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189.しのさんは彼女のふりをするようです1

「隣、あいてるかい?」

「ん。あいてっけど……別にあえて隣じゃなくてもいいんじゃね?」

 五月も半ば、そろそろ講義が二周くらいしたところで、そう声をかけてきたのは。

 うん。イケメンだった。

 今日は赤城はなんか用があるとかで自主休校。そこに滑り込んできたのがこいつというわけだ。

 たしか、なんか女子も混じったグループにいたよなぁと思った物の、あえて離れてこちらにくる意味がよくわからない。そりゃ交流を広げたいとかそういう思いがあるのもわかるけれど、基本ぼっち気質な木戸としてはそこまでがんばろうという気持ちはわからない。

 え、ルイの時はお前はいくらでもアクティブだろうって? それはただ被写体を求めてさまよっているだけで、声をかけてると自然に仲良くなるだけである。

 さて。そんなイケメン氏はよいせと隣に座り込むと教科書をとりだした。

 講師が買わせたもので、授業はプリントや板書が基本なのであまり使わないヤツだ。

 でゅふふ。だから拙者の講義をとるべきなのでござるよという長谷川先生の姿が頭に浮かんだ。もちろん肉声つきである。そうはいってもすでに長谷川先生のオタクの文化なんちゃらはとってるし、きちんと楽しく拝聴させていただいている。なんというかなんでも学問になるのな、というのが正直な意見だった。

「なんつーかさ。おまえさんの隣に座りたかったんだわ」

「はぁ、それなら別にいいけど」

 いいことはなーんもないけどなと、付け加えても彼の笑顔は変わらない。

 まったく。隣で見ていると本当にイケメンさんでこまる。

 身長は180にせまるくらい。割と筋肉質ではあるものの、横に分厚いわけでもない。

 表情も中性的よりはやや男性的といったところか。頭は小さめ。

 なんていうか、いわゆるイケメンっていうやつだった。モデルでもやってるんだろうか。

 正直、木戸の周りにはあまりいないタイプだ。HAOTOの面々は確かにイケメンなのだが、極端に接触する時間が短いし、日常であうということがまずない。そういう意味で大学の授業で隣にイケメンというのがまず物珍しい。

 彼はただ、隣の席に座るだけで特に話しかけてくるわけでも無く。

 そんな日がどれくらい続いただろうか。

 もともと、近くの席に赤城や田辺さんたちはいたし、今でもいるのだが休み時間に絡んでくることは心なし減ったような気がする。朝の挨拶くらいは普通にするけれど、どうやら彼に遠慮をしているというか、イケメンにびびっているらしい。

 一番顕著なのが磯辺さんで、あんな視線を浴びると溶けてしまうとの怖がりようだった。

 霧島海斗。もともと女子に囲まれている印象だったヤツだけれど、なぜかこの同級生はしばらくの間木戸の隣の席を独占していた。

「で。さすがにそろそろ本当の事情を話してくれてもいいんでないかい?」

 いつものぼっちスペース。昼ご飯を食べる場所に海斗を呼び出して問い詰める。

 別に友好を深めたいならそれはそれでかまわないのだが、どうにもなにか言い出したい感じをだしながら、躊躇するというのが続いているのだ。

「さすがに挙動不審だったか?」

「まあな。いくら何でも急すぎだ。いつものグループの方でトラブルがあったならもーちょっとあいつらと気まずくなってるもんだろうけど、そういうのもないだろ。普通に話してたし」

