192.大学一年七月~ シフォレの女子会。だがほとんど男だ。
「あのっ、ルイ姉……そのぉ、これは、さすがに……」
今日は、エレナの誕生会2なのだけど、なぜかこの場に集まった中で一人羞恥に頬を染めている人がいた。
クロキシというか健である。
先週すでにエレナの家でのパーティーが終わり、おいしいご飯をたらふくいただいたのだけど、去年から恒例となった二次会がシフォレで開かれているのだった。
参加メンバーは、エレナの恋人としてよーじくんはしっかり参加で、あとはさくらとルイ。そして今回は是非にとエレナにいわれてクロキシこと健が参加しているのだった。
「もークロキシくんったら、私の誕生日なんだからそんなに緊張しちゃやだよー」
「でも、さすがにこの格好で普通の所にいくのは……」
そのぅ、といつもの様子とまったく違うクロキシは、てれってれでも女声を維持しているのは教育のたまものだろう。
そう。今日のクロキシはコスプレ会場ではないにも関わらず、女装だ。日常っぽいキャラのコスで勘弁してくださいと言われたので、しょうがないなぁと許してあげた。
本日は高校生キャラからとってきていて、一人だけセーラー服+カーディガン姿だ。
うっぉぉう、絆たんだぁーーーと最初にエレナが全力で抱きついたけれど、結構な有名なキャラらしい。まあ男の娘キャラに関してエレナの知識は貪欲だし、有名じゃ無くても知ってたりするのだけど。
ちなみにエレナは今日は普通に女の子の私服である。いつのまにかこいつは私的に会うときはコスプレじゃなくて自分の服としてのチョイスになってしまった。おおかたよーじくんが、それ可愛いとかいろいろ言ったりした結果なのだろうけど。
「大丈夫大丈夫っ。コスプレだなんて誰も思わない完成度っ。ふっつーに女子高生じゃないかな?」
かわいいかわいいと言ってあげると、この従姉妹さまはーと睨まれてしまった。上目使いで睨んでくるのはちょっとかわいい。
ちなみにこちらは彼女に言われたとおり、ルイ姉状態なのは言うまでもない。女子要員はいるけどエレナの誕生日をあえて馨で祝うかといえば、まあないわけで。
いかんな。いちおーエレナとは男同士のつきあいもあるはずなのだけど……でも、エレナが女子姿でいるのが日常になったのなら、こっちもずっとルイのままなのかという結論でとりあえずは納得することにする。
「ほんと、良い感じの完成度だよっ。このお店でだって浮かないから」
むしろよーじだけが浮いているっ、とエレナは自分の彼氏を供物に差し出した。
たしかにこの店、女性限定というわけではないけれど、男性客の姿は圧倒的に少ない。その中でいるのは目立つのは当然である。
「ところでエレナさん。そちらの方は?」
「あー、うん。私の一番大好きな人っ」
きゅっと自然によーじくんの腕をとりつつさらに頬までそこにくっつけるというしぐさは、まわりからみていてはわーんという感じのかわいらしさだった。
もちろん女子であるさくらもそうなのだから、それは女子としての感想で間違いはないのだろう。
その時かしゃりとシャッター音が鳴った。
さくらがそれを狙ってシャッターを切ったのだ。
うぬぬ。対面ならこっちだってそれは撮っていたよっ! くっそう。自然にこの席割りになってしまったけれど、正面から狙えないとか不覚すぎる。
「ふっふーん。いいだろーでも席替えはしてやらにゃいからなー」
「うぅ、いいもん。横からねらうもん。さぁ、二人とも良い感じにからめ、ほれほれ、からめからめ」
カメラを構えると、えぇーとエレナは苦笑ぎみに声をあげた。
「まだ始まったばかりだから、そういうライバル意識はあとにしようよ。そりゃ、ね。いろいろツーショットを撮らせてあげたいとは思うけどね」
ふふと、余裕の笑みをかえされると、もう主導権はエレナにゆだねる以外にない。
「先週のパーティーだと、学友って話してたけど、公式につきあっちゃおーとかはないの?」
「そればっかりは、無理、かなぁ。海斗……友達もゲイなの隠してるし、さすがにちょっとねー」
さくらの一言に、無理なんですーとエレナからしょんぼりした声が漏れた。
セクシャルマイノリティーが、自分はそうであると名乗り上げること自体は、このご時世、そう大変ではない。その後は大変かもしれないけれど。
そこらへんのリスクが、海斗やエレンでは、家のあれそれという重しもあるわけだ。
「それとほら、お父様がね……さすがに許してくれないと思うし」
そんな弱音にひしりと手をにぎりこむよーじくんに、リア充な空気を感じた。羨ましいとは思わないけど、すげぇなぁとしみじみ思ってしまう。
「はいっ、そんなことより、今日はボクが主役なので、いじられるキャラ指名をしようかと思います。しょっぱなはもちろんクロキシくんね」
