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183.田辺さん粘着デート1

 待ち合わせ場所である駅前の公園の時計の下。

 ルイとして立っていると、前を通っていく人の視線が思いっきりこちらに向くのを何度も感じた。

 今日は、田辺さんとのデート(たいわ)の日だ。

 いくらなんでもメールの数が多すぎるので一度ちゃんと会って、お断りしようということになったのだった。

「とはいえ、コレはなかった……コレでいけると思った自分が馬鹿だった」

 メールはエレナのところにもいっているので、どうすれば円満に解決できるのか、彼女とも話をしたのだけど、そのときに言われたのだ。

 ナンパから助けちゃうなんてさすがはルイちゃんかっこいいね、きっとその男気に惚れてしまったんだねーなんて。とてもにまにましながらの台詞を真に受けたのがすべての間違いだった。

 じゃあ、真逆でとっても可愛く女の子っぽく仕上げてしまえば、その子もゲンメツしてくれるんじゃないの? というエレナは頬をゆるーっと緩めていた。

 そう。そうして今の格好の完成というわけだ。

 エレナの私物である、ゴスロリ衣装というものを初めて着させられた。

 深い赤紫をベースにして、フリルがたんまり。頭にはちょこんとミニハットなんてものも乗っかっている。

 ウィッグこそいつものものだけれど、他は乙女色満開というかわいらしさだ。

 ちなみにエレナのほうが身長が低いので、スカート丈はやや短めな印象を与えるようになってしまっているけれど、それはそれでふくらはぎのシルエットが見えてちょっとだけ危険な香りも漂っている。

「すっげ。ゴスロリの子がこんなところにいるだなんて」

 原宿なんかだとこういう格好の子も多いのだろうけど、残念ながらここはそんなオシャレな町ではない。

 せめて秋葉原なら、メイドさんとかぶってましだったのにと、ぐぬぬと拳を握ってしまう。

 今から着替えるか、と思ってもさすがに着替えはエレナの家に置いてきているし、なにより時間がない。

 カチリ。

 そして待ち合わせ時間となった。

「お待たせしました! ルイさん……きゃーん、かわいー」

「うわぁ」

 そして集合場所である駅前のベンチに訪れたのは女子大生二人組だ。

 目をキラキラさせている田辺さんと、すさまじく不憫そうな視線を向けてくる磯辺さんがとても対照的だ。

「えっと、そちらの方は?」

「ああ、えと、大学の友達です。今日はどうしても連れてけって言われて」

「そ、そうなんだ?」

 じぃと視線を向けた先にいるのはもちろん磯辺さん、ではあるのだけど。当然ルイとしてはしーぽんさんとしての彼女しか知らない設定である。そこらへんを彼女はどう処理するのか、とりあえず出方を待っておく。

「はじめまして。磯辺といいます。今日はこの子が暴走しないように見張りとして来ました」

「あは、それは助かる、かな?」

 苦笑気味に、よろしくと答えておく。どうやら初対面を装ってくれと言うことらしい。

 まあ、そりゃすでに知り合いですとか言ったら田辺さんも暴走しそうだし、それでいいんだろうけど。

「じゃあ、移動を始めましょう。ルイさんはどこか行きたいお店とかありますか?」

 きゃんと彼女はきゅっと二の腕を掴んでくる。まるでデートしてますという感じだ。

 けれど、そこにはしっかりと磯辺さんの対応が入る。

「こらこらこら、いきなり自然に腕をとるとかやめる」

 それと、ルイさんもそういうのはふりほどいてくださいとこっちまで怒られてしまった。  

「えぇー、女の子同士腕を組むとか普通だよー。志保とだって時々組むしー」

「う、あれはその……」

 磯辺さんがなぜか視線をそらしながらもじもじとしていた。腕を組んでいるというのを恥ずかしいとでも思っているらしい。まあ確かにそういうスキンシップをしたい子としたくない子がいるから恥ずかしいのはわかるけれど。

