181.小学校の同窓会1
「同窓会……かぁ」
ぴらりと往復はがきの下にある名前に、どうしたもんかなぁと苦笑が漏れる。
そう。小学校の卒業式のときに埋めたタイムカプセルを掘り起こそうというのも併せて、同窓会をやりませんかという提案が乗っていたのである。大学受験をとりあえず終えて、進路が確定していても浪人をしていたとしても五月程度ならばまだ余裕があるだろうということを見越しての提案なのだろうと思う。他では成人式あわせだったり、卒業して十年だかであけたりするようだが。
埋めたところに建物を建てることになるかもなんで、と注釈が入っていた。
それなりに学校という土地も変化する時期になってきているということなのだろうか。
六月。エレナの誕生日とはかぶらないし参加はできそうなので、参加表明のところに丸はつけておく。あとは。
その下に入っていた主催者の電話番号に連絡をいれて、あることを告げた。
タイムカプセルを掘り返す日は、やや曇天といった程度で梅雨の時期でも降水確率は10%とだいぶ低い数値をたたき出している。
「あんがい遠いと思ってたけど、今になると近いもので」
木戸の通っていた小学校は自宅から子供の足で徒歩20分の距離にある場所だ。スクールゾーンもしっかりとあって車の通りもそこまでもない安全な道なのだけれど、改めて歩いて行くとそこに立っていた家が様変わりしていたり、同じ建物でも妙に小さく感じられたりとかして不思議だった。
当然大人の足のほうが早いわけで、登校班をくんで一年生に合わせて登校していたあの頃のよりも半分とは言わないものの相当早い時間でつくことができた。
すでに校庭には人が集まっていて、スコップなんかの資材を準備したりしている。日曜日なのもあって小学生の姿はさすがになく、六年ぶりちょっとな小学校は静かな熱気に包まれていた。
「はたして六年ぶりで誰が誰だかわかるのか」
まーなんとかなるだろうか、と思いながらむしろ逆なことを考える。
周りは自分のことをどう思うだろうか、と。
木戸が眼鏡をかけ始めたのは中学からである。
小学生の頃は特別そこまで目も悪くなかったし、あえて顔に細工をする必要がなかった。同じ中学でクラスが近かった人たちは事情を知っているけれど、小学校のままで覚えている人には、ちょっと驚くような変化じゃないだろうか。
「え……木戸くん?」
「あー小野町さん。なんでそんなに愕然とした顔してんの」
集団に近寄っていくと、当時そこそこ挨拶したりと仲の良かった女の子が目を丸くしながら出迎えてくれた。想像通りである。
「そりゃするよー! 眼鏡姿に違和感がありまくり」
久しぶりに会う人たちの中で誰がどうなってるかってすっごい想像した中で、木戸くんはものすごい美形さんになっているに違いないと何人かの知人で話がでたのだそうだ。
「ご期待に添えなくて申し訳ないわけだけど、美少年には美少年なりの苦労というものがありましてな……」
封印といったところ? と黒縁の眼鏡をさしてみせる。
「そういや、中学の時にお姉さんの友達に女装させられて、素顔さらすのいやになった、んだっけ?」
隣にいた野島さんが話に混ざってくる。同じ中学にいっていたやつらでもいくつかの噂が錯綜しているらしい。
「いや。女装に関してはあんまり。むしろ高校でもさせられたし。そっちよりも悪い虫がいっぱいついてきてな。それで素顔を隠すためにつけはじめたの」
言ってしまっていいのか? とは思うものの、かつてのクラスメイトだ。断固拒絶という空気を出さなくてもいいだろう。
「悪い虫って……男子なんだよね? どういう状況……」
「我ながらあの当時は、ふわふわしてたし、ジャージ姿なら女子に見えたしそんなところなんじゃないかな?」
いちおう女装姿は見せてないんだけどと、いうと不憫そうな顔をされた。
うん。あくまでも女装姿を見せたことがある男子は木村くらいなものだ。それでもあれだけ告白騒動があった。もちろん後半の方は、攻略対象みたいなゲームみたいなノリだったことは前にきいたけれど。
「でも、女装かぁ。確かにあの頃の木戸くんなら似合うだろうけど。そういやもう一人いたよね? 美少年」
