174.父様と慰安旅行4
おっそくなりましたー
「お客さん! ちょうどいいところに」
朝。時間は四時くらいだろうか。トイレにおきたついでに夜景でも撮っておこうかとカメラを持ってうろついていたのだけれど、そこで昨日案内してくれた仲居さんと出くわした。周りはひっそりとしているので興奮気味ではあっても声のトーンは落としているようだ。
「カメラをお持ちでらっしゃいましたよね」
わしっと両手を握りつつ、肩にしょっているカメラを見て彼女はぱぁと目を輝かせる。
「いちおう、撮影係ってことできているので」
カメラはばっちりと完備なのですととりあえずそれを見せつけるようにする。すると彼女はおぉ、本格的なカメラだーと、大喜びでそちらに手を伸ばそうとした。
そこでひょいとカメラをわきにそらす。
「丁寧に扱ってくださいね」
「存じておりますとも」
ぞんぞん、というよくわからない掛け声を浮かべながら彼女はカメラを見せてとせっついてくる。仕方なく彼女にそれを渡した。中のメモリーカードはもう新しいのに入れ換えていて、先程までのはポーチにしまってある。あとで整理して納品するとしても、やはりプライベートは別のカードに保存しておきたい。
「おぉ。都会にいけばこういうの持ってる子はいっぱいなんでしょうか」
「それなりじゃないかな。というか使うかどうかってところで、買おうと思えば最近はわりと手を出しやすいと思いますが」
そいつだって、いちおうお金ためて自力で買ったものですしね、というと、おぉーとなぜか関心されてしまった。いや、仲居さん。成人している貴女の方がもっと簡単に手に入れられるはずだと思います。
「うーん。とはいえ同じ趣味の人も近くにいないし」
買ったとしてもなぁと、彼女はしょんぼりと肩を落とした。どうやら近くにカメラをやる友達がいないらしい。
同好の士がいるというのはいいものだ。逆にそれがいないというのは寂しいと思う。
それと、この人、さっきの感じだとアニメなんかも大好きなようだし、はるかさんにキラキラした目を向けていたから、レイヤーさんなのかもしれない。
「せめて今日だけでも撮影……してはいただけないでしょうか?」
「今からですか?」
壁に掛かっている時計を見てみるとやはり四時を過ぎたあたりだ。
朝の準備とかはどうなんだろうか。というか昨日の宴会の片付けをしてもらったのが十一時とかなわけで、この人はいつ寝てるのだろうといった感じである。
「大きなイベントもこんな辺境じゃなかなかいけないし、カメラやれる知り合いもいないし」
ううぅ。こんなチャンスは滅多にないのです、と泣きつかれてしまってはしかたないかとも思う。
「朝の準備とかはいいんですか? なんかすごい時間に起きて準備するみたいな感じですよね?」
そちらもお仕事あるのでしょう? と聞くと、一時間くらいなら大丈夫です、とすがるような視線を向けられてしまった。さて、どうしようか。
もともと外の風景でも撮影に行こうと思っていたし、どうせ親父達が起きる時間は朝ご飯である八時前。まだ四時間もあるし、少しくらいこの仲居さんの願いを聞いてあげてもいいかもしれないとは思う。
「わかりました。では一時間だけ行きましょうか。場所はどこがいいんですか?」
「昨日お着替えいただいたところでいいですよ。この時間ならさすがに誰もこないでしょうし」
「少し暗い感じもあるけど……ま。だいじょぶか」
昨日の部屋の明かりを思い出しつつ、問題はないだろうと思い直す。
「それじゃ、着替えてきちゃってくださいな。ちょっち光度とか測定しますんで」
「ありがとうございますー」
やったーと彼女はすたすたと衣装が納められている部屋へと向かっていった。
「さぁそこで決めポーズいってみよー」
「おまえの悪事に絶対ホールド!」
じゃきんと、決めポーズをとるところでシャッターを切り続ける。
さきほどの着替えに使った和室は、一気に撮影会場に化していた。
そのキャラで和室の部屋なの? という申し出もいろいろあるとは思うけれど、設定としては、GEISYA遊びの会場に踏み込んだヒーローというものなので、日本文化があってもおかしくないらしい。
「いい感じです。胸の露出と白っぽさがぐっじょぶ!」
かける声は自然と女声になっているのだけれど、こちらでコスプレ撮影をしたことはないのだからしかたない。
ルイにひっぱられるようにテンションを上げているとついつい男のままでいられない。
「あはっ。個人で撮られるのなんて初めてで、ちょー楽しい」
「コスプレ自体はとーっても慣れてそうですけどね。衣装はご自分で?」
