187.御神木にぶらさがるもの
遅くなりました。昨日のうちに上げる予定だったのですが……
久しぶりのルイさん回です。
あむり。はふはふ。
からりとした衣の中にみっしりとつまっているジャガイモがホロリと口のなかでほどけていった。
本日いただいているのはカレーコロッケ。夏には辛さをということで銀杏のおばちゃんの家で六月から売り出される季節限定メニューである。
「相変わらず、おいしそうに食べてくれて、おばちゃんほっとするねぇ」
ここのところそんなに来てくれなかったから寂しかったんだよという彼女にちらりと視線を向ける。
「そうはいっても大学に入りたてでいろいろ交遊範囲も広がったりしまして、どうしても時間がとれなかったんですよ」
「そりゃルイちゃんならどこにいっても引っ張りだこだと思うけど、たまにはこうやって遊びにきてくれないとー」
新作、チーズインコロッケ、どうだい? とわたされたものもいただく。かなり中身が熱々になっていてちょっとずつ食べないと危険そうな感じだ。でも冷めすぎると中が固くなってしまうだろうし、なかなかにそのバランスが難しい。
「たぶん夏休みになれば頻繁に遊びにこれると思います。銀杏さまもしっかり撮影しておきたいし」
「ああ、大銀杏に行くんだったらちょっと気を付けた方がいいね。最近ちょっとここら辺も出るみたいなの」
「出るって、穏やかじゃないですね」
まさか人ならざるものでもいるのだろうか。
「カメラをもってうろうろご神木のあたりとか町をふらふらしてて、変な呟きをもらして歩いている不審な男性がいるっていうのさ」
カメラをもっていて、うろうろしてて怪しい呟きをしている男性、ううむ。なんだろう。
とてもその文字だけをきかされると、心当たりがありすぎるわけですが。
「それって私のことではなくて?」
「って、ルイちゃんは男子じゃないでしょうに。そうじゃなくて二十代中盤くらいだってさ。なんか暗い顔してのそのそ歩いてるって話。あのドラマ以降、多少は観光客も来るようにはなったけど、そういう胡散臭いのまで増えるとこまっちゃうわねぇ」
まったく、と言いながらコロッケを揚げているおばちゃんはのどかなものだ。どうやらおばちゃんはまだその変質者に会ったことは無いらしい。それくらいの感覚だ。
そりゃ、もう三年くらいのつきあいになるし、つないだ縁はしっかりと残っているのはわかっているけど。
いちおう確認したくなるよね。そんな自分とまったく同じ属性の話をきかされたらさ。
でも、そんな心情をいうことはできないわけで。彼女のいつもの表情を撮りながら、気をつけますといいつつ、ううむ。いまさらながら自分がやってることは男子だといろいろやばいのか? という思いが浮かんでくる。もちろん対応の仕方次第だとは思う。さわやかに声をかけて撮影させてもらえば胡散臭いとまでは言われないだろう。でも女子高生とか撮ろうとしたら普通にヘンタイ扱いされそうだ。
「胡散臭いというとうちの娘も胡散臭いところで働いてるとかで、まったく……困っちゃうわ」
「あー、千紗さんなら大丈夫ですよ。あそこはそんなに胡散臭いわけでもないですし」
「あらっ。ルイちゃんったら娘の働いてるところにいったことがあるの?」
「えーと、まぁ、いろいろあって」
あそこに行ったのは厳密には木戸なのだけど、千紗さんが適当にごまかしてくれるだろうからこう答えておく。
「それならそこまでいかがわしいわけでもないのかねぇ」
うーん、不安だとまだまだ眉根にしわを寄せているおばちゃんにかける言葉があまり見つからない。
「あればっかりは実際に行ってみるしかないと思います。普通のカフェにメイドさんがついてくるくらいのコンセプトなので、それをどう感じるかはそれぞれですし」
なので自分の目で確かめてもらおうかと思った。働いている先に関してはこちらからは言わないでおく。
娘承認のうえで行って欲しいからだ。
「千紗のやつまだ、店の場所とかは教えてくれないけど……ルイちゃんがそういったってんなら、教えてくれるかしらね」
職場訪問は大切デスといいきるおばちゃんに、うちの放任っぷりにルイは愕然とした。