「あー。いたなぁって、あれ……」
うわー。もうさすがに女装エンカウントスキルの高さにはほれぼれするばかりだけれど、ここまでとは。
「え? あんなかわいい子……同級生にいたっけ?」
どよどよとクラスメイトがざわめきを起こす。
誰だ誰だと、みんなが記憶を掘り返す作業をする。
たしかにそこにいる娘は、まるで雑誌にのってるかのようなガーリースタイルなわけで、すらりと伸びた手足やら小さめな顔やら、女子なら憧れてしまいそうな可愛らしさなのだった。
「はや、と、か?」
うわぁと思いながら声をかけると、その彼女はびくりと体を震わせた。
「わかるとしたら……木戸クンだけだと思ったけど、さすがに……ぱっと見でって」
「そりゃ、男なのはわかったし、だったら、結果的にわかるだろう」
それはそうと、美しくなった君を撮らせていただいてもいいかね、と問いかけると、ふっと笑顔をくれる。
カメラを構えてみせると彼はシャキンとポーズをとる。
「しっかし、撮った人すげーな。お前の写真見たことあるけど現物見るまではわかんなかった」
「おやおや。あんなガチな女性向けファッション誌とか見ちゃうんだ?」
「そりゃ被写体のコーデとか、撮りかたの参考にもなるし、そこそこチェックはしてる」
図書館で、週遅れのやつを、というと、ぷくっと笑いが漏れた。
いや、よっぽどぐっとくるのがなきゃ貧乏な木戸には手がでないのだ。かといってコンビニで働いている以上、立ち読みも憚られる。必然そのテの雑誌は図書館でというのが自然の流れになってしまうのだ。
「って、木戸くんはなんの話してんのさ。モデルがどうって」
「まって。あの顔。羽屋美鈴じゃん、ファッション誌の専属モデルの」
「ええぇっ。ドクモから人気になったあの人?」
背後がざわざわしているものの、いえいとポーズをとる姿を撮っていく。
「いいねぇいいねぇ。はやは髪は地毛なんだねぇ。軽く手で髪をいじってみようか」
毛先を軽くつかんでそれを見つめる姿に、軽く払って中に浮かせる姿。
「んじゃ、最後にちょっと学校を見つめてみよう」
懐かしいあいつを、というと、穏やかなふにゃりとした顔が浮かぶ。
「んふぅ。やっぱすっごいな。仕事でやってる人間は撮られ慣れてるし、軽く意図を伝えるだけでいい顔してくれる」
しゃきんとタブレットに画像を移して表示させると、そこに写し出されたのはモデルの顔をした彼の姿だ。
いつも日常の一般人を撮ってきているからなおさらそう思う。崎ちゃんにお願いすればモデルをやってくれるのはわかっているけれど、そもそも会える機会自体がそうそうない。
レイヤーさんたちも撮られ慣れているけれど、あそこらへんは二次元を元に作り込んでいるところが大きい。
「木戸くんの方がやばいよ。なにこれ。普通にめっちゃきれいだし、ってこれ、狙ってやった?」
撮った写真をスライドさせながら一緒に見ていると、ぽつんとそんな台詞が来た。
満足のいく反応である。
なぜ、エレナの本当の性別で意見がわれるのか、そこはルイの撮影法にだって影響を受ける。もちろんいづもさんのときにやったように、男臭い絵を全部はずすことはできる。けれども適度にそれをいれることで、本当は男の娘かもという疑念をいれるのだ。もちろんそれは撮る角度によって偶然そうなることもあるし、一般の人が撮った中にそれっぽい写真が偶然うまれて、あれ、男の娘? いやしかしとなることもあるけれど。
「さぁ。偶然なんじゃないかねぇ」
そうはいってもそのネタをいれるわけにはいかないのですっとぼける。
「偶然だとしてもこんなきれいに半々で撮るって、うちの専属カメラマン並みじゃん。これみたら石倉さん驚くよ」
その名前を聞いてびくりと体が震える。こんなところでその名前を聞くとは本当に驚いた。
「ああ、あの人が専属なのか。でもあの人って、男の写真しかわくてかして撮らないだろ。それが女性向けの雑誌でカメラにぎってるのは正直よくわからん」
「知り合い?」
なんとまあと驚いた顔のはやとに、あー、と嫌そうな顔をして答える。
「ま、町中でちょっとな。歩道橋から落ちそうになったところを助けられたんだけど。まぁそういう意味では、そっか」