 ルイとて、そういうのはそこまで出来るほうでもない。エレナにはよく抱きつかれるけれど。

「まあまあ、歩きにくいし腕組むのはなしにしよ」

 それで、どこ行くの? と声をかける。

 本題は、メールの件とか粘着のことについてなのだけど、とりあえずそういう重たい話はお昼ご飯を食べながらにしようかと思っている。

「ルイさんがそう言うのなら」

 しかたないなぁと彼女は少し残念そうにしながらも隣を歩いてくれた。

「それで、どこに行きましょう? お昼はお任せして欲しいですが、それまで時間がありますし」

「なら、ウィンドウショッピングとかかな。ここら辺あんまり来たこと無いからわかんないんだけど」

 適当に歩きながら気になったお店にはいろ、というと、彼女は満面の笑顔を浮かべたのだった。




「で? どうして貴女はそのような格好をしているんですの?」

 田辺さんがトイレで席を立っている間に、ギンとしーぽんさんが睨みながらこちらに詰め寄ってきた。

 彼女はすでに役に入っているようで、私服のままなのだけれど、お嬢様の服装が幻視できるほどの演技っぷりだ。

 普通に怖い。

「どうもこうも。エレナに相談した結果です。かっこいいのがいけないのならもうとことん女の子っぽくしてしまえばいいんじゃないか、って」

「逆効果じゃないですの? アッキーったらあんなに嬉しそうにして。あの子ったらギャップ萌えまっしぐらになってましてよ」

 どこをどう見ても失敗じゃないですのという指摘は、ごもっともとしか言えなかった。

 正直、さっきから田辺さんにはキラキラした笑顔ばかりを向けられている気がしてならない。

 雑貨やとか服やとかいろいろ回ってはみているものの、センスが良いとか、かわいーとか肯定的な言葉しかでてこないのだ。

「そもそも、貴女こそおかしいのですわ。いつもならどうせ町中でもうへうはぁとか、はぁはぁとか言いながらカメラを触ってるはずですのに、今日は取り出してもいないだなんて」

