190.しのさんは彼女のふりをするようです2
「キレイだよ、しのさん」
「ありがとう、海斗さん」
普段なら呼び捨てな相手でも、お嬢様モードだと相手にさんをつけるのは基本だ、と嫌になるくらいエレナに言われたのでそれは徹底している。
今の姿は、海斗がいうとおりに普段しのが、そしてルイがしないような格好だ。
あえて言えばエレナの誕生日の時にドレスを着たルイという感じだろうか。
いわゆるパーティードレスといわれるものだけれど、エレナのところのときより装飾も華美で、今日は淡いライトブルーの装いだ。海斗という海のイメージに合わせてと言うことらしいのだが、手袋までついているというのが、いささか着慣れない感じが強い。
そして会場もまた豪勢なところだった。どこかのホテルの一階の大広間。それこそ普段なら食べ放題ビュフェでもやっていそうな広さで軽く二百人くらいは収容できるだろうか。
エレナのところは自分の家でやるけれど、どうやら海斗の家の場合は場所を借りるらしい。自宅よりも広いスペースというのもあるし、二十歳だから大規模にやるということもあるのかもしれない。
実を言えば、ホテルのパーティーなんていうのははじめての経験。エレナのおうちになれてなかったら思わず、その広さに圧倒されていただろう。
いけないいけない。自分はお嬢様なのだからこんなパーティーなれていないといけないのだ。
「本日は海斗のパートナーを引き受けてくださり、ありがとうございます。父の海雄です」
「こちらこそお招きありがとうございます。東雲しのと申します」
今日は、あまり堅くならずに楽しんで行ってくださいと言われて、はいと笑顔を浮かべると彼の顔が赤くなる。
海斗さんがなかなか浮かべて下さらない表情だ。もちろんお父上はノーマルなので女性に反応するのだろうけど、いつまで経っても殿方は殿方なのですねと思わせられる。
ちなみに。さすがに親父さんには事情は話している。協力者の女性を連れてくるので、それで我慢をして欲しいと。ゲイだというのはさすがに内緒にしているそうで、決まった子をというのは今はないし、でも黙ってない人達もいるし、お願いをしたと説明をしている。
なので、お父上はこちらをもちろん男だなんてつゆとも思っていない。衣装をきせてくれたメイドさんは、あらあらさすがに驚きましたと、大喜びだったけれど、あえてそこで大騒ぎという風にはならなかった。よくわかってらっしゃるメイドさんだ。
考えると、面倒臭い設定なのだ。海斗は男好き。で、木戸は男子。
じゃあ、そのまま上手く行くのかというと、海斗の恋人の趣味に木戸がまったくもって入っていないので、見向きもされないという安全性である。
もちろんメイドさんには、あらあら海斗さまったら、男の娘が好きだったなんてーと、興奮状態にさせてしまったけれど、うん。こいつの趣味はもうちょっとガチムチらしいので、ほんっともうストライクゾーンどころかフォアボールである。
それでは他にも挨拶をしなければならないのでと、彼はお客一人一人に挨拶をしていく。
基本、エレンの誕生日と似たような感じだ。子供の紹介ではあるものの、それを利用した社交場という感じなのは変わらないらしい。
とはいえ私的な海斗の知り合いというのも来ていて、こちらはこちらで人の波が絶えない。
海斗とはどういうつきあいなのか、なんていうのを若い男たちから聞かれつつ、それに穏やかに答えていく。元から聞かされてはいたものの、このイケメンは友達多すぎだろう。大学の知り合いはほとんどおらず、おそらく高校からの知り合いと思われる人達ばかりだ。なんというか、みんな金持ちそうな感じなのである。大学の友達に関してはもともと来ないっていうのは知ってたけれど、ちょっと住む世界が違う感じの人達ばかりでこちらとしても気疲れしてしまう。
大学の知人とは後日個人的にパーティーをするのだそうだ。ほんとエレナんちと同じ感じはこういうところもか、と思いきや、しのがパートナーを受けるということもあって、今回は招待していないそうだ。変な反応されても困るしね。
「あらあら、これくらいの人数をさばけないだなんて、無様ね。もう疲れたのかしら」
「あなたは……?」
わたわたと同年代の相手をしていると、そんな中ひときわ高いキンキンした声でこちらに接触する声があった。
美人さんだけれど、どこかきつい感じがするのはメイクの印象なのだろうか。大人っぽくしようとして失敗したという感じなのだ。正直しのの趣味としては大人っぽく見せるよりも永遠の17歳を目指す方が好みである。ドラァグクイーンレベルまで突き抜けてしまえば面白いは面白いけれど、自分ではまずやらない。
「海斗からなにもきいてないの? 私は……」
「冬子、パーティーの日にそんな声ださなくてもいいだろ」
「あら。海斗さん。誕生日おめでとう。お祝いの品はおうちの方に送らせていただきました」
