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208.逃げたお嬢様と撮影

遅くなりました。気がついたら朝でした……

「ど、どうしてにげる、のさ、ぜいぜい」

「そんなの、おって、くるからでしょう、が」

 はぁはぁと息をあらげてる磯辺さんも満身創痍な感じだ。

 正直、女子でレイヤーさんでオタだったら体力ないはずとか思ってたけど、木戸なみな体力はあるらしく捕まえるのは大変だった。たくましいなぁ。

 ボディライン維持のために走り込む人もいるというからそういうもんなのかもしれない。

 え。ルイは運動しますよ。被写体求めて八時間徘徊とかするし。もちろん燃やす量はあれでも長時間歩いているのはきちんと体にきています。若いのもある、のかな?

「追い付いたから逃げた理由をぜひ」

 さあ弁明しなされと木戸として申し出る。

 うん。これでルイならどうして逃げるかなぁー。不自然たんまりでよかったら解説してほしいかなともいうのだけど。

 いちおうこっちのときはそこそこ真面目に対応せねば。

 彼女はうーんとかあーとか言いつつ回りをキョロキョロ見てから彼女は渋々口を開いた。

「うちのサークルの先輩の男子が夏イベントで配布してたメイドさんのエロゲの体験版をやって再びメイド熱がとかなんとか言い始めて、それでこの衣装をつけて店頭に立って、うふふとか言い始めたの」

 ほらと衣装を渡されると、おぉと少なからず感動した。

 ぼう安売り店で売ってる宴会用コス衣装ではなくしっかりとした生地を使っていらっしゃる。普通にデザインもかわいいし磯辺さんなら申し分なく着こなせるだろう。

「木戸くんも気づいたか。あの人たち、わざわざ衣装研究会に依頼してこのクオリティのものまで用意して。お前が着ろってね。まったくいつの間に用意したのやら」

 ぷんすかと怒り出す彼女はいつもの高飛車な感じではなくてちょっとかわいい。一枚写真を撮らせていただく。

 なっ。ここで撮影とか、木戸くんったらひどいと言われたけど、撮りたいときに撮るのが我らだ。後でできあがった絵をみて嫌だったら消してあげよう。

「どうしてそんなに嫌がるのか、よーわからん」

 とりあえずの抗議を無視してそんな話を伝える。しーぽんさんといったら公開オッケーでばんばん姫とか貴族の衣装を着こなす人だ。それがいまさらメイド服程度で嫌がるのがわからない。さすがに姫だからできないとは言わないだろう。

「だって、メイドよ? 恥ずかしいじゃない、そんな格好」

「んなっ」

 さすがにその言葉には、面を食らった。

 まてまてまて。君はいくらでもゴージャスな衣装をばんばん着て撮られまくってるじゃないか。

「木戸君は着たことないからそんなこと言えるのよ。あんなかわいい格好、あたしなんて絶対むり」

「あ、うーん。二つ、言いたいことがあります」

 あんまりな言いぐさなのでちらりと周りを確認してから改めて彼女の正面に向き合う。

 何よ改まってと彼女には言われてしまった。

「一つ目、磯辺さん十分かわいいんだし、メイド服もばっちり似合うはず。そんなに怖がる必要は全然ないよ」

「でも、私は……」

「眼鏡メイドも需要はあるし。髪型もおとなしめのヴィクトリア調でまとめればいいんじゃない?」

 ウィッグも用意してるならなおさらいいし、無くったって十分いけるよというと、彼女はへんにゃりして顔を伏せた。ウィッグ使用というところに少し安堵でも抱いただろうか。

「そうはいっても……」

「普通のスカートとかわらないよ? スカートって言うかワンピースだね。それにエプロンとホワイトブリムがあるだけ。で。これが言いたいことの二つ目だけど、俺はメイド服きたことあるからこそ、こんなことが言えますということで」

 苦笑交じりにそういってあげると、彼女は。は!? と表情を固まらせた。

「は? どこで? まさか高校の文化祭とか?」

「修学旅行でちょっと。思いっきり他のお客に見られたし。後ろ指さされるって状態にはならなかったけど」

 関西のメイド喫茶で大人気でしたよ、と苦笑を漏らす。

 あのときは千紗さんが大騒ぎで大変だった。

「でも、それは木戸君だからでしょ。あんなエロかわいいしのさんやれるからでしょう」

 ううむ。ここでしのさんの話を持ってくるか。そりゃあのエロい格好で一日過ごしたしインパクトはあるだろうけど、けしてしのさんの趣味ではないのです。

 さて。この臆病なお姫様をどうしようかと少しだけ考える。でも答えはもうすぐにでも浮かんだ。あとはやるかどうかくらいの話だ。

「なら、本当に君のメイド姿が駄目なものなのか、是非撮らせてもらって客観的に見てみよう?」

 それなら異存はないでしょうとカメラをかまえると、彼女は渋々とことこと移動を開始して日の光がしっかり当たる場所に立った。まったく、いやだなんだと言いながら結局はレイヤー気質だよなと苦笑しつつ、撮影会を始めることにした。