ほい。さぁみなさんいじれーといいつつ、すでに食前にだされている紅茶に彼女は手をつけた。
今日は誕生日だし、飲み物飲み放題にしてあげるわ、というのはいづもさんの好意だ。
ホント、あの人知り合いに甘過ぎでいいんだろうか。
まあ、心を許せるのが「同性」なのだとしたら、しょうがないのかもしれないけど。
「へっ。ちょ、それは……」
「キャラを演じるのはナシだよー。滅多に見られないクロキシくんの本性をあばけーみたいな」
「暴いたら普通の男子なんだけどね、こいつ」
しれっと補足をしても、えーそんなことないでしょーと周りから嘘だーと言われてしまった。あのねぇ、いちおう五年交流なかったけど、こちとら従姉妹なのですけどね。
「そうそう。ルイねーの言うとおり。いろいろ暴いちゃいけません」
それに乗っかるようにクロキシはいくらか元気になって戻ってきた。
「ええと、じゃあ、どうして女装コスを始めるようになったかを教えてもらおう、かな?」
「あ、それ気になるかな」
さぁ吐いてすっきりしちゃおうかと女性陣のつめ寄りがひどい。
女装というものを普通の人はしない。レイヤーだとしてもそれは例外ではなくて、業界でも異端視されていたくらいだ。最近でこそ市民権はあるけれど、禁止されていた会場も多かったと聞く。
「もともとは男性キャラしかやってなかったんです。でもほら、私身長があんまりないから……」
ちらりとよーじくんを見て、いいなぁ身長あるのと健としての本音が出る。
たしかにうちの家系は総じて身長が低いからなぁ。
「あたしより高いくせに、あんまりないとか……」
「そりゃルイねーは女子だし……って。いかん。普通に今そういう発想してた……」
「あははっ。クロキシくん面白いなぁ。五年交流が無かったって話だけど、だからこそルイちゃんはルイちゃんなのかな?」
エレナが苦笑ぎみに問いかける。
クロキシと最初に会ったのはイベントに精力的に参加していた高校二年の頃だ。従姉妹として再会する一年も前にルイとしては面識があったのである。
だからこそこうやって女子として会っていると、当時の感覚のままなのかもしれない。もちろん男装なら従兄弟という扱いなのだろうけど。
「そうですね。でもその顔と声で話されたら普通に女子扱いになっちゃいません?」
そうでしょう、よーじさんと問いかけられて、まあなぁと一人苦笑が漏れた。
「俺だって最初会った時は、うおー男子校に美少女がっ、て感じだったし。実際うちの学校の撮影やってくれた時はみんなテンション上がりまくりで、エレンのところにどういうつきあいだよって突っ込みいれるやつらも多くてさ」
「あたしもだなぁ。もールイとして会ってるときはそういうもんだって切り分けてる。最近は本体のほうに会う機会がめっきり減ったもんだから、写真仲間の女の子っていう感じかな」
さくらがさらっとひどいことを言いのけた。人を分身体かなにかみたいな言い方はお願いだからしないでいただきたい。
「それで、身長の話だけど、それくらいで男性コスやってる人も結構いるけど、どうしてそっちにいっちゃったの?」
「んー、もともとショタキャラが多かったんですよね、私。それでじゃあ女装コスも似合うんじゃないの? ってレイヤー仲間に言われてやってみたら、はまってしまったというか」
「これがボク? ってやつだね」
鏡の前に立つと、おぉーって思っちゃうっていうか、とエレナは分析を入れる。
男の娘の強制女装によくあるネタだ。着替えさせられて鏡の前に立って自分の姿を見るとまんざらでは無いという感じになってしまうのだ。
「エレナさんはそういうのは?」
「ないかなぁ。まーボクの場合は男の娘マンガとかが大好きってのが入り口だから、再現をしようと思って始めてこうなってるし。そりゃもう完成度はちゃんとしてないとだよ」
ここのところは、よーじに可愛いって言ってもらいたいから頑張ってるけど、とデレが入る。
もー、思い切りその横顔はいただきました。
「彼氏ができるとこうまで……ルイが惚れ込んで撮りまくるわけだわ……」
対面でしっかりシャッターを切っていたさくらがその表情にうっとりするような声を漏らした。
「だよねー。キャラがどうとかって最初は言ってたけど、普通にこっちの姿するようになったの、つきあい始めてだし」
最初の頃は、同性同士で町を回ろうって話をしてたのに、もーここのところずっと女性同士という感じなのだとみんなに言うと、むしろ元の方が想像できんと言われてしまった。
「そもそも同性同士っていっても、あんたら普通に雑貨やいったりとかだって言ってなかったっけ? 男同士ってどうやって放課後すごしてるのかわからないみたいな」
