193.特撮研の会議 着るだなんていってない
「ではー今年の合同コスROMについての話し合いを始めたいとおもいまーす」
それと新入生はいらっしゃいませー、といいつつ桐葉会長はホワイトボードの前にばばーんと陣取った。
普段使っているものよりも一回り大きいそれは、いろいろな書き込みができそうだ。
「あの、人数がいつもよりも多いと思うのですが」
花涌さんが手をあげてから発言する。彼女が言うようにたしかにここにいる人はちょっといつもよりも多かった。はじめて見るような人もいるし、誰が誰だかよくわからない。
ちなみにこの部屋だって普段の特撮研の部屋ではない。会議室の一つを借りてそこで話が進んでいる。ジェンダー論の講義をやっている部屋よりも少し狭い位で、最大四十人くらいまでなら収容できるだろうか。高校の教室くらいと言い換えてもいいかもしれない。
「はい。よい観察眼です。実は特撮研だけではコスプレ写真は撮れません。機材、被写体ときて、はい木戸くん、あと何がいりますか?」
「衣装でしょ? そこらへんどうするんだろうとは思っていましたけど」
生粋のレイヤーなら、自分で服を作ることが多いものだけど、必ずしもそれができる人ばかりではない。そう、世の中エレナやクロキシみたいなのばかりではないのだ。
お金があれば委託してつくってもらうことも可能だけど、一着で数万という値段は簡単にしてしまうので、よっぽどな人でないとそこまではできない。
「はい、正解です。そしてこちらが衣装研究会の方々です。もともとはうちに所属していた時代もあったんだけど、施設とかの兼ね合いでいまは別組織になっているのです。ちなみにあっちの代表は到着が遅れております」
紹介された数人が、よろしくーと手をあげた。
新入生は今年はいないのだろうか、あまり緊張した感じの人はいない。
「実は衣装をきめる……段階は終わっていて新入生には悪いんだけど、今年の夏はその衣装をベースにやってもらおうかと思います。とくに鍋島たんはやりたい衣装とかあるかもだけど、それは次回ということでお願いします」
さすがに衣装作るのも時間がかかるのですと解説が入った。エレナあたりに言わせれば、頑張れば二週間くらいで行けるよ? なんて話だけれど、さすがにそれは早すぎなんじゃないだろうか。もちろんデザイン自体は公式ででているので、あとはそれを立体的にしていくだけだから、慣れれば簡単というところもあるのかもしれないけど、あくまでも基準がエレナなので、そこらへんが一般的なのかはわからない。
「あとは、衣装に追加するアクセサリーとか、なんか追加したいのがあればという感じかな」
では、できてる衣装をもってきてちょーだいという声と共に、制作の方々がばばんと衣類を持ってきてくれた。
全部手足がついてないマネキンに着せてるので、着た感じと同じように見ることができる。
「今回は全部で六キャラ。それぞれ二キャラずつ三人に担当してもらうつもりです。今年は志鶴も帰ってきてることだし、男装キャラも一個入ってます。それと撮影班はおめでとう! 女の子の艶姿を取り放題」
やったね、おめでとうと会長が言うのは撮影班が、木戸と時宗先輩と、花涌さんの三人、つまり男多めで構成されていて、被写体は可愛い、きれいな子がそろっているからなのだろう。
珍しく特撮研だと木戸が男扱いという、この現実。あぁ、これが普通だというのに、なんだかいまいち釈然としないのはなぜなのだろう。
「うわ、結構フリルたんまりな魔法少女だ……作り込みもすごい」
鍋島さんはそれぞれの衣装を興味深そうに眺めている。少し大きめに作られているのが明らかに志鶴先輩のものなのだろうけど、奈留先輩と鍋島さんは身長があまりかわらないから、どっちがどっちをやるんだろうか。
そんなことを考えていたら、ぱたんと前の扉が盛大に開いた。
「あー、結局まにあわんかったわぁ。まったくもぅ、うちの教授雑用押しつけすぎやん」
会議どうなりましたん? という彼女の声は思い切り聞き覚えのあるものだった。
「まだよ。ていうかひさきち煩い。新入生が引いてる」
桐葉会長にたしなめられて、こちらをちらりと見た彼女は、ああぁ、こりゃやってもうたぁとしょぼんとテンションを下げた。
