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176.父様と慰安旅行6

長くなりすぎたので分割で。明日の朝、続きはアップします。

「父さんに聞いておきたいことがあるんだけどさ」

 今日の目的地である酒蔵までの移動は宿から専用のバスがでることになっている。その車内であぁ、と暗い顔をしている父に話しかけた。

 木戸パパはどうやら昨日の宴会でやらかしてしまったことをひどく反省しているらしい。馨、すまんといっていたけれど、きっと嫁にいくなとかなんだとかいったことだろうと判断して、もう気にするなと答えておいた。

 あとあとはるかさんから聞いた話によると、どうやら係長あてに、娘っこさんをくださいとからかいの言葉をいうのが流行っていたそうだ。どうにもあの台詞だけではなく全般的にごめんなさいということだったらしい。

「社会人の旅行ってこんなに豪勢なの!? 朝御飯もすごかったんですけれど」

 そんなしおしおな父に問いかけたのは、あまりにも日常な会話だった。

 朝御飯に用意されていたのは、言わば普通の日本の朝御飯には違いなかった。けれども朝から魚というのは豪華だったしノリや卵や納豆がつくのは普通としても煮物とかおひたしとか、おまけにデザートまでつくというのは、本当にもう、これだけでブランチですよきっとというほどの豪華さなのだった。

 ちなみに、おかわりよろしく仲居さーんなんてさんざんからかわれたのだけれど、はいはいと女声を作りながら対応してあげたのは母には内緒である。かわいそうな独身男性ばかりの旅行である。少しくらいはサービスしてあげてもいいのではないだろうか。サービスだと思うなら、だけれど。

「そこらへんはなんともだな。お前の金銭感覚がわからないからなんともだけど、今回は節約旅行の部類にはいるぞ」

 係の中には去年入社した若手もいる。新入社員よりはお金はあるにしても、そこまで余裕があるわけでもないわけで、そういう人も呼ぶために格安なツアーを検討したということなのだそうだ。

 しかも今回も立案と幹事は岸田さん。なんだかんだであの人はしきりとかもうまいし、こういうところでは重宝されているというところだろうか。なんにせよ回りからの好印象は一つ良い素材である。

「これで格安って……」

 まじですかと思いつつ、軽くお腹をさする。サービスなのだろうけれど、ご飯はわりと目一杯だった。残すのももったいないので、少し食べ過ぎてしまったくらいである。

「うちの旅館は格安で知られていますからね。それに旅館というものはだいたいこんな感じです。食べきれないほどのもてなしをするのが基本です」

「今回は男所帯だからいいけど、女の子ばっかりだったら絶対あまるよねって、なんで仲居さんもいるんだ?」

 ひょっこりバスに乗り込んでいた仲居さんは、思い切り私服に着替えてなぜか同行体勢になっていた。

「実は本日は朝からお休みなのですが……母さんにしこたま叱られまして、あの件で……」

 あの件といわれて、木戸父はぽかんとしている。いちおうのれんかけ間違い事件はみんなには内緒だ。そもそも言えるはずがない。どうして女将さんに発覚したかは、すべて斉藤さんからの苦情の申し入れだった。おおごとにするつもりはないけど、いちおー注意してもらわないと困るからね、と一部始終をメールで送ってくれたのだ。

 もちろん全部は言えるはずはないので、いろいろぼかしつつ、混浴から女湯(こっち)に入ってこようとした人達がいたことと、それで騒いでしまったことなどを伝えたそうだ。そう。「中まで入っていたことはさすがに内緒」にしてくれてるあたり、さすがに斉藤さんには感謝である。ほんと早めにケーキを奢ってあげねばならない。

