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177.父様と慰安旅行7

 日本酒の試飲会。昨日はビールだったけれど、その差違とはなんでしょうか?

 答えが目の前にあった。

 十分を過ぎたあたりで、みなさんの様子はおかしくなってきた。

 まあ、日本酒は度数が高いから。それくらいで来てしまう方は来てしまうようで。

「ちょっとほろ酔いで、はだける仲居さん。ああ……馨たん、眼鏡っこで和装で……いいっ」

 お酌してよーと絡んでくる若手社員さんの顔はすでに赤かった。試飲でそれってどれだけ弱いのだろうか。

「俺の息子を穢すやつは、次の査定でぼろっくそな評価にしてやる」

「い、いえ……なんでもございません」

 しゅたりと係の男性は言葉をつぐんだ。珍しく父様が父親らしいことをしてくださった。

 職権乱用なのかもしれないが、これはきちんとした教育という扱いでいいのだろう。

「じゃあ、俺は西にしとこうかな。昨日の姿もちょーかわいかったし」

「やめとけ。結婚前の男にそれはきつい」

 さっと身体を差し込んで、少し怯える西さんを庇うように、岸田さんはやんわり言った。

 言い方はともかく、さりげなく庇う姿勢はちょっときゅんときてしまう。もちろんかしゃりと撮影させていただいた。昨日今日とほんともう、はるかさんに献上する写真ばかりが量産されてしまっている気がする。

 無意識なんだろうけど、岸田さんはあれでとっても西さんのことを気にかけてるよね。

 もうさっさとくっついてしまえばいいのに。

「でゅふふふふ。ねえねえ馨くん。あの二人ってけっこーおいしくいただけそうな感じ?」

 かんぱーいと、杜氏さんからもらった天然水をかちりとこちらにぶつけながら、仲居さんは酔っ払っていないのにとろんとした顔をしていた。一応ガイド役を仰せつかっているのでお酒は無しなわけだけど、彼女としてはもっと酔っ払える物を見つけてしまったらしい。

「おねーさんこそ腐ってる感じですか?」

 そう問い返すと、すさまじく嬉しそうな笑顔を煌めかせて彼女はうなずいた。本当に心底嬉しそうな笑顔だ。なんというか、仲間をようやく見つけましたというような表情に一瞬背筋が冷たくなる。

「あたしは普通に撮影家で特に腐ってはいないですからね。腐った果実もいっぱい撮ってきたけど、腐ったみかんの隣にいてもそうそう腐らないんですからねっ」

 まわりに聞こえないように小声の女声でそう抗議をしておく。同性愛を否定はしないけれど、二次元のジャンルとして好きかといわれたら、まあまあ普通なのである。

「えーそんなぁ。女の子はみんなホモが好き、これ世界の真理だから」

「それは日本のオタクのさらに一部の真理です。そういうのが好きなのを否定はしませんが、女子の全部がそういうの好きっていうのはダメです」

 危ない思想ですと真面目にいうと、う、うんと彼女はたじたじになった。ちょっと力が入りすぎてしまったかもしれない。

 というか、女の子はのくだりのところを突っ込むべきなのかもしれないけれど、もういまさらだ。

「うぅ。る……さんなら、絶対男同士の粋すぎる友情とか大好きだと思ったのに」

「粋でいなせでって、どのみちそっちで言い直しても、ダメなもんはダメです。ほんとひどいめにあったんだから」

 まったくもう、とちょっとルイっぽい口調で話してしまっているものの、まわりはお酒に忙しいのであまり反応はしてこない。

「二人でまったりとお話とはー、どうしちゃったのー?」

 そんな二人きりの会話に混ざってきたのは少し顔を赤くしているはるかさんだった。試飲をすませてほろよいというところだろうか。

「未成年でお酒が飲めない身の上を、仕事のペナルティで素面でここにくる身になった人が相手してくれてるだけです」

 ね? と笑顔でいうと、彼女はうぐぐと笑顔をひきつらせながらはいと答えた。

「仲居さんって、ここの職人さんといい仲だって聞いたんですが、どうなっちゃってるんですか?」

 身ばれしているからなのか、はるかさんは女子ノリで思いきり仲居さんに絡んだ。ふひひと笑っているのはいつもの西さんのキャラとはかなり違う。

「えっ。別にそういうのはまったくないですって。蔵の人とか旅館の人たちとかが勝手に盛り上がってるだけで。それよりも私は男同士の行きすぎた友情について熱く語りたいわけですが」

