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184.田辺さん粘着デート2

「ルイさんにお願いしたいことがあるのですが」

 喫茶のメニューを並び終えたシュージ先輩は、かなり躊躇しながらこちらに話しかけてきた。

 年下の特待生に怯える先輩の図とでも言えばいいのだろうか。

 いちおうその設定は守っているようで、それこそルイはどこぞのお嬢様扱いである。

「来月から、学生サービスとして、俺達のブロマイドを出そうって話がでているのですが、せっかくだからルイさんに撮って貰えないかって。生徒会長からそんなことを言われてしまいまして」

「ええと、それはお仕事の依頼ということですか?」

「まあ、そうなります。報酬は今日の代金と本日の下校時間の延長です」

 なんとかリーズナブルにうちもやりたいので、これくらいが限界なのですが……という彼の申し出自体は、レイヤーの撮影をばんばんやっているルイ相手だからこそ、低価格でお仕事をして貰えるかもしれないという思惑が隠れている。正確には生徒会長さんの、か。

 正式にプロとして働いているカメラマンさんなら、営利目的でもあるのだしちょっとふっかけたりとかもするのだろう。けれども素人とプロの中間あたりなルイならば、これくらいでいけるのではという判断なのだと思う。

「ええと、これ、どうすればいいかな?」

「やってくればー?」

「ルイさんの撮影現場……見たこと無いから、是非っ」

 磯辺さんはゆるーく、そして田辺さんは目をきらきらさせながらハイテンションで答えてくれた。

 どうやらやっていい空気らしい。ごくり。

「シュージ先輩もご存じの通り、私の撮影は粘着です。たぶん一時間くらいかかって200枚とかばしばし撮ったうちから選ぶ感じになりますが、いいですか?」

「選ぶっていうのは、こっちでってこと?」

「いちおう、それぞれのシチュでいいのをこっちである程度絞り込みます。最終的には20枚くらいにおちつくといいのですが……」

 写真の出来に関してはこちらで選別してあげることにする。結婚式などだと時間もあることで連写をそこまでしないのだけど、こういう現場ならばしばし撮るべしだということもわきまえている。

 そうなると似たようなものが何枚かできるのでそれでよりいい方を選別するというわけだ。カメラマンに必要なのは選別眼であるとも言われているし、そこそここれに関しては自信もある。

 どうにもルイは写真バカでひたすら撮りまくってはうへへって言っている印象をみなさんお持ちのようだけれど、いちおう保存するときに没写真は別にしているし、お気に入りも別にしている。これでもここ三年しっかりと判断をしながら写真を残してきているのだ。

 撮る段階でもある程度、あ、これはとなるのはあるし、こういうのが撮りたいというのは浮かぶけれど、さらにその先の区分けもいちおう練習はしてきているので、撮りっぱなしということはないのだ。

 別に平日は撮影に出れないからそういう作業をしていて身に付いた、というわけじゃ、ないんだからねっ。

「まあ、とりあえず。今いるみなさんでそれぞれ撮っていけばいいんですか?」

「ああ。うん。まずは俺とイケヤの絡みからいこうかと。それと」

 ちょっと待っててくださいと言われて彼の後ろ姿を視線でおっていくと、どうやら少し高くなってるステージの上にたってマイクを握ったのだった。

「今日はみんな元気に登校してくれて嬉しいよ。実は今日は急きょ卒業アルバムの写真を撮ることになったんだ。写真部のあいつがようやく登校してきてくれてね。ちょっとここらへん騒がしくなっちゃうけど、ごめんね」

「シュージ先輩、なんで俺まで一緒なんすか。しかも卒アルとかって、二年の俺には関係ないじゃないっすか」

「そりゃ、そうなんだけどねぇ」

 ちらりと視線がこちらに向けられている。もう撮れということだろうか。

 いや、普通にもう解禁している、くっとシュージさんを見上げる後輩さんの視線が演技に入っていたからだ。

 営業時間内に撮るのかよと少し思っていたのだけど、撮影自体もイレギュラーなイベントにしてしまえということらしい。

「やれやれ、仕方がありませんね」

 客席から少し距離のあるステージはそれなりにまわりのスペースはある。もちろん小さな店のステージなので、ちょこっと高くなっていてお立ち台ですというくらいのものではあるのだけど、それでも撮影するためにいろいろと動けるのはなによりだ。