 どういうことですの? と言われてちらりとバッグに視線を向ける。

 その中には確かにルイのカメラが納められている。いつもなら彼女がいうように取り出して撮り出しているだろう。そんなん当たり前だ。

 でも、今日ばかりは。

「田辺さんの一件が片付くまでは我慢、です。あんなに熱心なメールを送られたらもう、きちんとした対応しないと」

 へらへらいつもみたいに写真撮ってたら失礼でしょうというと、あー、うん、まぁと微妙な反応をされてしまった。

「むしろ、貴女はそういう真面目なところを何とかしたほうがアッキーが見限るんじゃないかしらと……」

「おっまたせー! あれ? 志保ったらルイさんに熱烈アタックなの?」

 ひどいなぁもうと、満開の笑顔を浮かべたまま田辺さんが帰ってきてしまったのでそこで話は打ち切りになる。

「べ、別にあたしはこんなやつのことはどうだっていいの。ただ、あんまりにもらしくないから問いただしてたのよ」

「あー、確かに。ルイさん別に気を遣わずカメラ使っていいですよ」

 ほらほら、がんがん撮りましょうと言われて、ぴくりと手がバッグに伸びかかった。

 けれども、そこで止めておく。話をするまでは、という縛りは守らなければ。

「それより、お昼はどうするの? なんかどこか予約してあるとかって話だけど」

「はいっ。ルイさんに喜んで貰えるように頑張って探しました」

 あんまり遠くありませんから、ついてきてくださいねーと、元気にいう彼女に従って町中を歩いて行く。

「って。それで選択した先がここって、どうよ……」

 そうして連れてこられた先の看板を見上げて、自分(ルイ)がどう見られているのか、ちょっといろいろと頭を抱えそうになってしまった。

「よりにもよってここは勘弁して欲しかった……」

 そして、隣でわなわな震えているのはしーぽんさんもだった。彼女はルイよりも顔を青くしつつ、ぎぎぎと首を動かして田辺さんに問いかけた。

「え、えーと、アッキー。いつもここって使ってるの?」

「ううん、初めてだけど、BLカフェなんてルイさんのためにあるような所じゃない」

 もうここしかないかなって思ってと、どや顔をされてしまうと、一般人こえーと思う以外になかった。

 あの、女の子は確かにホモが好きってフレーズはあるよ。この前も聞いてきた。でも自分もそうだと思われるっていうのはどうなのか。

 偏ってる。田辺さんの知識は偏ってしまっているよ。

 ちなみにルイも実際来たことはない。中がどうなっているのかは知っているけれど、知っているだけだ。

 店員さんは全員が男性、しかもけっこーかっこいい人がそろっていて、それが店員をやっているときにふんわりBL臭を漂わせるというコンセプトのカフェがこの手の所だ。

 劇団員なんかを使っていたりもするとかで、設定をお願いするとそれを演じてくれたりもするらしい。

 たとえば、朝まで帰ってこなかった彼と朝ご飯を用意する主人公が拗ねから、デレにいく展開とか、そういうのを指定してあげれば演じてくれたりするところだ。

 ちなみに基本この手のお店の定番で撮影はNGである。

 じゃー、ちょっとドキドキしますが、いってみちゃいましょーと、彼女は一般人の天然さでその扉を元気に開いた。

「やぁ、おはよう。今日は早いね子猫ちゃん」

「おはよう……ございます?」

「こんにちわっ」

 迎えてくれたのは高校の制服っぽいブレザー姿の男の子だ。いらっしゃいませでも、おかえりなさいませでもないフランクな感じなのは、ここの設定がメイド喫茶でもお店でもなく、学園に来ているという設定だからだ。 

 そんな空気感を全力でぶち破るように、田辺さんは元気に昼間の挨拶を返している。ほんと一般人怖い。

 そして一人、ルイたち二人に隠れるようにして磯辺さんが後からついてくる。

「あっ、これはしーぽん先輩っ、おつかれさまですっ」

「ぐぬっ」

 その名で呼ばれたしーぽん先輩は、思い切り歯を食いしばるように身体をぷるぷるさせていた。

 ほほう。先輩と呼ばれるということは彼女はここの常連さんということか。このお店のシステムとして最初の通学時は一年生からはじまって、出席日数によってポイントが加算されて上級生に進級できる。

 今相手をしているこの人が何年の設定なのかはわからないけれど、少なくともしーぽんさんは二年生以上ということだ。

「あれ、志保ったらこのお店来たこと有るの?」

「え、ええ。まぁ。なんていうか人間観察っていうか……ね」

 あはは、と力なくごまかし笑いを浮かべている彼女は、それ以上傷口が広がらないようにするのに必死だ。おそらく彼女が一番知られたくないのはコスのことだろう。ひいてはルイとの関係性だって知られたくないのは、最初の挨拶からも明白だ。

「さて。あの……私たち初めてで、席がわからないのですけど……」

 アドリブで、どうすればいいのでしょう? と尋ねると、ああ、ごめんごめんと彼は柔らかい笑みを向けてくれた。

 はぁ。なんていうか、綺麗な男の子だ。そりゃ身近に綺麗な男子はうだるほどいるけれど、男っぽさがある上でというのがそんなに居ないので新鮮である。

 こういうのをイケメンというんだよなぁと、ちょっと手がうずうずしてしまう。

 いけないいけない。ここは撮影禁止空間なのだ。

「じゃあ、案内するね。こちらが君たちの席。先輩と同じクラスなんて、田舎の学校みたいになっちゃってるけど」

 今日は特別、と彼はぱちりとウインクをかましてくる。なんていうか演技が普通に上手い。

「おい、イケヤ、新入生の相手にどんだけかかってんだお前」

「すいません、シュージ先輩。でも俺、慣れてない子の相手はきちんとしたくて」

「お?」

 そこで、他の学生(スタッフ)が混ざってくる。基本コンセプトがBLを匂わせるこの店は、単品での接客を基本あまりしないらしい。そりゃ絡みを見に来ているので、そういうものなのだろうけど。

 その合流した彼をみて、ルイは思わず声を上げてしまった。ルイにとっては顔見知りの相手だったのだ。

「ルイさんではないですか!」

 普通に素で、上級生の設定である彼はこちらに接触してくる。設定では上級生であるはずの彼はそれらしい対応をしなければならないはずなのに、ミーハー感全開である。

「ちょ、シュージ先輩っ、いきなり新入生を特別扱いはまずいですって」

 いくら可愛いからって、駄目ですと耳元でこそこそささやいている姿もきっと、腐った思考の中ではいろいろ変換されてもだえてしまう元になるのだろう。

「いいかイケヤ。ルイさんは特待生だ。最上級生の俺がいいっていってんだ。しかもっ、ゴスロリ服とか……なにこれ、普段の服装も可愛いけど、こういうの着るとほんとお人形さんみたいで綺麗」

「ありがとうございます」

「さすがルイさん……男の人にも大人気なんだ……」

 うわぁと隣で田辺さんが感嘆と嫉妬が混じったような声をもらしていた。

 ちなみに、ルイの褒め言葉としてお人形さんみたいというのは初めてのことだった。個人的にはあんまり好きでは無い言葉だ。作り物みたいと言われてるようでぞくぞくしてしまう。まあかなり外面は作っているけれど。