「あなたもそちらのお話な人なわけか」

「えーはる、じゃなかった西さんだってそういうの大好きでしょう? そういうキャラもやってるし。てっきり撮影しまくりーなル、じゃなかった木戸くんもそういう人だと思ったのにさっき思いきりふられたのです」

 せちがらい世の中でやんすとしょんぼりする仲居さんに、まあまあとはるかさんが頭をぽふぽふ撫でる。あぁ、なにこれ。男女のビジュアルなのに普通におねーさまと妹みたいな感じなんですけれど。

「カプは好きだけど、そういうネタをいう場合はなるべく部外者にわからない単語で言っていただきたい」

 まわり、知り合いばかりなのですがな、というはるかさんの意見はごもっともだ。オタクであることを木戸は別に隠す必要はさっぱりなくても、はるかさんの場合はきちんと隠す必要がある。そこから結果的に女装コスまでばれてしまったら会社に残れるかどうかすら危ういのではないだろうか。オタクであること自体はなんら問題なかろうが、そっちはさすがにまわりの目がどうなるかわかったものではない。

 もちろん、そんな差別があっていいはずもないのだけど、多くの女装レイヤーさんと交流をもった身としては、そんなもんだとルイは思っている。いまだに隠すべき趣味なのだ。

「あーすんません。ついちょっと楽しくなっちゃってテンションアップっていうか」

 昨日、血の盟約をしたというのに……としょんぼり彼女は肩を落とした。でもあまり間も置かずに彼女は復活する。元気な二十代である。

「そだ。えっと試飲の時間に申し訳ないんだけど、ちょっと二人に相談に乗ってもらいたいことがありましてね」

 ほれほれ、こっちこっちーと、ここに来たときにやり合っていた青年を呼ぶと彼女は少し試飲のお酒が置いてあるところから離れたテーブルに木戸達をつれていく。

「なんか、すみません。こいつが振り回しちゃってるみたいで」

「振り回されてますがー、まあ楽しいからいいです」

 旅の恥はかきすてっていいますし、というと、それちょっと意味が違うと思うんですがとつっこまれてしまった。まじめなおにーさんだ。

「それで、本題なんですが」

 これを見ていただけますか? と彼は何枚かの絵を取り出した。

 思い切りアニメの絵柄である。

「今度、萌えラベルのお酒を出そうっていう企画があるんですよ。杜氏は嫌だって言ってるんですけど、町おこしも兼ねてのプロジェクトになってましてね。こいつんち、昔アニメの取材が入って今でも聖地って言われてたりで多少はお客も集めてるし、それにうちも便乗できないかって感じで」

 思い切って、あのアニメのキャラデザインやってた人にお酒を送りつけて、是非とお願いしてみたのですよといいつつ彼は数枚の絵を取り出した。

「ずばり、こういう絵柄のお酒ってどう思います?」

「あー、私は意見を言うこと自体パスです。まだお酒飲めないし」

 すまん、と素直に木戸は謝った。だって本当にまだ飲めるようになるまで一年半もあるのだ。

「ああ、お嬢さんは未成年か。だったら絵の感想とかでもいいよ」

「えっと、眼鏡かけてんのにお嬢さん呼びはやめてください」

「あはは。これで馨くん、男の子なんだって。嘘くっさいよねー」

 仲居さんが大爆笑をしながら、酒蔵の若い男の人の背中をばしばし叩いていた。そりゃ一度素顔を知られた人ほど、眼鏡をかけてても、それ男装のつもり? とかなんとか失礼なことを言ってくるものだけれど、この人も相当だ。

「嘘っていうか、さっきから一緒の人達みんなかおたんって呼んでたんで、てっきりアイドル的な感じなのかと」

 紅一点なのかと思ってたと、目を丸くしながら彼はこちらの横顔をじぃっと見てきた。

 あんまり見られると困ります。

「さて。それでラベルについて、ですよね。お酒のイメージに合うのはどれか、というところですか?」

「あ、はい。そうなんですよ。実際、お酒のイメージで描いてもらったんですけど、萌えラベルをつける場合どうするもんなのかって話で」

「イメージできめてしまっていいように思いますが……どんな人が手を出すか、ですよね。あの仲居さんの話自体がちがちの男性向けではなかったのだし、絵柄として女性向けって訳でもないという……」

 うーん、とはるかさんらしく、お酒からではなく絵からのアプローチを始めた。

 その言い分はとてもよくわかるし、萌え絵ではあるけれどその絵は男性向けでも女性向けでもない感じの仕上がりだ。

「ああ、やっぱりそうなりますよね。そうなるとターゲットがどこになるのかって話で」

「もちろん子供は狙えませんもんね。大きなお友達対象になるって感じでしょうが……オタク女性が日本酒を呑む印象ってそんなにないんですよね……度数低めに作られた発泡系はありでしょうが」

