207.大学一年九月~特撮研の学園祭準備
ついに九月に入りました! ここからは学園祭系イベント目白押しでござる。
九月になっても大学生の夏休みは終わらない。
履修登録などでちょいちょい大学に足を運ばねばならないものの、本格的な講義が始まるのが月も半ばを過ぎてからというのだから、無理矢理勉強させる機関ではないのだよねという思いにもなる。
そんな九月に入ったとある日のこと。
「じゃー、特撮研は今年もコスイベントと撮影回をやろうと思います。衣装研究会との共同企画であります」
特撮研の部屋ではそろそろ学園祭の準備をしようかという雰囲気になっていた。
早いところは夏前から準備をするところもあるそうだけど、うちはだいたい例年これくらいの時期なのだそうだ。
他のところも似たり寄ったりで十月に行われるイベントのため、と考えると後期の講義が始まる前に準備をしてちょっとずつ詰めていくというスタンスのところが多い。
ちなみに一日目は外部から人を呼んでライブなりなんなりをするのだそうで、これの企画は運営委員がやるのだそうだ。まあサークルを取り仕切っている元締めというか、自治委員みたいな感じとでも言えば良いだろうか。
人を呼ぶ関係上、こちらは動き始めが早いという話なのだけど詳しいことは知らないし、今年誰が来るのかもしらない。というか木戸としてはあまり興味が無い。芸能人関係は崎ちゃんくらいでお腹いっぱいなのである。
そして二日目と三日目が学生によるイベントとなる。それぞれのサークルの特色を生かしたものを出すところもあれば、普通に模擬店をやるところもあるのだそうだ。規模はもちろん高校のそれとは異なりかなりのものとなる。
我らが特撮研はというと、例年やっているコスイベントと撮影回、それに加えて模擬店を出すのだそうだ。
なんの食べ物を出すのかに関しては意見がいろいろと割れているけれど、そもそもみなさん料理ができるんだろうかとふと思ったりしているのだけど、どうなんだろうか?
「それで飯屋なわけだが……残念なお知らせがあります」
「……またこの流れですか」
こそっと思わず小声の女声でつぶやいてしまった。
どうせ、その後続く言葉は予想内にきまっている。
「去年は先輩が料理できたのであれですが、我らは料理は破滅的です……一年生、は?」
じぃーと、こそこそこちらを伺う姿に、やっぱりねーとがっかりする。もう慣れてますけどね。
「志鶴先輩が出来ないのってちょっと意外」
苦虫を噛みつぶしたような先輩たちの顔を見比べながら、素直な感想をこぼす。
身近にいる男の娘は料理ができる人が多いから、この人はどうなのと思ったのだ。
「あたしはほら、優雅に出来たものを食べる感じ……っていうか親父の料理風景を見て萎えた」
あれはないわーと志鶴先輩は嫌そうな顔をする。
どうやら、鈴音さんはそうとうすさまじい料理をしているらしい。まるで料理教室のハイソな感じといえばいいのか。魚は生からは無理で切り身しか使えないとか、ぬるぬるしてるものは触るたびに、きゃっ、とか声を上げるんだとさ。
そうとう志鶴さんの私怨が入っているから話半分で聞いておくべきだろうけど、あまりにもそれって女の子のイメージのトレースをしすぎだと思う。主婦の料理なんてものは手が抜けるところは抜いてないとやってられんよ。
「今度教えますから、覚えて下さい。たぶん志鶴先輩ならすぐ覚えます」
「うえぇ。いいよーそういうの。男の娘は料理できなきゃとか、そういうの性差別ですー」
心底志鶴先輩が嫌そうな顔をして、子供っぽい声を漏らした。そこまでいやですか。
「味噌汁と卵焼きだけできればポイント高いですから。そこから入っていろいろ覚えていくといいです」
「それならほら、花実が覚えればいいんじゃない?」
「会長やるだけで精一杯です……ってか、木戸くん、料理できるの!?」