「それにしてもシュージ先輩がこちらで働いているとは思いませんでした」

 最上級生である彼に合わせるように、上級生へ向けての言葉を作りつつ、メニューをぺらりとめくり始める。

 彼は、いうまでもなく男性コスプレイヤーさんだ。かなり減ってしまった男性レイヤー界を支える若い星なのだ。たしかたけし、というかクロキシともそこそこ仲が良かった気がする。

「芝居の練習の一環でもあってね、ここ一年くらい通学してるってわけ。おっと」

 そのとき、入り口の扉が開く音が鳴った。従業員は割と多めにそろえられているようだけれど、それでもあまり長話もしていられないというところだろう。彼らは必要なものが決まったら声をかけてね、と一度席を離れた。

「メニューもいろいろですねぇ。ポッキーゲームみたいなのもあるけど、これ……お客同士でできないかなぁ」

「それは、男子生徒が二人でやるからいいんでしょうが。ルイのあほんだらとやって楽しいことなんてないじゃないの」

 不思議な呼び名で書かれてあるメニューをみながら、内容を推測する田辺さんに、思い切り突っ込みが入った。

 この天然さんはまるっきりBLのびの字も知らないようだ。

「えーすっごい楽しいよ。ドキドキするし」

「あのね。田辺さん。お店で座ったら話そうって思ってたんだけど」

 注文をきめて、そろってからにしようかとも思ったけれど、とりあえず良い機会だから言ってしまおう。

「そういう目であたしのことを見てるのだとしたら、ゴメン。今は誰とも付き合うつもりはないし」

 それを伝えたくて今日は女子会の参加を承諾したのだと伝える。

 そう。これはデートでは無いということを言外に匂わせておく。

「女の子同士だから、ダメってことですか? ならお友達でもいいです。今は無理でも……時々こうやってお茶したりとか、一緒に遊んじゃ駄目ですか?」

「くぁ……ダメじゃん、もう、だめだめじゃん」

 ぼそっとしーぽんさんからルイにだけ聞こえるほどのつぶやきが発せられる。

 う。真面目に答えたのに、なんか上手く行かないのですが。

「えっとね……友達としてってのも、悪くは無いんだけど……でも毎週出かけようとかそういうのはちょっと」

「じゃあ、ルイさんに時間ができたときだけで良いです。せめてそれくらいは……」

 純粋な好意が胸にざくざく突き刺さる。さて、これはどう答えるべきだろうか。

 ちょっとくらいなら、いいのはいいとは思っている。ただ、ルイに時間ができるのか? と言われるといささか心配でもある。イベントは目白押しだしやりたいこともたんまりある。

 これで彼女も撮影家か被写体であれば、一緒にいれる時間も多くはなるのだろうけど、彼女はあくまでも一般人である。さくらのようにはいかない。

「今までみたいに、がんがんメールが来てっていうのは勘弁していただけるとありがたいデス」

 返事は今までもけっこう適当になってしまっている。読んで返事を考えてというだけでも結構時間を割かれてしまっているのだ。なのでとりあえずそこらへんだけでも改善しておきたい。

「わかりました。今はそれでいいです。それでルイさん。何頼みます?」

 いまいち反応が悪い田辺さんに、隣でしーぽん先輩が肩をすくめてる。もうまったくどうにもなりませんぜ、これ、という感じだった。

 それからオーダーをして少し経ったところで、彼はこちらの席の前で、あの申し出をしてきたのだった。

田辺さんとのデート回前編。

ルイさんの本日のお召し物は思い切りエレナの趣味です。はめられた感じです。

でも、可愛いは正義です。これで銀髪ウィッグとかだったら鼻血がでそうです。

ルイさん自体は、自分外国の血も入ってないし、こういうのは似合わぬのではと思っていますが。


BL喫茶に関しては作者風の噂にきいた程度なので、調べた上で書きましたが、お出迎えのあいさつは、ここならこうかな? というので作ってるので実際はちょっと違うのかも。デス。

ポッキーゲームはやってくれるそうですけれどね。


で、次回は後半戦。田辺さんの心を萎えさせるためのイベントになるわけですが、書き下ろしです。というかそこまで行くつもりだったのだけど、長くなりすぎました。

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