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213.健と楓香の学園祭2

今回は長いっすよ。

「が、がっかり……というのはこれかっ。これだよな。でも学生レベルなら、普通なのはわかってるんだが、これはっ。これはー」

 隣で健がくずおれているのが見えた。

 あれから、綿飴を食べたりリンゴ飴を食べたりと、食べ物系を中心に回って満足したところで、最初話をしていたコスプレブースに来てみたのだけれど、そこの惨状を前に健は、あんまりだーと嘆いているのである。普通にこの子はがっくり四つん這いですよ。なに男の娘ものの名作のポーズをやらかしてくれてるんですか。

 あーあ。そりゃ自分であれだけのことをやっているとしたら、目の前の光景は着ただけというがっかり感だろう。

 木戸の学校のコスプレの部屋は有志がそろっていたというのと、木戸の女装技術やらメイク術やらがあったからなんとでもなったのだが、常識的に考えればこれでもよく頑張ってる方じゃないだろうか。

 うん。衣類はとりあえず揃えているのだけど、お客もそう入ってはいないし、スタッフもコスプレしているのだけど脛毛の処理が適当だったりと、すさまじいやる気のなさなのだ。

「いや。こんなもんだろ」

 でも、そこらへんがわかっているこちらはのほほんとそんな答えをする。

 衣装をしっかりと準備できただけでもすごいことだと思う。そしてそう。

 ついついクオリティの高いコスプレばかりを見ているからうっかりしてしまうが、元来この手のものは楽しめればそれでいい物である。完成度を上げるのもその一助だというのは確かだけれど、着ているだけでも楽しいということならそれはそれでいいじゃないだろうか。自分でやるなら、もっと完成度は上げたいけれど。

「で、でも馨にー? あの女装コスを見てもなにも思わないっていうのか? いくらなんでも……ひどい。ひどすぎる……」

「うぐっ。確かにすね毛くらいは剃っていただきたいものだけれど、レンタルだしその処理までお客にやれというのは……なかなか」

 もちろん、ならば黒タイツという手段だってあるのはあるのだ。木戸は普段の生活上でもともと毛が薄いのはあるけれど、ちゃんと処理はしている。なのでこういう場でいきなりスカートはけ、生足を出せと言われても対応できる。けれど一般男性はそんなわけにもいかないから、そういった場合はそれを隠せる黒タイツが重宝されるというわけなのだ。

「とはいってもだな……」

「健にもいっておくけど、普通異性装っていうとこんなもんだ。おまえも俺も、いろいろおかしいんだ」

 飲み込めというと、うぐぅと嫌な顔をされた。どうにも許せないらしい。

 男の娘コスプレイヤーとして名高いクロキシさんとしてはやはり目の前の風景は惨劇と見えるようだ。

「せんぱーい、どうっすか? コスプレ体験していきません?」

 どよんとしている健に声がかかった。そういや健のやつは学校ではどうなんだろうか。後輩とのつきあいみたいなものとかもあるんだろうか。いや、こいつは極度のコスプレ狂いだから学校では部活とか入ってなさそうだよな。

「いや……俺はそういうのは」

「えー、絶対似合うと思うっすけどね」

「やったげればいいんじゃね?」

 きらきらした目で健を見上げる後輩さんの隣で、ぼそりと言ってやると、うへと嫌そうな顔をされた。

「だったら、馨にーもやってけよ。それなら俺もやってもいい」

 当然、女装な? と言われてうぐと顔をしかめる。

 まー眼鏡も持ってきてるしやってやってもいいのだが。こういうのは思いで作りだし。

 それに、ほら。健はこっちがやれば自分もやるという感じだ。

 さっきしれっとブルマ話で、馨ねー呼びをしたのはしっかりと聞いている。

 そこらへんへの報復の一つだ。まったく。そりゃ、健がブルマ姿のしのさんを想像して、うっかり言ってしまったとしてもわからないでもないんだけど、気をつけていただきたい。

