194.衣装係と無理矢理女装
「まさかひさぎさんがこんな人だとは思ってなかった……」
くすんと嘆き声を上げていると、かしゃりとシャッター音が鳴った。
うぅ。眼鏡だけはなんとか死守したけれど、それ以外は思い切りはぎ取られた上に、はぁいお着替えしましょうねーと彼女が持ってる衣装を押しつけられたのだった。
黒の着物なのだけど裾はかなり短くできていて、ミニ丈というやつだろうか。肩周りもおもいっきりでていて布が多くあるはずの着物なのにそうとうの露出度なのだった。髪は黒髪のロングで赤い紐で両サイドがくくられている。ツインテールって感じではなくてただ束ねられているだけだ。
そしてそれに着替えてからというもの、はぁはぁと言いながらシャッターを切り続けている。
声は特別依頼がないので男声のままだ。先輩なので口調は丁寧だけれど、こういうささいなところの差別化はとても大切である。
「ひさちゃんあーなっちゃうと見境ないからねぇ。諦めた方がいい」
苦笑ぎみにこちらの撮影風景を見ている志鶴さんはもう投げやりな様子でこの状況を達観しているようだった。同学年ということもあるし、いままでも同じような状況を経験してきたのだろうな。
「えぇー別にこれくらい普通だよー、お着替えさせるのほんともう楽しひぃぅふふふううふ」
「てか、口調がエセ京都弁じゃなくなってる……」
「興奮すると標準語に戻るのよねこの子」
さぁ、決めポーズいってみようかー! と言われて反射的に動いてしまった。赤い紐を軽く口で加えて、膝をかるくおってカメラ目線。
うぅ、撮り慣れているからどういうポーズをすれば良い感じになるかが下手にわかってしまって困る。
「うふふ。もうもうっ、きぃーたんったら、慣れてないとか言いながら写真写りすんごく良いし、レイヤーさんも真っ青ですがなー」
あああ、もうお人形さんサイコー! と彼女のテンションがあがる。まあこちらもこのキャラは知っていますとも。少し前の作品だし、さんざんイベントで撮らせていただいているのだから。
「こっちで指示だして散々撮りましたからねっ。でもけして撮られ慣れてるわけでは……」
「ああ、それと女装の時はこの子、しのさんって呼んであげて」
「あら。女装の方に名前があるの?」
しのさーん、視線こっちねー、とすぐに対応してくるのは、イベント慣れしているせいなのだろう。
というかこっちの反論は全面的にスルーなのですか。
「もー、そろそろ交代にしてくださいよー」
「ダメ。まだまだ撮影は続くみたいよ?」
志鶴さんが言うとおり。シャッター音はまだまだ鳴り止まない。
原作に忠実にポーズを取ると、おぉ、おおぅ、とうめき声を漏らしながら、ひさぎさんはシャッターをきっていく。
まったく。明らかに撮る方と撮られる方が逆ではないですか。
「じゃー、次、志鶴ん撮ってる間に、あっちの衣装にお着替えよろしくー」
やばい。被写体として立ち会うのは初めてだけど、カメラマンってこんなに。
こんなにキモいものなのかーーー!
