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200.夏イベント二日目

二日目、はっじまるよー

 二日目。女の子の日のはじまり。

 といっても、もちろん月一回のアレが始まりましたとか、そういう怖いことはないのです。

 たいてい夏のこのイベントは一日目がゲーム系中心、二日目は女性向け(腐女子含む)、三日目は男性向け(エロ含む)ということで通称、女の子の日、男の子の日と呼ばれるわけである。

 まあ、さくらあたりなら、ついにあんたにも始まったか、お赤飯を炊いてあげるよ……とか生暖かい目で見られそうだけど、半陰陽じゃないのでそういうことはございません。そしてそのような機能を持たせる技術は現時点でございませんとも。

 さて。今日はクロキシが会場に参戦しているので、会えたら会おうかなんてはなしをしている。あの子は三日のうち今日と明日に参加と言っていた。いいんだろうか。受験生がそんなに全力でコスプレしていて。

 本人曰く、勉強は普通にやっているし、ルイねーみたいにほけほけいっつも撮影にかまけてるような人とは違いますなんてことらしいけど、通ってる学校のレベルの問題もあるような気がする。

 ルイの、いいやこの場合木戸が通っていた学校とて悪くはないけれど、あくまでも公立の学校である。

 それに比べると、健とふーは、私立の姉妹校に通っていたりする。エレナのところよりハイソではないけれど、私立の方が受験対策はしっかりとやってくれるというのが一般論である。

 ちなみに健が男子校、ふーが女子校だ。統合する話も一時期はでたそうだけど、貴重な男子校女子校をなくさないでくれという意見が多かったとかで、今もそのままだ。学園祭なんかは一緒にやるし交流はあるようだけれどね。

 今年は是非遊びに来てとクロキシには言われているし、撮影がてら行こうかと思っている。もちろんルイとしてではなく馨として行く予定です。男子校にルイさんで行くとどんな目にあうかわかったものではありません。

「相変わらずすっごい人混みだ……」

 本日も昨日と同様ですさまじい人の群れ。特に女性比率が今日の方が高めです。さすが女の子の日。

 こんな人混みでばったりクロキシに会えるはずもないけど、それは前世の繋がりでなんとかなる、なんてこともなくスマホと携帯で連絡をとるだけだ。前世の繋がりではなく今生の連絡手段である。一昔前は繋がりにくかったという話だけど、最近は電波も良くなったのでちゃんと繋がるのである。最悪公衆のWIFIを使わせてもらうこともできる。

 さてそんな二日目。本日はまず囲まれる前に依頼だけでも済ましておこうということで西館のメイド喫茶ゲーのところに向かった。

 千恵里さんがいうには、三日目が本場みたいなもんだから三人でがっつりいくのよーと熱くいっていたのだけど、まあ三日目が男の子の日なのでそれで正しいのだろう。

 だったら音泉ちゃんを三日目にぜひっといったら、あの子じゃ怯えちゃって無理、というまっとうな返事がきたので、ああこの人従業員一人一人の個性を知っていなさるのかーなんて思ってしまった。

 さて。撮影も無事に終えて、そんなわけでお昼過ぎ。

『コスプレエリアに入るまでは、写真をねだらないこと』

 西館にいる間は特別、レイヤーさんからルイに声はかからなかった。

 決まりというかネットでできた暗黙のルールというか、大きなイベントだからこそ自重しようという空気が素晴らしい。まあ展示とか販売をやっているほうで人だかりができてしまったらすさまじく迷惑だものね。

 そんなわけで、ルイさんは先にご飯をいただこうかと思います。結局昨日は囲まれてしまったのでお昼は三時半も過ぎた頃になってしまったし、お腹もかなりすいてしまったのだ。

 とりあえずベンチを確保して家からもってきたサンドイッチをいただく。うん。どこにどんな目があるかわからないからできるだけ女の子っぽく。あぐりと豪快に噛み砕くようなことはやめる。コロッケとかだとやりたくなるんだけど今日はトマトとレタスとチーズのサンドイッチと、チキンと卵という組み合わせだ。

 タブレットをいじりながら片手でぱくつけるサンドイッチは素晴らしい逸品ではないだろうか。もちろんおにぎりもまったく同じ理由で素晴らしい。ながら食べは太る原因といわれているし普段あまりやらないのだけど、なんせ今日は時間が惜しいので情報収集である。