 さぁ、クロキシ殿。母校で勇姿をしめすがいい。是非とも反省をしなさい。

「役は演じられないからな? それでよければやってもいい」

「うげ。まじか……なら、しゃーねーや。馨にーがやるなら、そっちに視線集まるだろうし」

 きょどるかな、と思ったらまったくもって健に動揺はなし。

 んじゃ、どの服やるん? と眠たげに聞かれて、後輩の子がやったぜと衣装を用意する。

 どうやら、コスプレ企画した人間の中に、健を着飾ったら美人になりそうだとわかっている人間がいたらしい。

 その間に他の子が、本当にやっちゃうんですかと心配そうな視線を向けてくれた。

 まあ普通の感覚なら、学校で女装をするというのはかなりリスキーなことなのだろう。最近、あまりにも身近に普通にさらっと女装をする人達がわんさかいて感覚がおかしくなっているかもしれない。

「衣装の傾向からして、女の子の服の方が多そうだけど、これってなにかあるの?」

 時間もあるのでその子に質問を向けておく。衣装自体は結構そろってはいるのだけれど、どうにも衣装に偏りがあるのだ。1:3くらいで女子のキャラ。今時のコスプレイヤーの男女比の話なんかもあるのだろうが、男子校でやるイベントなのだから、もうちょっと男子のコスプレ衣装もあっていいんじゃないだろうか。

「そもそも女子に着せようって用意したものがたっぷり残ってしまっていまして」

 もともと女子の服の方が多いのは多いのだけど、それでも男子の服は多少の貸し出しがあったのだということらしい。

 ちらほら廊下に姉妹校の子が歩いていたりするのだけれど、どうやら男所帯のこの店に入るのは躊躇してしまっているようだ。確かに何人かのグループで押しかければ別だけれど二人組とかでここに入る勇気は持てないものな。

