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182.小学校の同窓会2

「あのー、なにかのイベントなんですか?」

 右手にカメラを持ちながら、小学校に集まっている人たちに声をかけた。

 今日のウィッグはショートのものだ。シルバーフレームもつけているしルイとの印象もかなり違って見える。

 いわゆるしのさんモードよりも少しボーイッシュな感じの仕上がりだ。

 いま使っているのはもちろん木戸のほうのカメラ。ルイのは家においてある。

「タイムカプセルを掘り起こすイベント中ですが……あなたは? 撮影ですか」

「ちょっとここ近辺で撮影をと思いましてね。レトロな感じの町特集ーって感じで。それで学校ってすごい好きなんです」

 何枚か撮らせていただいても? と聞くと二人は別にいいですけどこんなところ撮ったってと苦笑を浮かべている。まったくもって欠片もこちらが誰なのかわかっていないらしい。

 ファインダー越しに周りの景色を確認すると、あいかわらずはやとは少し離れたところに座っていた。気持ちはわからんでもないけれど、こちらから絡まないと相手は引くに決まっているのだ。

「いいですねぇ、小学校。良い感じに塗装もはげてますし。たしか五年の時に塗装塗り直しましたよね。七年前。壁にはさわっちゃだめーなんて言われてましたが、そういえば今日は小森先生来てないんですね」

「小森先生なら、腰を痛めて入院中ですが、知り合いなのですか?」

 あれ、もしかして学年違う卒業生とか? ときょとんとされてしまった。

 これだけヒントをちりばめてわかんないというのも、どうなんだろうかと苦笑が浮かぶ。

 今回の同窓会は、全学年を通してのものではなく、あくまでも卒業時のクラスのものだ。木村あたりが来てれば、おま、なにやってんだよって話になったんだろうけど、あいつは小学生の頃は別のクラスだったので今日はいない。