「ええ。こつこつ自作を。仕事合間だから一着つくるのにすっごい時間かかって、ちょーっとイベントだと旬おくれになっちゃうという」
ううっと涙顔なのも思わずシャッターを切る。けっこーこの手の顔、嫌がる人も多いのだけど、これも感動の一つだ。
「はるかさんも時々愚痴りますけどね。学生は時間がいっぱいあってうらやましーって。学生側からいえば、お金自由にできていいじゃないって話なんですけどね」
それでもその時間がすごく惜しくて会社の徒歩五分に家があるというのだから、彼女の入れ込みっぷりも相当だと思う。岸田さんと付き合うとしてもそのままのペースでコスプレをしていたらいろいろとデートとかできないんじゃないだろうか。大丈夫なんだろうか。
こちとら、撮影優先でデートとかあり得ない派なので、はるかさんも同じにならないように祈るばかりである。
「はるかさんっ! そういえば……ああ。でもさすがに起こして合わせをお願いするなんて無理ー」
ぴこんと思いついた後にしおしおと仲居さんはしおれてしまった。
まーコスプレイヤーならはるかさんは割と有名だし一緒に合わせとかしたら楽しいだろうなーって思うだろうけど。昨日あれだけ幸せにおねんねしていたので、きっと朝までぐーすかと岸田さんの隣で寝ていることだろう。
「んにゃ。シャッター音が聞こえるとおもったら、馨くんなにやって……はわっ。ラズベリーローズですか。おおぉっ作り込みすごっ。おっぱいきれー」
「えっ……」
けれども、その予想は大幅に裏切られてしまった。
時間はまだ五時前だ。そんな時間に起きてくる人がいるとは思っていなかったのだけれど、どうにもカシャカシャという音を聞きつけてしまった人がいたらしい。
「それ、お手製? いい感じにできてるし。すっごく似合ってる」
いいもん見させていただきました、とはるかさんは一気にテンションを最高までにあげる。
姿は昨日の仲居さんのまま。少ししわが寄っているけれど、着崩れているという感じではなくて、ぴしっと直している。
寝ぼけているのにこのスキルはどうなのかと思ってしまうのだが。
もちろん声も最初の問いかけからして女声なのだから、どっちが演技だというような感じにもなってしまう。
「はわっ。はるかさん。そんな私なんて……第一線のコスプレイヤーのはるかさんにそんな」
「コスプレに一線もなにもないってば。仕事でやってないわけだし、そういう意味では同じ」
一線も二線もありませんとたしなめられると、でもぉと仲居さんが唇をとがらせる。
「んっ。はるかさんが言うとおり。この世界は、楽しんだもの勝ちです。確かにはるかさんみたいに都会で大露出で、おねえさまなんて言われてる人は一線って思えちゃうかもだけど」
楽しきゃそれでいいのが、ここです。とほんわか言ってあげると、なぜか二人からきゅっと手を捕まれた。
二人の体温はほとんど変わらない。両方とも華奢でやわらかくて。
自分もそれとあんまり変わんないんだろうな、と思いつつ、その温度にほっとする。
「お客さんに言われると、なんか納得です。撮ってる間もすっごい楽しそうで。こっちまでその気になっちゃって」
「馨くん、こっちの人だってわかってたけど、今の一言はぐっときた」
二人は、さっきの当たり前な一言を大変気に入ってくれたようだ。
「もぅ! お二人は楽しんでやってるんでしょ? あたしだって、自然物の方が好きなのに、こっちに巻き込まれて、みんな楽しそうだからなんとかなってるんであってですね」
あわあわと、ほとんどルイ状態で反応してしまうのは褒められて恥ずかしかったからに他ならない。それにはるかさんだけはごくりと喉を鳴らしていた。
けれどそのとき、五時を告げる鐘が鳴る。
「うぅ。時間切れだー。せっかくはるかさんもきてくれたのにー」
時間は五時。最初に予定をしていた時間だ。彼女は仕事に戻らなければならない時間だ。
「まあまあ。確かにこっちから地方にくるってことは滅多にないけど、上京してイベント出るときは声かけて。鉢合わせたらご挨拶ってことで」
はるかさんはおねーさんモードのままで、名刺を取り出した。社内秘になっているであろう、コスプレイヤーとしての名刺だ。
ちなみに木戸としての名刺は今のところ当然無い。ないのだが、ルイとしての名刺は財布に入っていたりするのだが、とりあえずいまは二人の成り行き任せである。
「ありがとうございます。あっ、それと実は撮影+写真の確認であと20分くらいは時間あるんですっ。撮影したデータ、一緒にはるかさんもみませんか?」
あれ?
