020.進級と変わらない友人たち
「今年も一年よろしく頼むぜ、心の友よ」
ぽんぽんと軽く肩を叩かれると階がかわった一つ下の教室の前に広がる景色に少しだけほうっとしてしまった。
始業式の日の朝。張り出されたクラス分けの表に周りの女の子達が一喜一憂する黄色い声を出しているのを聞きながら、あんまかわらねーじゃんと思っていたのだが、いざ真新しい教室についてそこから外を眺めてみると、やはり一年経ったのだよなぁという気にさせられる。
うちの学校は、一年が最上階。そしてそれから学年が上がるごとに一階ずつ下がっていく。
だから窓から見える景色も多少角度が変わって、見え方がかわってくる。
その景色を見ると進級した実感というのが沸いてくるのだった。
「ああ、こちらこそよろしくだな」
今年も青木は同じクラス。クラスのナンバーも三組でかわらない。
二年の時に行われるクラス分けがどういう基準で決定されているのか木戸は知らないのだが、数少ない仲がいい人達は割と固まっているようだった。
ちなみにさくらは四組だそうだ。体育で一緒になることもある……わけもなく、まあ隣のクラスの子である。
もし女子ならば合同に体育をやったりで絡んだこともあっただろうけれど、学校での木戸は男子なのである。ときどきさくらからは、もー女の子として学校行っちゃおうよ、写真撮ろうよーと冗談まじりに誘われるのだけれど、それはさすがにするつもりはない。あくまでも撮影のために女装をしているだけで、身も心も女の子ということはないのである。
まあ、男子か、といわれるとそれはそれで少しばかり自信はないのだが、区分け上は男子の側である。
「それで? 八瀬も同じクラスだったっけ?」
「そうだけど、あいつはなんだか、同好会がどうのこうのって走って行ったぞ」
まだ姿を現さない八瀬を視線で探しながら青木に尋ねると、あいつかぁと答えがくる。
四月のこの時期は部活の勧誘が賑やかになる季節でもある。
本格的に活動をするのは新入生が入ってからになるけれど、それまでの数日で新人獲得のために動いたり、勧誘計画を立てたりするわけだ。
ちなみに八瀬は去年は帰宅部だったから、今年動いているのはなにかがあったのかもしれない。
「おまえはともかく、あいつが部活はいらなかったの意外だったよな。まぎれもなく漫研とか行きそうじゃん?」
「漫研と、文芸と、エロゲ部は違うだろう? あいつは最後のやつだろうし」
いや違う。男の娘部だ! とか言いそうだけれど、もう少し範囲を広めてアニメーションやゲーム、そこらへんを網羅するような部が彼がいるべきところだろうと思う。今のこの学校の漫研は女子が集まる所だというし、文芸は去年の学園祭を見るに割と高尚なブンガクをやっているらしい。一皮剥がせばエロなんだろうが、見た感じカチカチなのだ。
そして現在、八瀬が属せるような場所はなかったのだ。
「今年アニメーション研究会が設立されるかもしれない、という話があるらしいんだよな。ジャパニメーションの流れは覆せないとかなんとかで、熱い魂の持ち主達が集結するんだとさ」
あまり興味なさげに言いながら、青木は、黒板に書かれている席順に従って右前から二つ目の席に座る。あいうえお順なので、そこなのだ。そして木戸は三列目の一番前。自分の席についてもいいのだが、真ん中をまたいで話をするのもなんなので、青木の席のそばによる。
「おまえは歌唱部みたいなのつくらんの?」
まえまえから思っていた疑問を彼にぶつけてみせる。あれだけカラオケが大好きなのだったら、もう学校で部活にしてしまえばいいじゃないかと思ってしまうのだ。
「そのつもりはないなぁ。一人で歌ってればそれで楽しいし。でもこの前おまえが連れてた可愛い子とは一緒にカラオケ行きたいけどな!」
あれはしびれたぜと、エレナの歌い声を思い浮かべて青木は腕組みしてふんすと息を吐いた。
確かにしびれた。というかあの後も時々一緒にいるとエレナは鼻歌を歌うようになったのだ。まったくもって陽気な女の子って感じで、愛らしさが一割増しである。
「なら今年もおまいは一人でカラオケ三昧か?」
問いかけると、もちろんと元気な声が漏れた。たいへん元気でよろしい。
あいなさんも一芸特化なところがあるけれど、どうやらあの家は好きな物に邁進する遺伝子が入っているのかもしれない。
「で? おまえはどうすんだ? 今からでも写真部はいらんのか?」
「それは遠峰さんにも断った。やっぱバイトの時間は減らせないし、平日参加できない以上は半分幽霊部員になっちまうし」
その週末でさえルイとして参加という形なのだから、木戸としてはもう写真部に入る余地などまったくない。
それなら最初から席は置かない方がいいだろうという判断だった。イベントの時に一眼を持って行ける権利は得られるけれど、自前のカメラはルイ専用にしておきたいところである。一般生徒はともかく写真部の部員達には同じ機種を使っているのがばれる危険もあるのだ。
「もったいないけどなぁ。あれだけ撮れるなら一年間このクラスの写真係やってくれれば良いのに」
それでイベント委員の仕事をごっそり奪ってやっていただきたいという彼に、渋い顔をしてみせる。
同学年の写真部はさくらが四組。そして残り二人が六組と八組だ。
そちらは全面的に年間イベント写真が彼女らの手によるものになる。
木戸も全部取り仕切ってやってしまいたい気になるわけだ。けれども写真部ではないのであまり出しゃばったことはできない。ぼちぼちイベント委員として撮影できればそれはそれでいい。欲はあるけれど学校関係は自粛する方向である。
「ま、学校生活はおいおいというところだな。今年はイベントも多いし、学校以外にだっていろいろあるかもしれないしな」
「ほほう。また彼女の話ですかぁ、このお猿さんめー」
久しぶりに青木から彼女ネタの突っ込みが入る。学外=彼女としかこいつは発想がないらしい。
外といったら、もう自然の風景だとか町の人との交流だとかいろいろあるというのに。残念である。
とはいえ、『彼女』の話ではあるのは確かではある。
桜の季節がそろそろ終わってしまうから、さて次は何を撮ろうかと思考を少しだけルイに切り替えて思ってしまう。
さしあたっては、銀香で去年撮れなかった田んぼの植える前の状態なんかを撮りたい。
春。実はルイとしてまだ経験していない季節が今だ。
教室でもほどほどに浮かないようにしながら、思う存分そちらも楽しめればいいなぁと思いながら。
予鈴がなるとともに、木戸は自分の指定された席に腰を下ろした。