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202.夏イベント三日目

最終日。男の子の日でございます。

 三日目。男の子の日は、素晴らしいことに曇天だった。

 まあ撮影する人からしてみれば光が弱いというのはそれだけ大変ではあるのだけど、そこらへんは光量をうまいこと扱えばいいだけのことだ。

 さて。ではなんで福音なのかといえば、ただでさえむんむんしている熱気があるこの会場に力一杯のお日様の光なんてものが降り注いだらどうなるだろうか。

 答え。みんなの汗で雲ができる。

 もちろんそんな伝説はかなりまゆつばだろうとは思っているけれど、この場に立ってしまうとあながちそれも嘘ではないかもしれないだなんて思わせられてしまうのだから、困ったものだった。

 曇っていてもなお暑い。

 しかも今日はスカート姿ではないというこのしんどさ。

 ああ、もう。どうしてミニスカではないのですか。太ももいっぱい出すなんてはしたないってみんなにはよく言うけど、今なら膝上二十センチでもいいですよ、もう。

 はいはい。答えは今日が馨としてもこのイベントに参加しなければならないからです。

 と、いうのはまったくもって語弊なのかもしれない。

 正確に言えば、ルイとしても参加しなければならなくなった、だ。危ない。最近ルイを主体として考えすぎてる気がする。

 今日は朝にメイド喫茶のおねーさんたちの撮影をしなければならなくなったので、もともとは馨としてだけでよかったところにルイ(あのおんな)が紛れ込んで来たわけである。

 そんなわけで、今日のルイさんはパンツスタイルなのであります。

 普段はスカート派なわけだけど、タックもしっかりやっているしちょっとお尻あたりが薄いけれど、発育不良の女子というような感じにはなっていると思う。

 以前ショートパンツの時に痴漢にあっているので、ちょっと電車に乗るときにはドキドキしたのだけど、ほとんどここを目的にくる人かお台場でやってる別の夏のイベントに行ってる家族連れかなのでそういうイベントは発生しなかった。みなさんそんな行為をするより健全な目的があってなによりである。

「あらん。今日はスカートじゃないのね。でも、ちょっとボーイッシュな感じもかわいいわぁ」

 西館のメイド喫茶部隊は、本日三人。挨拶をしつつ撮影を始めさせていただく。

 もともと千恵里さんには、開始直後は無理だけどなるべく早めにいくことになりますという話はしてある。

 なぜって、今日は参加予定じゃなかったからだ。

 特撮研のブースの番は一時から交代でやることになっている。午前は搬入とか準備とかをやっている先輩方が店番をやっている。というかサークルチケットを使う代償ということで、そういう時間割になっているのだった。一年でそっちにいっているのは、鍋島さんだけだ。あの子はイベントも行き慣れてるようだし、サークルチケットがあれば是非っ、じゅるり、みたいな感じだった。

 さて、本日のルイの、というか木戸のスケジュールとしては。

 その役割の時間までにここの撮影をして、いったん帰ったフリをして、再び着替えて木戸として会場にくるという技をみせなければならない。

 交通費やコインロッカー代とかいろいろかかるけれど、それはこのお仕事の支払いで十分に回収できるのでそれはいいのだけど……すさまじくタイトなスケジュールになってしまったのだ。

 ちなみに、エレナにこの話をしたら、じゃあ停めてある私の車の中で着替えればいいんじゃないかな? なんて言ってくれたんだけど残念ながらあそこも会場のみなさんにマークされているので、なかなかに難しいところなのだ。エレナの車は痛車ではないけれど、本人の人気があるものだからあっちはあっちで、おぉ、エレナたんだ、今日も可愛いとかいろいろ情報が出回るくらいの状態になっている。

 そんなところに木戸馨(どこの誰とも知らない男)が出てきたらどう思うだろうか。

 目撃されてる時点で試合終了である。

「実はこの後、いろいろあるんですよ。それで動きやすい格好の方がいいかなって」

「あなた、本来はこっちではなくって他の撮影がメインみたいだものね。いろんなことに興味を持てるっていうのはいいことよー。いつか役に立つもの」

 うふっとオネェな話し方をいっぺんも崩そうとしない千恵里オーナーを横目に、三人のメイドさんたちに視線を向ける。身長差もそれぞれあって、メイド服の着こなしもそれぞれ違う。きりっとしている感じや、ほやんとした可愛さ、そして無表情。

