178.コンビニと歓送迎会
「そんなわけでー歓送迎会というわけでー」
地元の居酒屋というと、数も限られてくるのだけれど。そんな大衆向けの居酒屋の一室で、アルバイト先であるコンビニの恒例となっている歓送迎会が行われていた。
四月に入って三週目になってしまっているのは、入学やらなんやらでいろいろあるというのと、歓迎会も兼ねてしまえというところもあるからで、募集をかけて入ってくれた新人バイトの子の姿もある。ちなみに木戸も三年前はあんな感じだったなぁとがちがちに緊張している姿を見ているとほほえましく思ってしまった。
「とりあえずはー、卒業おめでとうねー!」
いままでおつかれさまーと、すでに三月いっぱいで退職している人たちに店長である黒羽根恵子さんが声をかける。噂の28歳独身女子だ。名字が少し厨二っぽいかっこよさなので名前が際立つであろう! というのがこの人の自分の紹介の仕方だった。
「そして、新人さんたちいらっしゃいー。今日はこの人はこんな感じなのですよんというのをつかんで、仕事にするっとなじんでいただきたいところですー」
はーい、そいじゃかんぱいーと、店長がゆるーい声で乾杯の音頭をとる。
いちおうこの中で数少ない年長者な彼女のグラスにはお酒のたぐいが注がれていて、彼女はいっきに飲み干してぷっはぁといっていた。親父臭いねーちゃんである。あいなさんよりちょっと上といったくらいだろうか。あいなさんもおっさんっぽい飲み方をするので、あんがいこれが酒の飲み方というやつなのかもしれない。
「やはぁ、仕事サボって呑むお酒はさいこーだねー」
これで店から連絡が来ないとハッピーなのでございますと、彼女はなかば諦めたような、疲れたような声をあげていた。
24時間が売りなコンビニエンスストアはもちろん今も絶賛営業中である。留守を任せているのはパートのおばちゃんや、まだまだ働くつもりのある人たちの一部だ。卒業生はお祝いも含めて参加するのが定番で、そういう意味で木戸も宴会組のほうなのだった。
そして社員である店長がいないと、大抵店ではトラブルが起きる。今まで何回か経験したことがあるけれど、そういうときは店長に連絡をとるしかないので、今日こそはなにごともないといいなぁという願いは仕方ないことなのかもしれない。
「ではぁ、うちの新人紹介ってかんじでー」
今年からお仲間にはいっていただきましたーと、四月バイトに加わった子たちの挨拶と紹介が入った。
改めて挨拶されなくても何人かはすでに一緒に働いているので知り合いだったりする。でも時間帯があわない子とは初の顔合わせだ。今年は女子二人の男子一人。うまいこと定着してくれるといいなぁとは思う。ちなみに例年五月になってからの方が増援は多かったりする。やはり四月は新生活の始まりでそれが落ち着いてからバイト探しをする人が多いのだ。
「そして、古株さん達も挨拶挨拶」
いつも一緒になる先輩も、お酒が入り始めて少しテンション上がっているようで、よろしくーと嬉しそうだ。特に女子高生が二人というので鼻が伸びているようだった。
「ども、大学一年の木戸です。いちおう三年ここにいます。わからないことは聞いて下さい。わかることだけ教えてあげます」
「こらー、そこはわかんないところも一緒に悩みますとか言ってよー」
「わかんないこと勝手にやっちゃダメっしょー? 店長にご相談ででいいでしょうに」
「うぅ、しがない雇われ店長で権限はないってのに、いろいろ最終決定はしなきゃいけないというのはしんどいなぁ」
くすんと店長は少しお酒が回り始めたのか、しょんぼりしていた。
たいていこの人はお酒の席だとこんな感じだ。普段の仕事の時は愚痴一つこぼさずに頑張るのだけど、こういう場だと素がでるのかもしれない。
ちなみに木戸と店長が時間的にかぶることは大学に入ってからいくらか増えた。この人は夜勤をやることが多いので、どうしたって夜にかぶるケースが増えたのだ。大学に入って夜にバイト時間をスライドさせた結果である。
そして、時々時間ができると、店のことをいろいろとたたき込まれるというわけなのだった。
どうやら店長は木戸のことは気に入ってるようで、さっさか自分がいないときにいろいろ対応出来るようになって欲しいらしい。そうはいってもこちらだって週3~4回しか入れないのだし、そこまでコンビニが本業というわけでもないので困ってしまう。
「ええぇっ。木戸先輩大学生だったんですか? てっきり一個上とかかと思ってました」
