180.展示場所見学と写真
遅くなりました! 疲れ切って寝てしまった……
「こんなところに建ててしまうかー」
まわりの景色をかしゃりと撮影しながら、まだまだ建築中のその建物に感嘆の声をあげた。
窓から写る景色は思いきり木々や小さな湖が見える自然溢れるもの。公園の脇にあるシフォレに劣らず風景は抜群にいい。
「今日は建築止めてる日だから、中まで入ってかまわんよ」
ほい、足元気をつけてねと男子相手に言ってくる彼は紳士なのか、はたまた木戸を子供扱いしてるだけだろうか。きっと後者なのだろうな。
「外壁はできた、といったところですか」
ほーと、まだ新しい木の匂いをかぎとってかしゃりと一枚。これはすでにオーナーの許可は取ってある。
ちょっと集中して撮影をしていたら、やれやれ本気な人かいと、ちょっとだけ彼は寂しそうにしていた。恵子店長からなにか聞いていたのだろうか。将来自分と同じ生け贄になりそうだとかなんだとか。
残念ながら大学をでたらきちんとカメラ関係のお仕事に就職する予定である。理想はあいなさんたちみたいなところだけれど、カメラを扱えるところであるならば、ある程度広い選択肢の中のどれであってもいい。カメラがメインで使えないコンビニだけはやはり生業にはなり得ない。
「あれ、オーナーいらっしゃってたんですか?」
「まあな。ちょいと見学希望の子がいたんで」
中を見せてもらっても? と問いかけると、いいっすよと軽い返事が来た。
「紹介しとこう。こいつがこの店の設計をやってくれてる 小林暁斗だ。今年で35だっけ?」
「ええ、転生するような年齢っすね。まあ生まれ変わったつもりでいろいろやってますが」
はて。この人は何をいってるんだべか、ときょとんとしていると、まあ気にしない気にしないと笑顔でいわれてしまった。その表情は優しそうな感じの男の人という感じだ。
35歳というと木戸からすればそうとうな歳になるわけだけど、外見的には二十代にも見える。おっさんという感じがあまりないのは一線で働いているからか、それとも。
「建築士といってもあんまりピンと来てないみたいだぞ。お前が手掛けた家で有名なところってどっかないかな?」
「ここらへんだと、シフォレの設計やったりってのもあるかな」
知ってる? といわれてちょっと体が震えた。あの空間をこの人が作ったのか。
「!? いづもさんのところですか。あの夜のライトアップとかもあなたが?」
「おっ、行ったことあるんか。女性いっぱいのあの空間に」
「そりゃ木戸くん女子にモテモテだって言うしねぇ。あそこにだって行ってくれる人はいるだろうさ」
羨ましい限りだねぇと、オーナーはにまにまとあまり羨ましくなさそうな声音で言った。
あまり甘いものが好きではないのかもしれない。
「さてと、それじゃーどうなるか、ちょっといろいろおにーさんが案内してあげよう」
「え、おじさんじゃないの?」
オーナーからそんな茶々がはいって、まだまだおにーさんですってと反論が入った。たしかにあの見た目ならおじさんという感じではない。
「で、おにーさま。どんな案内をしていだけるので?」
まだ仕切りすらろくにできていないその空間の中で、彼はあっちにキッチンができて、ここはこうやって光がはいってといろいろと語ってくれたのだった。
休憩用に設置されているベンチに腰をかけながら、くぴりとペットボトルのミルクティーを飲み込む。
甘い香りが鼻筋を通り抜ける。
暁斗さんの説明は、いろいろとビジュアルが見えるかのように濃密で、作るのが楽しいというのがこちらにも伝わってくる。
今はオーナーと一緒になにかの打ち合わせをしているらしく、まるで少年のような無邪気な顔をのぞかせている。
そしてそれが終わったら、彼はこちらのベンチの隣に座って、缶コーヒーを飲み始めた。
もちろんブラックである。
彼はあー、うーんとなにか言いたげな、それでいていいんだろうかと悩みつつ、うんとなにかを決心したようだった。
「あの……馨くんはさ、男の人になりたい子なのかな?」
「はぁ?」
神妙に言われたその言葉に、すっとんきょうな声を上げてしまった。
「いや、その……このかっこであんまり女子に見られたことないんですが」
なにをおっしゃいますの? と問いかけると、だからさ、と彼は嬉しそうに笑顔を浮かべた。
三十路は過ぎてるはずなのに、とても童顔に見えるのは彼がそっちの人だからなのだろうなぁ。