 なんかかわいい子の情報ないかなーなんて思ってサイトを見ていると、あ、いまルイさんがサンドイッチはむついている、かわいい。ちっちゃい口で食べてるのかわいい、何てツイートがちらちら上がっていた。まったく。ここは夢を壊してやろうかと思ったりもしたけどしかたない。ここは三日だけの夢の国。

 最後に指についた、マヨネーズをぺろりと一なめ。

 おおっ、ルイたんの指ぺろまじでかわえー。俺もぺろられてぇ。なんていう書き込みが追加されていたのでやり過ぎたと反省した。そういや指っていうと、修学旅行の時に思いきりなめられたっけなぁ。まったくあのおバカさんたちは。

 そんな感じで少しネット上の水面下の、この場合は網上の情報戦(笑)をみながら、コスプレ広場に向かうと、なんか女の子の人だかりができていた。

 うん。ルイとて十人くらいに囲まれるのはわりとあるんだけど。これはひどい。その五倍か十倍か。

 みんなキャーキャーいって広場は軽いパニックになっている。

「どうしてあいつは女の子の日に来てしまったか……ほんと反省するべき。っていうかエレナが怒るよこれ」

 その輪の中には、あいつがいた。

 そう。HAOTOの翅である。芸能人がお忍びでコスプレ会場にくるというのはほんとどういうことか。

 そりゃ女装楽しいとか言っているし、その言葉自体に嘘はないと思う。

 エレナもあれで、いろいろ教えたりしてきたということだし、スキル自体は比較的高めだ。声はエレナには教えられないのでそのまんまということなんだけど、あのビジュアルとギャップのあるイケメンボイスがどうにも周りの人達のツボにはまっているらしい。

「皆さん、落ち着いてください! 彼は逃げませんからー! それとツーショットはダメですから! 自重していだくようにお願いしますー」

 スタッフさんが声を張り上げている。もともと決めていた内容なのか、本人の代わりに大音量で告知をしてくれているので、いくらかまだ混乱はマシなほうなのかもしれない。

「ずいぶんと騒がしいですね。何事ですか」

 それでも群がる女子達の前に颯爽登場したのが、クロキシだった。

 あ、なんかデジャブったなぁこれ。前の時はエレナがびしぃっと周りの騒動を押さえたんだよね。

「あっ、クロキシさまよ……」

「今日も麗しい……素敵……」

 クロキシのコスは男の娘限定というわけではないので、レパートリーが広い。

 今日はどこかの姫騎士コスだった。髪の毛が赤いのはそういうウィッグをかぶっているからで、ゴージャスなウェーブがかかっていたりする。手間がかかってそうだなぁあれ。

 そして装備されてるのは西洋の剣。もちろん偽物だけど、作り込みは半端なくて、健くんたら受験生なのになんてものを作っているのですかと言ってしまいたくなる。

 先輩達は長物禁止という話をしていたけれど、このおっきいイベントでは実は数年前にその条項が削除されていたりする。そりゃコスプレキャラの人気がどうしたって刀剣類を必要とするような作品に集中すればそうもなってくる。

 実際、今年は刀をモチーフとした作品が人気を集めている関係で、和服に刀という構成の人が昨日よりも二割増しくらいで多いような気がする。さすがは女の子の日だ。

「べ、別に、なんの問題もありませんわ。ただ(わたくし)の美しさに庶民が見とれているだけで」

「くっ。貴女はいつもいつもそう言って責任を逃れようとしますね」

 あ。なんか始まった。

 あんまり詳しくはわからないけれど、きゃっ、なんか二人の絡みを邪魔するわけには、なんてことを言っている人達がいるから、同じ世界観のキャラなのだろう。ライバル関係みたいな感じなんだろうか。