「まっ、在校生諸君。好きに見ていてもいいし、放置してくれてもいいんで。ちょっといつもと違う催しくらいに思っててよ」

「あのっ。シュージ先輩? いろいろとお話を聞かせていただきながら撮影したいのですが、よろしいですか?」

 いちおうは特待生扱いという話ではあるものの、こちらは一年であちらは三年なのでこの店のルールにそって丁寧な言葉遣いを心がける。正直高校生活で年上との交流がほとんどなかったので、こういうのもある意味では新鮮だ。

「ああ、別にかまわないよ。さぁ子猫ちゃん、思う存分撮影してくれたまえ」

「では、シュージ先輩。イケヤ先輩とはじめてあった日のことを覚えていますか?」

 え、そっちなのとシュージさんは、一瞬頬をぴくぴくさせながら、昔を捏造(おもいだ)しはじめた。

 てっきり、シチュエーションを設定しての撮影とでも思ったのだろう。でも残念。ルイの撮影スタイルは内面もしっかり見ていきたい感じなのだ。

「たしか桜並木が広がってて、そこでこいつ、弁当わすれたーって騒いでてな。忘れたなら恵んでやるぞって」

「な、なに言ってるんですか先輩っ」

 かしゃり。先輩の恥ずかしい発言に食ってかかる後輩男子ゲット。

 演技だとは思えない良い表情である。

 ちなみに、さきほど話がでた弁当事件は実際に公式設定らしい。

「それじゃ、イケヤ先輩。シュージ先輩のこんなところ尊敬してますみたいなのあります?」

 あくまでもキャラとしてね、というのはとりあえず言わなくてもこの人たちならわかるだろう。

「そりゃシュージ先輩は、ほれ、あの生徒会長にも鬼畜な対応できるってのがすげぇなって。怖いもの知らずっていうか」

「俺にも怖いものはあるぞ?」

「へぇ。どんなことです?」

 それは内緒、としぃと言われつつ、しっかりとイケヤさんを見つめるその視線はおいしくいただきます。

 まったくもう、もう。この人たちの撮影楽しすぎ。普段のコスプレはあくまでも二次創作だからオリジナルの設定がどれだけ頭に入っているかが問題になってきたけれど、今回のはオリジナルキャラというのもあって、基本設定に絡めて自分達で演じるものだからその純度がやたら高いのだ。

 自由にお話が編まれていくとでも言えば良いだろうか。

 それからいくつか質問を向けつつ撮影し、さらにはこういうシチュでーと設定をあげると、彼らは見事に演じてくれた。

「な、なんすか、先輩これ……」

「すげぇだろ。豆木ルイの粘着撮影。キャラの設定が甘いとぼこぼこにされると噂の」

「ぼこぼこにはしませんよー。相手によっては聞く内容違いますからね。入れ込んでる人にはそのネタを。そうでもない人には好きな点を聞きますから」

 どのみちルイがする質問というのは、回答者の熱量で答えが変わってくるものだ。どんなところが好きか、という質問にたいして口ごもってしまったら、是非見せたいポイントとか、いい感じなポーズがあれば是非なんて感じで問いかけるようにしている。

 今回の場合は、もうがちがちに設定しているのだから、しっかり聞き出して掘り起こしてそれを撮影に反映させたい。

「公式は神。この業界の常識です」

 それで、どうします? 他の人のも撮りますか? というと、はいはい、変わりますと他の学生スタッフを彼らは呼びにいった。

 それから数組粘着撮影をしながら、いろいろなBL大好きな人にとってはたまらないシチュエーションを撮らせていただいた。きれいな男子が手のひらを相手の頬に当てるとか、もう腐っていなくてもきゅんきゅん来てしまうんではないだろうか。まあルイはいい被写体、うふふふとしか思ってないけれど。

 それはお客さんも同じだったようで、それぞれの組の撮影が終わるころに、いいものを見せてもらいましたーと喜んでくれたようだった。これ撮影代もだけど演技代もむしろもらっても良いくらいなんじゃないだろうか。こちらはお客だというのに。まあ思う存分好きなだけ撮影させていただいたのでそれでいいのだけど。

「さって。じゃーこれで全部ですよね。パソコンはお借りできますか?」

「ああ、これでよければ」

 あまり大きくはないノートパソコンを借りるとデータを流し込んでいく。

 それをそれぞれのキャラのフォルダーをつくって、三段階とプラス没という四種のフォルダにわけていく。

 一枚にそんな時間はかけない。今はさすがにぶれたり眼がひかったりというのはないけれど、それでも光のはいり方がダメだったり、眼を閉じてしまっていたりと、これはちょっとダメですというのをばしばし没にしていく。