「ああ。あいつらとは今でも仲はいい。木戸の隣に座ってたのは、その……お願いがあったからだ」

 さて、なんだろうか。写真を撮って欲しいとかそういう方向なら大変に嬉しいものだが。

「彼女のフリをして欲しい」

「はあ?」

 一瞬、きょとんとしてしまった。

 いや。依頼自体はこなせる自信はある。これまでさんざん女装をしてきているのだし、女子として合コンにでたこともある。

「どうして俺?」

「いやさ。こんど俺の二十歳の誕生日があって、けっこー盛大にパーティーやるんだ。それで同伴の女性をといわれてるんだが……」

「あんたもどこぞの社長のご子息ですか」

 まあな、と軽い答えがくる。当たり前な事実を言っているだけという雰囲気が嫌みさを感じさせない。

「そいで、まあ。俺見ての通りイケメンだろ? すげーかっこいいだろ。特定の女子をそこで紹介するとこう、面倒臭いことに……」

「いや、バイトってことで別の女子にふればいいだろうに」

 どうして男に頼もうって話になるんだよまったくと、ため息を漏らすと彼は、それがなぁと困ったような声を漏らした。

「それで本気になられたらこまる」

「それはそれでいいだろ。イケメンさまはもてもてで」

 ほれほれ、もてもてになーれと言ってやると、すさまじく嫌そうな顔が返ってきた。

「俺は、男の方が好きなの。ゲイってやつなの。だから女につきまとわれても困る」

「それで代理が俺ってわけか」

「へぇ」

 やれやれとほおづえをつくと、その仕草に彼はなぜか感嘆の声を漏らす。

 あまりにさらっと流しすぎたからだろうか。

「あ、いやな。たいていゲイだって男に言うと、俺は狙うなとかいわれんだよ。だからおまえがそういう反応しないのはなんか新鮮」

「つーか、男なら誰でもいいとかそんなことじゃないだろ。男が好きなんじゃない、おまえが好きなんだって段階が正常だろ」

「まーそうなんだけどな。誰も彼も強引に犯されると思うらしい」

 ひどい話だと彼は言い放つ。確かに言いたいことはわかる気はする。

 自分がゲイだという人にはこれで二回、いや三回目だけれど、その手の情報をあさっていた頃も実際あったし、そういう話も結構目についた。ちなみに一人目は岸田さんである。あの人の場合はどうみても女性嫌いのバイだと思うけど自己申告は尊重しよう。え、もう一人は石倉さんだ。あれだけ自己主張の激しい部屋をしていて、ゲイでないはずもない。

 同性愛者であることを伝えると、お尻の危険がという男性が多いのは木戸も知っている。

 木戸としては、友達関係だと思ってた同性がいきなり恋愛対象として自分を求めてくるかもしれないという恐怖がそうさせるのかななんて思っている。それをいえば木戸なんざ毎日そんな感じだ。素顔を見られたら男から求愛されるのだから。

「そもそも、男同士ならどっちがセメでウケなのか、ってのもあるだろ。最初から自分が襲われるって考えるのはどうかと思うんだよ」

「お。おまえ割とそのジャンルも詳しいのか?」

「友達に腐った人たちが山ほどいるんでな。俺自体はそこまで興味はないんだが、あいつらやれ誰々とこれこれがーっていってくるし、自然とそういう知識はついたよ。それに……現実で会うのだって三人目だ。それ以前にそれなりにその手の知識も入れる機会ってあったしな」