あのとき部屋のパソコンで見た写真の中にはたしかに数枚彼女の写真があったなぁと思い出した。あの、ちょっといまいちですねっていったやつだ。
「男臭い写真が撮れるってことはそこをはずしさえすれば、ああなる、ということだな」
なるほど、とつぶやくと、あのときパネルで貼っていた写真の内容が頭に浮かぶ。けれどあまり言及しないようにしておこう。あれを見に行ったのはルイなのだ。
とりあえずデータカードをカメラに戻して、みんなの方に改めて声をかける。
なんとなくはやとが来て撮影モードに入ってしまったけれど、今日、撮影係をさせてもらうむねは伝えておかないといけない。
「まあ、そんなわけで、今日は一日俺がみなさんの、あれやこれやを撮りますんで、撮られたくない人はこそこそ隠れるように」
みんなにそういい放つと、一枚狙ったように、こそこそかよーというあきれ顔を記録する。
いちおう主催者の鉄には電話しておいたけど、周りにまでは伝わってなくて、写真もそういやいるよねなんて声が上がっていた。
そんなわけで公認のカメラマンなわけなのだけれど。
「それだと木戸くんが写れないんじゃない?」
「カメラマンはすみっこぐらし。これ基本」
集合写真は写るつもりだけど、それ以外は撮る側でいたい。
けれど、みなさまそんな信条はまったくもって理解できないという様子で、おまえの写真も撮るぞといろんなところで言われた。
それからどれくらい撮ったろうか。
穴はまだまだ深く掘らなければならなくて、男子の数名ががんばっているけれど、まだまだ先は長いらしい。
そんな中で所在なさげにしているはやとがぽつんと校庭のベンチに座っていた。
うむむ、と少し困ったような顔だ。
基本、参加は有志であるこのイベント、仕事としては発掘班と、その後の打ち上げのための料理班に分かれているのだけれど、料理関係は持ち寄り+料理できる女子中心にやっているし、発掘班は男子が交代でやっている状態だ。
その他のメンバーはあぶれてしまっているのが現状なのだけれど、そんな彼女達はそれぞれ集まって談笑をしている。
そこにはやとはどうやら入っていけないでいるようなのだ。
「よっ、おつかれ」
そんな一人ぽつんとしているはやとに、ぽんと肩に手を置いてから隣に座る。
おそらくみなさん対応に困ってしまっているのだろう。これではやとが普通に女子児童だったのなら、女子とわいのわいの盛り上がれていたのかもしれないけれど、とうぜんこいつだって小学生の頃は率先して女子に混ざるタイプではなかったのだし、木戸と同じく部屋の中でぽけーっとしてるのが好きだったのだ。女子との交流という意味合いでは天然まっしぐらな馨のほうがまだ多かったんじゃないだろうか。
「あー、なんか気を使わせちゃってごめんね。いまいちぎくしゃくしちゃって」
横にちょこんと座る木戸に、申し訳なさそうに言う。なるほどこうやって見るとすごく作り込んだ感じの美人さんである。メイクはちょっと濃いめで声はややハスキーと言ってしまっていいくらいだろうか。そう。十分女声で通じるレベルで、けれどもハスキーという声だ。大人なおねーさんっていう風にも見える。
「別に女子っぽく振る舞っちゃえばいいんじゃね? なんつーか遠慮がいかんのよきっと。男子相手には遠慮して、女子は同性って扱いでさ。スタジオとかだといつもはそんなんだろ?」
「まーねぇ。ドクモはじめてそこから専属になって。女でいることが普通にはなったんだけど。やっぱしがらみがねー。みんなのほうにもあるんじゃないかなって」
やっぱ、性別換えるとか気持ち悪いじゃんとはやとはしょぼんとする。同窓会に来るのだってそうとう勇気が必要だったに違いない。ネットで検索をかけると同窓会秘話みたいなので、そういう話も見かけるものの当人からしてみれば二の足を踏んでしまうところなのだろう。
木戸としては、あまりにそういう人との交流が多すぎて、もはや同窓生がそうでもなんら驚きはしないのだけど。
「あるんだろうけどな。むしろ性別のことよりも、おーい小野町さんこっちおいでー」
ちろりと視線をこちらに向けていた彼女にざっくり白羽の矢をたてる。
