204.夏イベント打ち上げin特撮研
「では、イベントの成功を祝してー」
かんぱーい、とグラスが打ちつけられる音がなる。
四時の終了時間から撤収をはじめた我々は大学の特撮研の部屋に集まっていた。
近くの町で打ち上げをしても良かったのだけど、どこでも混んでいるし、それならいっそということでこちらまで来てしまったのだった。一時間以上たっているけど、まだ六時前だ。
夕飯に関しては中食がメインということで、大学の途中にあるスーパーでお総菜だったりピザだったり揚げ物だったり、そこら辺を買ってきている。今日はよく頑張ってくれたからということで今日は先輩方のおごりだそうだ。
まあ、たしかに。あれから合計五十部まで売り上げを伸ばしたのは我々の功績が大きいわけだし、今回は素直に奢られておくことにしようかと思う。
そう。午後一時から四時までの三時間。花涌さんに接客の仕方を教えながら、お客と交流しながらやっていったら売り上げが伸びたのだ。大切なのは適切に声をかけること。そして声をかけすぎないこと。
基本、あの会場にいる人達はちょっとシャイな人達が多い。もちろん好きなものに関しては貪欲でばりばり行くのだけど、人との会話が得意ではない人も多いのだ。そこでべらべら話し続けてもあまり良い結果にはならない。
そんなわけで、必要なところで言葉を投げていくのが大切になってくるのだった。もちろん、コスプレ広場での行動が宣伝になっているのもあるんだろうけど、最終的に売ったのは我々である。なにを恥じらう必要も無い。
行きよりも半分くらいになった荷物を前に会長は、すごいよ! こんなに売れるとは思わなかった! とテンションがかなり上がっていて、周りの雰囲気もかなり明るかった。
宅急便の列を横目に見ながら帰れるとか幸せすぎると言っていたのは時宗先輩で、以前個人で出展したときはかなり残ってしまって、あの列に並ぶことになって大変だったとしみじみ語ってくれた。
もちろん、少量しかもってこなくて売り切れるよりは、一定量持ってきて売れない方がまだいいという考え方もあるし、サークル参加以外で大量に買ったので宅急便を使うという人もいる。
でもかなりの長蛇になるので、お持ち帰りできる量しか残らないのは、もともとの量が少ないとはいえありがたいことなのだった。まあうちの場合は行きも持って行っているので全部残っても持って帰れただろうけど。
「いやー、充実した一日だったねぇ。ほんともー刺激? なんか普段ぐだぐだになっちゃうけど、ああいう所にいくとパワーをもらうというかエネルギーをもらうというか、MPが増えるというか」
「俺はSPが増える感じですかね。魔法使えない予定なんで」
会長と時宗先輩がなんだかよくわからない掛け合いをしているけれど、楽しそうだ。
木戸も一人そんな雰囲気を眺めつつオレンジジュースをくぴりといただく。
撮影自体はほとんどできない商売の日だったわけだけど、それでも写真に関わっていられたし、おまけに言ってしまえばここ最近撮影してきたものの整理などもお客まちの時間でできたので有意義なものになったと思う。バイト中じゃこうはいきません。
「志鶴は一年ぶりのイベントはどうだった?」
「海外だとこういうのはあんまりないし、楽しかったかな。みんなボクが男とは思わずにはぁはぁしちゃって」
ああ、快感ですと冗談混じりにいう彼女の声は、狙ったように色っぽい声だ。鈴音さんの技術力はすさまじい。
「えー志鶴先輩思いっきりルイさんに、男の方ですよね、とか言われてたじゃないですかー」
「あれはほらー、彼女も言ってた通り、あんな聞き方したら自分男っすっていってるようなものだーって感じで」
今思えば別の聞き方すればよかったーと先輩はしょんぼりしながらエビフライに食いつく。うん、実に男らしい食べっぷりである。
「たとえば馨だったら、自分のパス度をチェックするときどういう聞き方する?」
そう聞かれて、うぅーんと少し悩ましげな声を上げる。
正直パス度という概念自体自分の頭のなかにあまりない。
周りの目を気にしていたのは最初の二週間くらいなもので、あの田舎のみなさんの対応を見ていて、これ大丈夫じゃね? と感じたくらい。周りにどう見られているのかをチェックはしているけれど、それはパス率がどうのではなく、相手を不快にしないかどうかの方が大きい。男として見られることなんて、まずないしね。