「「反応遅っ」」
一年の声がはもった。
実際、なんかもう手詰まりという感じだったから、突破口ができたー! みたいな風になって反応が遅れたんだけど。
「作ったことないものもありますけど、基本は必要な道具を集めて、材料集めて、適切にレシピに従って調理をすればできるもんですよ。器用さとかはあるんでしょうが……」
うん。志鶴先輩あれで手は器用だから、そういう意味ですぐに覚えるのではないかと思ったんだよね。
レシピを読んでも理解出来ないほどとなると、もう基本的な言葉から教えないといけなくなるのだけど。
「それで? 今までどんなの作ってきたのかな? お菓子とかいけるの?」
「お菓子類はそうでも……クッキーとかロールケーキとかそこらへんくらい、かな」
「ろ、ロールケーキ自力でつくれるって……そこらへんくらい、じゃない」
「うへへへ。ル……さんの手作り……」
なんか一つ雑音が混ざってるけど無視しておく。名前はなんとか伏せてくれてるようだし。
「つっても、この環境じゃむりですよ。オーブンとかないと焼けないし、家で焼いてきて並べるってのはなんか祭りっぽくないし」
ちらりとこの部屋の設備を見て、料理とかとは無縁な部屋ですよねぇとため息を漏らす。
ガス台はガスコンロでなんとか代用できるだろうけど、オーブンがないとスポンジ生地が焼けない。
「鍋さんとか、なんか手軽にいただけるスイーツとかしらん?」
「んー。この施設で簡単につくるとしたらパンケーキ系じゃない? ホットプレートあればやけるし」
電気たらなかったら、最悪ガスコンロとフライパンでできるじゃない? と言われて、ああそれならと思う。
「あとはデコレーションとか、販売法かな。お皿使ってっていうよりはどら焼きみたいな感じにして中にクリームいれちゃうとか」
花涌さんからも意見があがる。なんだかどうやら一年女子はそこそこ料理の知識があるっぽい。
一人で全部やらされなくてすみそうな感じだ。
「クレープとかもやれるっちゃやれますが、あれ、作るの難しいんですよね。皮焼き、高校時代散々バイトでやらされて、私は出来るけど、なかなかちょっと……」
鍋島さんは、これでそこそこイベントにでてるレイヤーさんだ。お金がないとああいうところにも参加ができないわけで、高校時代はよくアルバイトをしていたらしい。
「じゃあ、ミニパンケーキサンドでどうだろう。コンビニで売ってるような感じで」
「四枚重ねくらいになってるやつですか? なんだか太鼓焼きみたいな感じになりそうっすね」
志鶴先輩の意見は作る側ではなく食べる側からの申し出だろうけど、たしかに食べやすいし中にタネをいれてしまうなら汚れずにいただけるんじゃないだろうか。
「鯛焼きとかやるところが例年あるんだけどなー、あっちは鋳型を代々受け継いでるみたいで真似できるもんじゃねぇーし。そもそも去年ってコスプレメインであんまり手が回らないからって井上先輩が飴細工とか出してませんでしたっけ?」
「飴細工って……あの人なにやってんだ」
井上先輩というのは、木戸がオープンキャンバスにきたときに食堂に案内してくれたにーさんだ。とてもオタクのにーさんである。
でも、プラモとか作るのが得意だと手先起用だからそういう芸当もできるのかもしれない。
「だったら、奈留んちとか借りてばーっとクッキー作りとかして販売とかでもいいんじゃないかなってさ」
キャラクッキーとかでもいいだろうし、という彼の提案に、一年はとりあえず反応はできなかった。
うん。模擬店をやりたいわけではなく、料理っぽいものを出すにはどうすればいいかという条件で意見を出していただけなので、それでいいならそれでもかまわないというスタンスだ。
「キャラクッキーか……まあそりゃ、デフォルメしてーってやればそれなりにはなるんだろうけど……奈留たんはどう?」