 そうこうしていると、先ほどの彼が満面の笑顔で衣装を持ってくる。

 思いっきり女子向けの服装だ。着替えはカーテンで覆った簡素な更衣室の中で行った。

 女子用はもうちょっとしっかりしているのだけれど、男子用は割とさらっとした感じだ。

「んじゃ、さっさと着ちゃっていこうか」

 慣れた手つきで服を着ていく。あんまり広くないので近くに健の体温を感じるのだが従兄弟なのだし別段気にはしない。健のほうも衣装を着るのに集中している。

「しっかし、これ用意したのって、けっこーなオタクさんだな。ティターニア殿下」

「まあそうだろうな、リタ侍従長」

 二人とも、とあるアニメのキャラクターの姫と侍従長に扮していて、あわせが実現してしまった。

 こちらが侍従長という姿で、メイド服だ。しかもしっかりとしたスカート丈のあるどっしりしたメイド服な上に眼鏡をつけるキャラでもあるのでこれは純粋にありがたい。

 そして健がやっているのはふんわりしたドレス姿だ。ティアラはつけているのだが。

「しかし、どうしてここまでやっておいてウィッグを用意しないのか」

 ティアラの下に本来あるはずの金髪は短い黒髪なのである。

 その点に関してはぶつくさ文句を言いたい健の気持ちはよくわかる。

「予算の関係ですって。それにそもそも女の子に着てもらう予定だったんで、もともと地毛でいいかなって」

 言い訳がましい声が外から聞こえた。こちらの会話が聞こえたらしい。

「メイクは? 姫ならした方がいいよね?」

 カーテンをあけて、ドレッサーコーナーに移動する。

 いちおう三面鏡が用意されていて、種類はあまりないものの、メイク道具がそろっている。

「にしても共用でメイク道具使うのはちょっと抵抗あるよね……ってか他の女子に申し訳ないというか」

「間接キスみたいなもんだしね」

 いちおう綿棒が用意されていたので健はそれで口紅を少しとってそこを経由して指にのせて紅を引く。

 明るいパールピンクは姫の口紅の愛らしさを彩ってくれる。

「こんなことなら、自分用のもって来りゃ良かったよ」

「同感です。さすがに今日は普通にこうなるとは思っていなかったので……」

 日焼け止めしかしてないですわーと、おやじ口調で言ってみる。

 ちなみに侍従長の方はお化粧はなしでも問題はない。

 眼鏡でだいぶ顔の印象が作れるから、口紅も塗る必要がない。むしろ華やかさを少し落としてあげる位の方がいいのである。

「やべぇ、黒木先輩普通に化粧うまい……」

「化粧道具だけあって、人がいないってのはどうなんだ? 自分でメイクできる人なんてそうそういないだろうに」

「それはその、演劇部のヤツにお願いしてたんですが、舞台の方に行ってしまっていて、もうちょっとしないと戻ってこないんですよ」

 なるほど。一応専任のスタッフは用意していたのか。男子校なのにメイクが出来る人がいるというのは、なかなかに貴重なのかもしれない。

 三面鏡をちらりと眺めながら、むぅと少しだけ不満げに頬を膨らませつつ、クロキシは髪とティアラを気にしていた。確かに男子っぽい長さではあるのだけど、ボーイッシュな女の子といって問題ないくらいの長さはある。ちなみに木戸のほうがもう少し髪は長い。散髪代をけちっているからである。

「しかし、驚くほど似合いますね。これで声まで変わったら姫ですよ」

「そうですよ、姫。いつもみたいにおてんばしてはいけませんよ」

 声がどうのーと周りが言ったので、それに応えるかのようにふわっとした女子声で姫をたしなめると、周りの男子からガンミされた。思い切り見られた。

 健がほらみろという感じだった。

「リタ。あなたはいつもいつも小言ばかりです。今日くらいはいいではないですか。これだけ多くの殿方の前にいるのですから」

「うわ、黒木先輩までその声……」

「姫だ……姫がおる……」

 まったく。クロキシは演技力がはんぱない。髪の毛が短くても姫に見えるのだから恐ろしい。

 表情の作り方。少し冷たい感じの、でもそれは演技で内心は割と情に厚いというティターニア姫の表情がよく出ている。

「リタに教わりましたの。昔はここまで出なかったのですが……リタはこれで多芸ですから」

 すっと目を伏せられて自分の身内を誇らしそうにする。そういう仕草も姫そのものだ。

「すげー。黒木先輩すげー」

 周りに視線を向けられても、姫は表情一つ変えずに注目されるのはいつものことだと平然としている。

「うわぁ、お姫様きれいー。あの、ここってコスプレできるんですか?」

「はいっ。女子向けの服はけっこーあるみたいですから、お二人もいかがですか?」

 侍従長として、衣装に興味を持った子に答える。制服からいってここの姉妹校の子だ。

「ああ。ですが……サポートできる子がいませんね。さすがに男性の方が手伝ったり、のぞいたりというのはできませんし……」

 のぞきませんよね、と瞳に力を入れて教室中を見回す。飢えた男子高校生への牽制である。覗きがどうのと修学旅行のお風呂の時にはっちゃけていたのを見ると、いちおうこれくらいはやっておかないといけない。