眼鏡かけてても、最近……ね……
「んーまぁろくに考えたこともないですが。花涌さんと一緒にいるとしたら、これですね。この中に一人男の娘がいるっ。さぁどっちかも? と」
先程の志鶴先輩の聞き方では、もちろんルイとしても答えたけれど、自分は特殊ですと自己主張しているようなものだ。
だとしたら、何人か並べて聞いてしまえばいい。
「あー花ちゃんまで巻き込んじゃうわけかー」
「そういう聞き方なら、怪しい方はどっちだろうって感じになるね」
おぉーと、過剰な賞賛をされてはこちらとしてもむずがゆい。当たり前なことじゃないだろうか。
いや、あたりまえじゃないのか。木戸は男と女のことを、性別としていろいろ考えてきた。自分自身のパス度というものは意識しないものの、どういうのが違和感あるかはよくわかっているのである。
「三人くらいそろえて、他の司会の人も用意すると完璧ですかね。客観的に比較って感じで」
先入観を持たれると怪しいってなりますからね、といってあげると、おぉうと二人の顔がなぜか感動したようなものになっている。だから、これくらい普通……
「あの、木戸くん。女装コスしてる人も見破れるのかな?」
今日あんまり絡めなかった鍋島さんから声があがった。
彼女は今日は一日ほとんどコスプレスペースにいたらしく、見事に役を演じきったらしい。きっと今日いた女装コスの人をみて少し思ったのだろう。
「鍋さんは、この人男だってすぐみてわかるような相手はいた?」
「そりゃまあ。背が高いとかちょっとほりが深くてかっこいいとかそういうのだと、ああ男のひとだー、でもきれーみたいになるかな」
「そこら辺は一目瞭然として、他はよっぽどじゃ無いとわかる……かな。半陰陽の人とかはわかんないけど」
「……そこで引き合いが半陰陽かよ……」
あきれた声が漏れてきたのは、志鶴さんからだ。
いや、だってさ! 肉体的にまんなかじゃないと、「望む性側」に自分を表現しても、わかってしまうんだもの。
「コンビニでのチェックだってちゃんとやってますしね。年齢だけはちょっとてきとうになっちゃいますけど」
「お? コンビニチェックの話かな。馨ったら店員さんなのだっけ?」
「そうです。うちは真面目にやれっていう方針ですからね。場所によっては、それこそ来る客が全部五十代男性ってなってるところもあるそうですが」
コンビニのレジには青と赤に数字が書いてあるボタンがある。このお客が何歳で、性別はなにかを店員が判断して押すボタンで、これによって性別と年齢で客層がわかるようになっていて、統計をとればどういう時間帯にどういう客層がきて、そういう人にはどういうのが人気があるのか、というところまでデータ収集ができる。それを元に発注量を変えたり、人気になりそうな商品は多めにいれたりと手をうつようなのだ。新規出店する場合でも学生が多いとかOLが多いとかそういうのがわかれば、このデータは活用出来るんじゃないだろうか。
他の店舗だと、そんな面倒なことやってられるかということで、全部一番打ちやすいボタンで統一しているところもあるそうで。五十代青のボタンとなるわけだ。生理用品や化粧品が売れても五十代青なので、統計上はそのお店のお客はおっさんばかりで、一部化粧を嗜み、さらには生理がくるというカオスな統計となるのである。
「それもあっての見分けか……すっごいなぁ」
「講義でも、ジェンダーについて、い、いちおう。あれをいちおうというのもあれですが、習っているしジェンダー記号がどうのとかやりましたし」
「やっぱり、春先のえろい新入生は馨か」
あいつの涙目がちょっと目に浮かぶと、志鶴さんはにやにやしているようだった。
男性もスカートをはくべきとかなんとかで性役割の強制をさせてみたら、エロ可愛いという完成を見たあれである。
「……確かに今思えばあれって、しのさんだったんだ……」
「もう、しのさんばっかりずるい。撮影技術は高いし見た目も可愛いとか」
きゅっとおててを胸元でにぎりこむ花涌さんはむぅと不満げな視線をこちらに向けている。うん。撮影したくなるかわいさである。鍋島さんのほうはちょっと唖然としている感じだろうか。
「撮影技術に関しては経験値の差としか言えないかな。花っちも頑張れば伸びると思うし」