「まあそこで撮るにしてもとりあえず着替えてきて」

 役に入ろうとしていたのだろうけど、衣装は手元にあるわけで。そう指摘すると、なんだか嫌な相手と似ていますわと彼女はお嬢様言葉を浮かべながら着替えができる建物の中に入っていった。



「くぅ。よくポージングは依頼されるけど、ここまでひどいの初めてだわ」

「だってメイドさんのポテンシャルを最大に出さないとだろ? これぞメイド、ザ・メイドにしあげないと納得しないだろ」

 コスプレ写真ってそういうもんだろというと、ま、そうですわねと少しだけお嬢様の口調になる。

 あれから三十分くらいだろうか。正直に言いましょう。思わず口調がルイっぽくなりそうな勢いで撮影してしまった。ポージングから始まりそのときの気持ちは? なんていう、いわゆるキャラにあまり入れ込んでいない初心者レイヤーさん向けの粘着撮影になってしまった。

 まあしーぽんさん向けには熟練者用の声かけしかしたことがないのでなにこの指摘混じりの撮影はという表情だけだしか彼女は浮かべていない。

「さて。それでは写真の公開と行きましょうか」

 普段使っているタブレットにデータを流し込む。

 撮った写真は七十枚程度だ。普段に比べれば格段に少ないけれど、この時間だったら十分な量だろう。

「はい。まずはメイドさんのおかえりなさいませ。どうどう? 姿勢の良さが顕著にでるこの一枚。いやぁ普通こんな優雅に挨拶なんてできないよね」

 あふれ出る気品だねーと言ってあげると彼女の顔が赤く染まる。

 そう。この子の残念なところは演じているからできると考えているところ。

 あれだけコスプレをやっていれば、それは修練になって身についてしまうのが普通なのだ。

 ルイが毎週末女装で外にでていて女子力が上がるように、彼女の場合お嬢様力が上がる。そうなって当然なのにそれに気づけないのである。

「お盆を前に注文タイム。胸元にお盆をもってメモをとる仕草は、すっと背筋が伸びてて好印象」

 そしてお次は、と何枚か写真を見せながら、良い点をどんどん上げていく。

「これだけできればどこに出しても恥ずかしくないメイドさんだと思うけど」

 どうだろうね? と問いかける頃には、もう、彼女は体をぷるぷるさせていた。

「ったく。こんなの見せられちゃったら、安心しちゃうじゃない……」

 どの写真もすっごいキレイで、彼女の魅力をそのままに引き出しているとうめいた。

「でも、これだけコスプレ写真をそつなく撮って、無名なんて信じられないな。あんがい木戸くんもイベントとか行きまくってる感じなの?」

「それはノーコメント、といいたいところだけど。答え合わせはするようにしてる」

「答え……合わせ?」

 きょとんとしながら磯辺さんができあがった写真をちらちらと見ていく。

 そこでびくりと手が止まった。軽く手が震えてる。少しヒントをあげすぎただろうか。

「いや。でも、まさか……」

 ちらりとこちらと写真を交互に見比べる。

「ない。ルイっていったらリア充でもってもてで、その素体がこんなさえない眼鏡男というのはあんまり……」

「……どーせ普段の俺はさえない眼鏡男ですよ……」

 もちろん聞き慣れている台詞ではあるのだが、それでも面と向かって女の子に言われると多少なりとも傷つくモノである。

「あ、いや、そーじゃなくて。その。ありえないでしょ。ビフォーとアフターがあまりに違いすぎでしょう! 同一人物だなんて信じられないというか……」

 やれやれと眼鏡を外して見せる。おまけに困ったような状態のルイ声で呼びかけた。

「これなら、どうかな? しーぽんさんっ」

「あ……」

 そこまでしてようやく、彼女は木戸がルイであることに納得したようだった。

 眼鏡のあるなしで印象が変わるのは、もういろんな場所で経験済みだ。

「でも、どうしてこんなことする気になったの? わざわざこんな」

 貴女にとって利益は何一つないじゃないと言われて、確かにそうなんだけれどと苦笑を浮かべる。

「だって、友達だから。それ以外に理由はいらないっしょ。もうちょっと自分に自信を持ってみようよ。普段の自分にもさ」

 といいつつ、自分はどうなんだという言葉が脳裏に浮かんだ。いや、大丈夫。男の俺、普通に一般庶民。影が薄いかもしれないけど、別に自分を嫌っているわけではない。ただルイがまぶしすぎるだけで。