こっちには撮影時間五時までとかいうはなしだったのだけれど。
彼女は心底幸せそうに、やいのやいのと、パソコンがある自室まで我らを案内してくれたのである。
あー。女の子の部屋ですよねー。
最初に入って、そう思ったのはきっとはるかさんだってそうだろう。
綺麗にかたづけられているのは木戸の部屋だって一緒だけれど、ちょっとしたところに小物が置いてあったり、ぬいぐるみがあったり、色のトーンが全体的に暖色系なのだ。
もちろんうちにだってほめたろうさんがいるのだし、小物も最近増えたといえば増えたとは思うけれど、基本的にパソコンとベッドと机と、写真雑誌しかないのが馨の部屋なので、それにくらべれば、女子の部屋という感じなのである。
「はるかさんの部屋よりも女の子っぽいですね、はは」
げっそりしながらいう声にはるかさんは、ふむんと唇を結ぶ。
「うちだって、誰かが泊まりに来なければもーちょっとかわいくするんですからね」
ああ、そうですか。確かに会社にばれたら一騒動は起きそうなものだ。今の状態でもおそらく、綺麗にしてんなぁ、おいとか肩をばしばし叩かれそうな勢いである。
自分の父親はたぶん、なかったこと扱いするだろう。自分の子供がこんなんで「忌避しない」という点ではいいのだろうが、きっと助けにはなってくれない。
「はるかさんの部屋はねー、すっごい整理されてて、好きな人の写真がテーブルの上に置いてあってー」
「こらー、馨くんそれはなしっ」
「はーい、自重しますよー」
へいへーいと、女声のまま、最後尾から部屋の中に入っていく。男声に戻してもよいのだろうけど、なんとなく女の子の部屋に入るとなると、こちらも少しは緊張するのでこのままだ。はるかさんも切り替えているし、間違いではない。
この部屋の主としては、はるかさんはどう見ても女子扱いだろう。西王子はるかのネームバリューはそれなりにある。だからこそするっと部屋に入ってしまっても問題はないだろうけれど、こちらは写真をやってるよくわからない人扱いなので、いちおう最後尾なのである。
「えっと、仲居さんは、rawって使える人?」
「らう? う?」
パソコンを起動しようとしている間に声をかけたら案の定きょとんとした声が返ってきた。
その姿を見て、あーやっぱりねぇと思いつつ、持ってきていたタブレットでファイル形式を変更する。もちろんコピー変換で元データはそのままだ。
ちらりとはるかさんを見ると、こちらにまかせるという感じで口をつぐんでいる。
「一般的なコンパクトなカメラで撮るのはjpegっていう形式で、もうデータを現像した状態で保管しちゃうんだけど、その前の段階で保管できる形式っていえばいいのかな。まーわかんないなら、わからないことがわかればこっちとしてはおっけです」
キャラ名わからなくても撮れるのとおなじくらいな感じで気軽にいきましょと言うと、むむむっとうなりながらも了承はしてくれたらしい。
できたファイルを彼女のパソコンに流し込んで、フォルダを表示させる。
「最上級のカメラでもないし、できは保証しませんが、いちおーコスロムで呼ばれる最低条件は満たしてるつもりです」
カメ子登録はしてないですけどね、と苦笑いをうかべつつ、さっきとった3キャラの写真を表示する。
スクロールに関しては被写体におまかせである。
「うわぁー、普通にきれい……取りこぼしもないし、お客さんけっこーっていうか、もしかしたらカメ子さんのほうで有名な人だったりします?」
きゃーんと、仲居さんにいわれつつ、こちらとしてはいけない汗ばかりがでてるような感じだ。
もちろんルイと木戸、写真の撮り方は多少は違う。カメラも違うし、写り方もちょっと違う。