三つ上とか、全然みえねーと、新人バイトくんに言われてしまって苦笑を漏らす。
「童顔とはよく言われるなぁ。でも、いちおー三年働いているしな」
そりゃさんざん入学式のスーツ姿は似合わんと笑われたものだけれど、年下にまでそんなことを言われるとは。
女子の装いなら大人っぽいと言われるというのに。
「大学生っつっても成り立てだしな。まだまだ子供っぽくてもしゃーないって」
ふふんと先輩がなぜか兄貴面である。まあ確かに二個上でこの前二十歳になった彼が大人ぶるのはわからないではないのだけど、あなただって十分子供かと思います。
「ていうか、先輩、見た目じゃなくて中身でしょ中身。頭は大人、見た目は子供っていうし」
「それ、高校生じゃね?」
絶妙なつっこみに、新人さんたちは少し気を緩くしたようだった。
そしてそれからはそれぞれご飯をいただきながらのフリートークである。
いつもこういう席に呼ばれるときはたいてい半分以上がお酒をのんでいることが多いので、年下が多いというのに少しだけ感慨のようなものはある。
若者向けメニューもかくやという勢いで、揚げ物やら焼き物などのメニューがならんでいて、このまえ赤城にさそわれていったばかりの宴会を思い出すような感じである。
そんな中で、先輩が一人今まであったコンビニでの面白話を披露していた。発注間違えただのの失敗談がほとんどである。
それを聞いているとあんたそんなに失敗しまくりでいいのかと心配になってしまう。
でも、緊張をほぐすという意味合いではいいことなのかもしれない。木戸はそこまで大ポカはしないほうだけれど、この世の中誰でもミスはするもので、それでもなんとか生きていけるのである。もちろん怒られるけれど。
「でなぁ。一番のニュースってのが、あの崎山珠理奈がうちの店にきたんだよ」
去年に引き続いて今年も語るのかと思いつつ、彼の言葉の先を枝豆を剥きながら聞いておく。厳密には崎ちゃんはコンビニの中には入っていないし、そっくりさんだったわけだけれど、彼にはあれが本人に見えたらしい。当時はともかく今その事実を彼女に突きつけたらひとしきり怒った上でしょぼんとするだろうなぁ。どうせあんたみたいな可愛い男にいろいろ負けるわよとかなんとかへなへなだろう。
たしかに自分の容姿を武器にしている人のそっくりさんが男ではショックは大きいかもしれない。
そしてそこからのくだりはまったく去年と同じく、ミーハーっけのない木戸があっさりさばいて終わったことを話した。思いきり非難混じりなのはもっと話がしたかったとかそういうことでだろう。
先輩はお酒も入っているせいか、かなり去年よりも饒舌になっていて崎山珠理奈をすげーかわいかったと褒め称えていた。
たしかに偽者も悪くはなかったけれど、本人はアレだったわけで。
今はあの人何をやってるんだろうなぁなんて思ってしまう。
そんな会話を聞いているのも不毛だなぁと思いつつ、少し離れた席で座っている店長と目があった。
かもんと手をフリフリされては断ることなんて当然できないわけで。
そして割り込むように隣の席に座ると、押し出される形になったひとつしたの子は、ぽふぽふとこちらの肩を叩きながら、南無阿弥陀仏と唱えた。なむじゃなくて、南無阿弥陀仏。ちょ、そんなに今回の店長は荒れてるというのですか。
「おっほー、木戸氏いらっしゃーい、おねーさんの相手をしてくれるだなんて木戸氏はいいこたんだなー」
うりうりと、がしりと頭に腕をまわされてそのままぐりぐりと頭をなでられる。そんなに大きくないおっぱいの感触が後頭部に当たった。この感じだとBくらいか。
「なーにそんなに荒れてんすか。歓迎会で店長がそんなんだと、今後が不安です」
それをふりほどきながら説教をすると、彼女はしゅんとなってしまった。
「うぅ、だってー。せっかくネトゲで知り合って、付き合おうなんて話になったのに、リアルであって仕事がコンビニ店長だって言ったら、ああだから時間が不規則だったんだね、てっきりニートだと思ってたのに、偉いねとかなんとかいって、それから音沙汰なしなわけよ」
ちょっと、これどーいうことよと憤慨する彼女にとりあえず枝豆を向いてあげる。かわいそうに。
「それ、普通仕事してたほうがいいはずですよね」
「そうなのよっ。どうしてそこでニートの方がいいとかって発想になるのかわけがわからない」
どういうことーと、彼女はつるつるで緑なお豆さんを口に含んだ。ふぐぅと言いながらだ。
「ニートをやれる、親が裕福、それを狙っての結婚詐欺、とかは?」