 そしてそれから、それぞれのこれはおすすめという写真を選抜していく。

「おすすめのフォルダから選ぶのが一番かと思いますが趣味もありますから、まあまあフォルダも見るといいです。いまいちもあんまりおすすめしませんが……没写真からはとっちゃダメですよ?」

「なんか分けるのが早いんですが」

「まー今日は友達待たせてますしね。ちょっぱやでやってみました」

 うん。今日の選別作業はいままでで一番急いだかもしれない。直感でばっと見ていったので正直没写真以外はかなりこちらの好みでの分別になっている。

「会長、これ……」

 おすすめフォルダを開いた生徒さんは、おぉとやたらテンションをあげながら写真にかぶりついた。今回はBLっぽさというのを重視して選んでいる。それにいいですねといってしまえる男性がいるのは、ちょっと驚きはあるけれど、こういうお店をやっているくらいだしそういうのも好きなのだろう。

「さすがはルイさん。良い絵を撮ってくれます。それで。生徒会長としては理事長と相談の上で君に仕事の依頼をしたいのですが」

「今日欠席の方の卒業アルバムの分も撮って欲しい、ですか?」

 はい、その通りと彼は眼鏡をくいとあげながら、ご明察と答えた。普段木戸が使っているものよりもシャープで、できる男感を演出するにはたまらん形のものである。

「とはいえ、他のスタッフの方が日曜日に集まるってわけでもないのでしょう?」

「できれば定休日の火曜日になんとかなんないかな」

 残りのスタッフ集めておくのでと言われて、んーとスケジュールを頭に浮かべる。木戸馨としてのスケジュールのほうだ

「交通費は出してくださいよ。こちらの言い値で」

 火曜日といえば来週は最後の講義が一コマお休みの予定だ。来ようと思えば来れるけれど、大学にシノで行って、それからこちらに寄るというコースになるだろうか。できないではないだろうけど、田辺さんにいろいろからかわれそうで冷や汗ものである。眼鏡で印象変わるからいいんだけど。

「あはは。ほんっとルイさん面白い。地元知られるのがいやってことなんだろうけど、交通費言い値って」

「そりゃ秘密主義のルイさんですからね。それと昼間は学生やってるので放課後でお願いします」

「なら日曜の方がいいのかな。今日のショーはみなさん楽しんでくれたようだし」

 撮影現場を体験っていうのあんまりできないし、食いつきもよかったよねと、彼はご満悦だ。

「あんまりレイヤーさんはいらっしゃらないのですか?」

「うちの客層は一般の人が多いかな。レイヤーさんっていえばご一緒のしーぽんさんは常連してくれてるけど、来ても興味本位か、演技の調査のため、かな」

「ああ、彼女がレイヤーなのは内緒でいいですか? もう一人の連れがほんともうこういうの初心者で、おまけに、……」

 私、べたぼれされてますねんというと、おぉっ、ルイさんユリフラグきたーと店長さんたちは大喜びだ。

 まったく他人事だと思って。

「ちょ、ユリまで好きなんですか、みなさん」

「そりゃ性倒錯自体がたまらないくらい好きですとも。ほんと、クロキシもこの店きてくれればちょー面白いのにな」

 シュージさんや。健はいちおうは普通の男子なんです。あんまり性倒錯側につれていかないでくださいな。あいつのことだからきっと自然に彼女だって……ああ、今度聞いておこう。ねちっこく。もし隠すようなら、もう撮影しながら、ちょっとトリップさせてはかせよう、うん。あいつくらいのバランスなら、女子だって放っておかないと思うんだけど。

「それと実は来週の日曜は予定があるので、ステージは勘弁してください」

 あらためて、タブレットでスケジュールを確認する。来週はすでに別の用事で埋まっている。

 用事が無ければ銀香に行くというのがもともとのスタイルではあるのだけど、大学に入ってからというものいろいろなイベントがありすぎでそんなに行けてないのがむしろ残念なほどだ。おばちゃんがやっぱりルイちゃんはそうなっちゃうのねぇという顔が目に浮かぶようである。

