもりでいきました。そして時間かかりました。

性別移行した人数を調べていて、今時は年間800かい、と驚いてしまいました。3000~4000くらいだと認識してたのにいつのまにか5000人オーバーです。すごい世の中だ。


さて。それで次話ですが。エレナが私を出してとうるさいので、エレナたんコスROM撮影回です。ホントは今日の更新でここまでいくつもりだったのですが、遅れ気味で休息にはいる日になってしまったので、土日で書いてアップしようかと思ってます。はい。全面書き下ろしですので……

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