勝手に二人で話が進んでいくのを、少し困惑した顔で見つめる。特に不安そうな顔を海斗に向けておく。
まあこんなもんだろう。箱入りお嬢様が他人から悪意を向けられたらおびえて彼氏を頼りにするというのは自然に違いない。ジェンダー論あたりではこの仕草はNGなのだろうけど、今は淑女なのである。
内心では、女子の悪意自体はそこそこ耐性があるんだけれどな。ここのところ磯辺さん、ルイには相当悪意強いし。ルイをしている以上、それなりに同性の悪意は受けるものなのだ。それ以上に味方も多いし最近は羨望の方が多いように思うけれど。
「この人が俺のパートナーだ。東雲しのさん。今おつきあいしている相手だ」
「へぇ。てっきりアルバイトかなにかかと思ったんだけど。東雲……聞かない名前ね」
駅の名前? は聞いたことあるけどと侮蔑のこもった視線をこちらに向けてくる。どこの馬の骨だと言いたいところなのだろう。
海斗のお家はそれなりに大きな家であるとともに旧家でもあるそうで、周りに集まる人間もその傾向があるのだとか。だからこそどこの馬の骨ともわからないしのに対しては、はぁ? なんなのこの田舎娘がというような反応になるのだ。もちろんしのの家は庶民だし、都会暮らしではないけれど。
「はは。アルバイトでつきあえるんなら、みんな大金を出すだろうな。正直一緒に歩いていても周りの視線が集まってすごいし、さっきまでもどこでひっかけたんだって散々聞かれた」
「ぐぬっ」
海斗さんのフォローに冬子女史は思いきり顔を歪めた。
先ほど、冗談交じりにそんな台詞が男子友達からわいわいでていたのは隣で聞いていた。
これがいわゆる援助交際というやつだろうか。違うか。
この前小梅田さんにカメラ新しくしろやって言われたし、ちょっとこういうアルバイトにも憧れを持ってしまう。やらないけど!
にしても冬子さん。ハンカチ噛みしめるとか昭和ですか。そんなに噛みしめると顔の輪郭かわっちゃって危ないと思うのだけれど。
「ふんっ。まあいいですわ。今日のところはおおめに見てあげる」
鼻を鳴らしながらその女性は遠のいてくれた。今日のところはっていってももうしので君に会うことは二度とないんだけどなと内心で思いつつ、おびえた表情を崩さないでおく。
うぅ。女同士のこういうのって、あんまり免疫がないので正直しんどい。もちろんドラマとか歌とかほとんど恋愛絡みっていうのがこの世界の常識なのだろうし、お付き合いする相手をゲットするっていうのに情熱を燃やすのもわかるのはわかるんだけれど、やっぱり実感としてはさっぱりしのには理解できない。
「今の方、ずいぶんと親しそうでしたが、おつきあいされてた相手だった、などということはありませんよね?」
あくまで確認の意味合いで海斗に問いかける。周りからは元カノに嫉妬してるだなんて映るだろうが別にそれはどうでもいい。というかそう映った方がらしくていい。
「あー、幼なじみというか腐れ縁というか、そういうのであってつきあったことはないよ。あっちはどう思ってるのかしらんけど」
おまけに、ほら、と彼は困ったように口を濁す。ゲイだということをカミングアウトはしていないというところだろうか。幼なじみにだったらむしろ言ってしまえと思うのだが……いや、無理と彼は首を振る。
「あいつ、たぶん自分の規定で自分が負けたって相手じゃないと納得しないと思う。同じ土俵にすら登れないって思ったら壊れる」
参加資格がないレースが目の前で行われて、その上で優勝できなかったと言われるような感じ? とよくわからないたとえをしてくれた。もちろん彼女が恋愛のためにがちむちまっちょの男性になろうとするというのもそれはそれで間違っているとは思うけれど、海斗の趣味がそういうのなんだからしょうがない。縁がなかったのだ。
「それだけ愛されていて答えられないというのも、いささか因果なものですね」
「今回のことでしのに負けたって思ってくれるのが一番だったんだがな……まったく引く気がないし……」
やれやれだよまったく、と海斗が困ったように首を振る。髪の毛がふさりと動いて色気がたっぷりである。
「まったく、どこにいっても事件ばっかりだね、しのちゃんは」
冬子が十分距離をあけたのを待ってから、ぴょこんとエレンのかわいい声が耳朶を打った。
普段の声よりもやや低めな声にしているのは、ここが男として立っていないといけないところだからだろう。むしろハスキーな女の子の声にしか聞こえないのだけど、普段が普段だけに新鮮に聞こえる。
服装は今回もレースつきの王子様風という感じだろうか。髪は最近伸ばしている関係で後ろで軽く一本に縛っている。ああ、もう。ショタ力満点で可愛らしい。
「おお、エレンくん。うちにきてくれるなんて久しぶり」
「いわゆる二十歳の誕生日の参考にしようかなってね。二十歳おめでとう」