「うぐっ。新商品開発は時間がかかりすぎるのです……」

「試飲した感じで一番、女性向けかなっていうのはわからないでもないですが……ちなみにこれ、何種類くらいラベルとして採用するんです?」

 目の前に置かれた原案は何種類かある。全部を萌えラベルにするかどうかという質問なのだろう。

「もちろんおやっさんが大吟醸はぜってぇゆずらねぇって言ってたし、せいぜいやれて1,2種類です」

 なるほどなぁとはるかさんが胸元で腕を組みながら真剣に考える。萌え絵のことは他人事ではないと思っているのだろう。

「たとえば、限定何千本とかそういうのは? 通常ラベルと特別ラベルみたいな感じで。まず呑んでもらいたいわけなんでしょう?」

 味についての自信はわかりませんが、と木戸は付け加える。試飲をしてもらうくらいなのだから呑んでもらえば買って貰えると思っている所はあるのだろう。

「おおっ。それはいいアイデアかも。ちょっとメモしておこう」

 もしかしたらうまくおやっさん達を懐柔できるかも、と彼は顔を明るくした。

「あと、ちょっと手を出しにくいお高めのお酒がこっちで、入門用がこっちとかどう? 姉妹キャラみたいな感じで」

「もっと稼いで、私を味見してね? な展開ですか?! おぉ、なんかちょっとそれロマンを感じます」

「男のオタクはコンプリート欲も強いですからね。入門のほうを呑んだら高い方も呑みたくなるしかけです」

 たとえば、萌え絵の入った日本酒を二十代で手にして呑んでみる。そしてそのときはもう一種の方は金銭的に手を出すのは勇気がいる。仕事をしっかりして出世して、高い方に帰ってくると言う循環をつくるわけだ。現物主義の女性と違って、男性の場合そういうロマンもありなのではないだろうか。

「なるほど。確かにそういうのはちょっとぐっと来ますね! 杜氏や他のやつらにもこのアイデアは伝えてみます」

 他にはなにかありますかね、という質問に、さすがにこの絵をこっちでというようなのまでは言えないかな、とはるかさんはそれ以上の意見を押さえた。

 おそらく、どれがどの銘柄にあいそうかも意見はあるのだろうけど、考え方のベースだけを与えつつ、あとはそちらで考えてくださいというスタンスをとるようだ。

「では、ありがとうございます! ひきつづき一献いかがですか?」

「いえ、お役に立てたらなによりです」

 いただきますとはるかさんは陶器製のコップを差し出した。まだまだ試飲は続くらしい。




「あー、馨くん、ちょっとちょっと」

 そんなやりとりをした少しあとのこと。

「どうしたんです? 幹事が飲み放題とかいろいろとべろべろで危ない感じですが」

 ちょっと目を離した隙に、岸田さんはいつのまにそんなに呑んだのかかなり酒くさい息をしていた。責任者だからーとか昨日も気を張っていたというのにどういうことだろうか。

「うーん、ちょっと利き酒しすぎたかな。あはは。大丈夫。まだまだいける」

「いかないでくださいよ、ってか試飲ってそんなにじゃぶじゃぶ呑めないでしょうに」

「一升瓶六本買って配送してもらうことにしたから、むしろもっと呑んでいってくださいって」

 ちょ。いきなり何をやらかしてくれてるんですか、いつものイケメンにーさんな雰囲気が台無しです。それじゃあおじさんって呼ばれちゃいます。

「それで? 西はいったいなんであんな楽しそうなんだ? 仲居さんと何をしゃべってるか、さぁ馨くん、はきたまえ」

「ていうか、岸田さんがはきそうじゃないですかそれ」

 日本酒は体に残るという話を聞いたことはあるけれど、けっこうな量をのんでいる彼は残る前にかなりの量が入ってしまっているのが問題だ。

「これくらい、何回もあるし大丈夫。それより清晴(きよはる)のことを」

 是非にと食って掛かる彼の表情は真剣そのものだ。清晴っていうのは西さんの本名で、そこからはるかって名前をつけた、のだと思う。わりとまわりのレイヤーさんの名前が実名のもじりなのが、なんかみなさんリア充なのどうなのって感じだ。エレナとかクロキシとか。