「俺達はもう伸びないみたいな言い方だなぁ、それ」
時宗先輩もちょっとしょんぼりピザをいただいていた。自信がないではないのだろうけど、あのアルバムを見たときのお客の反応でいろいろと悟ったところがあるのだろう。
「時宗先輩だって撮りまくればまだまだ伸びますって。俺だって伸びしろはまだあると思ってますし」
今のままで満足していないのは木戸とて同じだ。というか、男状態でもルイの撮影状態にまで持って行けるのが今の課題だろうか。自分で自分を目指すとか本当にわけわからないけど、今はそんな気分なのだ。
「これ以上って……まだ育つ気か……恐ろしい子」
「桐葉会長……その、爆乳さんがおっぱい持ち上げつつ牛乳のんでるときに言うような台詞はやめていただきたい」
「うぶっ。木戸くんの返しの方がよっぽどひどいんじゃないかな」
さすがにおっぱいの話はしてないよーと、奈留先輩は苦笑気味だ。男がおっぱいネタを出しているというのに、ここまで淡泊な反応でいいのだろうか。いいえ、いいんですよ、こっちも下心なんてまーったくありませんし。
「育つっていうと、実は今日お隣だったサークルさんがさ、ルイちゃんが出展してたときにお隣だったんだって」
「らしいっすね。エレナたんのコスROMのときの」
これ、っすよねと時宗先輩が千部くらい売れたうちの一冊をとりだした。
ちゃんと手を拭いてからの丁寧な取り扱いである。
「そ。それで今日みたいなスペースでひっきりなしにお客さんがくるっていう状態だったんだって」
最初は和やかに話していたのに、どどどっと人が増えたとかで驚いたのだ言っていたそうだ。騒がしてすまん。
「そんな風になれたらなぁ。一回でいいから列を作るって状態を経験してみたい」
「なれたら、っていうよりなりましょうよ。完成度あげれば買ってくれる人も増えますって」
「ううん。うちのサークルはわりとぐだぐだなのが売りではあるんだけど、確かに木戸くんの言うとおりかなぁ。もうちょっと撮影技術を鍛えますか……」
木戸くんが先生になってくれそうだし、と桐葉会長は目をきらんと輝かせながらあむりと栗まんじゅうをいただいているようだった。
別に教えるの自体は今も花涌さんにやっているし、それが複数になってもかまわないのだけど、後輩が先輩に教えるってどうなんだろうか。
「教えられることは教えますよ」
毎日これるわけではないですが、といいつつ、サンドイッチをはむりといただくと、しゃっきりしたレタスの感触が口の中に広がってくれた。
さて。あれからも宴会は続いていますが、トイレに来ました。
うん。見事に輝いた小便器が五つほど。さぁ、かけてYO! 良い感じに冷え冷えだよ! というような雰囲気があるわけだけど、木戸氏すまんけど、座ってする派です。
今時の若いもんは、幼少期こう教わります。
「トイレは座ってしようね。たってするとこぼれるでしょう☆」だれが掃除すると思ってんのというのは背後の無言圧力がそういっています。
もちろん小でも便座は下ろします。うん。だって母様こわい。
そんなわけでルイだろうがこっちだろうがトイレは大きい方を使わせていただいています。
そういや昔は、大きい方にはいるとうんこめーんとかいじめられるという噂を聞いたのだけど、そんな経験したことないなぁ。
ふぅ。
どうしてこう、トイレに入ると吐息が漏れるのでしょうか。
ほっとするというか、力が抜けるというか。ほどよいリラックス効果があるように思う。
うん。いかんいかん。ちょっと口調が女子っぽくなってしまっていた、と反省。
さて、手を洗って帰るぞーと思ったら。
休みで他にほとんど人がいないはずのトイレにその人影があった。
「奈留先輩? え、こっち男子トイレですが」
「うふふ。今だけ男子、今だけ男子」
「ちょ、サービスエリアのおばちゃんじゃないんですから、やめて下さいよ。っていうか女子トイレもこの状態ならいっぱい空いてるでしょうが」
「それはねぇ……」
ぽんと肩に手をかけて、こわくないから、こわくないからとなぜか迫ってくる。
「ちょっと確かめさせて欲しかったのー」
ちょ。この人お酒入ってるんじゃないだろうか。目がとろんとしていて身体の動きも怪しい。
すんでの所で右手が下半身に動こうかというところで、左手を振り払って後ずさった。