「あー、馨くんは普通に男子だよ。履歴書も学生証も見せてもらったし、間違いない」
「んなっ」
あー、暁斗さんが凍り付いた。オーナーの言葉は別段まったく普通の事実を言っただけなのに。
そりゃね、黒縁つけてても最近はかわいいだのなんだの言われるようにはなりましたが。
FTMに間違えられるなんて、どうかと思うんだよ。
「そもそも、木戸くんはどうみても男子だろ。そこでどうしておまえさんと同じだーなんて思うわけなんだ?」
「匂い」
一言だ。
「匂い、という点ではまー、同族のシンパシーとか、超感覚みたいなのはあるよねって、いづもさんとも話したりしますけどね。いちおー俺はノーマルです。体いじったりとかもないし、自然体で男子です」
うん。たぶんきっと、言っていることは間違いではない。
「でも、俺のことはFTMだってわかるんだろ?」
「そりゃまあ、そういう人ともあったことはありますし。なんとなくそうかなーって思いはしましたが」
もちろん普通の人にはまずわからないと思いますと付け足しておく。
実際暁斗さんはイケメンなにーさんという感じで、元女子ですという感じはない。いづもさんに残ってる男っぽさに比べれば格段に少ない女子っぽさである。それを気づけてしまうのは、カンとしかいいようがない。
「あれか、末恐ろしい女装家がいるっていづもがいってた子かな……」
「いや、それも別の人かも。身近にそういう人たんまりなので」
そもそも、いづもさんとこ、女装の人ホイホイじゃないですかと言ってやると、まぁーそうだよなーと彼は笑った。なるほど古い知り合いらしい。
「女装ねぇ、確かに木戸くんがやったら似合いそうだ。なんならうちの店でやってみないかい? お客さんも女の子が接客してくれた方が嬉しいだろうし」
「コンビニはキャバクラじゃないんですから」
むぅと不機嫌そうな顔をすると、そう、それそれと彼は言い放った。
「そういう反応が女の子っぽいっていうか。ベースの思考回路が女子って感じ」
男の子なら、えぇーむりっすよーで済む話なんだけれどと、暁斗さんから苦笑がもれた。
「て、基本の思考回路が女子なら、なんでFTMとかいうのですかい」
それじゃあまるで自己否定みたいなもんじゃないか。FTMは頭も男。なら考え方が男っぽいほうが当たり前ではないだろうか。
「まーほらドラマの影響とかで、引っ張られちゃってるのもいるし。そもそもさ、幼少期の習慣に染まっているとそういうのがにじみ出るっていうか」
昔、よくいづもとも話し合ったことだけどと、彼は続ける。
「だから、自分は男だって思ってても、動作のどこかにそういう女性的なところが出てしまうこともあるし、それを出さないように無理やり男っぽく振舞おう、そしてそれで上書をしていこうってことも多いってわけ」
なんか木戸くんを見てるとそれをしてる最中に見えると苦笑されてしまった。
いちおう、言っていることはわかるし、身に覚えもあるので答えておこう。
「姉がいますから、その影響かもしれません。小さいころは男の子らしくみたいなことを言われてませんし」
「くあっ、これがジェネレーションギャップというやつかっ」
なんたることだと、暁斗さんは頭を抱えた。
以前いづもさんにもこんな反応をされたことがあるけれど、それはもうどうしようもないことだろう。ここ二十年の男女のジェンダーのあり方というのは相当変わってしまったのだ。男女共同参画という話が広がっていって、ずっと男女の垣根は低くなってきている。もちろん今でも女装して歩いていたらいろいろ言われるだろうけど、二十年前ではありえない話だって今では十分にありなことも多いのだ。
「ついでにいってしまえば、男子からは見向きもされず、一人ぽーっとしてることの方が多かったので、あんまり男らしくとかっていうのは言われてないんですよ」
姉にいろいろやられたり、ねーさまと呼んでいたりしたことはとりあえずは内緒にしておくことにする。
木戸の小学生時代は、一年のときから外で遊ばない子である。あれだけリーダーにさそわれて断っていたのだから、外遊びがそこまで得意ではないことを酌んでいただきたい。
「世の中の姉持ちの弟がみんな君みたいになるなら、それはそれで面白い世の中になってそうだなぁ」
影響はあるだろうけど、普通は外の友達との間で自分のアイデンティティを作っていくものなんだけどと、彼は苦笑を浮かべた。