「女装と同性愛は近いところにある……か」

「ま、そんなとこ。俺自身はノーマルなんだがな。ま。好きになった相手なんざいないんだが」

 ノーマルかどうかといわれると、初恋自体まだしていないような気がする。

 ご神木さまにはこれでもかと恋をしているけれど、それとこれとは話が別だろう。

 もちろんここに斉藤さんやさくらがいたら、あんたがノーマルなわけあるかいと突っ込みがはいっただろうけど。

「はは。なおさら都合いいなおまえ。報酬は出す。手伝ってくれ」

「とはいえ、どうして俺のこと知ってんだ?」

「前に、女装してきたことあったろう。田辺さんとかは、しのって呼んでたけど、あれっておまえだろ?」

 清純派と、お色気となんかギャップありまくりだったが……という彼は両方をどうやら見抜いたらしい。

「へぇ。ばれますか」

「すさまじい完成度だったけどな。普通女子には感じないなんていうか、オーラっていうか直感っていうか」

「なるほど。しの状態だとスイッチそこまで切り替えてないし……もうちょっと考えないとだな」

 あまりない指摘に少しだけ自己分析をいれる。

 業界の人にばれないというのが一番の目標であるのだが、なかなかに道は険しいものだ。ルイとしてならばれない自信もあるのだが。

「ん?」

 彼は不思議そうな顔をしていたが、いや、こっちのことだと答えておく。

「ま、その依頼はうけてやるよ。報酬はいくつかあるが……」

 答えを用意しながら、くすりと内心で小さな笑いを浮かべる。 

「あたしのこと、好きになっちゃ、駄目だからね?」

 唇に人差し指をあててそう答えると、うぐっと海斗は身をそらした。



 待ち合わせ時間の五分前。

 ベンチに座るときにハンカチを敷くなんてことをするのは、ルイ状態だとまずやらないことだ。

 待ち合わせの相手は、時間ちょうどに場所に着くときょろきょろとあたりを見回していた。どうやらこちらを見つけられないらしい。

 女装後の姿を知っていたとしても今日は印象が違うものな。

 ロングウィッグでのお嬢様。しかも木陰で本を読んで人を待っているというような状態は初めてだ。しのはもうちょっとゆるっとした感じだし、ルイはアクティブな感じになる。それで演技はダメとかわけわかりませんって、澪には怒られそうだ。

 不思議と、町中で一人でいても声をかけられることはなかった。ルイだったら高確率で声をかけてくるというのに、こちらだと全然そんなことはない。淑女だと単に話しかけづらいっていうことなのだろう。確かに上品な感じのワンピース姿って、見るからにお嬢様って感じですもの。

「あの、海斗さん、ですか?」

 え? と、彼は不思議そうにこちらを見下ろしてくる。

 いちおう、初対面でのデートという設定なので、彼にはそのような反応をするのが自然と言うものだ。状況に応じての演じ分けくらいできるしのさんである。

「しの……さん?」

「はいっ。会えるか心配だったのですが、なんとか合流できてよかったです」

 にこりと淑女風に微笑みをいだく。海斗は顔を赤らめるとうわぁと声を上げた。ゲイなのだからこれで顔を赤くするなと言いたい。

「それで、今日はどちらに? エスコートしてくださるってことでいいのかしら?」

 ちょこんと立ち上がって春のような微笑みを浮かべてみせる。ちらちらと盗み見るような視線があるのだが、それは涼しげに無視しておく。

「まったく。貴女という人は。では気は乗りませんがご案内しましょう」

 まわりには効果のある笑顔でも、海斗にはまったく通じないらしく、彼は苦虫をかみつぶしたような顔のまま手を取る。さっきの顔の紅潮は驚いてということか。

 普通に男の手だが、汗ばんでいないのは好感が持てる。

「ありがとうございます」

 客観的に見ると、ドラマの撮影とでも見えるんじゃないだろうか。こうやって見上げると高身長だし顔も整っているし、とってもイケメンさんである。これが同性愛者とか。

 腐った方々大勝利なのかもしれない。

 とはいえ、そんなことおくびにも出さずに、今日はこのまま海斗につきあう。

 本番はパーティーだとはいっても、その前に一回デートをしてみて慣れておこうという彼の提案のためにこんなところに来ているわけだ。

 ちなみに今日の衣装のコンセプトはエレナの提案だった。ルイとは決定的に違う感じでいきたいという話をしたら、ロングウィッグにしていかにもお嬢様って感じにしようよといわれたのだった。今では背中にかかるくらいの髪の長さの本物のお嬢様にそう言われると、まー印象全く違うしありかなぁと思った。

