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191.特撮研の顧問

「さてと。では本日はそろそろうちにも慣れてきた三人を、特撮研顧問のところに連れて行ってしまおうかと思います」

 ざわ。

 その一言で特撮研の部屋は微妙な空気になった。

 実を言えば、いままで顧問の話は一つもでてこなかったのである。

 大学のサークルは同好会からいろいろあるけれど、そのどれもに顧問を必要とするのがこの大学の特徴だ。もちろん非公式であれば必要は無いのだけど、その分こういう部屋も貰えないし、ある意味ではサポートを受けられない。

 そのための重しというか、管理者というか、そういう意味合いでの顧問がこの研究会にもいるのである。

「うわ、会長! まじで連れてくの? 早くない? あたらしらのときは九月じゃなかったっけ?」

 夏を越えたあたりだったような気がするんだけどなぁと、奈留先輩が複雑そうなお顔をしていた。

「あー、オープンキャンパスとかもあるし、それに今年はイベント参加もする予定だから、どうしても大人は必要っていうか、うん」

 そこで桐葉会長は言葉をいったん切って三人をちらりとみる。

「今回のメンツならあの人のアクにもついて行けるんじゃないかなぁって」

「……そうまでいうなら、いいですが。いい? 三人ともぜーったい、アレをみてもここやめちゃヤだからね!」

 ちっちゃい奈留先輩にきゅっと手を掴まれた花涌さんはどういうことなの? とこちらに助けを求めるような視線を向けてきた。そうは言われてもこちらも答えようがない。

「んじゃ、案内しちゃうね」

 そんなに怖がらなくてもいいのになぁと言いながら桐葉会長はすとすとと歩いて行く。

 今日は梅雨の合間の晴れなので、良い感じに大学の構内はみずみずしさに満ちている。そこに光が当たって絶好の撮影日和である。

 ああ、撮りたいなぁなんて思いながらも会長の後をついていく。

 さて。そのまま連れて行かれたのは、人文学部棟だった。

 はいはい、ここまでくれば誰がどうなのかってもうおわかりですよね。

「せんせ、連れてきましたよ、今年の新人」

「おぉっ、これはこれはっ。特撮研にようこそでござるよー! 拙者長谷川と申す者。ここでオタク文化について教鞭をとっているでござる」

 でゅふふ、今年も魅力的な子がたんまりでうれしいござるよー! と満面の笑みとござるを決めてくださったのは長谷川先生だった。

 まあ人文学部棟に来た時点でああ、そういうのもありなのかとは思ったし、そりゃこの人だってコスプレ撮影大好きなのだからこうなるのもある意味必然だよなぁと、今になれば思うものだけど。

「うわぁ、なかなかこゆい……」

「あー、やっぱり長谷川先生だったか……あたし講義とってるから、もしかしたらなぁとは思ってたんだけど」

「えええっ、いつもあんなしゃべり方じゃないじゃーん」

 花涌さんと鍋島さんがそれぞれ反対な反応をしている。

 そりゃ、オタク文化系の講義をとっているか真面目な文学の講義をとっているかで印象は真反対だろうなぁ。普段はまじめだもの。この人。ファットだけどね。

「本性っつーか、あの人、気が許せる相手だとあーなんだよな」

 花涌さんがちょっと引いてるところに、苦笑を浮かべながら補足を入れる。

「おやおやぁ、これは木戸氏ではないですかぁ。まさか特撮研にはいっていてくださるとはっ」

「って、もともと名簿とか持ってたんでしょ。まったくひどいなぁ。あれだけ会ってるのに今まで黙ってたなんて」

 けっこー仲良しですよね、我々と詰め寄ると、まあまあ、おちついてよーと彼は汗をタオルでぬぐった。

「そこらへんは、特撮研から新入生にはしばらく黙っておくことーって言われてて、それでしかたなく。べ、べつに騙す気はほんとなかったし、同志には話しておきたかったんだけど……木戸くんこれでうちくるときは面白そう(やっかい)な出来事に関わってることが多いし」