「も、もちろんですとも。着替える場所はしっかりつくってありますし、女性の方は準備室の方で着替えてもらってますから」

「カメラとかもないんですよね?」

「は、はい。そんなことしたら捕まってしまいます」

 なら、安心ですね、とにこりとほほえんであげると、ふにゃんと周りの男子の表情がとろけた。

 やはりツンデレは破壊力あるなぁと思ってしまう。いったん引き締めてから緩めるのがコツである。

 結局そのお二人さんは着替えることになって、隣の部屋に入っていった。

「んなっ。おにーちゃんが……人前でコスプレしてる……」

 そうこうしていると、はわはわといいながら、楓香が入り口からこちらを見つめていた。

「もうおにーちゃんったら、学校では内緒だとかなんだとか言ってたのに、学校でやっちゃ意味ないじゃん」

「お祭り騒ぎですもの。別にこれで噂になったりはしないでしょう」

 それに、とちらりとこちらに視線を向けて、健はいった。

「一人だけ突出してたら悪目立ちするけど、あちらに突出したのがいるからちょうど良いのですよ」

 むしろあれを見せられて女装だとわかる人はいないだろうけれど、と苦笑を浮かべる。

 そういうおまえも十分男に見えないぞと言ってやりたいところだ。

「さて。それで姫さま? この後はどうされるのですか? このままこちらで談笑されるのか、それとも学内をまわりますか?」

「学校周りは……さすがにやめておきましょうか。下級生はともかく同学年だとさすがに……」

「ウィッグがあればまだごまかしもききましょうが、地毛ではさすがに無理がありますか」

「そうですね。さすがにこれだけ短い髪でははしたないですもの。外に出るだなんてできませんわ」

「昔を思い出しますね。14の時に木に登って御髪を切ることになったときに、そのようなことをおっしゃっていました」

 ふふと、侍従長としての思い出話を出してみせる。実際原作の方でそういう設定があるための反応だ。健の演じているのは髪が切れた状態のティターニア姫なのだ。色は違うけど。

「あら。そういうリタこそ。短い髪ではいい人の一人もできませんよ? タラード公爵も貴女の髪がキレイだと褒めてくださっていたではないですか」

「それは……そうですが。短くとも髪質だけはいいのですよ? 長いと家事の邪魔ですし伸ばそうとも思いません」

 そもそも、殿方に見られるためより、今は姫のおそばにいる方が大切ですとほほえんであげると、まともにティターニア姫は顔を赤らめる。

「恥ずかしいやりとりをしているのが、うちの実の兄と、従姉妹だなんて……おいしすぎる」

「やりとりまで……再現度はんぱねぇ。しかもこの状態の二人ならこんなやりとりするだろうなって感じの」

 この衣装をそろえたであろう人がそんな台詞をぽつりとつぶやいた。

 まあ、普通の場所でここまでやる人はそうはいないだろうな。

「アレンジはそれなりに加えていくべきです。外見で完璧にというのがまず一点。それが駄目なら設定を拡張してそれっぽいというのが目指すところですね。コスプレはなりきりと自己開放の場だといいますからね。そこらへんは健の方が詳しいんだろうけど」

 私は、コスプレそんなに本格的にやってないしーと言い切ると、そこまで再現しててそれはないですと呆れられた。たまたま知ってる作品の衣装だっただけのことなんだけどな。

「ところでお二人はお写真とかいかがです?」

 コスプレとセットで写真撮影もさせていただきますが、とカメラの子に声をかけられた。

 ほほう。その手に抱えているカメラ……なかなかにいいセンスをしているではないですか。

「せっかくですから、リタ。貴女が私を撮りなさい。慣れているのでしょう?」

 独り占めです。ふふと健がほんわかした笑みを浮かべてうっとりつぶやいた。

 いや。いいですよ。従兄弟ですし。でも。この場でそれをやるのはさすがに迷惑になる。

「姫。そういうのはおうちに帰ってからやりましょう? 公務で鬱憤がたまっているのは存じておりますが、一日だけ撮影会してあげますから、ね?」

「えぇっ。せっかくのコスプレですよ? 撮影者もモデルもいて、それで撮らないなんて」

 そんなのありえないと健は少しだけ素の表情を出して抗議してきた。

 まったく。クロくんったら、こちらのことをまだ理解してないというのか。

「数枚で我慢できるわけないではないですか。個人撮影の時は一日三百枚は越えます。表情、仕草、姿勢、全部指示しながらわんさと撮ります。ここでは迷惑になります」

「うは……さすがにその枚数は……」

「バッテリーは持ち歩くし、けっこー普通のことなんだけど……それに健は、あたしの粘着撮影のこと、結構知ってるでしょうに」

 口だけ動かして、きょうらん、と言ってやる。それだけで事情はつかめたようで、健はそこで肩をすくめて身を引いた。

「それと、普通の撮影もやめておこうかと思います。基本私はメイドとして隅っこ暮らしを領分としておりますので」

 先ほどのカメラを抱えた子にやんわりと断りを入れておく。うん。こっちは撮られてもいいけど学校で健の女装姿がまわるのは回避してあげたいところだ。というか、普通に可愛いのであとでそんなものが出回ったらあと半年が大変になってしまう。