でも、さっきの自分はどう撮った? それに気づくと思ってしまう。
この写真はルイの写真に似ていないか、と。普通に粘着撮影してしまったし。
「ええと、ですね。あのですね、そのですね」
わきからはるかさんがその画面をガン見していた。
ばれたなこれ。そんなに見られたらこれがルイの写真っぽいのもわかってしまうだろう。
「確かに。女子カメ子確保にみんな躍起になってるから、馨くんみたいに撮れるとなると……専属で欲しいかも」
じゅるりと、食指が向く音が確かに聞こえた気がするけど、わざとで言ってる? さあさっさと自分から言い出しなさいよみたいな。
「しかも身バレも気にしないでいいとか、是非ともうちの専属に」
「はいはいっ、まいりましたよ。でも、あたしだってコス写真ばっかり撮れるわけでもないし、すでに専属だしなぁ」
「はい? 専属って?」
え? そこまで話をしておいて気づいていないの?
まった、さすがに普段ルイの写真を見慣れてるなら、わかっちゃう、、のは写真やってるやつらだけでした。とほほ。
「ま、ちょま。何ではるかさんそこまで話してて気づいてないのさ。てっきり専属カメ子あたりで観念してたあたしが馬鹿みたいじゃないですか!」
「え? お客さん……けっこう有名なカメ子さんなんですか? 確かにめちゃくちゃ綺麗な写真なんで……有名になりそうかなーとは思いましたが」
「う。仲居さんまで……」
まいったな、と思いつつ、まあいいかとも思う。はるかさんとは顔見知りだし仲居さんは、秘密は墓場まで持って行ってくれるそうだし。
「もー二人とも、これからのことは内緒ですよ?」
さもなくば、仲居さんの写真コラージュしてばらまきますと、言ってから眼鏡を外す。
「ごめんね、今まで黙ってて」
「う……え? ルイちゃん?」
ぱちくりと目を見開いて、顔見知りのはるかさんは固まった。まあ信じられないというところなんだろう。
それを言えば全く見知らぬ仲居さんのほうがまだ立ち直りは早かった。
「ルイって、あのエレナちゃんの専属のカメラマンですよね? しばらく前に写真とかがんがんでた」
「ひゃい。そうです。はるかさんのことも当然会場で撮ったこともあるし、シフォレで目撃したりもあるんですが……言うにいえなくて」
だって、いろいろばれるのまずいのこっちも一緒なのーと、涙目をすると、ぽふりとはるかさんが頭をなでてくれた。さすがに大人である。
「仲居さんは、写真とったげたから、その代わりにそのことは内緒ね! それアップしてもいいけど、誰が撮ったとかは絶対内緒で」
「いえっさ。その代わり、名刺プリーズデス」
しかたないなぁと思いつつ、何枚か持ってきているルイの名刺を彼女に渡す。
「わぁ。あのルイの名刺だー。東京に出るときは連絡しますねー。イベントで会ったときは是非とも」
「全部のイベントに出てるわけでもないけど、会ったら是非撮らせていただきましょう」
是非とも声をかけてくださいなーといったところでタイムリミットの20分は過ぎてしまった。
酒ぬいて、悪夢が終わったらいっきに睡魔がきましてね!
というわけで、遅くなりました。
まーばれちゃいましたけどねー。ルイさんの秘密は「知っちゃ行けない人が知らないようにする」ことなので、はるかさんは安全パイです。
ちなみに仲居さんは今後東京のイベントで、「僕と握手!」(このネタは昭和なの!? どうなの!?)
さてそれで、次回なんですが、明日はお休みもらったのは書き下ろしなのですよ。仕事忙しいのもありますが。
あのあと、お風呂にいったり、二日目だったりのご予定です。
朝にお風呂に入る人はシャイだと思います。