 そっちの相談がメインになるのだぜ常考と、キリッと言い切って見せても、まだまだ許してあげません。

「ここだけの話ーとかで、話してくれれば良かったのに。どうせ俺が長谷川先生見て特撮研をどうこうしようだなんて思うわけないですし」

「そりゃあ、木戸氏なら最初から僕の口調全面肯定だったしー、オタ文化詳しいしー、マジ天使ーとか思ったんだけどー」

 そこで、きりっと口調が変わる。

「でも、決まりは決まりだ。一人だけ特別扱いはできない」

 声のトーンも幾分低くなるのだから、本当に別人になったかのような錯覚を受ける。

 でも、キャラの使い分けっていうのもこの人にとっては研究材料の一つなのだろうな。 

「ここまでにして置いてあげます。で? 二人は長谷川先生のことはどう?」

 一人で独占しているのも申し訳ないので同期の二人に話を振って見せる。

「あたしは授業のほうで、こういう人なの知ってるから、あーそりゃうちみたいなサークル担当かなーって感じで納得」

「うう、私はなんかまだいろいろついていけない……」

「オタクのちょっと痛くて面白い人って思えばいいんじゃない?」

 あんまり花涌さんはそっち方面って強くないんだっけ? というと、身近にあんまりいなかったですと答えが来た。どうにもカメラ歴も浅いし、オタク文化にそこまで深く馴染んでいる訳でもないらしい。

「ていうか、こっちとしたらこれだけ木戸くんが仲良しなのがびっくりなのですが……」

 桐葉会長が先ほどのやりとりをみて、頭を押さえている。

 今までこのお披露目で、何人かが退会している実績があるようなのである。そりゃ癖がありすぎる長谷川先生だもの。木戸としては大好きだけれど、これは痛すぎると思ってしまっても仕方ないようにも思う。そこですでにこれだけ親しげってどういうことなのということなのだろう。

「でゅふふ。木戸氏とは去年のオープンキャンパスからの仲なのでござるよー。ああ、今でも思い出せるでござるー。もう見学でぐったりしている木戸氏を誘ってきた井上氏ぐっじょぶ」

「あー、井上先輩の知り合いなのか。だとしたら仲良くなるのもわかるかなぁ」

「いいえ、その先輩さんともこの学校に来てから知り合ったというか、面識はそのときだけです。ちょっと研究室とかの話をきいてぐったりしちゃってるところに声をかけてくれたっていうか」

 もちろんその後ちょっとオタ話で盛り上がったりはしたけれど、それだけの関係である。 

「ああっ。そういやあのとき迷子になってて道案内してあげた中に木戸くんいたかも」

 おぉと、彼女はなぜか、そこでぽんと手を打ち鳴らした。その発言を受けて木戸もあのときのことを思い出す。

「あ。看板もってたおねーさんか」

「せいかーい。なんだ。もう前に会ってたのか」

 そうか、木戸くんは来るべくしてきたか、とオタっぽい台詞が彼女の口からこぼれた。

 そして、それから会長は長谷川先生に資料ですと紙束を渡した。ちらりと見えたタイトルには夏イベントについての連絡事項とある。

「それと、先生。二週間後の金曜日開けといて下さいね」

 新歓コンパやりますんで、と伝えると、ああ、うん、と長谷川先生は真面目なほうで答えた。

「さて、じゃあ顔見せも終わったことで、帰って夏の話とか詰めようね」

 連絡事項ですと言わんばかりに新歓コンパの日程を伝えた桐葉部長は、ほい、撤収撤収とみんなを促す。

「うぅ。羨ましいでござる。去年は夏イベント落ちて今年はようやくでござるからなぁ。良い感じに仕上がるのを期待してるでござるよ」

 めいっぱい楽しむでござるという長谷川先生の言葉を最後に部屋をでる。

 と思いきや。

「この子可愛いなぁ……」

 花涌さんが壁に貼られた写真を見て、ふわぁとため息にも似た声をもらしていた。

 A3に引き延ばされているエレナの写真だった。この前撮ったカフェで働く男の娘で、思い切りメイド服姿である。ちなみに撮影場所はシフォレの軒先をおかりした。テーブルを拭いている姿が暗めな雰囲気の中でうまく出ている。