「それで、ふーは? コスプレやってかないの?」

「んー。それなんですが、後夜祭でやらされる予定なので……」

「へぇ。この前の部の皆さんと一緒に?」

「はい。二校同時イベント、こすこん、です。こっちはうちの学校の仕切りでやるみたいで……それなりにその、参加者を集めなきゃって話で、あんたもでろーって言われちゃって」

 ほんとは、こういうの趣味じゃないんですけど、と恥ずかしそうにしているふーはエレナくらいの華奢な体をさらに小さくしている。

「いや。ふーは普通にかわいいんだし、コスプレも似合うと思うよ? 妹系とかちっちゃいキャラけっこーいるし、そういうキャラ振られてるんでしょ?」

「あ、はい。幼女王エアトリーデです。すごく幼女で、なんじゃ、おまえらはー、が口癖という子です」

「エアか。確かに、ここのところやってる子多いかなぁ。でも、やっぱり身長低めじゃないと難しいキャラではあるし……」

 ここ数回のイベントで何回かそのキャラをやってる子を撮影したことがある。けれど幼女王という名は伊達ではなく、もともとのキャラ設定の身長はなんと140センチである。たいていやってる子は150前後くらいの子で、そういう意味ではふーはその条件を満たしている。

「まったく、馨ねーさまは自分がすらっとしてるからって。幼女王はさすがに恥ずかしいです。子供っぽい服だし」

「身長に関しては低くても高くても、それに応じた衣装があるものです。似合うんだからそれは誇ってやってきなさいな。銀髪のウィッグとか用意してるんでしょ?」

「それはもう。ばっちりです」

 イベントのためというので予算は結構ついてますからねーと、ふーは胸をはった。

 自分で参加するのはともかく、学校でコスプレイベントをやることに対しては良いことだと思っているらしい。

「でも、そんなにコスプレイベントが学校で盛んにやられるとはねー。数年前では考えられなかった」

「どこかの誰かさんが、流行らせたと聞いてますけど?」

 感慨深げに言うと、ふーがじとめでこちらを見つめてきた。もちろん健もあんたがいうなよという視線を向けてくる。

「え、ええ。うちの学校の卒パイベントがコスプレになったのは、ぜーんぶルイの一件からですけどねー。前例ができるとどこもまねをしたがるというところでしょうか」

「えっ。先輩ってもしかして、卒パで、ルイが現れたっていう学校の?」

 隣で会話を聞いていた男子生徒が、言葉を挟んでくる。コスの衣装を持ってきた子だ。

「あ、うん。確かにルイは来てたね。なんかのキャラのコスを無理矢理させられてて、すっごいぎこちない感じだったけど」

「えっ。先輩、銀香のルイと会ったことあるんですか?!」

 着替えを済ませてでてきた女の子に思いっきりつっこまれてしまった。

 なんだこの状況。コスプレに興味があるという点で、ルイにも視線がいっている可能性はあるとは思うけれど、さすがにピンポイントすぎる。二人組のもう一人の方はなんか、視線をそらしているけど、ああ、あっちの子は前に撮影したことある子だ。友達のテンションについていけずに微妙な感じなのかもしれない。