「うわぁ、ルイねー。行くところまで行ってしまわれてたのか」
クロキシの視線が少し引いたものになっていた。いや、そこは趣味の問題であってですね、別に男友達との交流の仕方がわからないとかそういう話ではなくて。
「い、今はちゃんと放課後ライフしてますぅー。男友達だってちゃんとできたし」
うん。大学に入ってから男友達とか先輩とかそうとう増えたと思う。
あれから海斗ともそれなりに仲良くやっているし、清水くんだって男子扱いでいいだろうし。
「今、頭の中でちゃんとその姿を描けた人手をあげてー」
さくらからひどい突っ込みが入った。
「なんか、ルイちゃんを真ん中にして男子が集まっていろいろ貢いでるイメージが浮かんだヨ……」
「あー俺もそんな感じ。良いかっこ見せたくて頑張る男子みたいな」
よーじくんにまでそんなことを言われてしまうとは、さすがにどうなのかと思いつつも、この子は馨との面識が極端に薄いからそうなるのかもなぁなんて思い直した。凛に声のレクチャーをしたときくらいなもので、他はルイとして会っているしね。
「確かにルイねーなら、そんな感じしか想像できないですね。まあ男同士のやりとりっていうのも、できない人では無いってのも知ってますが……目の前にこうやっていると、外見に引きずられるというか」
見た目の印象って大切ですよねぇとクロキシがしんみり言うものだからみなさんもうんうんとそのまま頷いてしまった。そりゃルイをやってるときの印象はそういうように作っているので言われること自体はいいんだけど、どうしてみなさんちょっと可哀相なものを生暖かい目でみようみたいな感じになっているのだろうか。
「あ。前々から聞いてみたいと思ってたんだけど。クロキシくんはルイのことを頭の中でどう処理してるの?」
私は別人として認識するようにしてるんだけど、とさくらから問いかけられて、んーとあごに指をあてながら彼は考え始める。その姿は一枚撮らせていただいた。
「どっちの格好をしているかで変わる、かなぁ。印象が全然違うし、別人として会っちゃってるからそのままな感じです」
あ、でも、と彼は続けた。
「小さい頃とかも知ってるから、そっちに繋がるのはルイねーのほうなんですよね。というか時々会いに行くと年上の従兄弟なわけですけど、男子っぽさが無かったし……」
ショタっけっていうけど、あれはなぁ……と健が遠い目をする。
えっと。確かに認めよう。馨の小学生の頃はアホな子だったし、男っぽさもなかった。物静かな感じだった。
でも、そこの成長先がルイってどういうことなのさ。
「それ、眼鏡かけてなかったから、それでっていう印象なんじゃないの?」
「んー、でも、こっちに戻ってくるときに、どうしてるかなぁってちらっと思った時に出てきたのが普通にルイさんだったし」
「うぶっ。あの。健くん? あとでふーも交えてちょっと真面目に話し合おうか」
さすがにこのままにしておくと、我が従兄弟どの達はどんどん勘違いをし続けてしまうかもしれない。
だが、男だ、なのである。
「戻ってきたって、そういえばクロキシくんってここらへんに住んでるの?」
あまり彼と交流のないさくらから質問が入る。エレナ達もクロキシの個人情報はあまり知らないから興味がありそうだ。
「はい。電車でちょっと行きますけどね。もともと住んでた家に戻ってきた感じというか」
「五年ぶりって言ってたけど、ちょっと離れてたって感じ?」
「ああ、うち、父親が外国に行ってる間は祖父のところにあずけられてたんですよ。それで高校に入る時にこっちに戻ってきた感じで。最初はあの家に一人で暮らしてたんで、ちょっと広く感じちゃいましたね」
もともと高校はこちらでという話はでていたので、一人暮らしを前提でいろいろと家事スキルはたたき込まれていたらしい。そしてその翌年にふーがこちらの高校に入って今にいたるわけだ。
最初の一年でコスプレをしまくれたのは、全部一人暮らしだったかららしい。
「ていうか、戻ってきてるなら連絡してくれれば良かったのに、この子ったら、叔父さんが帰ってくるまで音信不通だったんだよ?」
ひどくない? とみんなに同意を求めると、なぜか生暖かい視線をさくらに向けられた。
似たもの従兄弟ねーという声が漏れ聞こえる。
ばかな。
「錯乱さんの言うとおり。最初の一年はコスプレに集中しててルイねーに逢おうとかはさっぱり考えてなかったし、翌年はふーが来た関係で、いろいろ忙しくて。父が帰国したのをきっかけに挨拶に行こうって話になって、そういえば、みたいな感じで」
目の前のことに集中してしまうのは、うちの家系みたいなものかもしれませんと、クロキシはなぜか肩をすくめてため息を漏らした。
凝り性ってこと?
