199.夏イベント一日目2
実は一日目がまだ続きます。
「やーん。ルイさん完全復活してるっ! 是非っ、是非に撮っていただきたく!」
きりっとそう言い切ったのは戦国武将みたいなコスをした女の子だった。前に撮影させていただいたことがあるけれど、ポージングがびしっとしていてかっけー人である。
音泉さんと別れてから、コスプレ広場に出るといくらか風が通って暑さが楽になった。
けれども目の前に広がっている光景は熱いものに違いない。
「はいはいっ、じゃ、いきましょーか」
本日の第一被写体さんは、残念ながらご指名になってしまった。音泉ちゃんが第一って話もないではないけど、広場に出てからっていう意味で。
去年は受験で冬にはこれてないし活動も自粛していたので、どうにも周りをチェックしていた人達が居たらしい。あとあとで知ったことだけど、どうもルイさん目撃情報とかいうのも流れていたそうで……
ネットの情報怖っ、と思ってしまったものだった。というか、ルイはただの一撮影者であって、そこまで盛り上がられても困ってしまいます。
ちなみに、久しぶりに目撃したって人からは、なんかちょっと垢抜けたとか、大人っぽくなったとか。
もちろんもともと可愛いんだけどね、とか、はあはあルイたんお嫁さn、とか割とひどい書き込みもあった。
ううむ。外見に気はつかっているけれど、別にもてたいとか騒がれたいとかってわけではないんだけどな。
ただ良い感じに撮っていたいだけ。
「では、いろいろと答えてもらいチャイマスよー」
ふふふと、とりあえず切り替えていつもの撮影をスタート。
そのキャラについてのお話をいろいろと聞かせてもらいながら、ポーズを取ってもらう。
うん。戦国武将っぽいといったけど、ゲームのキャラクターらしい。侍っていうと刀や槍ってイメージだけど拳で戦うらしく、見事な手甲をつけている。まあ金属じゃなくプラスティックなんだろうけど。
「ルイさんはもう完全復帰されたんですか?」
「ええ、いちおー大学生やってますので、全面復帰です。コスプレ以外もいろいろ撮ってるのでイベントにたくさん出てるってわけではないんですけど」
特に今年の春はいろいろやることが山盛りで、小規模のイベント参加もそんなに多くはできなかった。
それもあって、今日が本当の意味で完全復帰かと聞かれてしまっているわけだ。
そんな話をしながらもシャッターはしっかりときっている。
「あ、あとっ。エレナちゃんのコスROMって出る予定あるんですか?」
ああ、またこの質問がきた。クロキシにも聞かれたけど業界の皆さんは気にするところらしい。
「いちおー冬までには完成させたいねって話をしてます。今回は期間も気力もばっちりですから、前のを越えますよ」
自分でハードルをあげるのもなんだけれど、今年出す予定のコスROMはかなりの力の入りようだと自分でも思っている。というか一昨年作ったアレはなんだかんだで速攻だったので自信はあるけどまだまだがんばれたのでは? という思いが離れなかった。なんせ六月の誕生日で場所の話をして、そのあと撮影にいって写真の選別をやってというようなことをやったので、ホントに製作期間が短かったのである。
それに比べて今年は、もちろんそれだけに専念できるわけでもないけど、試作できる時間がたんまりある。夏合わせでROMを作らなかったのはお互いに新しい生活に慣れないからというのもあるけど、せっかくだからじっくりつくりたいよねっていうのがあったのだ。
もちろん、旅行先の仲居さんが言っていたように、コスキャラには流行廃りがある。
一番注目されるのは、そのときに公開されてるアニメなどのキャラだろうか。ゲームでも発売直後にそのキャラが多くなる。それが去年のキャラなどになると若干減ってしまうわけで、やるなら旬を追った方がいいと考える人もいる。
もちろん逆にそのキャラが好きすぎていろんなバリエーションで末永くやる、という人もいるので、そこらへんは好みの問題になってくるだろうか。
エレナの場合は「男の娘キャラ縛り」なので、実はあんまり旬は関係ない。そりゃ最新のものをやれるならそれに越したことはないけれど、今期に放映するもので男の娘がいない、なんてことももちろんあり得るからだ。
昔に比べたらかなり増えたんだよーって大喜びしてはいるけれど、それでもやっぱりレアキャラであることには違いはない。
好きな人は大好きだけれど、一般的にはそこまで反応する人が多いというわけでもないのが現状だ。
「さらっと前のを越えるって言っちゃうあたりがルイさんたちらしいですけど、冬になってしまうんですね」