「あーあ。すっげぇなぁ。俺もそんな十代過ごしてたらもうちょっと、自信もてたんだろうけど」
「しっかり仕事してるだけいいじゃないですか」
ちょっとだけ彼にさす影が気になったのでペットボトルをバッグの中にいれてカメラを構える。
座っている彼の写真を撮るのはもちろん不意打ちだ。
「なっ。写真はやだよ! 苦手なんだって」
「いづもさんもそういってました。でも、ほら、どうでしょう?」
そういって、背面パネルに写し出された姿は、はっきりいってMTFよりも格段に違和感のない男性の姿だ。
「これが、俺か」
ほーと、食い入るように彼はそれを覗き込んだ。
「じゃー、いろいろ話ながら、何枚か行ってみましょう。ダンディーにとかそういうのも叶えてあげますよ」
ふふっと、ちょっと上ずった笑みが浮かんでしまったのだが、まあ気にしない。撮られるのが怖い人には、きちんとその人のよさを伝えてあげたい。
けれどそのときオーナーの携帯がけたたましく鳴った。
「撮影現場は面白そうなんだが、すまないな。ちょっと席をはずすよ」
オーナーは一言断りをいれてから、建築中の建物の中に入っていった。聞かれてはまずい内容でもあるのだろうか。
「んじゃ、行きましょう」
「実はちゃんとしたカメラマンに撮ってもらうのはじめてなんだよね。俺こんなだから成人式とかもぶっちぎったし」
「ちゃんとーっていっても、仕事ってそんなにやったことないですけどね」
自分がちゃんとしたカメラマンかといわれると、うーんとまだ思ってしまうところはある。それなりに何度か仕事はしてきたけれど、そういう評価は少しだけこそばゆい。
「あ、自然にしててくれれば撮りますから」
あえてポーズはとらなくていいですよと伝えていろいろな角度から狙っていく。やはりちょっと柔らかい感じはあるけれど、十分にやさしい系イケメンである。て、そうはいうもののカメラを持ってしまえば、妥協なんてしたくないわけで。
「暁斗さんのことをいろいろと教えて欲しいです。話せないことはもう全然スルーでいいんで」
「なんだかな。カメラ向けられながらそんなこと言われるのははじめてなんだけど」
そりゃそうだ。普通はこの手のとりかたはモデルさんとかプロの人むけだろう。声をかけての撮影が普通はない。でも。
聞いておきたいのだ。この人がどう生きてきたのかを。それをカメラに納めるなんて大言壮語はいわない。ただ、知った上で嫌な撮影を除外したい。
「暁斗さんが、自分のなかでこのパーツは嫌だと思うところとかあります?」
逆ならいくらでも聞かなくてわかるんですが、と苦笑を浮かべる。
女装ないし、それ以上ならいくらでも撮ってきた。男装コスだってそう。でも、この人みたいなのは初めてだ。蠢は撮るとか撮らない以前の話だったし。
「漠然と、大丈夫なんかなってのはあるけど」
ここがだめってところまではわからないと彼は言った。なのでこっちで勝手にやらせていただく。
天気の話題から、お仕事のお話まで。
そして気がついたら、結構な時間が過ぎていた。それこそさきほど案内されていた時と同じような感じだろうか。
「にしても、ほんと君はカメラもつと人が変わるね。なんていうか、変な感じだよ」
にひひ。そりゃあかわりますとも。でもそれはお互い様だと思う。
「暁斗さんと一緒ですよ。好きなことは突き詰めたいタイプです」
「そしてその結果がこれ、と……」
写された写真を見せながら、どうですと胸をはると、おぉーと彼は言葉すくなにスライドさせていっていた。
「おーい、二階部分も入って問題ないってさー」
そのタイミングでオーナーから連絡が入る。暁斗さんが現場指揮はしていても他のスタッフに任せている部分もあるので、そこらへんの確認の電話だったらしい。そう、二階に昇っても問題がないかどうかの問い合わせだ。
暁斗さんの見立てでは、問題は無いはずとのことだったけど念のための措置である。
「二階席はさらに風景いいから、楽しみにしておくといい」
にしても、たかがここのコンペくらいで、下見もなにもないとは思うんだけど、という暁斗さんの台詞にちょっとだけむぅと頬を膨らませる。
こちらとしてはほとんど初めてのコンテストなのだ。やれるだけのことはやりたいのである。
だからこそ。彼を驚かせる意味合いもあって、完璧な女声で言うのだった。
「だって、私は、精一杯の写真を撮りたいですから」