「じゃあ火曜日に撮影会かなぁ。あの舞台も面白かったんだけどね」

 残念と彼は言うものの、その瞳にはこれでちょっと値段交渉で値切れるかもなんていう思いもあるようだった。

 実際のところ、ルイの撮影金額はまだまだ安い。そりゃ写真館につとめてるわけでもない半分素人というところなので、金額設定がいまいちわかっていないせいだ。

 もちろんコスプレの方は趣味でこちらがお願いして撮らせてもらっている状態なので無料である。

「それじゃとりあえず今日の撮影はここまで」

 ありがとうね、子猫ちゃんと満足そうなイケメン笑顔を向けられて、はいはいと適当に答えておく。

 顔を赤らめるとかはお約束なのかもしれないけれど、いちおうはドライな仕事上の関係というやつである。

「おまたせー、ゴメンね放置しちゃって」

「ご、ご満悦って表情ですわね……」

 席に戻ると空になっているお皿と、お替わりしている飲み物が少なくなっているのが見えた。

 小一時間。撮影ライブのようなものをしてしまったわけなのだけれど、磯辺さんはすでにどん引き状態だった。呆れて物も言えないという状態だけれど、貴女ならこういう撮影をルイがするのは知っているじゃないか。

「えと……ルイさん。おつかれさまです。すごく良かった」

 そして田辺さんのほうはというと……なんだろう。笑顔は浮かべているもののどこか浮かない表情だ。

「いつもあんな撮影を?」

「いつもってわけではないよ。今日は予定が入ってたからスピード上げたってのもあるし」

 さすがにこの状況でほったらかしにもできないし、というと田辺さんはがしっとこちらの両手を掴んできた。

「よく……わかりました。ルイさんとはいろいろおしゃべりしたかったけど、これから自粛することにします」

「へ?」

 なにやらよくわからない展開に磯辺さんのほうに助けを求める視線を向ける。

「あー。なんか、撮影風景を見ててなんか、これの邪魔はできないって思ったみたいよ」

「だってルイさんを独り占めしようなんて絶対無理ですもんっ。誰とでも仲良しでみんなから引っ張りだこで。それに写真を撮ってるルイさんの表情があまりにも幸せそうでその……」

 一緒には居たいけど、ダメなんだなってのがよくわかりました。そういう彼女の顔はとても寂しそうだ。

 もともといろいろ断るつもりでいたわけだけど、この表情はちょっとずるいと思う。

「ほら、だから言ったじゃない。ルイなんてカメラもってにまにましてるヘンタイなんだから、貴女の手には余るって」

「……ごもっともです」

 しゅんとするその表情に向けてカメラを向ける。

 撮影禁止というのはとりあえず今日は解除してもらっているので撮ってしまってもいいだろう。

「独り占めは無理だろうけど、ほどほどにしてくれるなら、別に嫌ったりまではしないよ」

「うぅ、ルイさんやさしー」

 今後は自重するからーと、ぎゅっと手を握ってくる彼女の言葉が本物だということがわかるのはそれから数週してのことだ。メールはぱたりと頻度を落として、それこそ二週に一回程度、写真の感想とともに頑張ってくださいというコメントがついてくるようになった。

「じゃ、とりあえずは、その……下校時間もうちらにかんしてはないようだから、今日ばかりはもうちょっとここでゆっくりしていこっか」

「あんまり私のアッキーに優しくしないでくださいます?」

 不満げにいう磯辺さんにドリンクのメニューを与えつつ、デザートなんかもばんばん行っちゃいなよとオススメしておく。今日の撮影の報酬は今日の支払いなので、たかれるだけたかろうという魂胆なのだった。

 さきほどルイがオーダーしておいた料理はしっかり冷め切ってしまったので温め直してもらいつつ、追加でデザートとノンアルコールカクテルをお願いした。

 先輩方からは新しく作り直そうか? という風に言ってもらったのだけど、せっかくのご飯を捨ててしまうのはもったいないので、温めるだけでいいですと答えておく。貧乏性なのである。

 撮影に夢中になっていて気にならなかったお腹がきゅうと鳴り出してしまっている。

 早くこないかなぁと思いつつ、温くなってしまったオレンジジュースを飲んでいると、ああだこうだとデザートを選び始めている二人の姿は先ほどより少しだけ明るくなっているようだった。

みんなのルイさんを独り占めなんてできようはずもないっ! というわけでこんな解決です。あの撮影風景をはたから見てたら普通にどんびきしてしまいそうっす。


しかしゴスロリ姿で撮影を続けるってわりとすごい絵面だよねとしみじみ思いますが、そんな服装も忘れるほどの熱中っぷり。まあいつものルイさんですとも。


次回は大学の風景ということで、同じ科なのに出番がない、検診の時の清水くんのターンです。またほぼ書き下ろしっていう……orz

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