ちょっと残念かなぁ、もっとはやく見たいですと言われてしまったものの、せっかくのお披露目は大きなイベントの方がいい。
「秋に大きめなイベントがあれば別なんですけどね。それに私の場合は秋はたんまり山とか川とか撮りに行きたい……」
今年は撮りまくりますよーとにんまり言ってあげると思い切り苦笑されてしまった。
「うちらとしたらコス専門でやってもらいたいくらいですけどね」
ルイさんに撮ってもらいたい人はたんまりなんですから、と彼女に言われつつ、最後にポーズを決めていただいて撮影終了。
ちらちらと他の人達の視線がこちらを向いているのがよくわかる。
うぅん。これはまた囲まれそうだなぁ……
撮影済みのデータを彼女に渡して終わると、さて、次はどんな方を撮りましょうかと視線を巡らせる。
まだまだ太陽は高く、時間はたっぷりなのだった。
「あらぁん。もしかして貴女……さっき音泉ちゃんのこと撮影していた子かしら」
西ブースに戻ってきてからきょろきょろ周りを見渡していると声をかけられた。
ええと。いわゆるオネェといえばいいのでしょうか。
その声音はしっかりと太く男性のそれなのだけれど、口調だけはこれでもかというくらいねっとりとした女言葉で、普通の女子でもつかわねーだろっていうようなものだ。
時々木戸が男子相手に嫌がらせてやってみせたりするアレである。
「ええと、音泉ちゃんのことは撮らせていただきましたが、あなたは?」
「ふふ。あの子から話は聞いてないかしら。あたしがフォルトゥーナのオーナーをやってる千絵里よん。あの子たちにはオーナーって呼ばれてるけど、普通にさん付けで構わないわ」
彼女が名刺を差し出してきたので受け取ったあと、こちらも自前の名刺を渡しておく。コスプレ写真を撮っていると名刺の交換は日常茶飯事なので、割と大目に刷ってあるのだ。
特別、ルイとしてはこの手の方に対して偏見のようなものはない。面白そうな人だなーっていうのと、メイド喫茶のオーナーさんだからやり手なんだろうなーとか、そんな感想だ。
「それで千絵里さんは、わざわざ私になにか用でも?」
さきほど音泉ちゃんの撮影はしたけれど、そのデータはすでに彼女に渡しているし、生活拠点が銀香周辺なのも伝えている。さすがに勧誘にくるとかっていうのはないと思う。
「ええ。貴女が撮った音泉ちゃんの写真を見せてもらったんだけどねぇ……」
ごくり。なにか苦情でも言われるのだろうか。メイドさん的にツーショットはまずいとか何かあったのなら申し訳ない。
「もうもうもう、ぞくぞく来ちゃったわぁん。余すこと無く音泉ちゃんの魅力を引き出してて。確かにあの子の利点は純真さだもの。そこらへんが見事にでてて可愛かった」
けれど、彼女? は身体をくねくねさせながら、たまらなかったわよーと感情表現をしている。
お気に召していただいて光栄だけど、さすがにそこまでねっとりしていると、ちょっと引いてしまいます。偏見はない方だけど。
でも、そんな仕草も少しのことで。
「それと、あれだけ見事に隠せるって、正直驚いたのよ」
そしてこそりと耳元で彼女は言ったのだった。
「あれじゃどこからみても女の子にしか見えないわん」
ぴくりと身体が震えた。あれ。音泉ちゃんみんなに内緒にしてるって言ってなかったっけ。
「正直、あの子が去年うちに入ってくれたからこそ、今日のゲーム作ろうって思ったし、設定だって面白そうっておもっていろいろ付け加えちゃったけど……あの子はこっちが気づいてるっていうのを知らないのよねぇ。まあ変に硬くなられても困るからいまのまんまが一番なのだけど」
「黙ってろって言いに来たってことですか?」
なるほど。こっちが撮ったあの写真だけで、事態を把握して見つけられるなら話をしておこうとかそういうところだろうか。
「ま、おおむねそうねぇ。うちの大事なスタッフですもの。音泉ちゃんはほわほわしながら、いっぱい撮ってもらいましたーって幸せそうだったけど、世の中悪い人だっていっぱいいるし」
確かにあの子なら周りを疑うってことをあまりしなさそうな気がする。
実際オーナーさんもある意味では騙しているわけなのだし、それでも毎日がんばって働いているのだろう。
「私としては楽しく撮影できればそれでいい人なので、さっきの話を公開しようとかって気持ちはこれっぽっちもないのですが……」
そう言っても信じませんよね……と苦笑を漏らす。
そう。弱みを握られた人間はいつだって不安で仕方が無くなるものだ。
こちらが誠意を持って話をしたところで、その言葉が信じられない。