「クロキシくんの祖父ってことはルイちゃんの祖父でもあるんだよね? そこらへんってルイちゃんからあんまり話を聞いたことがないけど、実家って遠いの?」
「あ。その話、あたしも聞きたいかも。っていうかうち、じーちゃんと疎遠過ぎて話すらでないんだよね。ちらっと一回会ったくらいでさ」
ほんとは肉親な訳だし、三親等以内なのだしお正月くらいは里帰りとかしてみたいのだとこぼすと、さくらにつっこみを入れられた。
「あんた、里帰りってただ遠出して写真撮りたいだけなんじゃないの?」
「うっ。半分くらいは正解」
ああ、話の腰をおってスンマセン、続きをどうぞとクロキシに話を振る。いちおうどこに住んでいるかくらいはおぼろげに知ってはいるけど、詳しい人から話を聞いた方がいいだろう。
「うちの祖父の家は、二つ県をまたいだ先です。乗り継ぎとかいろいろあるんで行くのに半日くらいかかるんですが……ほら。エレナさんがコスROMでやってた巫女さんのモデルになった神社が聖地としてあるところです」
「ああっ。あそこかぁ。せっかくだから聖地を背景にしてやりたかったんだけど、さすがに遠いからっていうんで近くで似たところを探してもらったんだよね」
あのときのルイちゃんからの誕生日プレゼントは嬉しかったなぁと、エレナがにぱりと花のような笑顔をこぼした。
「えと、エレナさん。次のコスROM当然作る気まんまんなんですよね?」
「いちおー準備中、かな。衣装は割とできてるんで、あとは撮影場所のキープって感じ」
冬までには完成させる予定だから、楽しみにしててね? とエレナが言うとおり、大学生に無事になれた我々は冬のイベントでの販売を目指してコスROMを制作中である。
前に作ったものよりもより良い物を作りたいよね、なんて話をしつつそれぞれのキャラの原典を読み込んだりと、忙しい中でやりこなしていたりする。
特撮研のほうもあるけれど、どちらかといえばこっちを優先したいのはルイとして当然のことなのだった。
そんな話をしていたら、紅茶が無くなった。このお店はドリンクバーではないので店員さんを呼ばないとと思った時、ふいに影がさした。
「あ、女優さんだ」
ぽそっとエレナがその人影を見てつぶやいた。
女優といっても今回は崎ちゃんではない。
「あのー、ルイさぁん。今日はみなさんでお集まりのようでー、楽しそうですねー」
「おぉ、ちづおひさー」
ふふふーと、微笑を浮かべる彼女に最初に声をかけたのは親友であるさくらだった。
対面にいる関係で顔もしっかり見えていることだろう。
さくらは、ん? どうしたの? と不思議そうな顔をしているけれど、斉藤さんがゴゴゴゴというオーラを放出している理由なんてものは、当然ルイとしては知っている。
「実はね、あたし、ルイさんと一緒にお風呂に入ったの」
完璧に演技に入ってる妖艶な声音で、彼女は言い切った。
まって。あのときの借りの話は忘れてないから、ちょっとまって。
「ほんとすっごくすべすべで、腰回りだって細すぎてびっくりしちゃったくらい。さくらが言ってた通り」
うふふと、とりあえず女湯にまぎれてしまったことは言わずに居てくれたのはありがたがっていいのだろうか。
でも、ちらっとこちらに視線を向けてきたところを見るに、ここはこちらから譲歩しなければならないのだろう。
「ええと、どうぞ。お好きな物を一点」
「きゃっ、やった」
斉藤さんはそのまま、開いていた席に座り込むと、メニューをぱらぱらめくり始めた。
五人という数字があだになったらしい。
「ええと。お友達はいいんですか、サイトーさん」
「いいのよいいの。だってクラスメイトに再会してテンションまーっくすだから、そっちにまざるーっていってきたし」
席もあいているしね、という彼女の言葉はもちろん間違いではない。
でも、席の移動ってありなんだろうか、このお店。
「ああ、クロキシさんや、これ、無害な美人だから、気にしないでね」