「う、うん。でもそこまでの食いつきって? もうあれ二年も前の話だよ?」

「いやぁ、その後どうなったのかーとかすっごい気になるじゃないですか。HAOTOの翅さんとその後も続いているのかとか」

 表にでないだけで実際はつきあってるとかって展開すっごい萌えますよねーとひっつかれて。

「いや、それは……ね、あのね」

 こっちとしてはどう答えていいのか一瞬わからなかった。冷静ならすくなくとも、さらっとさばけるのだが。

 そんなキラキラした目で自分(、、)と翅の関係を聞かれるとちょっとドキドキしてしまう。

 実際、なんもないんだけどね! 連絡だってしてこない。しようと思えばホームページのアドレスをたどればメールくらい出せるはずなのだけど。

「あー、翅さんはとっきどきコスイベントきてるよ? エレナさんにくっついて歩いてる感じ」

 姫モードをきった健が、こっちのフォローに回ってくれる。まったく本当にいい子で困る。これ、コスプレ界の常識ですと言い切った。

 その言葉に少しだけ冷静さが戻ってくる。うん。

 大丈夫。女装をしていても、ルイだと思われてるわけではない。

「あのときは、みんなそのこと気になってたみたいで。でも来てもらう以上そういうのは駄目だろうって生徒会の判断で、聞いちゃいけないっていう指示がでたんだ。あくまでメインはコスプレイベントなわけだし」

 今にして思うとあのときの配慮は徹底していたように思う。みんな写真家で、コスプレまでしてる状態のルイを歓迎してくれた。そこに翅の彼女疑惑っていうところは一切はいらなかった。コスプレのできの悪さにはそれなりに反応はあったけれど、翅の話については何一つ言われなかったのだ。

 もちろん、注意事項として先に校内でその話は聞かされていたけれど、実際半分くらいはいろいろきかれるかなぁと覚悟はしていたのだ。それがなかったのは、興味がなかったからか、それとも興味がある人が自粛してくれたのか。

 そして身近で事情を知っている人間に関しては、それ自体あり得ないとか、あったらおもしろそうだけど、ないわぁとか、そんな感想である。

「でも、どうしてそんな人を呼べたのです?」

「それはうちの学校の写真部が、ルイさんを学外部員にしてたから。彼女の師匠もうちの学校の卒業生だし、その縁なんじゃないかな」

 詳しくは知らないよーと、先に断っておく。本人だとなったらどんな大事になるのかわからない。

「偶然にしてもうらやましいなー。っていうかエレナさんっていうのはどういう人なんですか?!」

 さっきこたえた健の方に女子の注目が集まった。

 うわっちゃと、姫らしからぬ反応を示す。健はエレナのことを半分以下しか知らない。むしろあのときチャットをして、むしろ家での乙女っぷりを見て、完全に女子だと思っているんじゃないだろうか。そんな人が師匠として男性アイドルと一緒だなんて話になったら、変な勘ぐりもされるだろう。

「最強の男の娘専門レイヤーで、性別不明。年齢も性別も、住んでるところも本名も不明。でも確実に男の娘を再現する天才レイヤー。たしかに女装コスをするのなら、あの人に師事をというのもわかるかな」

 すんごいんだよーと健に助け船を出すようにいってやると、じょ、女装? と周りの女の子に困惑されてしまった。

「そもそも翅さんのコスプレ写真女装だったでしょ? その師匠だもの。女装を極めてるというか、女装キャラを極めてるのほうが正しいかな。アレに比べると私なんて、ただ完璧に女装して女子に見えるだけの人だよ?」

「へ?」

 目の前にいた女の子の言葉がそこで止まった。まあ、そですよね。気づいてないですよね。

「あー、私いちおー、これで女装した男子なのですよ? なので、あの『中途半端な男の娘を維持する』のは、大変だーって言いたいだけで」

「は?」

 そこで、二人の女の子が固まった。

「言いたいことはわかります。ええ。わかりますとも。我が従者の不始末。主として大変申し訳なく思います。けれど、彼女とて悪意があってあなた方をここに誘ったわけではないのです」