 そしてかけ間違いが発覚し、おまけにそのとき混浴にいたのが我らであることも、特徴や状況からわかったようで、事情聴取はされたものの無事に解放されているわけである。

「それでご迷惑をおかけしたお客さんにちゃんとついて、罪滅ぼしをしてきなさいって」

「あちゃー、そりゃ災難でしたね」

「でもまー、今日行く酒造は幼なじみもいますし、それにお客さん達と一緒だなんて、それはそれで、ふふふ」

 まさかご一緒できるとはーとちょっとぽわんとしている彼女に、秘密は墓場まで、なんですよね? と女声で釘を刺しておく。

 昨日、いろいろ暴露している関係で、思い切り女声を出しても特に周りは反応してこない。

「なんだか、西くんたちすっごく仲居さんと仲良くなってて……いったい夜のうちになにがあったのか気になりますよね、係長」

「いや。別に。おおむね、うちの息子が、仲居さん綺麗ですね、はぁはぁ写真撮らせてくださいとかなんとか迫っていろいろやった結果なのだろうし」

 おおむね正解ではあるのだけど、父様。逆です。あちらから撮ってくれと言ってきたのです。

「仲良くなるのは別に構わないのだが、、いいや。まあ。うん」

 父はまだなにか言いたげなようだが周りにも人がいるのでそこで言葉を切った。

「でも、添乗員さんがついてくれるだなんてほんともーラッキーですよ。男ばっかりでちょっとさみしーなんて思ってたんで」

 理由はよくわからないけど、大歓迎ですと係の独身男性達から声が上がった。

「私程度じゃ紅一点何て言えないです っていうか……」

 もごもごとそのあとの言葉を飲み込んだ。紅一点どころかあなた方はすでに二人も美人さんと一緒にいるではないですかーとでも言おうとしたのだろうか。それ以上言ったらどつきますよ、おおむね西さんが。

「それに今回は添乗員のまねごとをしますが、あくまでも仲居ですからね。他のサービスはちょっと自信ありません」

 やんわりそんな言葉を使っているものの、少しばかり苦みが入っているような笑顔である。

 仲居さんは舞子さんでも芸子さんでもない。男の人にそういう対象に見られるのに抵抗があるのかもしれない。

 それから当たり障りのない会話が続いて、ほどなくしてバスは目的地に到着した。

「うわ……なんか、まんまテレビとかで見る酒蔵な感じだ」

 ちょっとテンション上がると十何枚か写真を撮らせていただく。和風建築の平屋というか、瓦屋根があって江戸時代にあっても違和感がない感じの仕上がりになっている。

「酒屋さんによくくっついてる……あのもこもこしたのなんでしたっけ?」

「ああ、杉玉のことかな。酒林とかも言うみたいだけど、新酒ができたよってお知らせもかねて吊すヤツね」

 もさもさしてるよねーこれ、と眺め上げながら少しまぶしそうな顔をしているのはなぜなのだろうか。

 そんな表情もおいしいので、もちろん杉玉が入るように狙いながら一枚。

 仲居さんの写真もきっとみんな欲しがるだろう。

「さって、じゃーみなさん中へどうぞー」

「ようこそいらっしゃいました、今日は酒造りの見学と……そして試飲用にお酒も用意してあります。まあ気楽に見ていってやってください」

 杜氏(とうじ)さんだろうか。良い感じのおっちゃんが挨拶をしてくれる。

 みんなも、よろしくお願いしますとか、楽しみですとか、ほんわかした表情だ。もちろん試飲の方がメインなのだろうけど、酒造りの工程をしるということも酒好きにとってはたまらないものなのである。

 そんなやりとりをしている脇で、酒蔵のスタッフの一人がこちらにちらりと視線を向けた。正確には木戸の右斜め後ろの方を。

「って、おまえまでどうして来てるんだよ……」

「えーと、まあいろいろあったし、その、あの二人、もしかしたらあのラベルの件に意見もらえるかもよ」

 ああ、あの若い人が仲居さんの幼なじみという人か。髪を短く切り上げた姿は職人という感じでちょっとかっこいい。

「それと、今日は添乗員代わりにツアーに参加させてもらうから」

 案内よろしく、とぽんと背中を叩かれると、お前はいっつもそうだよなぁと情けない声を上げた。これは将来尻に敷かれるタイプだなぁとそのときは思ったものである。



 酒蔵見学は。うん。はっきりいってよくわかりませんでした。

 そりゃ発酵とか、酒蔵の菌がとか、そういうのはわかるし工程も理解できたのだけど、未成年にこの良さをわかれというのは無理だと思います。でも建物の姿はとても良かった。ばしばし写真を撮らせていただきました。