「でもそれだけでこんな……」

「あたしも一緒だからさ。あのときエレナがいってたじゃん。普段の自分と写真を撮ってるときは別になるってさ。でも俺は普段の自分が無茶するのも、怖がらない。ようにしようって決めたんだ」

 大学デビューみたいなもん、と付け加える。前半は女声で後半は男声という見事な切り替えに、磯辺さんは困惑顔だ。

「はは。それなら木戸くんは眼鏡外した状態で生活すればいいじゃない。すっかりリア充になれるでしょうに」

 でも、その声を聞いたせいなのか、そんな風にからかってくる。そりゃ素顔の方が人の注目は浴びるのだけど、こっそりすみっこ暮らしがいいのです。

 そんな風に思っているので、しっかりルイ状態で反論することにする。

「勘弁。これがないと男に見られないもん。告白されまくられるのは嫌」

「ぶっ。まったく。ルイは本当に女ったらしで男ったらしで、やっていられませんわ」

 まったくと、磯辺さんに思い切り笑われてしまった。けれど事実なのだからしかたがない。眼鏡を外したときに男に見られないのも、おっそろしく男にもてるのも体験談なのだ。

「あれ。でもこれってアッキーは知ってるの?」

「ん? 言ってないよ。言ったら面倒だし」

 だから、内緒ねと言うと、彼女は今までの田辺さんの暴挙を思い出して軽く息を吐く。今でこそ多少はルイさんの邪魔にならないようにしようという姿も見られるけれど、同じ学校に通っているとなればもうなんの遠慮もなくぐいぐいと学校で絡んでくることだろう。

「あ。うん。確かにそうね。友達だからその点はフォローしてあげましょう」

 でも、と彼女はそこで考えるようなそぶりを見せる。

 そして彼女は眼鏡をはずすと、不遜なくらいに胸をはって話しかけてきた。

「せっかくお互い打ち解けたんだから、その。こちらのフォローもして欲しいんですの。アッキーには……というか学校の知り合いには、コスプレのことがばれないように手伝ってくださいませんの?」

「つまり、イベント会場でもし田辺さんが、あたし(ルイ)にまとわりついてきたらさっさと知らせろってことでいいのかな?」

 イベント会場での傲岸不遜なお嬢様口調をしながらいう彼女の言葉の内容を具体的に言い直して確認しておく。

 印象はかなり変わるにしても、彼女の場合はやはり知り合いが見ればコスプレをしているのがばれる場合がある。特に眼鏡を外した姿を見たことがある人ならなおさらだろう。ルイと木戸のように性別が違えばまたばれる可能性はがくっと落ちるけれど、コスプレだけでは心許ない。

「とりあえずはそんなところですわね。あとは先ほどのサークルの方とか……顔を覚えておいて欲しいですの」

「ん。じゃあサークルの人達のところに案内していただけますかな?」

 メイドさんと言ってあげると、やっぱり性悪ですわ……と磯辺さんが嘆きの声を上げながら眼鏡をかけた。こちらもすぐにもさ眼鏡(ふういん)をかけたのは言うまでもない。



 そのあとイベント会場でしーぽんさんに会うこともちらほらあったのだけど、昔ほどとげとげしなくなったということで、エレナからはなにかあったのかと突っ込まれた。友達だから仲良くて当たり前だよーと言ったら、ほーついにしーぽんさんもデレちゃったかー、さすがはルイちゃんだね! なんてほわんとした顔を浮かべられてしまったのだけど、あれは別にデレたわけではないんじゃないかなと今でも思っている。

「それより、そろそろ撮影はじめよっか。冬までには完成させたいもんね」

 さぁ、さらけ出してごらんとエレナにいうと、よーじにだってさらけ出したことないのに、と恥ずかしそうな表情をしてくださったので、しっかりと一枚撮らせていただいた。別段、エレナの裸なんてたんまり去年の夏に見ているので、いまさらそんな顔をしても、被写体としての価値しか感じないのだから、仕方ないのである。

磯辺さんついにでれる! ということで。

レイヤーさんの一部には、自己実現というか、そういう感じな人もいるという話も聞きます。

自分に自信がないから、なりきりをするし。異世界転生したりするものだと思っています。作者も自信ないから転生なながれで……orz

メイクばりばりでがっちり着飾ればオッケーでも、すっぴんだとへにょっとしちゃうっていうのはあるものなのでした!


次回は、はるかさん主催のBLイベントです。女子率95%くらいです。

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