成人には見えないけどねぇとエレンが意地悪そうな顔をする。
それだけでぱっと花が咲いたみたいに雰囲気が和んだ。さっきまでのぴりぴりした感じが一気に消し飛ぶ。
まったく、男モードなのにかわいらしい顔をしているのだから、本当に性別間違えてるよなぁと毎回思ってしまう。お前が言うなよって各方面から言われそうだけれど、目の前にこの子が居る限り声を大にして言おう。
木戸くらいなら、まだまだマシであると。
もう、隠しきれない女の子っぽさが今にもはじけて出そうな勢いだ。
「それと、付添人さんはおつかれさま。来年のうちのパーティーではお腹いっぱいたらふく食べていいから」
「楽しみにしておきますよ。エレンさんのおうちのご飯おいしいですし」
「あれ? 二人とも知り合い?」
エレンと海斗が知り合いというのは実は知ってた。どこのパーティーに行くのか聞かれて答えてあるからだ。セレブの社交界というところはそれなりにパーティーで繋がっているそうで、一つ年上の彼とも顔見知りなのだとか。
軽く声だけかけるよと言っていたのに、もう思いっきり全力で声をかけてくれちゃってからに。これでいいんだろうか。まあエレンと親しげってのは、牽制の意味でもいいとは思うけど。
「それなりにお友達です。お互いの学校の学園祭を渡り歩く程度には仲良しです」
ねー、と言われて、はいはいと答えておく。事実である。高校時代はお互いの学園祭はお互い行ったり来たりしているのだ。
「でも、いままで浮いた話一つなかったのに、まさかしのちゃんとはねー」
にこにこしながら、エレンはふっと体を海斗によせる。
「もーしのちゃんとは、エッチしちゃったの?」
ふふ、と耳元でぽそりとつぶやく。でも返ってきた言葉に、エレンの相貌が開く。そして。
「俺は女に興味はないんだよ」
にまぁと嬉しそうな。とろけそうな顔になった。
まったく。こういう場所で女子顔だすのは危ないというのに。
「確かに彼女、本当に女の子っぽいもんね。すっごいかわいいし、それじゃ海斗くんの趣味じゃないよね」
「そーいうエレンさんも射程外ですよきっと」
ぽそっといってやると、まあねーと答えがくる。
あんまり社交界だと友達がいないって勝手に思っていたけど、エレンにもそこまで話ができる友達がいて少しだけほっとしてしまった。もちろんよーじくんとラブラブなので元々そんなに心配はしていないけれど。
「気が合う異性って感じだもん。こいつくらいなもんだよ。僕のセイ……しっかりつかんだの」
「性格がうまくあったんですね」
にこりとよそ行きの笑顔を浮かべながら、しれっとそんなことをいうと、ぷぅとエレンが少しだけ不満そうに頬を膨らませる。ああ、ご機嫌斜め顔も可愛い。撮影したい。
「あったわけじゃないよー。けっこー真逆。ほら、僕かわいい系だけど、海斗はイケメンだしね?」
「どちらもイケメンの部類に入るとは思うのですが」
はて、と小首をかしげるとエレンは不機嫌そうにさらに頬を膨らませる。
「ひどいなぁ、しのちゃん。ぼくの ど・こ・が、イケメンなのか200文字程度で答えると良いよ」
ひどいよという姿は、よそ様のパーティーだというのに、どこまでも女の子的なかわいらしさに満ちている。もちろん常識に縛られている人にはショタの愛らしさに映るのだろうけれど。
「はいはい。もー美少年こえてますよね。エレンさんは。でも今日は男女ですからね」
それと、と一つ言葉をおいて海斗の腕をとる。
「今日は海斗さんのパートナーですから。他の殿方とあまり親しげにしすぎるのもいけないものです」
「仲がよくてなにより。さて。それじゃボクはこれにてかな。他に挨拶しなきゃいけない人もいるし」
「ああ。若手はそんなにいないけど、楽しんでってくれ」
それじゃ、お二人もごゆっくり、とエレンは言い置いて新しいグラスを手に取った。
パーティー本番。淑女モード全開でございます。
作者、あんまりホテルのビュッフェ的なのに行ったことがないのですが、高くてなんかすごそうという印象です。
そして今回、ちょー久しぶりにエレンくん登場です。ショタ属性持ちにはたまりません。もー可愛いったらありゃしません。でも公的な場以外じゃ男子やりませんし、大学もどっちかというと初対面で女子扱いされるっていうくらいにしてたりします。
海斗さんの幼なじみはなんか、乙女げーの悪役令嬢みたいになってしまいましてよ! 冬子さんたちがどうなるかは……今の所彼らしか知りません。興信所を使って調べたけど、しのなんて人間いないじゃないかとか、詰め寄りそう……
さて。春の部終了ということで次は夏に入ります。明日は特撮研の顧問がついに登場でございます。夏イベントはそんなにまだ書いてないのですが、夏の大イベントなオタクの祭典と、自動車の免許をとりに行くよ、というのが大きなものでしょうか。一夏の甘い恋とか、そういうのは、たぶんないです。