 うーん、無表情。昨日ノエルさんもこういう感じのキャラをやっていたけれど、最近こういうのって多いんだろうか。個人的には表情がいろいろ変わった方が被写体として好きなのだけどね。

「はいっ、ありがとうございます。千恵里さん。こんなもんでどうでしょ? 極力背景は映り込まないようにしてますので」

 三十分で五十枚程度の写真を撮って千恵里さんに渡す。今日は失敗もほぼないし、特集に使っていただけるならなによりである。

「確認できたわん。あいかわらずいい写真ねぇ。あたくしが撮ってもなかなかこうはならないわ」

「そりゃそーでしょ、オーナー。なんかオーナーに見られてるかと思うと、ああ、やばいっ、きちんと笑顔をうかべなきゃって思って、逆に固まっちゃう」

「その点ルイちゃんなら安心っていうか、やっぱ女の子のカメラマンって安心」

「あたくしだって、女ですぅー」

 低いおねぇ声でそうはいうものの、みなさま苦笑を浮かべるだけだ。

 っていうか、千恵里オーナーは女性扱いでいいということか。なるほど。今後気をつけよう。

「じゃ、これ報酬です。契約書もなにもないけど、あとで写真の権利がーとかルイちゃんなら言い出さないわよね?」

「いいですよ。お渡しした写真の権利はそちらのものです。どう使っていただいても構いません」

 茶封筒に入った中身を確認しながら、どうぞどうぞと写真についてはお伝えしておく。まだまだ商売としての写真という感覚には欠けるルイなので、こういうのは相手にお任せなのだ。敢えて権利を主張しようとかは思わない。

 たとえその写真が商業利用されるとしてもだ。

「今のいちおう録音させてもらったわん。念のため、だけどね」

 後でいろいろごたごた揉めるのも嫌だし、といいつつ、ありがとうと千恵里さんはブースの方に戻っていった。

 一番最初の第一弾の波が終わったからといっても西館は今も混雑している。イベントグッズなどの販売などもあって、スタッフがいたとしても大忙しのようだ。そんな中、一人ずつ時間差で撮ったりはしたものの、三人を引っ張り出してしまって申し訳ないことです。

「さて、んじゃ、帰りますか」

 タブレットをとりだして、ルイとしてログインしてからとりあえず今日は用事があって帰ることをつぶやいておく。そもそも最初から来場予定は一日二日というふうに告知はしていたし、今日来ていること自体がイレギュラーなわけだけど、一日中いるかも、と思われてトラブルになっても困るのだ。

 そしてすでに荷物をあずけている数駅先まで移動開始。

 木戸馨としての男ものの服装と、あっちのカメラがすでに来る途中のロッカーに預けてある。

 ルイがパンツスタイルなのは荷物をなるべく減らしたいからという思惑が大きい。もちろん、全身着替えるのも上半身だけというのもあまりかわらないかもしれないのだけど、ただでさえカメラの二台持ちだし、余計な荷物は少しでも少なくしたかったのだ。

 午後に木戸馨として女物の下着をつけているという状態なのはまあ、気にしないことにする。気に……しないで下さい。

 それと、さすがにタックははずすよ! これ、けして気持ちいいもんではないし、小さいにしてもあったほうがルイとの区分けになるだろうし。

 そんなことを思いながら、さぁいきますかーと、出口にむかう最中で声がかかった。

「あ、の、豆木ルイさんですよねっ」

「あの、私その……はい。ルイですが……あなたは?」

 基本的にコスプレスペースにいかない限りは声をかけられないと思っていたのだけれど、どうやらそんなことはないらしい。それでちょっときょどってしまった。

 その相手は。まあ知った相手だ。

 目の前に花涌さんがいて、その後ろには苦笑交じりに志鶴先輩がいる。

 花涌さんはこの手のイベントの初心者なので、ちょっとお目付役みたいなかんじなのだろう。

 ちなみに志鶴さんはコスプレを見事に決めていたりする。肩だしのワンピーススタイルに、魔女っぽい棒という出で立ちなのだけど原作はわからない。時間さえあれば根掘り葉掘りききながら、彼女がつやつやになって息を荒げるまで撮るのだけど、残念ながらいまその時間はないのだし、さらには変なことを話したら鈴音さんのボイスチェンジャー由来の声であることをこの人には見抜かれるかもしれない。