誰、これ、とはじめましてな、クロキシとよーじくんは唖然としているので一応解説しておく。
「ああんもう、エレナたん、久しぶりに直接見たけどぷりちーですなぁ」
「ええと、あのときは崎山さんとばかり話してて、ボクとはそんなに絡んでなかったような」
ほとんど初対面なのはエレナも変わらない。演劇の舞台を見ているから、これが澪の目標の人かというのはわかっているけれど、会話自体はろくにしていないのだ。
「かわいい子だなーって思って、ルイ関係で検索かけたら一発でヒットして、その後しっかり活動はチェックしております」
演技も上手いし、是非舞台の上に上がってきて欲しいくらいっ、と彼女はようやく有名人に会えた人のようなテンションの上がりようだった。
「うぅ、ちづがキャラ崩壊してるぅ」
そんな姿を見せられて涙目なのはさくらだ。そりゃそうだよ。この人ここまではっちゃけたことなんてなかったのに。
「別に、後輩がいないから、ちょっと粗相をしただけで、その……」
その一言で荒ぶる魂は静まって下さった。
「それにほら、私ってば、ルイさんときちんと会うのってそんなに多くないじゃない? それになかなか声かけてくれないし、どーせ昔の女なんだなって感じで」
偶然発見したので絡んでしまおうと思ったのですと斉藤さんは急にしおらしくなった。
なんだかそういう態度をされてしまうと、こちらとしても申し訳ない気分になってしまう。
「で、ケーキ持ってきたけど、その子も一緒ってことでいいかしら?」
新しく紅茶を追加でサーブしてくれながら、いづもさんがこちらの騒動に苦笑を浮かべている。
ケーキにはロウソクが何本かささっているけれど、この本数についてはいづもさんの趣味である。ろうそくに年齢とかまじわかんないとか、まじぎれしてたのは知ってる。嫌な思い出でもあるんだろうか。
「はい、途中参加ですけど、ぜひ」
これにて六人。六等分だ。エレナの誕生日で勝手にいってしまったけれど、別にこの子はケーキの分配が減って怒る子では無い。というか足らなければもうワンホールというセレブである。
「では、男の娘市場に幸あれということでっ」
ニパリとウインクを残していくいづもさんにみなさん苦笑交じりな笑顔を浮かべつつ、ろうそくの火を消してもらった。対面のさくらも撮っているけれど、もちろんこちらでも狙う。頬を膨らませる横顔かわいい。
「いづもさん、ナイフ残してったけどこれって……」
「おめーらで切れよ、知ってんだろってことでしょう」
ナイフを洗うお湯をおいてあるのはその通りなのだろう。終わったらしまおうっていうのは、スタッフの視線がこちらに向かっているのでわかる。
で、ルイちゃん人数分にきってねとにこやかな圧力とともにこちらに視線が向かった。
いいですよう。ケーキ切るのは前にもやったことあるし。
「ええと……ナイフ温めると、ケーキきれやすいんでしたっけ? リアルでその手のマンガ知識が生きるとか」
「いいえ、クロキシくん。リアルがそういう男の娘マンガに花を添えてるのです」
すっと切っていく姿をみて健が上げた言葉にエレナが補足を加える。
きちんと設定されている作品は多くあるし、日常知識がふんだんにちりばめられているような男の娘作品も多数存在するのは、今までやらされてきた作品でルイもよく知っている。
「だから、ボクらもきちんと無理なく表現できるようにしないとね?」
お皿に乗せたケーキをエレナにサーブすると、きれいな切り口を見ながら彼女は幸せそうにフォークを入れるのだった。
誕生日会の座談会ということで、今回はなにげにクロキシさんメインのお話でした。態度としてはかなり絆たんになりきってはいないのですけど、そこは町中なので。あれもいちゃらぶなのですよね。
さて、それで明日はお休みをいただきます。夏イベントがほとんど書き下ろしという素敵空間なので……