ふわりと、ルイスマイルを浮かべると、暁斗さんが目をぱちくりとさせる。
「オーナーには内緒ですよ? 彼の目に映ってるのはバイトのカメラちょっと好きな男子大学生ですから」
「はは。確かに女装が得意な子……ってレベルじゃなかったな。こういうのはなんて言うんだろう? 混在型? それとも役者さんなのかな」
一瞬だけ目を丸くしてから、彼ははははと苦笑を浮かべた。
「私はしがない写真家。それでいいじゃないですか」
くすりとほほえんであげると、一回り上のその人はほうと、惚けたように声を漏らした。
さて。そんなわけで飾られる現場は見てきた。
ではそこにふさわしい写真というものはなんだろうか。
トリックアート的なものを作ろうとはあまり思わない。
ただ、光を浴びたときとそうじゃないときの差みたいなものは是非とも出したいと思ってしまうのだ。
そうなってくると、というところで思考が止まってしまう。
そう。立体物に対しての光の効果は嫌になるくらいにわかっているつもりだ。
それなら、写真を飾るにあたっても周りが明るいか暗いかで影響はでるのではないか、と思ってしまうのである。とある美術作品は夜見た方が美しいというような話もあるし、そういう意味でも現場を見させてもらったのである。
わりと光が入る設置場所という感じだった。
では、実際どの程度の影響があるのか。そう考えるとやはりそこで思考がとまる。
残念ながらまだルイには個展をやるような経験はないのだし、きっとあいなさんはそこまで計算してあの場を作り上げているに違いないのだ。
「ああ、実際今まで撮ったのを印刷してみて、見え方を試してみればいいんだ」
ぽんとひらめいて、プリンターにかける写真を選ぶ。基本、ルイは写真をプリントしない派だ。なんせお金がかかるから。でも今回はそうも言ってられない。
そして、プリンターからぺーっと出された紙に光を当ててみる。
あんがい、光を浴びせかけると、フォト用の光沢紙だと斜めから光がはいるとてかって見えてしまう。
データでの募集がメインになるようだけれど、どうせ近いところにいるのだから、紙までこだわって行きたいものだ。
さて。そして撮影内容である。あそこに飾るならなにがいいのか。
オーナーの人柄とあの雰囲気を考えつつ、あれこれ候補を出していく。
「久しぶりに徹夜したかも……」
あーだこーだ考えていたら翌日になっていた。今日は特別誰かと一緒という予定はない。
撮影にでてもいいけれど、さすがに頭が重いしこの状態で外にでると、おばちゃんたちに心配されてしまうだろう。
窓から差し込む光が目にまぶしい。
その光が時間が経つとともに徐々に角度を変えていく。
「あ」
それを見て、少し思った。
「奇をてらわない方がいいのかもしれない」
それさえ決まれば、もうカメラをひっつかんで目的地に向かうだけだった。
『新しい始まりのために』
できた写真のタイトルはこれだ。
朝七時のコンビニの写真。そしてその裏に貼り付けるようにして。
夜十一時の写真。まだ煌々と明かりが照らされている、灯火のような店舗だ。
アクリルのボードに挟んでおけば、どちらを表にしても飾れるというような写真の構成にしてみた。気分で変えてくれればそれでいいし、たとえば朝昼の営業は朝、夜の営業は夜の写真というのもありだろう。
オーナーが若かった頃は、この時間帯で仕事をしていたという話は恵子店長からよく愚痴られる。その営業時間ならスタッフも集めやすいし、自分が夜の女になる必要もなかったのにとさんざん嘆かれたのだ。
新しい店舗を立ち上げるというのなら、初心をしっかり持っていて欲しいという思いと、もちろんこっちの経営もちゃんとやってねという思いもこもっている。
これがお店に飾られるかどうかはもう少し先の話になるけれど、とりあえず今できるオーナー向けの写真といったらこれだ。できあがったものを見ると、やりきった感じがしてにまりとしてしまうのだった。
コンビニ回終了です。FTMさんは○斗が多いらしい。
良い感じのカフェが増えるのはいいことです。そうはいってもどうせルイたんはシフォレにいくのでしょうけど。
そしてようやく金曜日です。明日明後日は休みなので、これでちょっと書きためができますとも。先週は休日出勤だったのでorz 更新がぐだぐだでもうしわけない。
次回更新ですが、小学校の同窓会ネタいこうかと思います。田辺さんのデート回はそのあと予定です。