 ぐ。自重。ここで撮影会を始めてしなうのはマナー違反でもある。

 うん。それに今日はまじで時間が無いのだ。

 木戸馨としての撮影者としてデビュー戦という側面も、きっと、わずかに、ちょっとだけ? あるかもしれない。

 もちろん粘着撮影なし、男子としてのってなるとどこまで出来るかわからないけど、試したいこともあるのだ。

「ルイさんがパンツスタイルだなんて、なんて珍しい」

 そう思いつつもきょとんと小首をかしげていても、なかなか二人とも自己紹介をしてはくれなかった。こちらの姿ばかりをみてほーっとなってる。

「あ、あの」

 さすがにひどいのでもう一言追加。

 すると、彼女は、あ、すみませんと顔を赤くしながらこほんと咳払いをした。

「特撮研、大学のサークルでコスプレの撮影なんかをやってるのですが、その、ルイさんが撮った写真がうちの顧問の研究室に飾ってあってすっごいきれいで、その……」

「どのキャラなのかわからないけど、研究室にってなんか……いいのかなぁってちょっと思っちゃいますね」

「あああっ。エレナちゃんです! うちの顧問がはぁはぁ、僕のエレナたん……ってみながらにまにましてます」

「ううぅっ。ちょっとその光景は……想像するにうわぁって感じですけど……どんな写真なんだろう。えっと私が撮ったヤツなんですかね?」

 あんまりその話を聞いたことがないのですがととぼけると、はいと彼女から声があがる。

「顧問のかたがいうには、ルイさんがいるからもう僕が撮らなくてもエレナたんきれいに撮ってくれるお、とのことでしたね。あれは本当にきれいでっ。憧れちゃいます」

 きゅっと両手で手をとられてしまってちょっとだけドキドキしてしまう。ここまで感動を隠さずに褒められたのは初めてなんじゃないだろうか。もちろん普通に褒められることは多くなってきたけど。

「ところで、ルイさんにあったら聞いてみたいと思ってたのですが」

 志鶴さんがそんな花涌さんの強引っぷりにあてられたのかずいと身体を乗り出してくる。

 この機会になにか話をしておきたいらしい。

「私の性別を是非当てていただきたい」

 しゃきんとポーズをとりつつそんなことをいう彼女に苦笑が漏れてしまった。

「男性の方、ですよね? 声の感じが自然過ぎてびっくりしましたけど」

 うちのエレナに負けませんね、と微笑みかけると彼女は、すさまじき威力だと後ずさった。

 失礼な。普通に答えただけなのに。

「それに、そもそも女性の方がそのコスで自分の性別を当てて下さいとかなかなかいいませんから」

 いくら私が男の娘を撮るのを得意としていてもちょっとそれは、というとそりゃそうだねぇと朗らかな返事がきた。ここまで見事な女声というのもそうはいないのでしっかり褒めておく。でも褒めすぎはよくない。

 貴女の声もそれではないですかと突っ込まれたらさすがに困る。

「さて、そんなところで、申し訳ないのですけどこれから行かなきゃいけないところがあって。三日目の賑やかな日を撮れないのは残念なのですが」

「ああ……」

「引き留めてごめんね。ええと、できれば今後イベントで会ったときはよろしくっ」

 というか優先的に撮っていただけると嬉しいですっと志鶴さんが遠慮をしつつ自分を売り込むという暴挙をしてくださった。

「縁があったらお会いしましょう」

 たぶんコスプレしてるならいつか会うと思いますと言い置いて、すたこらさーと会場を後にする。

 目的地は荷物が置いてある数駅先の駅だ。

 ネットの情報もちらりと見たけど、えっ、ルイさん帰っちゃうの!? とか今日こそ撮ってもらおうと思っていたのになんて声がちらちら聞こえつつ。ああ、駅に向かうお姿が、マジで帰っちゃうのか、かなしす、なんてつぶやきもあったので、とりあえずルイさんは用事があるとみなさん思ってくれたようだ。