ううん。普段の自分がこれだけひどくないといいんだけど。いや、うん。無茶なことはしてないつもりだし、撮られた人達だってとりあえず喜んでくれているのだから、きっとここまでひどくない、うん。
大丈夫。うん。わたしだいじょうぶ。
「おっほー、志鶴んったらいっそう綺麗になっちゃってー。身長あるから服が映えるよねー。さぁ見下し視線ちょーだい。さあさあ。あはん。たまらぬー」
ああ、もっとぞくぞくする感じで、ああっ、いいのっ。その視線いいのー、とひさぎさんのテンションは上がる一方だ。なんだこの人、Mなんですか、そうなんですか。
「そして、次の服は犬耳系か……おぉっ。これ前に八瀬が着てたのにちょっとにてる。続編か?」
確か男の娘の弓使いだったか。そのとき着てたデザインになんとなく似ている。さっきまで着ていたものよりは遥かに露出が少なくてありがたい。こちらは深い桃色をベースにした衣装だ。ちょっと昔の中国も混じってるような感じ。
和服ばっかりだけどこれで眼鏡をつけてるっていうのはどうなんだろう。本編としてはきっと眼鏡はなしなんだろうなぁと思う。
そこらへんはアレなんだろうなぁ。本当なら眼鏡なんてかけてないんですよ、さぁ完璧なコスプレするためには眼鏡外すといいですよ、とかそういうことなんだろうなぁ。はずさんけど。
「んー、確かに続編っちゃ続編かな。きっとしのっちには似合うとか思ってこの子が出してきたんだろうけど、ホントは夏イベントで自分で着る気まんまんだったんじゃない?」
「ひさぎさんの身長に合わせてるってことは……」
あわわ。羽織ってみてわかりましたとも。
見事に丈が短い。ひさぎさんは小柄な眼鏡少女である。木戸もそう背が高い方ではないけれど、それでも結構な身長差になる。その分の差がこれだ。
もともとミニではないからまだマシだけどくるぶしのあたりが思い切り出てしまっている。
なんというか、このもやっと感はどうにかならないものだろうか。
もうちょっとしっくりくるコスプレをさせてください、せめて。
「きっと、しののことを試してるつもりなんでしょ、この子」
「でゅふふふふ。違和感をきちんと把握できて女装もこなせる逸材。志鶴んはいまいちつきあい悪いけど、千紗と併せて是非とも三人で合わせをしたい……んよ」
あれ。エセ京都弁が最後にちょっとだけ復活した。
でも、きっと可愛いんやろうなぁ~とほわーんとした声を浮かべながらこちらをじっとり見つめてきた。
あ、あまりみないでいただきたい。恥ずかしいのです。
「男の娘が欲しいならエレナに声かければいいじゃないですか」
「それができれば、苦労しないわぁ。あんなごっつい人気もんと合わせとか、畏れ多くて」
平然とその発想がでるのが恐ろしいとぷるぷる首を振られてしまった。そりゃエレナの人気はすごいし、情熱なんかもすごいけど、でも、あのエレナだ。お願いすれば二つ返事だと思うんだけど。
ふへへ。ルイちゃんが撮ってくれたらさらに言うことなしだね! とかなんとかふにゃっとしながら言ってくれることだろう。
でもさすがにそのツテを伝えるようなことはしない。
「まあ、どのみち俺はやりませんからね。エレナがダメならはるかさんでいいじゃないですか」
「そこではるか姉さまを出してくるって、木戸くん……やっぱりずぶずぶ両足突っ込んでるなぁ」
あの人を男の娘だーっていう人、今じゃほとんどいないっていうのにと志鶴さんが苦笑を浮かべた。その姿もばしばし写真に撮られている。
「そりゃーはるかさんとは個人的なつきあいがありますからね。別にコスだけで繋がってるわけじゃないし」
それ以上は内緒ですけど、としぃーと人差し指を唇にあてて答えつつとりあえず着るものは着ておく。まだ服をきただけなので中途半端なのだ。さっきの続きでしっぽを装着して、ウィッグをかぶってから犬耳を装着。
原作準拠ということもあって、耳は上に伸びてるわけではなくカチューシャのかなり端のほうにくっついている。ちょうど普通の耳を隠すような感じで垂れた耳ができあがる。ふかふかしててちょっと温かい。
「お、今のしぃーって仕草は写真とりたかったかも」
「さぁ志鶴ん、こっちに視線ー、よそ見しなーい」
「はいはいっ」
うぅ、さすがの志鶴さんですら、あの押しには対応できないらしい。
「着せるって作業に幸せを感じちゃう人か……イベントじゃいい被写体なんだけどなぁ」
ぽそっと女声で本音を漏らしつつちらりと時計を見た。
今日はサークルに参加するのを前提で考えていたけれど、もうだいぶ良い時間だ。
家にはすでに連絡済み。夕飯の支度は母に任せてある。
そんなことを考えていたからなのか、くぅ~とお腹がかわいい音を鳴らしてくださった。
本当に。うん。早く帰りたい。
「おっほぉう。今のお腹の音はすっごい良かった! きゅーとっ! なんか恥ずかしがる人多いけど、女の子のお腹の音ってすんごいかわいくて神聖なものだと私は思うの! ああんもう。あとでご飯は食べさせてあげるからねー」
けれどひさぎさんは、その音をききつけさらにお腹をさすさすしているこちらにターゲットを変えてきた。さすさすしているところが思い切り撮影される。
う、こっちのキャラはまったくなんもわかんないですよ。
「これでしっぽまで可動式にできたらたまんないんだけどなー。ほんともう、ふるっふるしっぽ動いてすごいのよこれ」
ああ、けも。けもーと半狂乱で叫ぶひさぎさんに、すみません。まじで引きました。
うん。ここまでのテンションの人って、なかなか見……なくは無いんだけど、もうちょっと淑女らしくですね、はんなり行きましょうよ。
「はい、じゃー上目使いくださーい、あにさまって言ってくださーい、可愛くね」
妹キャラっすか……ううむ。どうしよう。
なんかもうこのひさぎさんなら、暴走させて早めにつぶしてしまった方がいいんだろうか?