 これだけ引き延ばすとやっぱりちょっと画像が粗くなってしまうし、新しいのかえやというのも実感できてしまうな。

「おっほぉ。エレナちゃんまた新作!? センセ、これすっごく良いですね!」

「HPにのってて、おぉーさすがにこれはと思ってエレナ氏に、元ファイルくれぬでござるかーと迫ったら、二つ返事でRAWのデータをくれたでござる。他の人には内緒ねっ♪ なんて言われてしまっては拙者もう、ここでだけ堪能させていただいて拡散は絶対にしないでござる」

 はぁはぁと、恍惚の表情を浮かべている長谷川先生ははっきりいってキモいのだが、まあキモいのが長谷川先生のアイデンティティなので生暖かく見守ってあげよう。

 それにしても、エレナも長谷川先生とはそれなりに仲良しだよね。そりゃルイに会う前から囲んでいたカメ子さんだからそうなんだろうけど。

「ああ、三人とも。これのモデルも撮影してる()も君たちと同年代だからね。せっかく本を出すんだったら、これに食らいつくくらいで頑張ってよ」

 あ。ござるが抜けた。ちょっと真面目にそんなことを言ってみたいと思ったのだろうか。

 こちらとしては少し複雑な気分だ。それを撮っているのはルイなわけで、それに食らいつけとは。

 まあ男子としてそれに食らいつけたなら、それはそれで面白いとは思うけれど。

 でも、撮影してるときはルイとしての方が楽しいんだよね、気分的に。高揚するというか。

「ちなみにこの子、男の娘だからね。みんなも目を皿のようにしてしっかりと見るがいい」

 ああ、もう良い感じな再現度だなぁと桐葉会長はうっとりとその絵を見つめていた。

「へ? 男の子? え?」

 あまりこっちの世界になれていない花涌さんはきょとんとした声をあげる。

「男の子じゃなくて、男の娘。男子なんだけど女子にしか見えないっていうか、ほんと、ついてるだけだよねっていうキャラのことをそう言うの」

 鍋島さんからフォローが入る。彼女もそっちの知識はある人なのか。

「昔は女装子じょそことか呼ばれてたけど、最近はぐっと女の子よりになって、男の娘って呼ばれるようになったでござるよ」

 あはぁ。眼福でござるー。というかこの薄暗い感じの撮影がたまらないでござる。しかもお客さんが来た瞬間に振り返り際という感じの表情もたまらんでござるーとかいうので、とりあえず補足を入れておく。