「ちょ……まさか。かおちゃん?」

 わなわな震えながら、はやとがこちらを見ている。もちろん、ん? と興味深げな視線だけを向けておく。

 なるほど。一番は目を持っている人間ということか。

「あれ。羽屋さんの知り合い? まさかモデルさんとかなの?」

「あのねぇ。そこまで気づかないとかさすがに怒るよ? 女装して帰ってくるって言い置いていたのに」

 ひどいよ二人とも、というと、は? と二人の顔が固まった。

「もー、小野町さんも野島さんも固まりすぎー。さぁ笑う。いいやむしろ笑え」

 命令形でいいながら、ふわりとスカートをたなびかせながらシャッターを切る。

 さきほど持っていたものと同じ黒いカメラを。

「木戸くん……なの?」

「えへへ。どうですー? 違和感もないでしょ?」

 さぁどうです? どうなのです? と見せびらかすように笑顔を浮かべておく。

 ルイのテンションほどは上がっていないけど、にんまりとした顔は先ほどとはまったく別の表情である。

「まて! 口調もおかしい。声もおかしい。同じなのカメラだけじゃない!」

「女装のときの口調だし声だし、そりゃ研究とか研鑽とかするよー。そもそも美鈴も声普通に女の子じゃない? それ声変わりしたあとに矯正した声なの、あたしはわかるよん」

 だって喉仏が少しあるから。自分にもあるそれは、女声を出すことに弊害をだす。

 それをカバーしてるのは明白だ。

「木戸くん……その……」

 驚いた顔をしているはやとは、目を丸くしながらそれでぷるぷると震えだした。

 そして。

「モデルやってるあたしより美人さんとか、いろいろキモい」

 どろっと本音がでた。

 あーあ。

「ん。いまの聞いたよね? 荒療治っていうとあれだけどこの子も女の子ってことなんじゃないかな?」

 だってかわいい子に嫉妬して、目の前できもいとか言っちゃうんですぜ、といってやると、二人はひしっとはやとの手をとった。

「きもいよねー。ほんと完全に着こなしてるし」

「しかも春コーデとか、アマカワですさまじいかわいいだなんて」

 そもそも自分自身をかわいい子と言い切っちゃうあたりどーよと、言われてしまったものの、その反応が欲しくてむしろ言ったくらいである。

「ま、ちょま。それあたしの一人負けっていうか自己犠牲っていうか」

 まったくひどいものだ。もぅと口をとがらせると、三人がぷっと吹き出した。

「その写真、いただきます」

 かしゃりと三人の顔を撮ると、背面に画像を再生する。

 すっごく幸せそうな、輪になった三人の姿が映し出された。

「よしっ。それじゃ他のれんちゅーも撮ってきますかね。せっかくだから」

 撮らせておくれませーと、クラスメイトにカメラを向ける。

 もちろん女装姿のままである。もっとみんなにちゃんとはやとのことを受け入れて欲しいし、着替えるのも面倒臭い。

「くぅ。俺たちが必死こいて掘り起こしてるっていうのに、女子といちゃいちゃしやがってー」

「ごめんねー。でもいい感じに汗が輝いて素敵だよー」

 カシャリとシャッターをきると、不満げな顔が映る。そしてこちらに視線を向けて、うあっと手を止めた。

 六人がかりで掘ってくれているのだけれど、みんながこちらを怪訝そうな目で見た。

 カメラというデバイスでだけ、木戸を認識していたらしい彼らの視線がようやくこちらに向く。

「って、おまえ、木戸だよな? おまえまでそんなかっこはどうなんだ? 確かにめちゃくちゃかわいいが」

「はやとのため、です。みんなよそよそしいからかき回してやろうって思ってね。それとあたしはちゃんと撮影っていう仕事してるよ? 女子枠で打ち上げの準備手伝ってもいいんだけどあっちはあっちであらかた終わっちゃってるし」

 あとはがんばれ、男の子、と言ってあげるとみんなの手が動き始める。掘り返してやるぜーと声がかかった。

 まったく、見た目だけで燃えるとか、ほんともうこいつらはアホのままだ。そういや小学校を卒業する年のバレンタインの前とか、こいつらそわそわしてたっけなぁと思い出してしまった。

 そして待つこと数分。

「おっしゃ! 見つかった!」

 かつんとスコップの先が箱に触れる。その瞬間ももちろんばっちりと撮る。

「おつかれさまー!」

「うわー、中身楽しみー」

 その声を聞いてクラスメイトが集まってくる。

 今日の参加者は二十人程度。穴を取り囲むようにすると割とみんな密着しているけれど、気にする人はいないようだ。

 一歩引いてそんな輪を撮る。もちろん出てきたものに興味もあるのだけれど、それよりもそれを見ているみんなの姿を見て、撮っておきたい。

「なにこれー。名札とかはわかるけど、ビデオテープ?」

 しかも今時VHSってどうなの、という声が上がっているものの、学校の備品はそうそう新しく買い換えられないのが実情というものである。

 正直、タイムカプセルに何をいれたのかは覚えていない。

 だからこそ、この手のものはあけるのが楽しみなのかもしれない。

「ああ、なんか将来の自分へ、みたいなの撮ったような?」

 誰かの声をきいて、たしかにそんなのあったなぁと古い記憶が掘り起こされる。

 当時はとってもピュアだった木戸も、初々しい顔でカメラの前に立ったものだ。

「それもあって視聴覚室でパーティーってわけだ」

 さ、さっさと行くぞおまえら、と、主催の鉄はぱんと両腕を男子二人の肩にまわすとそう宣言する。

 そしてみんなはぞろぞろと校舎の包に移動を開始するのだった。




「うっわ。ちっさいー」

 視聴覚室にはいまだにVHSを再生できるデッキがある。

 今時、なかなかないレトロっぷりではあるものの、映し出された映像は思ったほど劣化もなく綺麗なものだった。

 その映像が流れる間、写し出された人たちは懐かしそうに、半分恥ずかしそうにその映像を見ていく。

 お題はいちおう将来の自分に向けてのメッセージである。12才の頃の時分からいちおう予定では二十歳に開ける予定だったので、その頃に向けてというものでそれぞれ喋っている。中には完全に黒歴史になってしまっている人もいるけれど、そこらへんはご愛敬である。