よし。そうしよう。そろそろつかれてきたし。
普段のルイ声からちょっと調整して、高めのハイトーンを作る。あにさまって呼ぶくらいだからそうとうブラコンなのだろう。そこらへんの表情もおまけしておく。
「お帰りなさい、あにさまっ」
「だぁーーちがっうーーー、確かに可愛いけど、そんな色気はいらーぬー。その子は幼女なの。ぴゅあっぴゅあなの。最年少なのっ。正解はおかえりです、あにさま。こっちです」
ダメだしされたー! うわ。たしかに幼女でってなるとそんな感じなんだろうけど。こっちは本当まったく原作しらないのですよ。演技は苦手だと何回言わせるつもりですかっ。
「だったら、ひさぎさんがやってみせてくださいよー。ほれ、お着替えお着替え」
「いいんじゃない? お披露目が夏になるのか今なのかの違いでしょ」
そろそろ撮られつかれてきている志鶴さんからもそんな提案が入る。上手いことこの着せ替えごっこを終わらせたいらしい。モデル組だけどこのテンションにはさすがについていけないといったところだろう。
「なら、見本みせてあげるけど……そのあとはちゃんと着替えて、演技してって、お願いしますわ」
やれやれと不承不承そう答えてくれる彼女のために、先ほど装着した装備一式を外しておく。
少し体温が移ってしまっていて申し訳ないのだけど、そこらへんは勘弁して欲しい。
そして、彼女はぱぱっと着替えを済ましていく。木戸はもう普段着に戻してカメラはスタンバイ済みだ。
さすがにさっきの黒い方の衣装を着るような真似はしない。
ふっふっふ。ようやく解放された。あとはこちらも撮影をさせていただくだけだ。
あぁ、カメラの感触が手に馴染んでホッとする。
「さて、ひさぎさん。お写真を撮らせていただいてもよろしいですか?」
にこりと笑顔を浮かべてカメラを向けると、なぜだか彼女はびくりと唇を震わせたのだった。
そのあと、ひさぎさんの写真を撮らせていただいたわけだけれど、さすがにそれまでのこともあったので、ちょっとだけいつもよりも撮影時間は長くなってしまった自覚はある。うん。
ひさぎさんは自分からいろいろ演技をしてくれて、こちらはただひたすら撮っていくだけだ。粘着撮影はさすがに危ないのでやっていない。
でも、声をかけながらは撮影させていただいた。その表情いいですね、とかはい、そこで止まってとか、そういうやつだ。
「あのさ、馨……あたしもお腹減ったんだけど、さ」
「へ?」
一人置いてけぼりを食らっていた志鶴先輩は時計の針をみながら、うへぇと嫌そうな顔をしていた。
気がつけばあれから小一時間くらい経ってしまっていたらしい。
そして気がつけば、全然お腹はあの後なっていなかった。今、改めて思うと、確かにお腹は空いたなぁというくらいだ。
「あらぁ。かんにんなぁ志鶴ん。つい見本のつもりでやってたら木戸くんにうっかり乗せられたわぁ。今日はこれでお開きにして、ご飯食べにいこ」
さっきの写真もたっぷり品評会やりたいし、という彼女の言葉に、志鶴さんは一言付け加えた。
「駅前のパン屋でベーグルとグラタン奢って」
さっさとお腹を満たしたいということだろうか。前に田辺さんも持ってきてたサンドイッチを売っているのがそこのお店だ。イートインにもなっているから、軽い食事をつまむこともできるし、グラタンやスープなども販売している。改めてしっかりしたお店に入ると時間もかかるし、その選択はとてもいいと思う。