でも、なんとか交渉はしておかないと。
「そもそもこの私が彼女のような子を愛でることがあっても害することはないのです。千絵里さんの前でだって特別態度変えてないのが証拠です」
さあこれでどうだと早めにカードを切ると、そうねぇと普通の人ならどん引きしそうな仕草で彼は少し思考をめぐらしながら、んふっとこれでもかというほどのオネェ度の高い笑みを漏らしながら、こんな提案をしてきたのだった。
「せっかくだからうちのブースに来てくれないかしら。それと三日間参加するなら毎日寄ってもらってうちの子達を撮ってもらっても?」
「仕事の依頼ということでよろしいですか?」
彼の提案にこちらも声音を少しだけ鋭くして答える。
「そうねぇ。もう少し貴女のことを見てみたいっていうのもあるけど、純粋に写真の出来にも満足しているから、せっかくだからホームページの特設コーナーで使っちゃおうかって思っちゃったのよねぇ。作品の宣伝にもなるし、おまけに実際のお店にいる子がモデルをやるから喫茶のほうの売り上げにも繋がるし」
「商売上手なことで」
苦笑気味に答えると、あらと、千絵里さんは怪訝そうに眉を上げた。
「ルイちゃんは権謀術数とか、策略とかってたぐいは嫌いなほうなのかしらね」
「前に、嫌な目にあってるんで、それを思い出すんですよ。仕事が出来る人はかっこいいとは思いますが、なんでもかんでもすぐに利用して使っちゃおうっていう感じの人は苦手です」
「んまっ。顔に似合わず結構ストレートに言うのねん。まあ、どう言ってくれても別にいいわ。撮影自体はどうせ嫌じゃないんだろうし」
「それはもちろん」
あのときHAOTOのマネージャーさんに切れたのは、ルイのビジュアルを全面に押しだそうとか、隅っこ暮らし希望の人間にひどいことを言った部分が実は大きい。
撮影すること自体、嫌であるはずがない。
「なら、ついてきてちょーだい。音泉ちゃんはさっきたんまり撮ってもらったからもう一人の子をお願いするわん」
作中攻略キャラは全部で七人。なにげに豪華なほうで、普通のエロゲやギャルゲといわれるものは四人か五人が一般的だ。人数を少なくしてキャラを掘り下げるようにしたり、人気がでたらサブキャラをヒロイン昇格したりすることが多い。
まあ、それだけ、当たるか当たらないかが読めないから、最初は低コストでいこうかってことなのだろう。
でも、千絵里さんの場合は、もともとリアルのメイド喫茶からの派生で作っている関係でゲームだけの収益だけではなくコラボしての収益が見込めるので、最初からメイド喫茶の宣伝料も込みで作っているからこんなに作り込めるのだろう。
「って……千絵里さん。貴方のお店はどうしてこう……アレばっかりなんですかー」
ブースが近づいてきて、もう一人のメイドさんを見たときに、うわぁと頭を抱えそうになった。
作り込みはすごい。綺麗な感じの子だ。身長はルイよりちょっと高いくらい。
ちょっと勝ち気そうな感じのツインテールのその子をみて、おまえもか、と言いそうになった。
「さすがねぇ。一目でわかっちゃうのね。あの子は男の娘メイドとしてうちから唯一売り出してる子よ。アレばっかりっていうのは心外」
っていうか、そうそうあのクオリティの子たちが居てたまるもんですかと、なぜかしょんぼりした声をもらされてしまった。
「そりゃ、あたしも男の娘カフェとかやってみたいの。でもなかなかお眼鏡にかなう子がいない……あんたのところのエレナちゃんだったら十分以上だけど……そうね。最近のクロキシくんくらいなら合格点かな」
あれ。クロキシも結構きれいに仕上げてると思うけど、そこくらいからってなるとなかなかいないような気がする。私生活の方ではそれなりに良い仕上がりの子達も多いのだけど、みんなそれぞれ夢を持っているから敢えてここでは話題に出さないようにする。
「さて。それでどうします? 男の娘っぽさを全面に出すのか、消すのか。指定してくれればやりますが」
「そうね。7:3で女の子っぽいの多めでお願い」
オーナーに了解と伝えるとブースにいた音泉ちゃんに、さっきぶりーと声をかけながら、もう一人のメイドさんの撮影を始めさせていただくことになったのだった。
二日目にいこうかとおもったのですが、とりあえずオーナーもだしておきたかったので。良い感じのおねぇなオーナーです。まっちょではないけれど。
そして三日目に木戸くんとしてだけではなく、ルイさんとして参加させるための布石でもあります。
特撮研の人達がルイさんとあったら、みなさんテンションあがるだろうなーというような感じで。