「ええっと、うちに来てもらうにしてもみんなは無理ですよ。せいぜい四人くらいまでかな。それと……木戸くんには来て欲しいけど、結婚前の娘の部屋に男子を入れるのは嫌なので、しのさんで是非」
でゅふ、と彼女はそういって笑った。これ確信犯じゃないですかねぇ? しのさんを連れ出す口実というかなんというか。
そりゃルイさんに会いたい気持ちもわかるのですが。
「ま、いいですけどね。俺これで、バレンタインのときとか女装して女子に混じってチョコ作ったりしてましたし」
いまさらそういうエピソードが増えてもなんてことはないです、というと、さすがやーと奈留先輩に手をぎゅっと掴まれてさすさすされてしまった。
「えっと、それで結局、どうするんです? 本格的なものをやるのか、それともあっさりでいくのか」
「んー、もう一日考えてきてもらって、それで明日きめよっか。朝日くんが言ってることもあながち間違いでもないし」
コスイベントのほうが主体といえば主体になるのは確かなのでと、桐葉会長は締めくくってとりあえず今日はお開きになった。
「どちらにしたところで、大変なのには変わりは無い……かなぁ」
少し家に帰るまでには時間があるので、今日は大学構内の撮影をしつつ考え事を片付けることにした。
つい、うっかり。景色にながされるように、おぉこんなところにこんなものが! とはわはわしてしまうのはある程度しかたないので、本格的に考えるのは電車の中でいいと思っている。
たとえば目の前の作りたてを出すような店をした場合、戦力として数えられるのは一年の三人だけ。
衣装研究会のほうともコラボするとしても、あっちは衣装つくるだけで当日はあまり手を貸さないのが慣例とのことだ。
そうなると学園祭がほとんどそっち絡みで終わる。それはそれでかまわないかなとも思うのだけど、そうなると先輩達の労働があまりにも少なくなってしまわないかとも思うのだ。
その点クッキーとかにすれば、販売は先輩達でもできるのだし、コラボグッズという考えもよさそうな気がする。
せっかくの初めての学園祭なのだから、撮影もちゃんとしたいというのが木戸の本音なのだ。
「だからっ、最初から嫌だと言っています!」
そんなことを思いながらうろうろ学内を散策していたら、どこかで聞き慣れたような叫び声が聞こえてきた。
何事だろうか。
「あの、外まで音がダダ漏れなんですが……なにかありました?」
「いやぁ、それがその……」
「木戸くん!?」
え、とメイド服を押しつけられている磯辺さんと目があった。
なんとなくそれだけで状態がわかってしまった。全く厄介な状況である。
「おわっ」
「あっ、逃げた」
何も言えないというような状態で、磯辺さんは顔を赤くしながら扉をあけて猛烈にダッシュ。
押しつけられたメイド服を律儀に握りしめて逃げてるのは、気が動転しているからというのもあるのだろうが、純粋にレイヤーとして衣装をぞんざいに扱えないのだろう。
「とりあえず、追うことにしますね。友人なので」
そのサークルのメンバーさんに一声かけてから、磯辺さんが走って言った方にむかっていく。
「さすがにこの年で追いかけっこするとは思わなかった」
そしてほどなくして。メイド服を片手にぜいぜい肩で息をしている彼女に追いついたのだった。
珍しく料理ができる女子がでてまいりました。ここらへんは大学生になったので、というところも大きいかと思います。奈留先輩一人暮らしなのに料理できなくて大丈夫なのかなと心配しますが、夜はアルバイト先のまかないをいただいてるそうです。
そしてご自宅ご招待のフラグも立ちました。近々遊びに行きますが、それとて書き下ろし……どんどんとページが増えるばかりでありますとも。
そして次回は磯辺っちのターンです。メイド服を押しつけられてなぜ彼女はおたおたしてるのか。オタなんだからそれくらいいいじゃない、的な……