 そもそも三日目に参加する表明はしてなかったのですけどね。

 そして電車で移動開始。

 この時間でもちらちらとアニメ絵のはいった紙袋を持っている人がいるというのが恐ろしい。

 まだ開始二時間経ってないくらいだけど、どうもみなさんの中には戦利品をゲットできてさっさと引き上げる人もいるようだ。

 そりゃ始発から来てるのだものね……閉会時間まで居残るのは大変かもしれない。

 そんなことを思いながら、着替え一式が入っているロッカーまでついた。

 メイクオフ自体はそう大変な作業でもない。エレナには怒られるかもしれないけど、多目的なトイレを使うのがここのところの定番となってしまっている。鏡もあるし使いやすいものの、基本的には速度重視だ。他の人の迷惑になることは基本はしない。そしてメイクオフだけなら専用のコットンでばしばしメイクを落として洗顔したあとに保湿と日焼け止めを塗るだけなので、メイクアップよりは遥かに楽なのだ。 

 ロッカーから荷物をだしてさて、どこのトイレを使おうかと物色をする。案内図はあらかじめ見ておいたけど、実際この町を利用するのは初めてだ。

「あれ? 巧巳さん?」

 数駅先に行けば知り合いもいないかなと思ったのだけど、逆にばったりと一昨日の初々しい姿を見せてくれた男子高校生と会ってしまった。

「ええと、ルイさんでしたっけ? 千恵里オーナーに見初められた」

「その言い方はなんか、背筋がざわざわしちゃいますけど、まあ」

 そうです、といいつつ相手の出で立ちを見る。調理用の白衣のようなものを着ている姿はまだまだ幼さがあるけれど、かっこいい。

 メイド服の音泉ちゃんと並ぶと絵になりそうな感じだ。

「実は俺、今日は先輩の店の手伝いをしてるんです。スイーツっていうかケーキ出してる店なんすけど。良かったら食べていきません?」

「って、いきなりナンパされちゃいましたか……」

「なっ。ナンパとかじゃなくて、音泉(あいつ)がルイさんと仲よさそうに話してたので、ちょっとサービスしておこうかなって思って」

 サービスという単語を聞いて少しだけ反応してしまうこの身の貧乏性が憎い。

「お誘いはありがたいのですが、この後予定がびっしり詰まっているのです」

 うぅ、ケーキーと言いながらもきちんと誘惑を断ち切ることにする。

「あはは。そういう所はあいつと似てるっていうか、そういうので意気投合したのかな」

「だって巧巳さんのケーキはすごいとか、いろいろ聞きましたからねぇー。あれだけいろいろ言われると普段シフォレでスイーツ祭りな感じな身としても気になります」

「……あそこっすか。いづも姉さんのところで食べ慣れてるとなると、俺のなんてあんまりってなっちゃうかも」

 しょぼんと肩を落とす高校生を前に少しだけおねーさん気質が頭をもたげてしまう。

 というか、彼、いづもさんと知り合いなんすか。

「ええと、ちょっと味わうっていうほどの時間はないけど、試食レベルならなんとか」

 ちらりと時計をみながら頑張れば何とかなる時間というのを確認してからそんな提案をする。

「おっ。それはなにより。俺も時々研究と勉強をかねていろいろ食べまわりしてますが、いづもさんのお店って店内もだけど、味もいいので俺の目標っていうか、ライバルっていうか」

 是非感想下さいと熱く迫られてしまうとルイおねーさんは困ってしまいます。

 なので、一言だけ、今の姿をかしゃりと撮りながら伝えさせていただいた。

「もちろんケーキの撮影はオッケーですよね?」

 そう。時間は確かにないのだけど、ケーキの写真も撮らせていただくことにしたのだった。

三日目は三部構成の予定です。

今日はルイたんのターン。町中で着替えるのって地味に面倒くさいのですよねほんと。

そしてなにげに、特撮研のメンバーとあまり会話してないのですが、花涌さんあたりはブースにいってからテンション上がるに一票です。木戸くんの前でルイさん談義……

田辺さんとはちょっと変わって、撮影者としての憧れになってくるのかなぁなどと思っています。まだ全然書いていないんですけどね!


そんなわけで、今日書き上がれば明日アップ、あがらなければ明後日の夜アップの予定であります。休日出勤なのデス。。。とほほ。

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