な。なんばしよるですか。八瀬じゃあるまいし。
「木戸くんがルイさんなのは今までのつきあいでほぼ確信してるんだけどー。なんていうかー木戸くんが本当に男子なのかーってのがいまいち信じられなくってー」
うふふふふ。愉快そうに笑いながら一歩一歩近づいてくるのは軽くホラーである。
夜の学校のトイレで女性に襲われるだなんて怖すぎる。
っていうか、この人やっぱりルイと木戸の関係を疑ってたのですね。
ああ、もう後がないぞ、となったところで、諦めて身を差し出す……訳は当然無い。
「触ったら今後一切、なるるさんの写真撮らないです」
全力のルイ声でそういうと彼女はぴしっと表情をこわばらせた。眼鏡をかけた状態でも見事に効果はあったようだ。
はい。奈留先輩のコスプレネームはなるるさんです。木戸としてはちょいちょいおためし撮影。そして。
ルイとしてはまだ撮影機会がありません。つまり一回も撮ってない。いやいずれはと思っていたけど、まだまだ待ってる人なのだ。
でもこんなことをする人にはお灸が必要。相手がわかってるならきちんとしないとだ。
ちょっと舌ったらずなのは狙いだ。八瀬相手にも多少は演技をしたけれど、おねーさんである奈留さんには効くだろう。
「う……うわーーーんごめんよーーそんな気はなかったんだよーーー」
壁際まで全力で下がって奈留先輩はぞぞぞぞとこちらを遠目に見ていた。えと、トイレの壁もちょっとばっちぃ気がしますが。男子トイレって跳ねるっていうし。伝聞系なのはあんまり木戸さん立ちしょんしないからですけど。
ともあれ彼女は水をぶっかけられたように、さっきのぽやんとした感じが抜けて真顔になった。
「いつから疑ってました?」
「最初はね春からどうなんかなーでもなーっていうあれそれがってなって、それで撮影技術の高さを見たり、あと錯乱さんとも仲良しみたいな感じだったから、それで」
ふぅんというと、ひぎぃと彼女は面妖な声をあげた。
「で。知ってますよアピールはともかく、何をしたいんです?」
「さっきも言った通り、木戸くんの大切なあれがあるのか触りたかったのです」
だって、信じられないもん。きっと男の子のふりしてるだけなんじゃないかーって、という彼女の台詞にちょっとだけ心が痛んだ。黒縁眼鏡かけてても女子だと言われるのは勘弁していただきたい。
「さわります? まあ触ったら今後……ですが」
「いいです信じんぢます。まいろーどです」
ぐすっとあきらかに敗北者の嘆きがそこにはあった。
ルイブランドがいい感じに浸透してるかと思うと、内容はちょっとあれでも、ちょっと嬉しい。
「それで、どうしてわざわざ女装して写真なんて撮ってるの? みんなは? 志鶴は? 知ってるの?」
「うちの大学では奈留先輩が初めてじゃないですかねぇ。理由も含めて今度話はしますが……」
ちらりと時計を見て、そこで話をとめる。
「それより今は、さっさと帰らないと、二人でなにをしっぽりしてるのかーとか、さんざん言われますよ」
少なくとも、俺は大の方確定と思われてるに違いないと言うと、奈留先輩は申し訳なさそうに、すまねぇと身を引いてくれた。
まあ、ルイ=木戸という話は別に内緒というわけではなく拡散させてないだけの話なので、知り合いにならある程度ばれてしまってもいいと思ってるからそれはそれでいいのだけど、とりあえずは言っておかないといけない。
「それと、みんなには内緒の方向で。私からのお願い、ですっ」
後半だけちょっとルイっぽい感じで女声にしながらお願いをしておく。ああ、自分そうとうエレナに影響されてるなぁという感じの仕草である。
「ら、らじゃーであります! それに志鶴先輩たちが知ったら取られそうで怖いし」
二人だけの秘密で、という彼女にほっと安堵のため息を漏らした。
木戸くんが立ちションしていたら、え? と思ってしまう今日この頃。小学生のころでも、こいつなら個室だろうと思われてたのではないでしょうか。
そんなわけで、奈留先輩にはばれちゃいました。でもレイヤーさんとしてはルイさんを怒らせるような真似はいっさいできないという……
さて。これにて夏イベント終了であります。明日は……花火か教習所かって感じですがまだぜんっぜんかいてないので。予告はとりあえずなしということで。