「やだわぁ。うちったら急ごう思って廊下は走らずにきたからなー。テンション上がりすぎであかんなー。かんにんなー」
このエセ関西、京都と関西がごっちゃになった語り口は、銀杏で女子会をした千紗さんの連れである。ふわふわしたイントネーションだからどちらかと言えば京都なのかなぁ。
しかし桐葉会長からひさきち呼ばわりされてるところを見ると、ひさぎさんって本名だったのか。
「これがさっき遅れるっていってた、衣装研究会の代表。栗山久で、私と同学年です。えせ方言はほんとまじでエセなので生暖かい目で見てあげて下さい」
コスプレ活動時の名前はひさぎで通してるようです、と紹介が入る。残念。本名じゃなかった。
「もーかさねたんひどいなぁ。うちの口調はもうずーっとキャラ付けっていうことで通してますのにー」
「はいはい。濃いキャラなのわかったから席に座る。まだまだ話し合いすることあるし、それに報酬の件もあるし」
「あー、報酬なぁ。今回は志鶴ちゃん帰ってきてるから、それと……あとはうーん」
ひさぎさんはなぜか固まっている一年三人を順にじーっと見て品定めをしているようだ。
うぅ、視線が痛いなぁ。なまじ面識があるからそんなにじっと見つめられるとドキドキしてしまう。
さすがにしっかり眼鏡もかけているしばれない自信はあるけど、正直あまり接触はしたくない。イベントだけであう関係だけでありたいものだ。
「ああ、この子。ショタコスでもいいしぃ、あぁー姫っぽいのもー。女装いけそうやわぁ」
あはん、たまらぬーとなぜか妄想世界に入っているひさぎさんは身体をくねくねさせていた。
あの、まったくもって言っている意味がわからないのですが。
「そりゃ木戸くんなら女装はいけるでしょうけど、二人でいいの? 前に六着だから三人だとか言ってたけど」
「んー、美人さんやから、それはええよー」
ふっふっふとまったくこちらの関知しないところで話が進んでいった。
「ええと、報酬とはなんのことでしょう?」
さすがにこのままだとまずいと思ったので、会長に尋ねておく。
「ああ、ゴメンゴメン。うちと提携して衣装を作ってもらう約束はしてるんだけど、こっちも代わりにモデルを提供するっていう持ちつ持たれつな関係をしてるのね」
衣装研究会はうちだけじゃなくていろんな衣装を作っているのだと彼女は言葉を続けた。
「そんなわけで、志鶴と木戸くんがモデルとしてめでたくひさきちのお眼鏡にかなった、というわけで」
「ちょっ、どうして裏方の俺がモデルやらなきゃならないんですか」
「だってそれはもう……ひさぎが見初めてしまったからとしか」
そりゃ木戸くんがモデルやりたくないのは知ってるけどさーと、桐葉会長はひさぎさんを全力で免罪符にするつもり満々らしい。あれだけ散々モデルは嫌だと言っているのにこの人は、まったく。
「今回ばっかりは我慢してくれ。普通にひささんの衣装はネットオークションとかでも高値がつくし、それがモデル提供だけですむんだから」
時宗先輩までから諭されてしまった。そういえばあまり衣装の価格までには目が行ってなかったけど、ひさぎさんの衣装はいつもハイクオリティだ。千紗さんが着てたのももしかしたらこの人が作ってたのかもしれない。
「そうそう。別に私たちが木戸くんを嵌めようとか、女装姿も可愛かったからいろいろな服を着て欲しいと思ったとかそういうこととは別だから」
大人しくモデルになりなさいな、一緒に女装しようぜぃと、志鶴先輩は満面の笑みとともに手を伸ばしてきた。
もちろん、それを掴む真似はしない。ぷぃっとそっぽを向きながら最低限のところは守れるように言っておく。
「眼鏡だけは外しませんよ。外しませんからねっ」
「うふふふ。どんな衣装を着せようかなぁ」
楽しみーと妄想の世界に入り込んでいるひさぎさんをとりあえず席にと座らせる。
「さて。トリップしてるひさきちは置いておいて、ここから会議の本番です。このキャラに追加する要素があったら、是非どうぞ」
原作は密かに特撮研のあの部屋に置いておいたしみんな読んでるよねーと会長の言葉が飛ぶ。