「木戸くんは、私に声をかけてくるのは結婚詐欺だけとか思ってるのねー」
よよよと、彼女はビールをくぴくぴ呑むとぷはぁと息を盛大にはいた。こういうおっさんくさいところがもてない理由なんじゃないだろうか。
「そもそも木戸くんはどうなのよ? 二年前のあの彼女とは仲良くやってんの?」
「彼女?」
はてなんのことだろうと思っていると、一昨年のお正月のあとあたりでほら、と言われてぴんときた。
「さくらは別にただの親友でそういう関係にはなってないですよ」
悪友というか、そういう類のものですというと、彼女はえぇーと不満げな声をあげた。
そう。学外実習のあと、写真部に木戸を誘おうとしたときのリサーチで、ここにシフトを聞きに来たときの台詞が、あたし彼女です、最近付き合いが悪くてとかそんな話だったので、そのでまかせがそのまま残ってしまっているわけだ。
「ぬぬぬ。下の名前を呼ぶってそうとうじゃないの。それでつきあってないとかわけがわからない」
「最近は、男女の友情もありますし、下の名前で呼ぶくらいなんていうことはないですよ」
そういって、いろいろと考えてみる。
あれ? ちょっとまて。男友達を下の名前で呼んだことっていままで、なくね? ハルくらいなもんじゃなかろうか。だって青木に八瀬に木村に。そりゃ女子モードでからかうために下の名前を呼ぶようなことはあったとしても、名字呼びだ。というか相手からもそう。
馨と呼んでくるのはそんなにいない。
じゃあ、女子はというと。やっぱり馨呼びの人はいない。かおたんはキャラクター名という感じだろうか。
そしてこちらから呼ぶ場合は、あいなさんしかりさくらしかり、けっこー下の名前で呼んでる人は多い気がする。というか、ルイが相手を下の名前で呼んでいて、おまけにルイには下の名前しかなかったから、こういう感じになってしまったのかもしれない。
「ま、まぁいつか出会いがありますって」
「うぅ。どこにあるのよー。仕事上の出会いっていったらお客さんはダメよ。なに、街コンとか行っちゃう? 相席とかしちゃう? 女性無料よ。木戸くんなら女装すればただ酒のめるわよきっと」
この美人さんめと、やけくそに言っているけれど、なまじ否定できないのが悩ましい。
相席については、なんだか出会いのシステムがある居酒屋とかで最近話題なところだ。
女性は飲み放題無料で、男性は少し高めの料金を支払う。出会いの場としての無料というわけだ。食べ物はお金を取るということらしいけど、女性に優しい料金体系になっているのだそうだ。
「僕はまだ未成年です。飲み放題っていってもドリンクバーくらいなもんです」
そもそも普通の友達作る方が先です、と言い切ると、きょとんとした顔をされてしまった。
ああ、可哀相な子、とでも思ったのだろうか。
これでも知り合いは多いのだけど、なにぶんまだ新しい環境での友達がそんなにいないので、がんばって作らねばと思ってるところなのだ。特に男友達を。
「ねぇ、木戸くん。コンビニ店長ってやっぱり女として魅力ないかな?」
「出会いを作る時間がないってのはあるんじゃないんですか?」
きちんと働いている人に興味と好感をもつという人ならば、働いている君が好きとかいっちゃうかもしれないけれど、プライベートの時間が少ないこの業界は、予定も併せづらいしかまって欲しい恋人としては難儀な仕事だ。
それも、パートやバイトなら時間の調整がきくけれど、店長はそれの補填が基本業務となる。一日十時間以上働くなんてのはざらだし、その時間帯だってまちまちで土日もかり出される。相手とのデートの予定なんてそうそうくめる物でも無いという感じだ。
それがよくわかっているのか、恵子店長はぐすっと涙目になりながら、じゃばっと日本酒をグラスに注いでくいっと飲み干した。
「本当にきついんだよう、つらいんだろう。どんどん人が入れ替わってやっとできるようになったーって子が卒業しちゃってまた一からなんだよう」
そこらへんもまた、店長の労働時間が延びる要因の一つだ。
もちろん他の従業員でもおしえられる部分はあるけれど、基本は唯一の社員である店長が新人教育をする。
毎年の繰り返しとはいえ、サブで働いてくれる社員をまず入れて貰えないのは可哀相だ。
「そういう意味では大学生になっても残ってくれた人はとてもアテにします。っていうかむしろこのまま社員になっていただきたいくらいです」