あの二人の場合は、あまりな出来事に現実を直視できなくて放任になっているだけだろうけれど。
「本人はちょっと、教えるって段階にはいけないかもですね。大丈夫なところで働いてても、自分の趣味が一般人にどう映るかって、オタクの人間は気にしますし」
「人様に迷惑をかけることをしてなきゃいいんだけどね」
まあ十分注意して行っておいでよという温かい言葉をいただきながら、くしゃりとコロッケの包みを捨てさせてもらって大樹のもとに向かった。
大学生になってそこそこ撮りに来ているものの、春を通り過ぎた銀杏さまはそろそろもっさりと青々した葉っぱを蓄えて立派な貫禄を醸し出していた。
さて今日もとりますかねー、とカメラを取り出すとうぅうぅといううめき声が聞こえた。
ご神木ともなるとそれなりに霊格というか、特殊な何かが宿ってみたりとかするんだろうか、なんていうのはびた一文思わない。そう。その声の主は木のわきのところにつったっていた。
足下にあるのはミカン箱。手は枝から垂れ下がった太い麻縄にかかっている。
丸く形作られたそこに首を突っ込もうとしているのは、二十歳半ばの男だ。
「ふむ」
とりあえず、カメラを向けてカシャリと一枚。
いつもと違う絵柄もまあありかと撮影を続けていく。
あえて声はかけずに撮り続ける。
なかなかにすごい絵面である。この前大学の心理テストで、実のなった木を描くようにいわれたけれど、それでこの絵面を出したら、呼び出しになるに違いない。ちなみに木戸はこの銀杏を元に立派な木を書き上げた。まあ実は少ないねと言われたけれど。しかたないじゃん。この季節なのだもの。
「って! 普通止めるよね! どうしてそんなに普通にしちゃってるのかなっ」
「そうは言っても、人が死に行くときの写真なんて滅多に撮れないですしねぇ。そりゃ血がたぎるというものでしょう」
ご神木がなにやら禍々しい絵に大変身なのですよと答えると彼は唖然としながら足を滑らせる。
そしてそのまま。
縄に首は絞まらず、ただ彼はしたたかに尻を地面に打ち付けただけだった。
もう少し首を前に出していたら、締まっていて大変だったことだろう。
「とりあえず作戦成功、ですかね。写真を撮るぞって脅せば目の前で死にはしないでしょうし」
「うわ、それ脅しだったのか。はめられた、もう死ぬっ」
うぅと彼はつぶれてしまった箱を必死に元にもどして乗っかった。でも弱くなっているそれはめきょっとめり込んでもう台の役割は果たせない。
「まったくもぅ。どうしてそんなに死にたがるのですが。こんなに天気もよくって夏待ちっていう状態なのに」
「くぅっ、世界は眩しすぎるんだよ。あれもこれもうまくいかなくってもう、死ぬしかないんだ」
もうなにもかも嫌だという彼は再びどうにか首をくくろうとあれやこれやと手をぱたぱたさせている。やろうとしてもできません、という状態らしい。
「まぁこのお方もだいぶお年ですから、そりゃ生き血のひとつもすすってるでしょうけど、あらたに吸わせるのはちょっと賛同できないですね」
まったく、困った人ですとため息をつきながらおろおろするそんな姿も撮影しておく。
滅多に撮れないこの姿は押さえておきたい。
「それとこの銀杏さまはここのぬしさまですよ。そこで自殺なんてされちゃったら、町の雰囲気もがくんと悪くなります。そんなことはさせません」
もう無駄ですから、さっさか諦めてお家に帰って下さいと言いつつ彼の手荷物の中にカメラが入っているのが見えた。ああ、なるほど。これが噂の町を最近うろうろしている不審者か。
「そういや、君もカメラ……やるんだな。いいなぁ……仕事じゃなくてやれるのって」
「貴方は、カメラやる人なのですか? それも仕事で」
いちおう社会人の年齢ではある彼は、あんな情けない姿なのに就職をしているらしい。なんというか身近にいるカメラマンがみんな尊敬できるかっけー人なのに対して、この人にはまったくといっていいほどの覇気がない。
「まぁ……そうなんだけど、しがないタブロイド誌のカメラマンだよ」
はあああ、と彼はようやく自殺することを諦めて、体から力を思いっきり抜いてへうんと体をくの字におる。立ち上がる気力もあまりないらしい。まあ土の上に横たわるとか別段気にすることでもないけれど、なんとなく部屋の中でふてくされてごろんと横たわるようなイメージに近いように思う。