「ど、どど、どうして私を呼ぶかなぁ木戸くんは。めっちゃ緊張してるのに」
「女の子にとっては、はやとが女の子になってることよりも、モデルやってるっていうステータスの方が取っつきづらいんだよ。それと小野町さんも、勇気だしてきてくれたのに邪険にしないであげて」
どこからどうみても女の子じゃん、というと、なんだか難しく考えていたところがいくらかは氷解したらしい。
とりあえず逃げ出さずに話に参加してくれるようだった。
「うう。木戸くんはなんだってそんなにこんな人を目の前にして飄々としているのかわからない」
「んー、カメラやってるからでない? はやのカメラマンとも知り合いだし、別にモデルとか特別視しないっていうかさ」
「いやいやいや。それにしても動じなさすぎでしょう。女装よ女装。しかもこんなにかわいいとか。そりゃどうやって話をしようとか思っちゃう」
まず話題からして、どうしていいかわからないと野島さんまで一緒にこちらに混ざってくる。人数が増えることはいいことだ。彼女の言い分もわからないでも無い。いわゆる腫れ物に触るというのがこういうことなのだろう。
傷つけようとは思わない。けれども相手の存在が訳がわからないから、どう接して良いかわからない。
別に性別換えただけの一般人相手に、みんなはこんな反応なのだ。
「いや、だからほら俺は女装とかそういうの慣れてるんだってば。身近にもごろごろいるしさ。いまさらドクモができる男の娘がいてもおどろきません」
事実、エレナだったら普通にドクモもやりこなせるだろうし、ファッション誌のモデルもこなせるだろう。そのときは羽屋美鈴とは別系統の雑誌の方が似合いそうだけれども。きっとロリータ服とかめちゃくちゃ似合うだろう。
「ほっほぅ、ならむしろ木戸くんも女装してくればいいんじゃない? 私たちからすれば信じられないこと、なんだよ。本当にはやと君なのかなっていうのも」
ああ。実は別人とかそういうことも考えていろいろ遠慮しているというわけか。
「じゃー。あれだ。いまからひとっ走りして家で着替えてくるから、それで申し分なければ、はやのこと、仲間にいれてくれるか?」
女装くらい普通で、ありふれたものであると知っていただこうと提案すると、きょとんとしつつも二人はうなずいた。
「いいわよ。そんなことが可能であるなら、女友達として仲良くしちゃう。むしろ木戸君も同性扱いってことで」
「それは、ごめんこうむる! 慣れちゃいるが、別に女子になろうとしてるわけじゃないので」
発掘作業と他の時間も考えつつ、今くらいなら30分程度席を外してしまってもいいだろう。
ここから木戸の家まで徒歩十数分。着替えて戻ってくるとそれくらいかかってしまうのだが、その間ははやとにカメラは任せる。
「それと、これ、渡しとくから好きに撮って。一眼はさすがにちょっと任せられないけど」
渡したのはサブで持ってきているコンデジだ。よく一眼を持って行けないときに撮影をしているもので、今日はSDカードがからっぽなのをしっかりと確認しているので人様におかしできるのである。
「それじゃ、しばしお待ちを」
「早めに帰ってこないと、発掘終わっちゃうから気をつけてねー」
そんな声援を受けながら、とりあえず家までの道のりを急ぐのだった。
小学校の同窓会話の前編。これは原案がしっかりあったので推敲するだけでいけるという作者にやさしい回でした。
美鈴っち。ドクモやれるMTFは実在するので、これはダスしかあるめぇとなりました。
正直、学生時代の知り合いがトランスしてるっていう展開は作者超萌えの超渇望なのですが、当時かわいかったあいつも、今では父親面していたりするのでした。三次元はままならねぇ。
どうして私の身近には性別移行するような人がいないんだよぅ、くっそうと思うわけですが「過去は捨てる習性」を考えれば、同窓会でちゃうのってほんと限られた一部なのだろうなとも思います。
さて、そして後編ですが、女装して帰ってくる木戸くんはもちろんシルバーフレーム装備です。しのさんは押しが強いのでもう引っ掻き回していただきますとも。