 その状態になってしまっては、写真を撮るというよりは演技を見ていたいというような感じになって、みんな囲みはしていてもさきほどの騒ぎは落ち着いたようだった。

「そうは言っても、これは仕方ないではありませんか。持って生まれた資質を磨き込んでいる私ですもの。みなさんの視線は集まってしまいますわ」

 ふふんと、翅がわざわざ胸を強調するように腕を組みながら、じぃとクロキシの胸元に視線を向ける。

 対してクロキシはそこまでの胸は作っていない。貧乳キャラではないけれど、そこまで大きくない設定らしい。

 個人的には二人とも男の娘キャラをやれよーと思ってしまうのだけど、そんな縛りでコスプレやるのはエレナくらいなものだと後で二人に言われてしまった。

「おっぱいおばけ」

「なっ」

「こんのおっぱいおばけが。試合になったらそんな邪魔なものがあってもどうにもならないんだから」

 はい。翅さんのキャラは爆乳さんです。ここまでの流れでおわかりの通り、二人はちょっと険悪なキャラ同士のようです。女子同士の喧嘩は怖いですね。

「ふむ。なかなか良い表情をしてくださる」

 その周りの輪の一人となりさがりながらルイもその姿を思い切り撮影しておく。表情を撮りたいので全体よりはバストアップを狙う。ホントはもうちょっとすすみたいところだけど、こればっかりは仕方あるまい。

「あら。邪魔なんてことはないわよ。きちんと身体を使いこなせさえすればね」

 貴女にはその必要はないでしょうけど、とあざけるような表情は、以前見せてもらったあのぎこちないものとは違って堂に入っている。さすがはドラマとかをやってるだけあって、表情が上手い。

 上手いんだけど、こういう高飛車美女の表情が上手くなっちゃっても誰得なんだろう……仕事でそういう役はさすがにこないんじゃないかな。

 けれども二人はそれからも言葉を交わして、演技をしている。それこそその物語をなぞるような感じで不自然さがない。相当原作を読み込んでいるらしく、お互いなぜかわかり合ってるかのような視線すら向け合っている。

 いいなぁ。二人のやりとりが過熱するごとにその表情がころころ動いて面白い。

 さぁ、撮らせておくれよ、とシャッターをきっていたのだけど。

「あ」

 ちょっと無理な姿勢をしていたので、そのままぽてんと輪の中から一つ飛び出て、思い切りすっころんでしまった。

 周りからめっちゃ見られてしまったけど、それよりもこちらとしてはカメラの無事を確認するのが先だ。

 うん。とっさに庇ったので特に問題はない。 

「ちょ、ルイねー。何やってんの」

「だ、大丈夫か?」

 普通に二人の口調が普段のそれに変わる。クロキシは女声維持だけれど。

 演技はおしまいといった感じで、こちらに近寄ってくる二人の表情には心配が浮かんでいる。

「ちょっと無理な体勢したら、そのままこてんと行ってしまった感じでね」

 それを見た皆さんは、おわりかーという表情を浮かべながら無事に散ってくれた。

 というか、譲ってくれたというのが正しいのだろうか。

 さぁ二人の姿を写真に撮ってアップしてください、という感じの。

 周りからひそひそと、あ、ルイさんだって声も上がっていたし。近くにいた子たちは二人が近寄って来てあわあわいいながら逃げ出すように散っていったところもあるんだろうけど。

 でもすみません。翅の写真に関しては多分事務所からストップがかかると思います。

 というか、それ込みでルイだったらいけるのでは、になるのかな。まったく知らない関係ではないし、以前は知り合いですという大々的な告知もしてしまっているから、みんなが、ならば翅の艶姿を綺麗に撮って『拡散して欲しい』と思うのは自然なことなのかもしれない。