確かに六作品とも最近やたらとこれ見よがしに置いてあったので木戸も読了している。
「長物はおっけーなんですか?」
「あー、うん。イベントだとダメだけど大学構内でスポット探して撮るから、行けるよ」
「なら、あっちの和服は薙刀とか持たせたいな。志鶴先輩なら良い感じに格好良くなるだろうし」
男装女子って感じになるだろうと言う衣装は、袴姿のキャラのものだ。ハチマキと薙刀は確かに装備していただきたい。
「はい、魔法少女には、お目付役マスコットキャラが必須だと思います」
鍋島さんからもちろん出るであろう提案が上がった。
「んー、うちは無理やけど、うちの子でぬいぐるみ得意な子おるから、相談してみるなー」
うへへ、と、まだトリップしているひさぎさんは、話だけは聞いているらしくてきちんとした答えをくれた。
たしかあの魔法少女のおつきは猫だったかな。ベタな黒猫。肩の所あたりにぺたっとくっついていろいろ助言を与えたりするので、それを再現できるとよいだろう。
ぬいぐるみというと木村の姿が浮かんでしまうけど、あいつはクマ以外も作れるんだろうか。
そんなことを思いつつ、他のキャラも追加物がいろいろ検討されていくのをとりあえず黙って見ておくことにする。
エレナともこういう風に衣装について打ち合わせをすることもあるけど、これだけの大人数であれこれやり合うのは初めてなので、なんだか不思議な感じだ。
みんなそれぞれこだわりというか美学があるようで、すでにこんなポーズをさせたいというのも浮かんでいるようだった。
「じゃー、最後にスケジュールの確認だけしておくね。衣装の最終調整は七月中にやってもらって、撮影は七月末の土日。そしてROMとしてプレスしてもらってイベントに参加します。当日の参加については日程的に無理ならしょうがないけど、なるべくなら来て欲しいかな。でも薄い本を買いに行きたい場合は、最優先でいいです」
コスプレの出展日は三日あるイベントの最終日というのがここのところのお約束なので、男性陣は特に大目に見てあげますからねーという声が漏れる。
そんな声が出るのは、コスプレの日は男性向けにある程度特化されたジャンルが集まっているためだ。
ギャルゲーや18禁、その他男性向け創作物なんかもこの日に集まる。
正直、ルイとしても売り子に出たことがあるわけだけど、この三日目が一番人が多く来ると言われていて、なんというか熱気がヤバイ。
「あのー、私、このイベントいくのはじめてなんですけど、注意点とかあります?」
そんな中で鍋島さんが一人手を上げた。なんとなくこういうサークルだから、みなさん体験済みなのかと思いきやそうでもなかったらしい。
「あー、そっか。鍋島ちゃん初体験かー。えっと花ちゃんと木戸くんは?」
他はみんな参加済みなのですと、補足が入る。まあこんなサークルなのだし、去年みんなで行っていてもおかしくはない。引率は長谷川先生だとしたら、もうはまりすぎである。
「俺は何回か行ってますよ。薄い本目的ではないですが」
うん。むしろルイとしてそうとういろいろ撮らせていただいております。エレナのコスROM販売の時もいっているし、去年の夏も受験中だけど参加させていただいた。本よりもレイヤーさんの撮影中心だ。みんなに思い切り撮ってくれとせがまれましたとも。
「私もいちおう行ったことはあります。友達の付き添いみたいな感じですけど。でも三日目は初めてかな」
噂には聞いてますけど、すごいんですよね? というコメントに少しだけ怯えも混じっているような気がしたのだけど、気のせいだろうか。
「あはは。まあ女子向けは二日目に集まることが多いからねぇ。男の子の日はあまり縁がないかなー」
桐葉会長もその発言を特に否定はしなかった。まあ実際地鳴りかと思うような足音がするし、移動するのも一苦労だし、あの惨状はたしかにひどいの一言だから、木戸もその発言を一切否定できそうにないのだけど。
「んじゃー、注意点とか一応お伝えしておこうかな」
ちらりと時計の針を確認してから、会長がはじめての方向けのレクチャーを始めてくれた。
「まず一点目。夏なので暑いです。水分補給はこまめにすること。それと本当に暑いので暑さ対策しっかりしましょう。マジで暑いので」