「そのお仕事がうまくいかないから、首をくくる……と」
「まあな。俺にはカメラの才能なんてもんはねーんだよ。いっつも編集長にそんな写真じゃダメだって言われる」
彼はそっぽを向きながら、ああ、もう。無理、と拗ねたような声音を漏らす。
ふむ。しかして、こうまで情けない男性の姿というものはあまり縁がなかったルイなわけだけど、こういう場では不謹慎かもしれないけど、ちょっとだけかわいいなんて思ってしまった。
子供っぽいといえばそうなのかもしれないけど、大人の男の人でもこんな感じなんだなぁと。自分からしてみれば二十代の中盤は大人だ。あいなさんなんかがそこらへんだし、あのアクティブな感じを見ると、いっぱしの職人というようにも思える。
でも、そういう人ばかりじゃないんだなぁと。男の人っていつまでたってもこういうものなのかもしれない。
って、まてまて自分も男子なんだってば、と思い直す。最近とんとルイをやっていると女性目線になってしまって困る。
「それでも入社してカメラでお仕事してるのはすごいなって思いますが」
才能があるかどうかに関してはルイだって自信はない。でも、才能が無くても働けるというのは多くの人にとって救いじゃないだろうか。選ばれた人しかできないお仕事というのも多くあるだろうけど、そうじゃなくてもカメラを握ってお仕事ができるというのであれば、いろいろとありがたい。
「親のコネで入ったようなもんなんだよ。そこの編集長と親父が懇意で穀潰しはやめろって半ば無理矢理」
本当はそんな仕事じゃなくって、もっとこう別の……そういう声が漏れ聞こえる。
「別の、お仕事、ですか?」
ちょこんとしゃがんでから、じぃと瞳をのぞき込んで問いかける。
なんというかやたらと気にかかる相手である。ご神木でおなくなりとかマジやめてという気持ちの方が強かったけれど、だんだんと学生で居られなくなった写真屋はどうなるんだ? という将来の自分を見つめるような部分も感じるのだ。
「ああ。もともと俺はアニメーターになりたかったの。でも俺には才能なんてなくってな」
「いやいや、それは……」
「ああ、努力すればどうにかなるとかそういう話だろ。たいていこの話するとみんなそういうよ。でもな俺だって努力できる環境さえあれば……」
ああ。なんかすごく駄目なパターンが目の前に居る。
とても駄目だ。ダメダメだ。
ひどいくらいに駄目だ。
「だったら家を出てバイトしながらアニメーター目指せばいいじゃないですか」
「俺だってそうしたかったさ。でもできなかったんだよ……」
目の前にへたれがいる。青木のことを散々残念と言ってきたけれど、彼はまだマシな方なのかもしれない。
「家出とかして、アシスタントになったりとかして、なんとかやればいいじゃないですか」
「でもほら、一人で暮らすにしたって大変だし、そもそもこの年からアニメーターを目指すって、技術がおっつかないというか」
「でも、やりたかったんでしょう?」
それはそうなんだけどと、視線をそらされる。
なんだろうか。やりたいって言っていたわりにあまり本気度が伝わってこない。
方法はいくつもあると思うのだ。それが本当に好きなら道筋なんていくらでもある。
でも、そのどれも選べないというのは、なんというか、本当に情けない。
「じゃー、お父さんに直談判しにいきましょう。というかまたどこかで首くくられてもたまりませんし」
「えっ、えええ」
さすがに、このまま彼をここに放置しておくのもなんなので、強引に引っ張り上げると、身体についた土を払ってやって、さぁ家の場所を言え、と迫るのだった。
最近ずーっと木戸くんだったので、そろそろルイたんみたいなあということで。
ダメ男とルイさんは意外に相性いいんじゃないのと思ってしまうのは、ルイが意外に面倒見が良かったりするからなのかなと思います。巻き込まれ系ですし。
次回は直談判に行って参ります。自分の好きなことを始めるのに年齢は関係ないっていうけど、早いに越したことはないよねと思います。