いちおう夜遅くまで町に居られる年齢にはなったけれど、できれば終電までには家に帰りたい。あまり長居もしていられないのである。とりあえず終電の時間の十分前くらいにアラームを設定しておく。
さすがにここまではかからないとは思うけれど念のためだ。
「それと、馨。写真の品評会やるっていっても、長居はさせないからね」
「うぐっ。だ、大丈夫デスって。ね、ひさぎさん」
「そうよぉ。別にちょーっと確認するだけやもんー」
ご飯食べてちょっとお話して解散よーと言うひさぎさんの顔をのぞき込むようにして志鶴先輩は、ホントにー? と問いかける。うわあ、さっきと逆で今度はひさぎさんが追い込まれてる。
「まったく。二人とも熱中するのはわからないでもないけど、これはあくまでも下見、打ち合わせ。イベント会場じゃないんだから節度を持って行動するように」
特に馨はそんなんじゃ、撮影班に迷惑かかっちゃうから気をつけてとお小言を言われてしまった。
けれど、声を大にして言いたい。
イベント会場の方がいろいろあるから自制していますよ! そもそも一人に時間をかけて撮れるのはエレナとかを相手にしたときくらいなものだ。今日はちょっとはしゃいでしまっただけで……
「わかった?」
「う……はい」
とはいえ反論できるような状況でもないので、詰め寄られて素直に頷いた。
次からは気をつけます。むしろ志鶴先輩を長時間拘束して撮らせていただきますのでよろしくお願いします。
内心でそう反省をしながらひさぎさんの着替えを待った。
ことの顛末をその間に千紗さんにメールしたら、ばれなかったか心配されたけれど、とりあえずはこの調子なら特別問題ないだろうと思う。
追加で、その写真ちょうだいとメッセージが来ていたけれど、こっちは本人から回収してくださいとお願いしておいた。うまく木戸の名を出さずに見せてもらうのは大変かもしれないが、そこらへんは何とかしてもらうしか無い。残念ながらルイと千紗さんは仲良しでも、木戸馨と千紗さんはそこまで親しい関係でもないのだ。
「お待たせや~、ほなさっさとご飯たべよー」
もー、なんか食べんと胸からへってまうわーと男子向けにはちょいと厳しい冗談を交えながら撮影会は終わったのだった。
さぁ、お着替えしましょうね~ というわけで、着せ替え大好き女子はいろんなところにいるのでした。
ひさぎさんこんなにはっちゃけるとは書くまでわかりませんでしたとも。
今回のコス衣装に関しては、黒のミニが月のお人形さんで、濃いめの桃色+犬耳があにさま大好きな秀才幼女さんです。季節とか時期とかはご都合で!
別に今回は男の娘しばりがないので、逆に選ぶのが大変でした。こういうのは著作権系大丈夫なんですよね? いちおー明確に名前は出してないけど。
コスキャラ自体を設定つけて作っちゃってもいいのはいいんですが……やっぱし人気作の衣装はお美しいのです。
そしてカメラを持つ木戸くん。お預け食らって犬耳がへんにゃりするところが、ピンッとたっちゃう勢いですね。好きなことに時間が使えるのはいいことです。
さて。明日ですが、車の教習に行ってきます。作者免許とったのすんごい前なので、記憶がおぼろげです。合宿でとるっていうのも浮かびましたがバイトがあるから無理です。おとまり楽しそうなのですけどね!