 でもそんなことしたらにまぁと笑顔であのマネージャーさんに、おしおきですっ♪ とか言われながらデビューしましょうとせっつかれるに決まっている。

「で。これ誰よ」

 さっきは思い切り演技して周りの気を散らすのに精一杯だったけど、とクロキシが首をかしげている。

「言わなきゃ、ダメ?」

 できれば健には、あまり知らないでいて欲しいなぁ。こいつに追っかけ回されてるとか、そういうことはさ。

「そっちこそ誰よ。俺のルイちゃんと馴れ馴れしい」

「俺のって……おまっ……ルイねーは誰のもんでもねーだろ」

 先ほどのやりとりとは別で本気で言い合いを始めている二人に、こちらはただため息をつくばかりだ。

 そもそも、翅くん。いつ君のものになったのか十文字くらいでお答えくださいってんですよ。

「同じ作品の合わせ。本編の喧嘩気質まで再現しないでいい。黒くんも大人げない。いくらルイさん大好きだからって、そんなに怒らなくていい」

 あーあ、仲裁しようかと思ったところで、すたすた近寄ってくる影があった。

 こっちは思い切りキャラに入ってるっぽい、ちょっと棒読みというか感情が乗らないというか、ぼそぼそした話し口調だ。

 彼女はノエルさん。クロキシと組んでいろいろとコスプレやってるおねーさんだ。確かルイの一個上だったような気がする。こんなにちっちゃいのに二十歳なんだよなぁとつい頭をなでてしまいたくなるほどのかわいらしさである。

「でもノエさん、こいつ俺のルイとか言いやがるんですよ。多くの敵を今量産中ですよ」

「その分、この人味方もいる。芸能人。あんまり責めると矛先がルイにいって危険」

 おお。まさに冷静で完璧な分析。

 HAOTOの翅は先ほどの人気を見てもわかるように女性ファンが大量にいる。この会場ですらいる。

 一時期は危うく、ルイさん大ピンチにまでなったくらいだ。

「おまけに、二人をモチーフにした薄い本がいっぱいでちゃうから、そこらへんも考慮するといいよ」

 疲れた声で補足をいれておく。

 男二人、しかも片方がイケメンで片方は女装スキルがべらぼうに高いとなると、こりゃもうとりあえずカップリングするしかないでしょっていう人は出ない方がおかしい。普通に考えて翅×クロキシだけど、リバもいいよねとか女装からの攻めもアリだよねとか、いろいろ妄想の翼はいくらでも羽ばたくだろう。

「ルイのことを大好きなら、黒くんは自重すべき」

 まだ、じぃと翅を睨んでいるクロキシにノエルさんはぼそぼそした口調を変えることなく付け加えた。

「なっ、大好きって……狙ってるのか?」

 けれどそれに反応したのは翅のほうだ。

「ね、狙ってるわけないし。っていうか、あのルイねーだぞ。あの残念美人のルイねーだ。恋人になりたがるやつはいてもつとまるやつなんているわけがない」

 なかなか健がひどい。そりゃ写真撮っていたいとは思うし、恋人とかはさすがにないわーって感じだけど、人から言われるとそれはそれで傷つくものがある。

 そもそも健くん。狙うってところで、歯切れ悪く答えないように。

「それには同意。ルイのパートナーはエレナ。でも恋人はできるわけがない」

 恐ろしい、となぜかガタガタ身体を震わせながら、ノエルさんがこちらをバケモノを見るかのような目で見つめてくる。これ、演技だよね? そうだよね?

「こ、怖くないよー。ノエルさん、私は無害な一般人デス」

「一般人があんな、あんなことしない……私をあんなメチャクチャになんてしない……」

「いつメチャクチャにしましたか! っていうか、これからメチャクチャにするので、三人さっさとポーズよろ」

 にひっと笑いながら言ってやると、やれやれと翅にまで肩をすくめられてしまった。

 けれどもここはイベント会場で、極上の被写体が三人、しかも合わせなのだとしたら、もうカメラを向ける以外にやれることがあるだろうか、いや、ない。

「では、撮影タイムをはじめましょうか」

 にんまりその台詞を言うと、三人は先ほどの言い合いをやめて、すちゃりとポーズを決めて下さった。

 まさかコミケで長物持ち込みOKになってるとは思っておりませんでした。

 しかも数年前って……ヒキコモリ気質はいかんですね。


 さて。それでお久しぶりの翅さんです。相変わらずルイラブですが、今日はそこまで積極的な感じではないのは、思いっきり女装だからなんじゃないでしょうか。ずっしりシリコンパットつけてたりしますしね。

 そしてノエルさん参戦です。クロキシくんの相棒ですが、ショタコスを中心にやっておられる方です。ぼそぼそ喋る子は私も大好きです。

 そして本編200話越えました! 長らくお付き合いいただきみなさまありがとうございますっ。まだまだ続きます。


 さて。次回の更新ですが、二日目夜の部といたします。

 せっかくだからもんじゃでも食べさせましょう。うん。

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