へい、かもん。仕事だらけのきらびやかな世界に、さぁ君もおいでよっ! という顔はテンションを無理矢理高くしました、というような気配がひしひしと感じられた。
「バイトはバイトです。いつか他の道を進みます」
ごめんなさい、と真面目に断ると、ふぐぅと彼女の涙目はひどくなるばかりだ。
でも。こればっかりは譲れない。本業はカメラに関わるお仕事。そして出来ることなら写真集とか出してみたい。あくまでもコンビニでの仕事は生活を支えるためのことでしかないのだ。
「いいもんいいもん。おねーさんは仕事にもどるもん」
ぷぃと、そっぽを向きながら焼きゲソをもぐもぐしはじめた。
「はーい、ここで一つ業務連絡ー!」
いえーい、と店長が投げやりに手を上げる。雑談していたみんなの視線が集まった。
「ブログをUPすることになりましたー」
「それはどういった?」
「本部指示でやってもいいけどやらんでもいいよーっていう、販促用のHPスペースつくってくれるんだって。ブログみたいな感じなんかな。公式ツイッターとかそういうのではないみたいだけど」
販売促進でネットを使おうよという流れは前から実はあったものだと思う。
グループ自体の大枠での宣伝用のホームページは今までもあった。それを各店舗ごとに現地のスタッフが宣伝用に自由に使ってちょうだいということでスペースをくれたわけだ。
ただ、それの管理が大変なのは、飲食業界が独自のHPをあまり持たない理由を見れば明らかだろう。管理が大変なのだ。それをやれというあたり、なかなかにえぐいことして下さる。
「あー、木戸っちそれは、ちょっとそーろーな考え方ですよ?」
「よーそろーって言っておけばいいんですか?」
げんなりしながら、店長の下ネタをかわす。28歳彼氏なしの店長は仕事に生きる人ではあるものの、ときどき親父っぽい下ネタを交えてくるので、適切に返してこないといけないのである。
「はい。うちにはすでにお届けサービス用にネット環境があります。お店のHPからぽちるとその商品をお届けるサービスですね。今のところ若い人はそれつかわないし、お年寄りはパソコンが使えないってんで、注文も少なめ、私たちもハッピーな感じなんですが、本部がそれのてこ入れを始めようということで、もーっちょっと注文サイトに地方色つけようよとかいいはじめたわけです」
「それ、純粋に配達が増えて俺たち忙しくなるって話じゃないの?」
「その通りです。どーせオーナーは我らの賃金などあげはしません。ですが、やらねばなりません」
ああまじうざいと、素の低い声が聞こえる。そうとう店長も嫌らしい。
女子の低音というのは本当にこう、まじだるーとテンション低いときに出されることが多いけれど、このところ特によく聞くようになったとおもう。疲れた女子の知人が増えているということなのだろう。
「どんなのやるか考えはあるんですか?」
「いちおーね。おすすめ商品の公開をします。動画は重すぎるから回避で写真でアピールしようかと思います。っていうか携帯でサイト巡っていると動画に出くわして、もーね。涙目な経験があるので、うちはすっきりさくさくです。そんなわけで写真係は木戸くんよろー」
「うえ。なんで俺っすか」
「いやぁ、彼女さんもっちりカメラ持ってたし、君もやるんでしょー? なら是非ともその腕をふるってくれたまえよ。ちょっと成功したら特別ボーナスだすよ? 牛串一本とか」
「牛串……くっ。美味いけど……まあいいか。あいつの試しくらいで」
この前新調したカメラの試し撮りの一環ということであればそういう依頼も簡単に引き受けられる。しかも仕事時間中にカメラが触れるというのは行幸といえるのではないだろうか。
けれども、さくらの件はほんとなんとか誤解を解消していただきたい。
「あのですね。何度も言いますけどさくらとはなんのつきあいもないんです。ホントです。僕はカメラ一筋です」
「んー、なら、なおさら撮影はよろしくってことで」
頑張って販売促進になるようなの撮ろうねーと言われると、どういうのにしようかと、今から考えがそちらに向かってしまうのだった。
コンビニでも歓送迎会が行われるということで、コンビニ店長さんようやく名前がつきました。恵子さん。なんて一般的昭和な名前。でも名字はかっけーです。
後輩で名前付きがでるのは来年の話になります。
宴会が重なってるのは時期とかもあって、です。けして作者がお酒休止してるからではありませんとも。
そして、次回はコンビニ回の続きです。こっちでもカメラを使おうというお話なのです。