 はやとの過去も出たけれど、あの頃からべらぼうにかわいかった。あえて男の子っぽく演じているものの、どこからどう見ても女子である。

 そして、木戸の番がきて。

「将来の自分へ……男らしくなっていて欲しいです」

 あどけない顔で、まじめにしゃべっている姿に、ああぁ、とがくんと肩を落とした。

 当時のはやとはそれなりに男の子っぽくしてたんだろうが、こちとら自然体である。ねえさまとか普通に言ってたのである。

「男らしく、ねぇ。こんなにかわいい子が男らしいとか、おまえ」

 眼鏡外したらもっとかわいいんじゃね? と隣に座った彼は手を伸ばしてくる。

「眼鏡は、だめぇ」

 とらないでーと言っているのに、ひょいとかすめ取られてしまった。それだけ映像に目を奪われていたということだ。

「ちょ、おま。素顔のほうが……なおさら」

「返してよー」

 手を伸ばしても、へっへーと返してくれる気配はない。ったく小学生かお前は。

「こらっ。まだ映像は続いてるんだから、騒ぐな騒ぐな」

「ううぅっ。怒られた。早く返してったら」

 うるっと上目遣いで彼を見上げると、うぐと息を呑むのが聞こえた。

「ほいっ。お返しでございます」

 女の子をいじめちゃ、だめっと野島さんが後ろから眼鏡を取り戻してくれたらしい。

「ありがとう」

 すちゃりと眼鏡をつけると、ほっと息をはく。

 素顔をさらすのはいろいろな意味で危険が危ない。

「でも、早見くんじゃないけど、素顔の方がかわいいのに」

 もったいないなぁと彼女はなげく。どうせだったらもっと見せびらかしてやれば良いのにと彼女はにんまりと笑顔を浮かべていた。

「いろいろ事情があるんです。眼鏡ないと見えないし、ちゃんと撮影もできないんだから」

「しかし銀香のルイがまさか木戸くんとはねー。そりゃーどこの誰だかわかんないや」

「ぶはっ」

 いきなり核心をつかれて、思わず吹き出してしまった。

「ちょ、銀香のルイって一年前くらいにネットで騒ぎになったあの?」

「もっかい外せ。そんでじっくり見せろ」

「あーーもぅ! みんな静粛に! ビデオ鑑賞してるのに」

 ひぃとうめきながら言うと、主催の鉄くんはやれやれとビデオの一時停止ボタンを押して、壇上に来るように手招きをしてきた。

「えっと。おまえさ……とりあえず眼鏡外してみんなに事情説明、してくれないか? なんつーかいろいろと中途半端だと憶測呼んだりとか逆に大変だぞ?」

 あーあ。そこまで言われると確かにその通りだ。

 中途半端に想像されたら確実に美鈴と同じ扱いをされるに決まっている。

 いちおう、言っておこう、だが男だ、と。

「まずは、みんなにごめん。騒ぎを起こしたいとか、そういうのは全然なくって。むしろ眼鏡かけてカモフラージュしてたのは、穏便に過ごしたかったから、です」

 ちょっと有名になってしまったし、できれば説明したくなかったと眼鏡を外してみんなに向き合う。

 どよっと一部から声が漏れた。男子からも女子からもだ。男子のほうはまじやべぇって声と、女子のほうは眼鏡なしのほうが可愛いと息をのんでいる。

「もちろん、後ろめたいことがあるから隠したいとかそういうんじゃないし、誓って言うけど犯罪的な行為はしてない……つもり」

 トイレなんかは女子用を使うけれど、それは別に盗撮のためではなく排泄のためである。電源も切っているし犯罪者にならないように必死に調整している。

 きっと大丈夫だ。

「そもそも、女装してこなきゃよかったんじゃないの?」

 小野町さんがもっともなつっこみをいれてくる。

「それはそーなんだけど。はやがなじむためにはこれが一番かなって」

 だって、一人ぽつんと遠巻きって、かわいそうじゃない? というとうぅ、とはやとが申し訳なさそうな視線をこちらに向ける。

「そりゃ、確かにさっきので打ち解けたっていうか、新たに友達になったって感じになったけど……そこまでしなくても」

「こっちとしては、この程度、なんだよねぇ。女装に関して言えば銀香のルイって言われるくらいに毎週三年やってきてるわけだし」

 いまさら、努力しなくてもこれくらいのクオリティは作れますと、すさまじい速度でメイクをしてきた顔を見せる。そう。着替えとお化粧と。今日はほとんど時間をかけていないのだ。