 そして演技指導をされて今に至る、というわけだ。

 もちろんルイは演技が苦手だ。フランクな感じの女子というスタイルをかえて別の何かを演じることは難しい。

 けれど、木戸がまったくあたらしい女子を作ること自体はそう大変でもない。

 こびっこびの声も出せるし、今回みたいに少しおとなしい感じに仕上げることもできる。

 ルイのスイッチを入れた状態で、別のキャラを演じるというのが難しいだけなのだ。

 それから、彼のエスコートでウィンドウショッピングをしながら、アクセサリーや雑貨を見て回る。

 彼は少しだけつまらなさそうにしていたけれど、しのとしては十分すぎるほど楽しめた。

「雑貨、あまりご興味ありませんか?」

「まー、だいたい男なんてそんなもんですよ」

「そうですか? かわいいものの方が多いですけど、シャープなものなら男性でも使えると思うのですが」

 木戸はわりと小物や装飾品を見るのが好きだ。純粋にかわいいものに目はいくけれど、かっこいいものにも目は行く。

 雑貨といわれると確かに女性のイメージの方が強いけれど、けしてそんなことはない。

 ここらへんなんてどうでしょう? とペンホルダーを見せると、うぅんと微妙な顔をされた。

「なら、箸置きとかいかがです? 小物が充実すると少しだけ毎日がよくなりますよ」

「お嬢さんの言うとおりよー。こういうのはデートの思い出になったりもするし、日常で目に入るだけでなんか嬉しくなると思うけどな」

 店主のおねーさんもにこやかに口を挟んでくる。まー女子ならデートの思い出みたいな感じでなんかあると嬉しいかもしれないなんて思う。

「そういうもんかな」

「ええ。別れた後となると、やっかいなものになるといいますけどね」

 どう処理をしていいのやら。思い出の品は扱いがやっかいなもんだ。

 けれども、今回のような場合はいいんじゃないだろうか。どうせ我らはつきあっているわけではないし、共犯者としてなにか買ってくれてもと思ってしまう。

 なら、と彼はなぜか木製のスプーンを三つほど買って、その一つをこちらにくれた。

 あと二個はどうするんだろうか。

「お礼の先払いだ。それとこっちは未来のために、な」

 ははぁ。なるほど。将来好きな人でもできたら一緒に使おうという算段か。

 そのときはそのときで買えば良いと思うんだけれどなぁ。

「あつあつなお二人さんね。最近の若い子は進んでいてすごいなぁ」

 ありがとー、といいつつ店員さんが少し顔を赤らめている。はて、どういうことだろうか。

「別に。進んでるわけでも。子供用にはいささか大きすぎるし」

「あら。それもそうね。そのサイズとなると十年は待たないと使えないかしら」

 そこまできいて、店員さんがどういう誤解をしたのかよくわかった。

 未来のため。二人の未来のためってことか。

 海斗がゲイなのを知っている身としては、いい人が出来たときのためということなのはわかっている。ただし他から見たら、そういうことなのかもしれない。

 子供……か。わたくしは産んで差し上げられないのですが。

「さすがに学生のうちにそういうのは……結婚してからとお父様にも言われていますし」

 両頬を両手のひらで押さえてどうしましょうと照れた仕草をする。ここらへんの仕草協力はもちろんエレナである。どうしようもなくアニメっぽいけれどお嬢様なんて存在はそういうところでしか見たことがないのだから、これでいいのだろう。

 そんな風にしていると、またきてくださいねーと、彼女は言い放つ。ぱちりとウインクされてしまったのをみると、デートを楽しんでおいでなさい若者よといった感じなのか。

「では、次のところに連れて行っていただきましょうか?」

 大事そうにもらったスプーンを握りしめながら、おっとりしたお嬢様スマイルを浮かべて見せた。

春先最後の話は、げいなイケメンな海斗くんです。

ある程度かいていたはなしだったわけなんですが……問題は明日分。もーちょっとなんかやりたいもんです。

まったく、女装の木戸君とはいえデートに駆り出せるというのは、さすが同性愛で興味ないだけあります。なんとうらやましい!


明日はパーティー当日のお話です。

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[気になる点] 「あの、海斗さん、ですか?」  え? と、彼は不思議そうにこちらを見下ろしてくる。  いちおう、初対面でのデートという設定なので、彼にはそのような 「しの……さん?」 ↑の…
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