「これは、気になる店主が帰ってくる時間なので振り返っているって話だったはずですが」

「ええっ。そうなのでござるか?」

「だって、ホームページのコメントに載ってるじゃないですか」

 エレナの写真に関しては、シチュエーションも含めてコメントを載っけている。それを意図しているということは伝えているのである。

「おぉ、ホントだ……ってか木戸くんもエレナファンなのか……」

「ええまあ。実は男の子派に歓迎されたりもしましたし」

「それにしては、食いつきがあんまりだった気もするけどなぁ」

 ドライというか、あるのが当たり前というか、という桐葉会長の指摘はごもっともです。

「もしかしてルイさんの方のファンだったりして」

「ルイさん?」

 花涌さんがハテナマークを浮かべている。確かに銀香のルイは業界の人にはそこそこ名前は通っているけれど、一般の人にはそうでもないものね。

「おふふぅ。ルイさんはこれの写真を撮った子で、経歴一切謎な女性フォトグラファーで、突如レイヤー界にご光臨した女神なのでござるよ」

 エレナたんと一緒に撮影してる姿は、まるで少女達が戯れてるようだと一部でささやかれてるくらいだと彼は言った。

 はて。あれが戯れてるとは……こっちははぁはぁ言いながらエレナの姿を撮ってるだけなのですが。

「ほえー、すごいなぁ。でも同い年で撮れるってことは、私も頑張ればこんなの撮れるようになるのかなぁ」

「でゅふふ。頑張るといいでござるよ」

 無責任にも長谷川先生は、花涌さんのその志を全面応援してしまった。

「あーうーん。アレみたいになるのはちょっとなんか人生捨てる感じじゃないと無理じゃないかなぁ」

 一方、桐葉会長は苦笑気味に続けた。

「一ヶ月の撮影枚数が千枚を超えるしそれが当たり前って人だし、休みの日はふらふらずっと被写体を求めてさまよい歩くのよ。ゾンビみたいに」

「え……」

「ちょ、ゾンビはさすがに失礼かと」

 あんまりな言い分なので素で反論してしまった。

 でも、ゾンビはさすがに言い過ぎである。本能のままに撮影はしているけど、ちゃんとルイは相手の了承をえたり、話しかけたりしながら撮れる子である。

「ほとんど写真に人生捧げてますって感じだからね。それを目指すより今は、楽しむことを優先してよ」

 まだ比較する段階ではありませんとたしなめられると、はぁいと残念そうな声がこぼれた。

 たしかに初心者に対してはよいアドバイスではあると思う。

 まず最初は楽しく撮ること。これだろう。

 ルイはいつだって楽しく撮影を続けているからこそ、ここまで撮り方の研究とかをして今に至るわけだし。

「経験者は目指していただいてかまわないけど」

 言うまでもなく、木戸の目標は当面、あいなさんや小梅田さんだ。佐伯さんを目標としないのは、あくまでも風景撮影への思いのほうが強いからである。佐伯さんの人物撮影テクニックは確かにすばらしいけれど、今の所はすきかって撮らせてもらおうかと思っている。

「ま、とりあえずは、夏用のコスROMですかね。衣装はある程度進んでるんでしたっけ?」

「去年作ったのもあるし、今年はなべっちもいるから、すでに制作入ってるよ。合同コスROM誌って感じでいこうかと」

 1000部とか売れるの確定してるといいんだけど、作るのは100部程度ですと桐葉部長はしょんぼり肩を落とした。

 というか、エレナのところの売れ行きは普通に異常だ。

 そんなやりとりを長谷川先生は、でゅふふと優しげな視線で見つめていた。

「若い仲間というのはいいでござるなぁ……拙者もイベントでは同志がたくさんいるでござるが、学校ではなかなか同輩とは出会わぬものでござる」

 大人はほんと、オタクを隠すでござるからなと、少し寂しそうな声があがった。

「長谷川先生もサークル参加しちゃえばいいじゃないですか」

 せっかくの顧問なんだしと言うと、彼はふるふると首を横に振った。

「大学時代のその場所は君たちのものだからね。僕はただ見守るだけだよ」

 その瞳に映っているのは、過去の光景だろうか。

 大人になってしまうとそこに居続けることはできなくなってしまうものだ。 

「でも、イベント自体は監督しにいくから、ヨロー」

 でゅふふ。サークルチケット一枚譲って貰えないでござるかねぇと私欲がどろどろとでてきてしまった。いろいろかっこいいことを言っていたのに台無しである。

「残念ながらセンセーの分はありませんよ。三枚しかないんだから、準備に参加する人向けです」

 しかも一人は必ず私欲がない人じゃないといけませんと桐葉会長からの冷たい言葉が先生をめった刺しにする。

 そりゃそうだよね。サークル参加のメリットは先に入れることにあるわけだけど、準備をするためというのが本来の目的だ。そもそも開始前の購入は禁止だというし、せいぜい先に入っておけるくらいのメリットしかない。

 そこらへんはある程度は会長も許してはいるようだけれど。

「おふぅ。桐葉たん最近先生に冷たいでござるぅ」

 くすんと椅子に座り込んでしまったので、木戸は、まあまあと長谷川先生の肩に手をおいてなぐさめてあげるのだった。

 本日のエレナコスは、スーベニールのゆたかくんです。どうして二巻でおわっちゃったし……orz

 男×男の娘は需要がないのか……いや。雑誌を間違えたのだヨ。

 さて。特撮研の顧問については、この人しかいないよねという感じで。

 立派なござるを決めて下さいました。


 さて。次回ですが。エレナ誕生日会シフォレバージョンです。

 誰を参加させようかとか、どうしようかってところですが、同窓会っぽい感じにもなるのかな。

 パーティーの方は、来年事件が起きる予定なので、今年はシフォレの個人的誕生会で行きます。

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