 酒樽や、梁なんかは、色が変わっていて年月を感じさせる感じで、もう大地から切り離された樹木なのにそれでもまだ存在感がしっかりとあって、ああ、形は変わっても生きてるんだなんていう風に思ってしまったくらいだ。

 もちろんそんな写真を撮る間にも係の人達に、かおたんよろーと、写真をせっつかれることも多かった。

 かおたん言わないでくださいと頬を膨らませてみせるのだけど、やっぱりかわいいねぇと、大人の余裕というやつであっさりとかわされてしまうのである。いちおう写真係としてきている以上はしっかり仕事はしなければならないので、求められれば撮るけれど、かおたん呼びはさすがに勘弁していただきたい。

「では、お待ちかねの試飲タイムです。酒造りを知っていただいた上で呑むお酒はこれまたひと味もふた味も感じ方が変わることでしょう。まー中身はかわんねーんですがね」

 そんな冗談に場がわく。そりゃ中身が変わっていたらしゃれにならない。

 そうして試飲室とかかれてある、一室に案内されてみなさんは試飲を始めることになった。

「じょーちゃんにはこっちだ」

 そしてあからさまに未成年である木戸には、杜氏はペットボトルを差し出してきた。 

「じょーちゃんじゃないですっ未成年ですけど」

「ははっ。悪かったな子供扱いして。でも、未成年にゃちがいねぇからこっちだ」

 あ、この人、かおたんかおたんって周りから呼んでるのを聞いて思いきり木戸を女子だと思ってる。

 い、いいんですよう。別にもう。一見さんで今後つきあいが無い人にどう思われようとも。

 そう思いながらも受け取ったのは、ここいらのわき水を詰めたペットボトルだった。

「酒造りは水が命だからな。その水をつめたもんだ。きんきんに冷えてるし、うめぇぞ」

 ほれ、飲んでみ、と言われてペットボトルを開けてくぴくぴと飲み込む。

 いちおう杜氏さんの顔を立てつつ、飲み方はルイバージョンでのほうだ。両手で持って軽くくぴくぴと飲む。ラッパ飲みはNGである。

「おいしいですねっ」

 たしかにおいしかったので、ぷふっとボトルから口をはずして普通に女声でそう伝えておいた。

「あ、ああ。気に入ってくれたならよかった」

 酒飲めない分、じゃんじゃん飲んで良いからな、と言い置いてあせあせと杜氏は他の人の対応にいってしまった。

 そしてみなさん思い思いにお酒を飲み始める。

 試飲といっても、割としっかり注いでくれるようで、全部で八種類あるそれらを全部飲もうとするとかなりよっぱらいそうな勢いだった。銘柄がそんなにあるのかという話だけど、同じ銘柄で、純米酒、吟醸、大吟醸なんて感じで種類があるのでそれでこの種類になるわけだ。米の削り方で変わりますとかそんな説明をさっき聞いたばかりである。

 もちろん木戸は呑むわけにはいかないので、周りで陽気に呑んでいる人達の撮影がメインだ。

 そんな中でも香りだけは良いのだよねと、ふにゃんとしながらそれでも撮影は続くのだった。

そんなわけで酒蔵にやってまいりました。まだ今回は導入って感じですが、仲居さんまでついてきちゃってるのは、いろいろとわけがございますとも。

そして休日出勤おつであります。


さて、次回は禁酒中の私がお送りする、酔っ払いなお話です。っていっても木戸くんはしらふなので、まあそれなりなまともなお話になるかと。

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