暑い暑いを連呼する会長の言葉にみなさん、しみじみと頷いている。
それは確かにその通りだ。うんうんとこちらも頷いてしまう。
「どうしてあれだけ天井が高いのに空気が通らないのかホントなぞだよねー」
奈留先輩が、あははぁと苦笑気味に付け加える。
うん。確かにその通りだ。そういうのもあって去年はもっぱらコスプレ広場の方で、つまり屋外で写真を撮らせていただいた。中は本当に暑かったから。あそこで売り子をするというのはなるべくなら避けたいところだ。初年度はがちがちに緊張していたり、ばんばん売れるのでその対応が大変だったりでそこまで感じなかったけれど、暑いものは暑いのだ。
「首とか脇とかに冷えピタ貼っとくといいよ。冬は厚着すればいいってこともあるんだけど、夏はねー、これ以上脱げませんって感じだから」
「あ、俺からも質問が」
はい、と一つ気になったことがあるので手を上げてから発言する。
「集合時間ってどうするんです?」
「そこらへんは、自由で集合場所としてブースを使うって感じにして貰えればいいよ。木戸くん薄い本にあんまり興味ないみたいだし、それで朝一緒に並ぶってのも……ねぇ?」
桐葉会長の言葉にほっと息を吐いた。
うん。みんなと一緒にいるのが嫌ということはないのだけど、始発から並ぶというのはさすがにちょっとげっそりしてしまう。むしろその並んでいる姿を、会場を背景にしてしっかりと撮影しておきたい。
そう。なんだかんだでオタサークルに入っているものの木戸自身はそこまで薄い本に興味はないのである。
撮影のために最低限の知識を集めているに過ぎない。
「レイヤーさんたちはコスプレ先行入場券取ってあるから、思う存分楽しんで来てください」
一緒に行くかどうかとかはモデル組で話し合ってねーというわけで、どうやらそっちのほうは志鶴先輩に丸投げをするらしい。
「ちなみに、うちも先行券とったけど、他の子ーと一緒に参加するんで、堪忍なぁ」
一緒に行く相手は千紗さんかーとか思いつつ、自分の衣装もきっちり仕上げているあたりはすごいなぁと思う。就職活動そっちのけで全力を傾けている感じだ。
あとあと千紗さんに話を聞いたら、すでにこのときに内定は取っていたのだとか。見かけによらずなかなかに出来る人らしい。ひさぎさん恐るべし。
「さて、じゃー合同の打ち合わせはこんなもんで。撮影場所はうちらだけで後日打ち合わせね」
とりあえず試験頑張ってちょーだいという彼女の台詞でこの場はお開きらしい。
確かにあともう少ししたら前期の試験があるし、そちらにも集中しなければならないというところだろう。
なんというか、あまり講義の回数がなくてテストというのもなんだかなとも思うのだけど、大学とはどうやらそういうところらしい。拘束時間が短く、自分の好きなことをやれるのが大学生というものなのである。
「さて。それじゃ我々もあっちの部屋に戻りますかね」
同期の二人に声をかけてから立ち上がる。
でも、そのときぽんと肩を叩かれてしまった。
「木戸くんやったなぁ。今日はこれから時間あるん?」
にまぁと嬉しくてたまらないという感じのひさぎさんの顔が目の前にあった。
ええと、これはどういうことでしょうか。
おろおろと志鶴先輩に視線で助けを求めてみたのだけど、諦めなさいと肩をすくめられてしまった。
「試着とか採寸とか、採寸とか試着とか、試着をしよう」
いろいろ似合いそうな服はぎょーさんありますからなぁとつやつやした笑顔で言われてしまうともう。
木戸は一人、ドナドナされていくしかないのだった。
夏のイベントの説明会みたいになってしまいましたが、大学でもコスROMを作る木戸くんです。もちろんエレナのほうが本気です。夏はいっぱい写真を取らせてあげるからね。ふふふ。
さて。コスイベントということもあって、ひさぎさん登場です。エセ京都弁がほんっと書くの大変で、難儀しました。長谷川先生の口調のほうが書きやすいでござる。
そして次回ですが、ひさぎさんに連れて行かれて、メチャクチャにされた木戸くんということで。でも一本まるまるそれで行けるかしら。まあ、ひさぎさん回ということで。