 みなさまも楽しんでくださっていますよね? と健がフォローを入れてくれる。ありがたい。

「本当ですか? いくらなんでもそんな」

「本当、なんだけれどね?」

 あえて声を低めに作って彼女の耳元でささやく。そんな彼女はうわっと目を見開いて、こちらと、健を交互に見た。

「まさか翅さんもこんな感じに仕上がるんですか? 写真だけは見たことあるけど動いている状態は見たことないので」

「いえ。これほどのできの人間などそうそういないものです。翅さんの場合は……わたくしは何度かお見かけしましたが、そのときは役にはなりきっていても動作が男っぽかったり、声が男っぽかったりしてました」

「エレナさん曰く、声までいじってしまっては芸能生活に支障がでるかもしれないから、だそうです。彼なら芸の練習ってことで教わりたいんでしょうが、そもそも地声からしてかわいいエレナには教えられないですし」

 そこらへんを、馨なら教えられるのだけど、そもそもルイとしてしか接点がないし、教えるつもりもない。エレナからも近づかない方がいいと言われている。

「それをいえば、姫は完全に両声使い分けられるのですから、いつかお誘いがくるかもしれませんね?」

「姫……? 両声?」

 姫は、女子で通すつもりだったのにーと不満顔を浮かべていらっしゃる。

 健はこれで女装するときはその役になりきるほうだ。女装レイヤーとして有名ではあるけど、それを売りにしているわけでもない。アウティングされるのはあまり好きではないのだ。

「こうみえて姫さまはこの学校の生徒でもあられるのです。閑古鳥が鳴いているこの場所が少しでも華やかになるように自ら御身を犠牲にされて……」

「うわ……姫さま、本当にお……って、もしかしてクロキシさん?」

 さっき誘った子の一人がぽつんとつぶやいた。うがっとすっごい嫌そうな顔を健がする。

 うん。さっき撮ったことがあるといった子である。

「はいっ。彼は黒木くんっていいます。よく名前がわかりましたねぇ。もしかして昔からのお知り合いでしたか?」

「えっ。いやだって彼って有名だし……」

「そんなことはないですよー。姫はお忍びですから有名だなんてことはないのです」

 にこにこと彼女の手を引いて教室の隅の方に連れて行って、こそこそと耳打ちする。

「あいつ、自分が有名レイヤーなの学校に隠してて、このこと黙っておいてくれませぬか? レイヤー仲間同士としてどうか」

「へっ? あたしがレイヤーなのなんで……」

「あちらのお友達はともかく、着こなしと身のこなしがどうもそうっぽいなぁと思っただけです」

 あてずっぽうですとかわいらしく言ってはいるモノの、この子もルイが撮影したことがある子なので顔は知っている。たしか公開NGだった子だ。

「そういうことなら、内緒にしておきます。彼ほどってなっちゃうと学校ばれしたらいろいろ言われそうですもんね」

 こちらこそ失言でしたと丁寧にあやまってくれた。レイヤーの方々は本当にこういう点ではしっかりと物わかりがよくて助かる。

「リタ。いったいそちらのかたとなんのお話をされているのですか?」

「いえ。姫があまりに美しいので本当に殿方なのかとおっしゃるので、今の姫は身も心も乙女ですと答えていたところです」

「はい。本当にお美しいですティターニア姫」

 うっとりするような視線を向けつつ、そのあと名前のことに関しては言及してこないのに内心健はほっとしているのだろう。

 そうこうしていると人がぼちぼち入ってきて、その方の相手をしながら一時間くらいだろうか。

 それくらい十分姫と侍女を楽しんでから、着替えて他の場所を回ったのだった。

 もちろん、健の同級生とは合わないように配慮したのは言うまでもない。

コスプレブースにて。終了です。なんかえっらい長くなってしまいました。

クロキシ氏大活躍ですねー。うんうん。学園祭楽しむといいと思うよ。

そして黒タイツは最強だと思います。女装するときは厚手のタイツ。鉄板です。


そして明日は、健と楓香を連れて帰宅……ですが、お久しぶりにあそこに連れて行ってしまおうかと。

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