「へぇ。いずれ彼女でも作って結婚するって思ってるんじゃなかったでしたっけ?」

「うぐっ。そりゃたしかにそうは言ったが」

「趣味もあうみたいだし、いいんじゃないですか? どこかの誰かさんみたいに、無理矢理女装させてつれ回すなんてこともしないでしょうし」

「なっ。俺は別に無理矢理は……あいつがその方がいいっていうから」

「じゃあ、今度は岸田さんが女装してあそこにいくしかないですね? 大丈夫です。店員さんも似合う似合わない関係なく女装してさえすれば誰でもいれてくれます」

「いや、しかし、その……俺としては清晴の女装姿が見たいわけで、その、あの」

 ごにょごにょと後半はなにげに小声になってしまった。

 まったくもう、お酒飲むとこの人は弱気になるのですかい。

「やれやれ。これ以上はさすがに意地悪ですかね。別にはるさん、そんなこと気にしてないですよ」

「ていうか、木戸くん、あいつのことはるさんって呼んでるの?」

「んー、今は、ですかね。いろいろ今朝あったので」

 なにげにうちらもだいぶ仲良しになりました、と言い切ると、なんですとーと過剰反応されてしまった。

「朝一緒にお風呂に入って、親睦を深めましたしね。昨日だって混浴で一緒だったし」

 これで仲良くならない理由はないんじゃないかな、というと混浴……どうしてあいつ男湯来てくれなかったんだよーと涙声が浮かんだ。

「ていうか、ゲイだっていうなら男湯じゃ、もーよりどりみどりじゃないですか」

「係長の裸って誰得だって話だよ。俺は別に男なら誰でもいいとかそんなんじゃねーし」

「あーあー、わかってますよ。男が好きなんじゃない、あいつが好きなんだ、でしょ。お約束お約束」

 はいはい、お水をどうぞとペットボトルの水を差し出すと、こきゅこきゅ飲み始めた。さすがに片手でぐびぐびいくところは男らしい。

「ちなみにうちの父はそこそこ締まった体をしておりました」

 ほんと木戸は母親に似たのだなぁと昨日は思ったものだった。いちおうあれで男性的な身体なのである。正直十年ぶりくらいに見たけれど、いろいろと立派だなぁと思いつつ、どうして自分はこんなに男っぽさがないんだろうなぁと思ってしまうほどだった。

「だから係長の裸は誰得って話だってば。それより清晴の裸の方が気になる」

 せっかく一緒に入れるってわくわくしてたのにーと泣き言をいう彼は激しくうざい。

「それなら、誘ってみればいいじゃないですか。一緒にサウナに行こうとか何とか」

 さぁスキンシップをどうぞ、とすすめてみると、サウナか……サウナ……うぅとなさけない声があがった。

「ああもう、面倒臭いなぁ。そんなんだとほんと、いつかはるさんかっさらわれちゃうよ? しっかり捕まえておかないと、あの人、すっごい人気あるんだから」

「へ? 西が、か?」

「まあ私程度には、ですけれどね」

 どういう風にかは内緒ですと、人差し指を唇にあてて、しーという仕草をして見せる。この人にはあまり効かなさそうな仕草だ。

 ちなみに、今の会話ではどれだけはるかさんが人気者なのかは伝わってないと思う。もちろん伝える気もないしこればっかりは本人から伝わるべきものだろうから、これで良いということにしておく。

「はいっ、じゃーここいらでツーショットいきまっす。ほれ、岸田さん数歩左に移動。手をこう肩に回す感じで、はいおっけ」

 いきますよーと、っと宣言しつつ数枚かしゃかしゃ撮影すると、できあがったのは何事がおきたかよくわかってないはるかさんと、なにをしてしまったのか徐々にわかっていく岸田さんの表情の変貌だった。

「ちょ、馨くん!? なんてことを……」

 はるかさんが頬を染めているけれど、こちらはただ言うだけだ。

「お酒の席の無礼講ってね。男同士の粋な肩組な写真をいただきました」

 他意はないでーすと、しれっと言ってやると、二人は顔を赤くしながら、もうなんにも反論できないのだった。

酒蔵話後編です。お酒が入ると理性が飛ぶので本心は出やすいですよね。

ほんとあのカップル今後どうなるのやらって感じです。

あと萌えラベルですが、梅酒のは手元にあります。うめさんの梅酒であります。ちょっと目をひきますよね。


さて。そして次回はコンビニターンです。大学生になった木戸くんはいまだにコンビニバイトなのです。


そして投稿してから気づきましたがついに120万字突破であります。原稿用紙3000枚の世界がこれか……まだまだお話は続きますよ!

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