「それと、美鈴みたいに女の子になりたいーとか、かわいい格好したいーとか、そういうんじゃなくて、こっちのかっこのほうが相手を萎縮させないで撮れるから、それで女装して銀香を中心に回ってて。あんまりにも頻度が多いから銀香のルイなんて呼ばれちゃって。でも、撮影したかっただけでたまたまいろんな巡り合わせがあって、あんなことになっちゃって」

「じゃ、じゃあ、翅さんとは、どうなの? あの後会ったりとか連絡とったりとか」

 どうにも気になるのは芸能関係の方らしく。女子からざわざわ声が上がった。

「なくもないけど、つきあってるとかそういうのは全然ないよ」

「うっわ。普通に連絡取れるんだ……うらやましー」

 きゃーと女子から声が上がった。

 でもあいつと付き合いが深いのは師匠であるエレナのほうだ。

 こちらからはあれから連絡もろくにしていないし、どう転んでも怖いのでそのまま放置している。

「まて。確か話じゃ、崎山珠理奈の友人とかって話だったよな。おまえ珠理ちゃんとつきあって……」

「仲はいいほうだけど、つきあってるわけじゃないよ。っていうかインタビューとかでも好きな人はーとかって質問に、今は芸能のほうを中心でいきたいんでーとかストイックなこと言ってたし」

 ないない、と鼻息が荒い男子に答える。

「そんなわけで、あんまりおおっぴらにして欲しくないことなので、是非ともこの件はご内密にお願いします」

 他になにか質問があったら、応えるけどというと、女子から手があがる。

「スキンケアのやり方と化粧品メーカーをぜひっ」

「うぐっ」

 わいのわいのと質問が飛び交う。いちおうやってることは教えたけれど、相変わらずそんなん無茶だと口々にいわれる始末だ。

 もともとの肌質は女子の方が化粧映えがするのだから、それをサボる上できれいになりたいというのは、さすがにひどすぎるだろう。

「木戸は結局、男と女とどっちが好きなんだ? 男もいけるなら是非彼女に!」

「なりませんっ。私はカメラ一筋なんです。男の子といい雰囲気になったことも、ないではないけど、今は写真が恋人です」

「ほほぅ。いい雰囲気になったことはある、と」

 そりゃそんなにかわいいんだから当然かー、と声が上がる。

 いや、でも別に恋愛とかはそんなしていないし、青木とのことも結局ご破算になったし、特別そういう浮いた話は出たことはない。

「エレナちゃんの性別について是非!」

 くっ。やはりルイだとわかるとその質問がくるか。

 あの子もなんだかんだでかなりの知名度だし、ここらへんの若い子にもそこそこ顔が知れ渡っている。

「えー。知ってるんでしょー? 是非ここでだけこそっと」

 野島さんが鼻息を荒くしている。まあ彼女ならそこに食いつくだろうなというのは、ばれてからすぐに思った。

「いいませーん。それ以上しつこくするなら、次のイベントで野島さんの写真撮りまくるから」

「はいぃ? な、なんのことかなー」

 彼女はうわっとのけぞりながら明後日の方向を向いた。

 そう。彼女は以前イベントで会ったことがあるコスプレイヤーさんなのである。

 しかもネットなどでの写真公開NGで、隠しているというタイプだ。

「ま、そんなところで、時間とらせちゃってごめんなさい。続き。よろしく」

 ちょこんと視聴覚室の端のほうの席に腰を下ろす。

 その仕草を見ていた数名が、ほぅと感嘆の吐息をもらしていた。スカートの処理とかそういうところだろうか。

 これだけ女装してれば嫌でも慣れるんだけれども。

 そういう騒動はあったものの、その後は順調にビデオの上映会は進んだのだった。

同窓会後編です。さすがにばれちゃいましたが、あとあとのことを考えると地元の人は知っていた方がいいであろうと思います。

このメンツはとりあえず成人式でまたお目見えします。どっちでいくのかに関しては内緒ということで! でもその前の里帰りで振り袖はきます。かなり先の話になりますが。

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